後編 ツンデレは今どき流行らないですよ?

 ガイウス殿下から突然「婚約破棄を取り消す!」と土下座されました。

 心境の変化に驚きですが、とりあえず話は聞きましょう。


「どうしてですか?」

「俺はお前が言う『ツンデレ』だったんだ!」

「先ほどご自分で『俺はツンデレじゃねえ』とおっしゃったばかりではありませんか」


 ガイウス殿下はユリアさんにガチ恋し、大嫌いだったわたしとの婚約を破棄した。

 それが何よりの事実ではないでしょうか。


「ガイウス殿下。もし本当にわたしのことが好きだったとしても、ツンデレは今どき流行らないですよ?」

「お、お前! 『わたしは殿下のツンデレなところ、かわいいと思います』とかなんとか言ってたじゃないか!」

「それはあなたが婚約者だったころの話です。今は違います。わたしが間違っていました」


 たとえ嘘でも「好き」と言ってくれる人のほうが、いいに決まっています。

 ガイウス殿下だって、ユリアさんの「好き」という言葉にメロメロだったのでしょう。


 それに、わたしがガイウス殿下を「ツンデレ」呼ばわりしたのには理由があります。

 わたしに暴言を吐いたり、婚約者を差し置いてユリアさんとイチャイチャするガイウス殿下を、悪者にしないためなのです。


 ですが今は、そうする必要もなくなりました。


「それにガイウス殿下、ユリアさんとはもうよろしくやっていたのでしょう?」


 わたしの言葉に、ガイウス殿下は無表情で黙り込みます。


「教皇の娘として、将来の聖職者として、他の女と交わった男と結婚するわけには参りません。それが元婚約者ならなおさらです。不貞行為を働いた男はいりません」

「……………………って、ない」

「はい?」

「だから! ユリアとはヤッてねえって! 言ってんだよおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 おっ、大声でそんなはしたないこと言わないでくださいなっ! 恥ずかしい!


「ユリアのやつ、『結婚したらいっぱいシようね?』とか『お兄ちゃんが司祭で厳しいから』とかなんとか言って、いっつもいっつも俺の誘いをのらりくらりとかわしやがったんだ! キスだってまだしてねえし、ハグだってつい最近解禁されたばかりなんだよおおおおおおおおおっ!」


「うがああああああああっ!」とガイウス殿下は頭をかきむしります。

 ガイウス殿下がぶっ壊れました。


 それにしてもガイウス殿下はかわいそうです。

 ガチ恋した相手に延々と焦らしプレイをされて、しかも衆人環視のもと盛大に振られましたからね。

 壊れるのも無理はありません。


 しかし、ガイウス殿下はそれなりに自制していたようですね。

 腕力さえあればどうにでもできるのに、それをしなかったのですから。


「いや、さすがに『不意打ちでキスしてやろうか』くらいは考えたぞ! でも嫌われたくなかったし、しかも俺は王太子だから色々面倒なことになるって分かってたんだよ。だからまずお前との婚約を破棄して、ユリアと結婚したかったんだ! なのにあのクソ女! 最初から俺の純情を利用して、だましやがったんだ! クソクソクソクソ!」

「……ということはつまり、ガイウス殿下が一番好きだったのはわたしではなくユリアさん、ということですよね?」

「うぐっ」


 語るに落ちましたね。

 今も昔も、ガイウス殿下の心の中にわたしはいないようです。


 まあ、わたしもただの婚約者としてしか見ていなかったので、おあいこかもしれませんが。


「わたしの皇女位にしがみついて王太子に返り咲こうとする男など、こちらから願い下げです。間に合ってます」

「待て、それはお前も同じだろ! お前だって王太子である俺との婚約破棄を、避けたかったんじゃないのか!」

「『婚約破棄された』となると面倒だなと思っただけです。なにせあれは教皇聖下と国王陛下が決めた政略結婚ですからね。わたしの意志なんてあったものではありません。先ほど自由意志で婚約破棄を宣告し、今になってそれを取り消そうとしているあなたとは違って、ね?」

「く、くそがあああああああああああああっ!」

「見苦しいぞガイウス」


 絶叫するガイウス殿下を、国王陛下は睨みつけます。


「衛兵、ガイウスを自室に連れて行け。多少手荒な真似をしても構わぬ」


 国王陛下の命令により、複数人の衛兵がガイウス殿下を取り押さえます。

 ガイウス殿下は「そのド汚い手を放しやがれ!」などと言って暴れましたが、結局は当て身を食らわされて気絶し、そのまま運ばれていきました。

 大量のワインは、ガイウス殿下から「武術」という才能を奪ってしまったのですね。


 ……ところでこれからどうしましょう。


 ガイウス殿下の婚約破棄宣告のせいで卒業パーティはめちゃくちゃです。

 元凶がいなくなったとはいえ、みなさまとおしゃべりする雰囲気ではなくなりました。


 さて、適当にご飯を食べてワインを嗜みつつ、壁の花になって様子見しましょうか。

 会話する気ゼロなのは皇女らしくないとは自分でも思いますが、ガイウス殿下やユリアさんのせいで疲れたのでしょうがないです、ええ。

 必要以上に注目されまくりましたしね、二度とごめんです。


「カミラ皇女殿下」


 取皿を取りに行こうと歩を進めようとしたその時、エリアス殿下に声をかけられてしまいました。

 色々気を遣われたら嫌だなーと思いつつも、笑顔を作って「はい」と振り向きます。


「僕と結婚してください」

「エリアス殿下はもっとジョークセンスを身につけたほうがいいと思います。お気遣いには感謝いたしますが、正直に申しますと面白くなかったです」

「いえ、僕は冗談でこんなことを言っているわけではありません──カミラ皇女殿下の使命は、我がグレイン王国の王太子と結婚することでしたよね」

「そうですね。ガイウス殿下に婚約破棄された時点で失敗していますが」

「では、今の王太子は誰でしょうか?」


 兄であるガイウス殿下は、本日付で王太子位を剥奪されていますから……


「……エリアス殿下、あなたですね」

「そうです。そして僕に婚約者はいない」


 これは以前、国王陛下から聞いた話なのですが……

 エリアス殿下は「兄ガイウスのスペア」という位置づけであり、縁談を先延ばしにされていたそうです。


 まあ王家や皇家ならまだしも、貴族家のパワーバランスなんて数年・十数年も経てば色々変わりますからね。

 実際、0歳のときに婚約した家が15年後に没落、あるいは婚約者と兄弟姉妹が死亡した、なんてことは珍しくありません。


 だから国王陛下は今までずっと、エリアス殿下に縁談を一切持ち込みませんでした。

 よってエリアス殿下は未だに誰とも婚約されていない、ということです。


「もちろん、これは父王ふおうのおぼしめしでもあります。普段から『ガイウスが失脚するケースを想定して動け』と教わってきましたので」

「なるほど」

「それにカミラ皇女殿下、僕はあなたのことがずっと好きでした」


 エリアス殿下は顔を赤らめていますが、わたしにまっすぐな視線を向けてきます。

 これはもう「冗談」で済ましてはならないものですね。


「今までは兄上の婚約者だった手前なにも言えませんでしたが、いま本心を打ち明けますね? ……僕は小さいころ、兄上にいじめられました」


 ええ、知っています。

 ガイウス殿下は、優秀な弟であるエリアス殿下に嫉妬していたのです。


 わたしも婚約者として、ガイウス殿下が弟をいじめるたびに注意してきました。

 今となっては、ガイウス殿下の心のケアを優先すべきだったと反省していますが。


「あのときは本当に辛かった。僕は兄上のことを敬愛していたのに、それが分かってもらえなかったのですから」


 そう、ガイウス殿下は無能ではありましたが、誰からも愛されないほどの無価値な男というわけではなかったのです。


 王太子としての重圧にもがき、弟に勝つために報われない努力をして、唯一の強みである剣術に磨きをかけた。

 そういう姿勢を、エリアス殿下は敬愛していたのです。


 ですがわたしは、ガイウス殿下の境遇を「かわいそう」としか思えませんでした。

 そのあわれみが言葉の端々に現れたせいで、ガイウス殿下に嫌われたのでしょうね。


 ガイウス殿下は確かに国王や領主としては無能ですが、武術の腕前や思い切りの良さは武官に向いています。

 また挫折ざせつ経験があるうえに人から頼られるのが好きなので、迷える子羊を導くこともでき……ませんね、人の気持ちがわかりませんから。


 エリアス殿下は子供の頃から、ガイウス殿下の「本質」を捉えていました。

 ですがエリアス殿下はガイウス殿下にいじめられるたびに萎縮いしゅくし、ついぞその思いを伝えることができないまま今日を迎えたようです。


「ですがカミラ皇女殿下は、僕がいじめられるたびに助けてくださいました。それに『いつか想いが届く日が訪れます』と励ましてくださいました。結局は兄上との溝を埋められずに今日まで生きてきましたが、カミラ皇女殿下の優しさが単純に嬉しかったのです」

「そんな、あれは言ってはなんですが気休めみたいなもので──」

「たとえ気休めであったとしても、僕の心を救ってくれたのは事実です。そして僕の想いは多分、兄上が言っていた『真実の愛』というものなのでしょう。こんな思いをしているのは、今も昔もあなたに対してだけです」


 エリアス殿下にそこまで言われて、うれしくないわけがありません。

 兄のガイウス殿下は、どれだけわたしが頑張っても褒めてくださらないどころか、叱責することもあるくらいでしたから。


 エリアス殿下はわたしにひざまずき、手を差し出してきました。


「僕と結婚して、次期王妃として協力してください。そして二人で幸せになりましょう」

「お受けいたします。ですが一つだけよろしいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「今回の婚約破棄は『真実の愛』によって引き起こされました。そこで反省しました。婚約者を繋ぎ止められるだけの愛が足りなかったのだ、と」


 わたしはガイウス殿下のことを憐れみ、「この人はわたしがいないと」と世話を焼きながら無意識に見下し、支配しようとしていました。

 一方のガイウス殿下は、わたしのすべてを嫌っていました。


 だからガイウス殿下は、「好き」と言ってくれたユリアさんに恋をしました。

 だからわたしは、ユリアさんにガイウス殿下を奪われたのです。


 たとえユリアさんの「愛」が、ガイウス殿下を利用するためのまがい物だったとしても。

 わたしはその「まがい物」に負けたのです、反省しないわけには参りません。


「わたしに恋を教えてくださいませんか? もちろんなんでもしますから」

「あはは。それ、僕のことを好きじゃないって言ってますよね」

「いえ、そんなことは! ……エリアス殿下のことは好きですよ? 人間として」


 エリアス殿下は「うーん」とうなりながら肩をすくめました。


「まあいいか、これから仲良くなればいいんだし──とりあえず一緒に食事をしながらお話しましょうか。お友達から始めましょう」

「いいですね、そうしましょう──それにしても、疲れたせいかお腹が空きました」


 わたしとエリアス殿下は食事を取り分けた後、お互いのことについて話し合いました。

 元婚約者ガイウス殿下の弟──つまり「義弟」という関係から、友達・親友・恋人へステップアップするために。



◇ ◇ ◇



 結局、国家反逆罪の有罪判決を受けたユリア・アデライト公爵令嬢は、王都の広場で斬首された。

 ギロチンの刃で首を切断され、一瞬で絶命した。

 多くの人々は反逆者の処刑に湧いたが、一方で「ガイウス殿下をたぶらかしたんだから、『旧約聖典』のとおり石打にすべきだ!」という意見もあった。

 しかし「今は新約の時代です」という皇女カミラの慈悲で、苦痛がもっとも長く続く「最悪の刑」は回避された。


 もちろん国家反逆をくわだてたアデライト公爵の一派は、一族郎党ろうとう処罰されることとなった。

 彼らの領地はいったん王国直轄ちょっかつ領となり、有能な貴族子女や騎士が新たな領主となった。


 ユリアに純情をもてあそばれて心を壊された元王太子ガイウスは、国王の忠告を聞かずに修道院の門戸を叩いた。

 のちに一人の司祭に感化されて聖職者となり、信者としてやってきた弟エリアスと「折り合わない」という一点で折り合ったのだが、それはまた別の物語。


 そして公開婚約破棄から約1年後。

 恋を知らなかったエルディア教国皇女カミラは、新たにグレイン王国の王太子となったエリアスと相思相愛の関係となった。

 カミラはエリアスの学校卒業と合わせて正式に結婚し、王妃として忙しい日々を送る中でエリアスと愛し合い、幸せな日常を過ごしたのであった。



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婚約破棄するって? 今時ツンデレとか流行らないですよ、殿下? 真弓 直矢 @Archer_Euonymus

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