婚約破棄するって? 今時ツンデレとか流行らないですよ、殿下?

真弓 直矢

前編 婚約破棄され濡れ衣も着せられましたが、ツンデレですよね?

「エルディア教国第二皇女カミラ! 本日をもってお前との婚約を解消させてもらう!」


 グレイン王国の貴族学校で開かれた卒業パーティにて。

 わたしの婚約者であるガイウス王太子は、右手にワイングラスを持ち、左腕に一人の女性を抱きながら、つばを飛ばす勢いで怒鳴りつけてきました。


 金色の髪を文字通りツンツンに逆立てているガイウス殿下に、思わず溜息が出てしまいました。


「ガイウス殿下。たくさんの人がいる前でツンデレ発言とか、恥ずかしいと思いません?」

「はあっ!? いつも言ってるだろ、俺はツンデレじゃねえって!」

「ガイウス殿下は『俺はこんなにもカミラが大好きだというのに、カミラが何を考えているか分からない』と思って、わたしを試しているんですよね?」

「なっ!? 別にお前の気持ちなんて試してない! 試す必要もないからな!」


 ガイウス殿下は顔を赤くしています。

 きっとわたしに惚れているから、なんですよね。


 え、違う?


「まあわたしは殿下のツンデレなところ、かわいいと思いますけどね。わたしは、ね?」


「かわいい」とは申しましたが実のところ、わたしはガイウス殿下のことはただの婚約者としか思っていません。

 つまり「男として好き」というわけではないのです。

 今回の婚約は、エルディア教国とグレイン王国を結びつけるための政略結婚でしかありませんからね。


 しかしガイウス殿下のツンデレ発言はいつも、非常に微笑ましく見させてもらっています。

 必死になって自分の気持ちを否定するさまは、まるで子供のようでかわいいからです。

 なんだか守ってあげたくなるんですよね。


「いちいち横槍を入れるな。注意散漫なんだよお前は!」


 ガイウス殿下がワインを一気に煽ったあと、大声でがなり立ててきました。


 空になったグラスにメイドが新たなワインを注ぐと、ガイウス殿下はまたもや一気飲みしました。

 メイドがまたもやワインを注ぐと、ガイウス殿下はそれをグイッと飲みます。

 そしてメイドが再びワインを──


 メイドさん、やめてあげてください。

 飲ませ過ぎです。


 まあいいです。

 とにかく話を続けましょう。


「どうしてガイウス殿下は、みなさまが見ている中で『婚約破棄』などとおっしゃったのでしょう? ツンデレにしては少々やりすぎな気もしますけれど」


「だからツンデレじゃねえって! 人の話を聞けよ!」と、ガイウス殿下は地団駄じだんだを踏みます。


「俺は真実の愛に目覚めたんだ。このユリア・アデライト公爵令嬢によってな!」


 ガイウス殿下の左腕に抱かれていた可愛らしい女の子が、ユリア・アデライトさんです。

 ユリアさんは背が低くお胸もつつましやかではありますが、よく手入れされた銀髪と笑顔がとても素敵な女の子です。


 ユリアさんとはクラスメイトでした。

 誰に対しても明るく接することで交友関係を築き、二大カーストの一角を形成していました。

 ちなみに二大カーストのもう一角は、留学生であるわたしが担っていました。


 もちろんユリアさんとはそれなりに交流はしていました。

 まあ教室で軽くあいさつしたり、ガイウス殿下と逢い引きしているところを軽く注意したりするだけの、ふわっとした関係でしたが。


 そんなユリアさんに、ガイウス殿下は甘い表情を向けます。

 こんな表情を見せるのは、ユリアさんとイチャイチャしているときだけです。


「ユリア。今、みんなの前でだからこそ言うが、俺はお前のことが好きだ」

「えへへ、ありがと。わたしもガイウスくんのこと、大好きだよっ」


 ガイウス殿下に愛をささやかれたユリアさんは、ニコニコと笑っています。

「カミラ皇女殿下の婚約者に抱きつく女って何なの!? いくら公爵令嬢でもダメでしょ!」という女性陣からの嫉妬しっともなんのその。


 ガイウス殿下は名残惜しそうにユリアさんから離れた後、わたしに指をさしながら近づいてきました。


「いま宣言した通り、俺はユリアが好きだ。だがカミラ、嫉妬に狂ったお前は学校でユリアをいじめていたそうじゃないか!」

「別にいじめなんてしてませんよ? 大の仲良し……とは言えないかもしれませんが、クラスメイトとしてのお付き合いをしていたことはガイウス殿下もごぞんじのはずです」

「嘘だ! 『わたしのガイウス殿下に近づかないでください!』って、ものすごい剣幕で怒鳴ったらしいじゃないか!」

「わたしが怒鳴ったことなんて一度もありませんよね? おかしいとは思いませんでしたか?」


 こう見えてもわたし、いつも心おだやかに日々を過ごしております。

 もちろん怒りを覚えることはありますが、あくまで自分の胸のうちにとどめるように心がけています。


 ガイウス殿下は「さすがのお前でもユリアに嫉妬してキレたんだろ!」と騒ぎますが、知りません。


「それに、正確にはこう忠告してさしあげただけですよ。『婚約者がいる男性と二人きりで会うのはやめておいたほうがいいですよ。この場合、女性が一方的に悪者扱いされますからね』と」

「物は言いようだな。要するに『ガイウス様に近づくな』って言ってるのと同じだろ」

「同じではありません。そもそもわたしにはユリアさんをいじめる動機がありません。ガイウス殿下がほかの女性とイチャイチャしているからといって、いちいち嫉妬なんてしませんから」

「はっ、それこそお前がいつも言ってる『ツンデレ』なんだろ!」

「は?」


 自分でもビックリするぐらいの底冷えする声が、思わず出てしまいました。

 ガイウス殿下だけでなく、ユリアさんや他のパーティ参加者まで青い顔をされています。

 あの、怖がらなくてもいいんですよ……?


 みなさま方を安心させようと笑顔を振りまいていると、ガイウス殿下が気を取り直したのか、わたしを睨みつけました。


「俺たちが把握している『いじめ』はまだまだあるぞ。お前は──」


 いわく、ノートや教科書に『旧約聖典』の文言──「女が姦淫かんいんした場合、首の高さまで生き埋めにして石を投げ、悪を浄化せよ」など──を落書きした。

 曰く、「わたしのガイウス殿下から離れないと浄化しますよ?」と言いながら小石をなげた。

 曰く、聖水や聖油せいゆを階段にき、ユリアさんが足をすべらせるように仕向けた。


 曰く、曰く、曰く……

 ですがわたしにはこれっぽっちも身に覚えがありません。


 そもそもガイウス殿下がおっしゃった「いじめ」の内容は、ただ非人道的というだけでなく、はっきり言って神を冒涜ぼうとくする行為です。

 ちょっと人より敬虔けいけんなわたしが、そのようなことをするはずがありません。

 仮にもわたし、エルディア教国と教会組織を統治する教皇の娘ですしね。


「わたしがそんなバチ当たりなことするわけないじゃないですか。そもそも先ほども言った通り、ユリアさんにはこれっぽっちも嫉妬してませんし。どういう理由かは分かりませんが、ユリアさんは嘘をついています」

「ひ、ひどい!」


 先ほどまで笑顔を保っていたユリアさんは、今頃になってガイウス殿下の背中に隠れてしまいました。


「ううっ、怖いよガイウスくん……早くカミラ皇女殿下をどうにかしてっ……!」


「よしよし、俺に任せとけ」とユリアさんの頭を撫でた後、ガイウス殿下はわたしに顔を近づけ、ワインの匂いがする息を吹きかけてきました。


「いじめっ子はな、みんな『やってない』って言うんだよ。早くユリアに謝れ。この嘘つき女」

「嘘つき呼ばわりされるのはさすがに面白くないですね。『ツンデレ』の域から外れていると思います」

「だから俺はツンデレじゃねえって! 何回言わせれば気が済むんだよ、このクソ女ッ!」


 気づいたときにはすでに、パーティ会場の床に崩れ落ちてしまいました。

 いくら王太子とはいえ、教国の皇女であるわたしを突き飛ばしていい理由などありません。

 パーティ会場にいらっしゃるみなさま方も、国王陛下も含めて、冷や汗ダラダラです。


 それに何より、わたしの心臓が嫌な鼓動を立てているのです。

 嫌な予感がします。


「いいか? バカなお前にも分かるように懇切こんせつ丁寧ていねいに説明してやる」


 ガイウス殿下はわたしを見下ろしながら言いました。


「初めて会ったときから、お前のことがずっと大嫌いだったんだよ。いつもヘラヘラ笑ってるところとか、俺をツンデレ呼ばわりしてくるところとか……普段は天然なのに変なところでしっかりしてるところとか、なんでもそつなくこなすところとか! 俺はお前の全部が大嫌いなんだ! だからお前との婚約を破棄をしてユリアと結婚する……分かったか!」


 ああ、本当にガイウス殿下から嫌われていましたのね。

 さすがに罵倒ばとうされるのは心に来ます。


 ここまで言われて「ツンデレ」と言い張るのも無理がありますね。

 ですが他ならぬわたしは、慈悲じひの心を持ってガイウス殿下を許しましょう。


 すっくと立ち上がり、ガイウス殿下に笑顔を向けます。

 笑えているかどうかはわかりませんけどね。


「ガイウス殿下、今この場で謝ってくださればすべて水に流します」

「何を謝れって?」

「一つ目。教国の第一皇女であるわたしに恥をかかせるために、公開婚約破棄をしたんですよね?」

「そんな意図はない。ただ俺とユリアの仲を見せつけたかっただけだ」

「二つ目。今回の婚約破棄はガイウス殿下の独断ですよね? お母さま──教皇聖下せいかからの連絡もございませんし、国王陛下の渋い表情を見れば分かります」

「ユリア──いや人をいじめた時点でお前は犯罪者、つまり国母こくぼ失格だ」

「あなたにだけは言われたくないです。そもそもいじめなんてしてません」

「いちいち口をはさむな! ──つまり何が言いたいかって言うと、お前はもう婚約破棄の事由じゆう抵触ていしょくしてるってことなんだよ。父上や教皇聖下には事後承認してもらえればいい」

「そして三つ目。いくら酒に酔っているとはいえわたしを嘘つき呼ばわりした挙げ句、皇女であるわたしに手を上げるのはダメなのではないですか?」

「お前が俺を怒らせたのが悪い!」

「謝る気なし、と」


 ガイウス殿下は、誰がどう見てもダメな男です。

 更生の余地なしです。


 わたしは大きく深呼吸し、「ヘラヘラした」笑みを浮かべます。


「わかりましたガイウス殿下。婚約破棄を了承いたします」

「──? あ、ああ……最初からそう言えば話がこじれずに済ん──」

「では、王太子の権利は弟のエリアス第二王子殿下に移譲いじょう……ということでよろしいですね?」


 わたしの言葉に、ガイウス殿下は「は?」と言っていぶかるようにわたしを睨みつけて来ました。

 さらにユリアさんは「ふえっ?」ってなりました。


 二人とも、何が起こったか理解できてなさそうですね。


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