救われないまま生きるしかない
リリィ有栖川
きっと、誰にも理解されない。
大きな声で話して笑う人は別の生き物に見える。
お酒の楽しさも美味しさも理解が出来ない。でも羨ましいとは思う。
お酒で現実から少しでも逃げれるのだから。
おそらく既定の速度を大幅にオーバーして通り過ぎていく車と客引きの声。高収入のバイトを耳につく節に乗せて宣伝するトラックは誰にも見向きもされない。
全部がそこにある。嫌になるくらいに、質感がある。
私は現実から逃げられない。
酒に酔うことも出来なければ、物語に没頭することも出来ない。歌は私を救ってくれず、好きだと思っていたはずの彼女からは、考え方を矯正するように言われる。
いっそ現実感なんてなくなればいいのに、私にはできない。
私はここに立っている。立ってしまっている。
呼吸の音、心臓の振動、風になびく髪、服の下の熱。
どれもがそこにあって、否定できない。
今の自分が本当に嫌いだ。でも変わる方法を知らない。
筋トレをしたらかわるのか。サプリを飲めば変わるのか。宗教に入れば変わるのか。
どれも変わるかもしれないでもやろうと思えない。
気力がないんだ。何もかも。
それなのに、不安と不満だけが毎日溜まっていく。暴れだしそうになる。
誰か助けてと思いながら、誰も助けてくれないことを知っている。
ネガティブは悪だと言われる。そんなつもりじゃないと言いながら、私の考え方を否定する。否定するなら徹底的に否定してくれたらいいのに、生きてることは否定しない。むしろ生かそうとする。
それを愛と呼ぶのなら、そんなものはいらない。
変わらないと生きていけないなら死にたい。
でも本当に死にたいわけじゃない。
ありのままを受け入れてほしいなんていうのは究極のエゴイストだって知ってる。
この思いを理解してくれる人はいない。絶対にいない。
そんなことはないと言われるかもしれないけれど、人間とはそういうものだ。
共感しているけれど、結局はずれている。
みんな自分勝手に生きている。
私にも、それが出来たら。
気が付くと、私は駅前にいた。
交通量の多いこの駅前。今もしも、車が突っ込んできてくれたら。それは責任のない死だ。私はそれが欲しい。
だけど世の中はそんな都合よくいかない。私なんかじゃなくて、もっと生きるべき人はたくさんいるのに、そういう人から死んでいく。
私よりも死んだ方がいい奴は、私よりもしぶとい。
気持ち悪い世界だ。
力が抜けたらしく、地面がやたら近かった。白い線が見える。ああ、どうやら横断歩道の真ん中だ。もしかしたら、このまま、下が見えずらいトラックなんかに、轢かれてしまうかもしれない。
それが解放だと思ってしまうのは、おかしなことだろうか。
「大丈夫ですか!?」
知らない声だ。私にかけられているのがわかる。この期に及んで私はまだ生きているのを感じてしまっている。
「大丈夫です」
立ち上がろうとして上手く力が入らず、そのまま寝転がりそうになったところで、何かが私を持ち上げた。
気が付くとビルか何かの建物に寄りかけられて、眩しい街の明かりが私の目を焼きつぶそうとしてくるようだ。そんなことはないと知っているけれど、そうであったらと願ってしまう。
こんな世界、見たくない。
「意識ありますか?」
「あります。嫌になるくらい」
「え?」
「ああ、なんでもないです」
余計なことを言ってしまった。口が滑った。バカみたいだ。
弱音も愚痴も悲観も全部、ネガティブなことは人に言ってはいけないらしい。
前向きなことを言っていれば、ネガティブは直るらしい。
「は、はははは」
本当だ。笑えて来た。あまりにも滑稽で。
顔を上げる。目の前にいたのは女性だった。
私のことを、見る目は、たぶん異物を見る目だろう。突然笑いだしたら、そうだろう。
女性は立ち上がって駆け出した。そりゃそうだ。私だってこんな気味の悪い生き物とは関わりたくない。
そうだ。そういうことだ。
別の生き物なのは、私の方なんだ。
人の皮を被った化物だ。しかたない。理解されないのを、受け入れるしかない。
じろじろ見られるのがそろそろ恥ずかしい。どうにか立って、電車に乗って家に帰ろう。大丈夫。それくらいはできる。
立てるか心配だったけど、どうにか力は入る。電車で運よく座れれば、いや、もういっそ、帰らずにその辺で寝てしまえば、誰か、惨めな私を殺してくれないだろうか。
抵抗するふりをして、暴力を受けて、打ちどころが悪くて死ぬ。お似合いだ。化物の最後として。
人と化物は相容れないんだよ。物語じゃないからね。
巣に戻ろう。少し泣いて、赤ん坊の様に泣きつかれて寝て、明日も仕事だ。
明日? 明日なんていらないのに、どうして明日に行かなきゃいけないんだろう。
きっと明日も変わらない。
理解されない虚しさを抱えて、誰かに助けられたくて、でも救いなんてないことを知っている。
生きているのは、死にたくないだけ。
今願うのは、死への恐怖がなくなることだけ。
改札を潜る。あちこちから消えてくる人の声の中に、足音に、電子音に紛れる。
誰にも見つからずに、私は今日も、ただ生きる。
いつになったら死ねるのか。救いはまだかと思いながら。
了
救われないまま生きるしかない リリィ有栖川 @alicegawa-Lilly
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