『知られざる家訓』
石燕の筆(影絵草子)
第1話
サラリーマンの野木は疲れた様子で家に帰る。
風呂はまだかとか食事はできてるかなどのよくありがちな台詞をその日も台本を読むように妻に言った。
しかし妻はそれにはこたえずに自分を無視して先に寝てしまう。
翌日、テーブルの上の醤油をとるように娘に言うが、娘も昨夜の妻と同じく自分を無視する。
そんな日々が続いたある日。
趣味のゴルフから帰るとリビングに見慣れぬ紙が掛け軸のように、べたりと張ってあるのに気づいた。
そこには
我が家の家訓とあり、
『第一条 会話はすみませんから始める事。
第二条 これに従わない者には会話をする必要なし。
第三条 これを破りし者には重い刑罰を与える』
重い刑罰とはなんだろうと考えながら自室に戻ると自室の床が全てはがされている。
間違いなく家訓を破ったことによる刑罰だと思った。仕方なくその日は廊下で寝た。
翌日あの家訓を思い出した野木は試してみることにした。
「すみません」という言葉から会話を振る。
すると妻と子供は無表情からパッと明るい表情になりいつものように会話をしてくれる。
そうして、野木の普段通りの生活が戻ってきた。
しかし、次第に日ごと家訓は増えていく。
やれ、掃除をしてからでないと話しかけてはいけない。
やれ、出かける際は右の靴から履く。
やれ、南側に金属を置いてはいけない。
そんな様々な家訓を一つ一つ野木はかわしていく。
やがて家訓は99まで増えて、やがて家訓は100に増えた。
100に増えた朝、野木は100個めの家訓を確認したとたんに絶句した。
(野木英男は今日より50余年、火星へ遠征に出掛けねばならない。なお、この家訓が守られぬ場合は、地球の酸素の80%が失われる)とあった。
野木の妻と子供がテレビを観ている。
テレビには臨時ニュースとあり報道陣に囲われ火星へ出発する宇宙服を着た疲れた顔をした野木の姿があった。
『知られざる家訓』 石燕の筆(影絵草子) @masingan
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