第26話 突然の別れ

「はぁ…。」

 この間の試合から10日たった。

 冬月が優勝してしまい、オレはアイツの願い事とやらを叶えなきゃなって思ってたのに、あれから部活に来ていない。というか、学校にすら来ていないらしい…。体調でも崩したのか?随分長い欠席だ。

 今日はクリスマスってこともあり、早々に部活も終わり、皆帰ってしまってオレだけが道着のまま、更衣室にダラダラ残ってしまっている。…だって、今年は今日で部活終わりだし。次は、年明けになってしまう。

 このままでいいのかな…。約束…、もういいのか…?

 …電話した方がいいんだろうか…。

「はぁぁ…。」

 バンッ…。

 何度目か分からないため息をついた時、勢い良く更衣室のドアが開けられた。

 誰っ!ビクついてドアの方を見る。

「章斗か…。」

 制服ではなく、スーツを着ていたので一瞬、先生かと思った。

「何で、スーツ…」

 スーツの理由が聞けなくなった。

 ものすごい力で冬月の胸に抱き込まれたからだ。

 オレの頬、鼻が、スーツ、ネクタイ、カッターシャツの感触でいっぱいになる。

 く、苦しい…。

 ぎゅうぎゅうに抱きしめられてるので、段々苦しくなってきた。

 トントンと、狭い空間なりに右手を動かし、冬月の胸を軽く叩く。

 意思疎通が出来たのか、冬月は腕を緩めてくれた。

 ホッと息を付く。

「いきなり、何…」

 冬月の狭い腕の中から、見上げて文句を言おうとしたところ、今度は生暖かいモノが、唇に押し当てられる。

 !!!

「う…うん…。」

 慌てて足を引くが、抱きしめられているので、そのまま冬月も着いてくる。

 ガサッ…。

 ついには、壁のところまで追い詰められ、ますます逃げられなくなった。

 うぅっ。

 息が出来ない…。

 何とか顔をよじって、息をしようと口を開けた時、ヌルッとした個体がオレの口の中に入ってくる。

 な…、な…、な…、何が…?

 何が、自分の身に起きているのか、分からない。

 ……。

 いや…、分かる…。

 分かるけども…。

 な、何だこれ…。

 冬月の舌がオレの舌に絡みつく。

「う…う…ん。」

 噛みつかれる度に、キスが深くなる。

 クチュクチュと濡れた音が耳についてしまう。

 なんで…。

 ……。

 あれ…。

 何だコレ…。

 気持ちイイ…。

 チ、チカラが入らない…。

 ガタタタ…。

「…ふ…う…ん。」

 冬月は、チカラが抜けて立てなくなったオレを支えながら、ゆっくりと床に横たえる。

 その間も、唇はオレの唇をキープしたままで、ずっしりと上にのしかかられ身動きが取れない。

 このままでは、駄目だ。

 思いっきり冬月の胸を押し、顔を左右に振り、冬月の唇から何とか逃れる。

「あき…。」

「今からって時にっ!どうしてっ!!」

 右手拳を床に叩きつけ、オレの左肩口に顔を埋める。

 あまりの剣幕に、オレは言葉を失ってしまう。

「くそっ!!」

 そう言って、冬月は顔を上げる。オレと目が合う。じっと今までにないくらい真剣な目で見てくるので、そらせない。

 また、冬月の顔が近付いてくる。

 …どうしよう…。

 避けることも出来ない。

 …どうしよう…。

 どんどん、近付いてくる。

 どうすれば…いい…?

 思いながら、目をつぶってしまった。

 ……。

 再び、唇に柔らかい感触が戻ってきて初めて、オレの行動が、冬月の行為に同意してしまった事に気付く。

 さっきのキスとは違い、やさしいやさしいキスが続く。

 !!

 ただ、オレの左足に新たな感触が出る。袴の裾をたくし上げられ、左足の外もも撫であげられてきた。

 な…っ

「章斗っ!!」

 慌てて冬月の胸を押し上げ、叫ぶ。

 頼む!正気に戻ってくれ。

 オレの呼びかけも虚しく、冬月の手が、外ももから内ももへ移ってくる。

「章斗っ!!」

「冬月ー、ここにいるのか〜?」

 更衣室の外の道場から、顧問の声が聞こえた。

 その瞬間、冬月は動きを止め、起き上がる。オレの袴の裾を直し、黙ったまま更衣室のドアを開ける。

「冬月、お母さんが探していたぞ。」

 顧問の声にドキッとし、慌てて寝転がらされていた上体を何とか起こし、近くの壁に預ける。

 冬月は、オレが座ったのをチラリと確認してから、何も言わず顧問の前をすり抜け、道場から出ていった。

「あれ…、佐野。まだ帰ってなかったのか?」

 冬月がドアの前から居なくなった事で、オレが丸見えになった。

「座り込んでどうしたんだ?調子がわるいのか?」

 近付いてくる顧問に焦り、大丈夫ですと慌てて立ち上がる。

「そうか…。早く帰れよ。」

「はい。」

 更衣室に入りかけた体を反転し、顧問も道場を出ていった。


「はぁ…。」

 再び、静寂を取り戻した更衣室にオレのため息が、響いた。


 それっきり、冬月はオレの前に現れる事はなかった。

 オレの前どころか、学校にも…。

 忽然と消えてしまった。



 第1部 完


 ここまで、読んで下さった方、ありがとうございます。しばらく、お休みします。

 また、機会あれば、続編もよろしくお願いします。

 続編は、葵が新社会人になってからの話になります。






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気付いたらオレ、奪われてました 萌奈来亜羅 @mosumi

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