『浦島ホテル』
石燕の筆(影絵草子)
第1話
その男がホテルにチェックインしたのは深夜の時間帯。
空いているホテルはそこしかなかった。駅から離れた坂の上にそのホテルはあった。
「どこでもいいから泊めてくれ。汚い部屋でもかまわない。疲れてるんだ」
そう言うと本当にどこでもいいのならとホテルマンが704号室のキーを男に手渡した。
エレベーターで部屋のある階に行く。
そして廊下を渡り704号室のドアをキーで開けて中に入る。
本当にいいんですねなんて言うから幽霊でも出るのかと勘ぐっていたが、なんだ普通の部屋じゃないか。
男はシャワーを浴びるとそのままベッドで崩れるように意識は薄れ寝てしまう。
翌朝目を覚ますとなんだか体が軽い。
嘘のようだ。40を過ぎて四十肩に悩まされていたのになんだか若返った気分だ。
洗面台で顔を洗おうとしたが鏡がない。仕方なしに鏡がないまま適当に洗うと会社のワープロ打ちをちょっとしている間に夜になる。
夕食時。一階ロビーのレストランに行く。いやに子供が多いホテルだった。
あっちこっちでワキャキャと黄色い声があがっている。
落ち着いて食事もできん。早く食べちまって明日はチェックアウトだ。
魚料理なんかを食べたが、あまり味的には美味しくはなかった。
そこで電話が入る。会社からだ。
「大事な書類を明日の朝イチで持ってきて。タクシーか夜行電車に乗って」
そんな上司の電話のあと荷物をまとめて急遽帰ることになった。
チェックアウトをするためロビーに行き、手続きをしようとしたが、フロントマンはそれをやめたほうがいいと拒否をする。
なぜかと問うと、フロントマンはどこかから犬を連れてきてホテルから逃がした。
すると犬は急に苦しみだしてみるみるうちに年老いたようになり白骨になってしまった。
ホテルマンは笑いながら
「外と中とじゃ時間の流れが違うんですよ。中はゆっくり時間が流れてるんです。だから外の時間は中の時間と比べると凡そ数十年近く違いますよ」
男は絶望したように、ガックリと肩を落とし項垂れた。
『浦島ホテル』 石燕の筆(影絵草子) @masingan
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