中編 元婚約者さまはすべてを失いましたが、最後に……

「カミラ殿、その話は私からさせてもらおう」


 静観を打ち破って、グレイン王国の国王陛下が席から立ち上がり、こちらに近づいてきました。

 ようやくです。


「今この場をもって第一王子ガイウスの王太子位を剥奪はくだつし、第二王子エリアスを新たな王太子にじょする」

「ち、父上! どういうことだよ!」

「そのままの意味だ」

「だから! なんで俺が廃太子はいたいしされなきゃならないんだよ!」

「貴様がエリアスと比べて……いや、その辺の貴族の子女と比べても無能だからだ。王宮でなんと言われているか知っているか? 『エリアス殿下が兄だったらよかったのに』だぞ」

「そんなはずはない! 俺は優秀なんだ!」

「陛下、恐れながらそこまで言わなくてもいいと存じます」


 あまりにもいたたまれなくなったので、思わずガイウス殿下の肩を持ってしまいました。


 確かにガイウス殿下は、場をわきまえないところがあります。

「真実の愛」にほだされて政略結婚を取りやめたり、あまつさえパーティ会場で愛を見せつけたり、これだけでももうおわかりかと思います。


 それでも……


「カミラ殿、もうガイウスへの気遣いは不要だ。なにせヤツとの縁はすでに切れているのだからな」


 国王陛下はそう言ったあと、ガイウス殿下に憐れむような表情を向けます。


「ガイウス。貴様が無能なのは10歳のころにはすでに分かっていた。1歳違いのエリアスのほうが、明らかに有能だったからな」


 ガイウス殿下は「い、いや! 剣術や武術は俺のほうが圧倒的に上だったぞ! 模擬戦ではボコボコにしてやったしな!」と反論しますが、国王に求められるものはもっと他に色々あります。

 ですがガイウス殿下はそれをわかっているからこそ、必死になって弟のエリアス殿下から目を背け、「俺は優秀なんだ!」と叫び続けるのでしょうね。


 国王陛下はやれやれと肩をすくめます。


「無能な貴様が王太子で居続けられたのは、カミラ殿のおかげなのだぞ。二人が幼子のときに結ばれた婚約によって、貴様には教国と教会組織という心強い後ろ盾が得られた。加えて、カミラ殿は貴様のミスをカバーしたり、貴様が恥をかかないようにフォローしたりしてくれていた」


 婚約者として当然のことをしたまでです。


「それでも私は、貴様の王位継承に不安があった。そこで貴様の入学に合わせて、私はエリアスを王太子にしようと考えていた」


 国王陛下の言葉に、ガイウス殿下は「ち、ちょっと待て! 3年前から俺の廃太子を考えていただなんて初耳だぞ!」と騒ぎ立てます。

 しかし国王陛下はそれを無視しました。


「カミラ殿にその件を相談してみたところ、彼女はなんと申したと思う? 『ガイウス殿下が国政を任せられるような人間に成長するまでわたしが支えますから、どうかご自分の息子を信じてあげてくださいませ』だぞ」


「う、嘘だろ……」と驚くガイウス殿下。


 知らなかったのは無理もありません。

「ガイウスを試す」という国王陛下との取り決めで、降格処分の件に関しては話せないことになっていましたから。


 それでもわたしは、貴族学校での勉強を教えあいっこしたり、ユリアさんだけを身びいきするのをやめるように助言したり、色々と手を尽くしてきました。

 正直何度も心が折れそうになりましたが、今日婚約破棄をされたことで完全にへし折られました。


 世の中、『新約聖典』で語られるような綺麗事だけでは動かないのです。


「実力不足で申し訳ありません」と国王陛下に頭を下げました。

 ですが国王陛下は「よい。むしろカミラ殿はよくやってくれた」と返事した後、ガイウス殿下に話の続きをします。


「カミラ殿には、新しく王太子となる弟エリアスと婚約を結び直すという選択肢もあった。それでもカミラ殿は、貴様が私と同じくらい凡庸ぼんような国王になれると信じて、私に頭を下げたのだ」


 国王陛下のおっしゃるとおりです。

 陛下自身が「凡庸」ではなく、優秀だという点以外では。


「それを貴様はなんだ。少し可愛い女に誘惑されたからといって、身も心も美しいカミラ殿との婚約を破棄するとは何事だ。無能だ無能だとは思っていたが、恋愛だか性欲だかで判断を誤るほどの無能だったとはさすがに思わなかったぞ」

「お、俺は間違ったことはしていない! 真剣にユリアを愛して──」

「私情で政略結婚を取りやめようとした貴様は国王、いやそれどころか村の領主すら向いていない。よって、貴様が持っていた王太子位をエリアスに移譲する。以上だ」


 国王陛下の言葉に、ガイウス殿下は黙ります。

 ご自分の立場がようやくわかったご様子です。


 ──と思いきや、歪んだ笑みを浮かべ始めました。


「別に王太子の座なんてなくたって俺にはユリアがいる。大人しく王宮に引きこもって、ユリアと二人で真実の愛を深めるさ」


「な、ユリア」と言いながらユリアさんの肩に触れようとするガイウス殿下。

 しかしパシンという音が聞こえてきました。


 ガイウス殿下の手が、ユリアさんの手で弾かれたのです。

 まるで「触らないで」と言っているかのようです。


「こんなはずじゃない、このままじゃ……」

「おいユリア、叩くことはないだろ。いつもハグくらいはしてたじゃないか」


 ハグくらいは、ね。


 ですが問題はそこではありません。

 ユリアさんが虚空を見つめて、ぶつぶつとつぶやいていたというところです。


「──わたし、ガイウス元王太子殿下のことが嫌いになりましたー。もう顔も見たくありませーん。ということで、これでお別れですっ」


 あらら、ユリアさんの態度に変化が。


 先ほどまでのフランクすぎた口調を、今は敬語に改めています。

 笑顔や声音は明るいままですが間延まのびした感じで、かつ甘さ控えめです。


 どうやらユリアさんは最初から、ガイウス殿下という男が好きだったわけではなさそうです。

 それもそうでしょう、ガイウス殿下から「王太子位」を取ったら、魅力が非常に分かりづらくなりますから。


 致命的なのは、ガイウス殿下は女心……というより人の心が分かっていないことです。

 対等な立場であるわたしですら一方的に気を遣わされましたからね、間違いありません。


 さて、そんなガイウス殿下は、ユリアさんの豹変ひょうへんが信じられないようです。


「う、嘘だろ……本当は俺のことが大好きなんだよな? いつも言ってたじゃないか」

「女々しいですね。キモいですっ」

「その言葉も嘘なんだよな……? ほら、あいつ──カミラがいつも言ってた『ツンデレ』ってやつなんだろ?」


 これはツンデレではないと思いますよ?

 本当にわたしを嫌っていたガイウス殿下をツンデレ呼ばわりしたわたしですら、簡単にわかっちゃいました。


 さて、ユリアさんの答えは……


「エリアス殿下、助けてください!」


 ユリアさんは悲痛な面持ちを浮かべ、甘い声で弟のエリアス殿下に助けを求めました。

 エリアス殿下は新3年生としてパーティに参加していたのです。


 金髪マッシュのエリアス殿下は、ユリアさんを守るように小さな肩に手を置きます。

 さながら物語の王子様のようですね、エリアス殿下は本当の王子なのですが。


「ありがとうございます、エリアス殿下……えへへ」


 ユリアさんは頬を赤らめつつ、じっとりと湿った瞳をエリアス殿下に向けます。

 なんと出血大サービス、上目遣いです。


 わたしはまあ一応部外者?ですので「あざといな」と冷静に見ることができますが、当事者であるエリアス殿下は魅了されてしまうのでしょうか。


 エリアス殿下も男ですしね、可愛い女の子に笑顔で感謝されてうれしくないはずがありません。

 少なくとも損はしないし、悪い気もしないと思います。最低でもプラマイゼロ。


 まあ、もしエリアス殿下までガイウス殿下の二の舞いになれば、世も末なのですが……


「エ、エリアス殿下!? こ、これはどういうことですか!?」


 突然、ユリアさんが叫び声を上げました。

 ユリアさんはなぜか両腕をくっつけた状態で、髪を揺らすほどに動揺していらっしゃいます。


 よく見てみると、なんとユリアさんには手錠がはめられていました。


「さすがはエリアス、さっそく格の違いを見せつけるか」


 国王陛下はしたり顔でうなずきます。

 暗にガイウス殿下をディスっているのがよくわかります。

 この人本当にガイウス殿下のお父上なのでしょうか……ちょっと心配です。


「エリアス殿下! どうしてわたしに手錠なんて──あ、もしかしてエリアス殿下は実はツンデレのドSで、拘束プレイを──」

「その発言、僕でなければ不敬罪にしょされていたところだ──あなたを拘束したのは、虚言を用いてカミラ皇女殿下をおとしめようとしたからだ。ユリア・アデライト公爵令嬢」


 エリアス殿下は冷静に言葉を紡ぎます。

 直情的な兄・ガイウス殿下とは大違いですね。


「きょ、虚言!? わたし、嘘なんてついてません! 本当にカミラ皇女殿下にいじめられて──」

「まだ誰も『いじめの件』と言っていないのだが?」


「あうっ……!」と、ユリアさんは顔を真っ青にして震え始めました。

 これはエリアス殿下が有能というよりは、ユリアさん自身が焦りすぎなのが敗因ですね。


 エリアス殿下は肩をすくめながら続けます。


「訳あって、入学当初からユリア嬢を定期的に監視していた」


 え、そうなの?


 ……と思っていましたが、実務はどうやらエリアス殿下の部下がされていたそうですね。

 よかった、エリアス殿下がユリアさんに惚れて、ストーカーになったのかと。


 エリアス殿下は姿勢を正します。


「ユリア嬢はカミラ皇女殿下に濡れ衣を着せるための工作を働いていた」


 エリアス殿下はみなさまに語りかけた後、複数人の生徒たちに質問していきました。

 あの生徒たちはおそらく、エリアス殿下が事前に用意した証人なのでしょう。


 証人たちは、ユリアさんについて口々に語ります。


 一つ、自分の教科書に「姦淫と石打」に関する聖書の文言を落書きし、他の生徒に分かるようにゴミ箱に捨てた。

 二つ、自ら制服に石を投げつけて土ぼこりをつけた後、ガイウス殿下に「石を投げられた」と報告した。

 三つ、階段に水と油をまいた後、転んだふりをして通りがかった生徒に助けを求め、ガイウス殿下の耳に入るように仕向けた。


 それ以外にも、ユリアさんが受けたとされる数々の「いじめ」が虚言であると、証言してくださいました。

 みなさま、本当にありがとうございます。


「そ、それじゃあカミラは何もしていなかったと言うのか? 俺はユリアにだまされていたとでも……?」

「そのとおりです兄上」


 呆然自失とつぶやくガイウス殿下に、エリアス殿下は答えます。

 エリアス殿下はただひたすらにすまし顔をしていました。


「もともと、ユリア嬢の父親であるアデライト公爵は王国を乗っ取ろうと画策していました。その公爵が目をつけたのが、王太子だった兄上です。公爵はユリア嬢を使い、兄上へのマインドコントロールを試みました。いずれ兄上が国王となった後、ユリア嬢を通じてグレイン王国を意のままに操るために」

「だ、だから王太子でなくなった俺は用済み、というわけか……最初から俺はだまされていたんだな」


 エリアス殿下は、何も言いませんでした。

 それを見たガイウス殿下は拳を握り、眉根まゆねを寄せました。


「ユリア、てめえ! よくもだましやがったなッ!」

「それはこっちのセリフですよ! なんで王太子じゃなくなったんですか! なんでわたしが手錠をはめられなきゃいけないんですか!」


 ユリアさんは怒り狂ったチワワのように、小さい身体でキャンキャンと吠えます。

 先ほどまでは確かにあった「余裕」がすっかり消え失せています。


 そんなユリアさんに、エリアス殿下は向き合います。


「アデライト公爵が国家転覆をもくろんでいたこと、そして公爵の娘であるあなたが兄上を操り人形にしようとしていたことは、すでにお見通しだ。すでに捕らえている公爵夫妻からの証言もある」

「うそっ、お父さんとお母さんが逮捕っ!? 今日は遅れてパーティにやってくるんじゃ──」

「僕の部下がついた嘘を真に受けてくれてよかったよ──衛兵、アデライト公爵令嬢ユリアを国家反逆の容疑で連行せよ」


 エリアス殿下の命令に従い、衛兵たちがユリアさんを引っ張ります。

 ユリアさんは「わたしは何もしてない! 放して! いやあああああああっ!」と暴れましたが、最終的にお腹を殴られ気絶した様子でした。


 ユリアさんが去った後のパーティ会場には、静かな空気が流れていました。

 しかしその流れを断ち切ったのは、やはりガイウス殿下でした。


「カ、カミラ! さっきの婚約破棄は取り消す。だからもう一度やり直してくれないか!?」


 ガイウス殿下は、それはもうきれいな土下座を見せてくださいました。

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