願い橋

きゃっくん【小奏潤】

ep1 ゆういちの場合

そこは一面の霧の世界。

ぼやぁと見えるのは一つの大きな吊橋。


ここを渡れば霧は少しマシになるのか?

そんなことはない。

あぁ、ごめんなさい、母さん。

最後に「産んでくれてありがとう」と伝えたかったよ。


そんな事を考えていると、霧が少し晴れてきた。


そこに見えたのはだいぶ古い吊橋だ。


「あれ、こんなところに吊橋なんてあったけ?」


そうか、これは夢か。

オレは今、命を引き取ろうとしていた。


(この吊橋を渡れ、さすれば、あなたの願いを一つ叶えよう。その代償は……)


そんな声が聞こえてきた。


今、思い出した。


確か、オレは交通事故に遭って、痛ぇ死ぬと思ったら霧の世界にいたんだ。


願いを叶える橋か、オレの願いってなんだろう?

と真剣に考え出すと、橋が消えだした。


「なんでもいいや、渡ってみよ」


しばらく、オレは意識を失っていた。


「ここは……」


…いち……ゆういち?


ハッとそこでオレは気づいた。

目の前にいるのは、オレが14歳のときに亡くなった母さんの姿だ。


どういうことだ?

でも、オレの願いは、母さんに産んでくれてありがとうと伝えることだ。


よく見ればオレの姿は交通事故に遭ったときと同じ姿だ。


「よく母さんは、オレがゆういちだってわかったね」


「それはあなたが来ると思っていたのですから。それに匂いもあなた、ゆういちだわ」


そうか、母さんは薬の副作用で髪の毛は抜けおち、視力はだいぶ落ちたんだったな。


「でも、ゆういちにしては少し声が低いわね」


そこで、オレは真実を話した。

オレは今、22歳で第3志望の会社に面接に向かう最中に交通事故に遭った。

そして、気づいたら、橋があってそれを渡るとここに来たと。


そんなウソくさい話を母さんは黙ってニコニコしながら、

うんうんと頷いてくれていた。


すると、真実を話したからから、オレの体が徐々に黒くなっていった。


これはもしかして、願いを叶える前に真実を話したから、

天国に行くのでは?


(お前は話しすぎた、願いを早く叶えよ。さすれば、地獄行きは免れよう)


母さんはつぶやいた。


「それはきっと願い橋ね」


「願い橋?」


「古くから伝わる日本の伝説上の橋よ」


また世界は一面の霧の世界。


でも、母さんに「産んでくれてありがとう」と伝えていない。


また母さんの病室に戻ってきた。


今度は母さんは、酸素マスクをしていて、心電図を図られていた。


するとピーと音がなり、母さんの脈が止まった。


「母さん!!」


それと同時に医者が定期巡回に来た。


……さんの緊急オペの用意を!!


一人の医者が叫んだ。


しかし、看護師の一人が、「あの、先生、この患者さん、旦那さんからもう十分生きたから、延命措置はもういいって言われてます」


「母さん、大好きだったよ。産んでくれてありがとう」



オレはその場でボソッと呟いた。

すると、心が洗われたような気分になった。


そして、オレもその場から消え、この世を去った。


(この吊橋を渡れ、さすれば、あなたの願いを叶えよう。その代償は、お前の命)

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願い橋 きゃっくん【小奏潤】 @kokanade_jun

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