次の駅へ着くまでに(2)

「さて。失くしもの探しの基本は二つ。一つは、自分の行動を振り返ってみること。もう一つは、失くしたものを最後に見たのがいつなのか、はっきりさせることだ。その点、どうだい? 最後にお守りを見たのがいつか、思い出せるかい?」

「ええと……。確か、忘れ物をしないように、今日持ってくるものは昨晩の内に、机の上に並べておいたんだ。その時は、確かにあった」

「今朝は?」

「……あっ。机の上に忘れ物がないか何度も確認した!」

「じゃあ、家に忘れてきた線は消えるね。この調子で行こう」


 此花さんがにっこりと眩しい笑顔を浮かべた。


「次は、お守りをどこにいれたか、だね。それは覚えているかい?」

「ええと……大事なものは大概、上着の右ポケットにまとめて入れるんだ。財布と一緒に。多分、そこに入れたと思う」

「なるほど。スマホやICカードはどこに?」

「それは上着の内ポケット」

「一つのポケットに、一緒に?」

「いや。何度も取り出すものだし、どちらかを取り出した時にもう片方が落ちたりしたらいやなんで、左右の内ポケットにそれぞれ別々に入れてあるよ」


 実際、スマホとICカードを一緒のポケットに入れておいて、スマホを取り出した時にICカードがポロっと出てきてしまったことがあった。それ以来、別々に入れるようにしてあるのだ。


「ふむふむ、なるほど。少し見えてきたね」

「ええっ!? もうなにか分かったの?」

「多分、だけどね。――じゃあ、一つ確認を。大空くんは今日、財布をポケットから出したことがあるかい?」

「ええと……。ああ、あるよ。駅に着いた時、ICカードの残高が少なかったから、チャージしておいたんだ」

「駅というのは、私たちの地元の?」

「そう。あそこの券売機でチャージした」

「……ふふ、これでようやく繋がったね」


 ズイッと、吐息がかかるほどの距離まで顔を寄せてくる此花さん。そのあまりの近さに、思わず顔が熱くなる。


「繋がったって……?」

「真相に辿り着いたってことさ。――大空くん、君はやっぱりお守りを途中で落としたんだ。そして、その落とした場所というのが……地元駅の券売機の前、なのさ」

「ええと……つまり、財布をポケットから出した時に、一緒に入れてあったお守りが滑り落ちちゃったってこと?」

「その通り!」


 此花さんはやたらと自信満々だった。

 一方、僕は彼女の推理には一理あると思いつつも、少しだけ疑ってもいた。確かに、彼女の言った通りのことが起こった可能性は高い。けれども、それは「可能性が高い」だけだ。

 本当にその通りのことが起こったと、断言できる程の証拠がない。

 此花さんには悪いけど、可能性の一つ程度に受け取らせてもらおう。


「そっか。じゃあ、後で駅に連絡して、落し物がないか聞いてみるよ。ありがとね、此花さん」

「ああ、それは不要だよ、大空くん」

「えっ?」


 不思議がる僕の前に、彼女が手のひらを差し出す。そこには――。


「ああっ!? 僕のお守り! え、どうして……? なんで此花さんが?」

「あはは、すまないね。実は、君が落としてすぐに、私が拾っておいたんだ」

「え、ええええっ!?」


 電車内であるにもかかわらず、思わず大声を上げてしまう。ガラガラの電車で良かった。満員電車だったなら、相当に恥ずかしい思いをしていたところだ。


「ど、どういうこと此花さん? なんで拾ってすぐに渡してくれなかったのさ」

「うん、それは本当に申し訳ないと思ってるんだ。――お守りをすぐに渡さなかったのには、二つ理由がある」


 此花さんは申し訳なさそうな顔をしながら、右手の人差し指と中指を立てた。


「一つ目の理由は、君を落ち着かせたかったから、さ」

「落ち着かせる?」

「ああ。私達にはこれから、難関校の入試という一大事が待っている。心を落ち着かせて挑まないと、受かるものも受からない」

「それは……そうだね。でも、それとお守りをすぐ返してくれなかったことに、何の関係が?」

「もし、普通にお守りを返した場合、君のことだから『やった、お守りが返ってきた』と素直に喜んだりは、しなかったんじゃないかな。恐らくだけど、『お守りが返ってきたのは良かったけど、またこんなケアレスミスをしたらどうしよう』とか、思ってしまうんじゃないかい?」

「うっ……」


 図星だった。僕にはネガティブ思考の傾向がある。何かを失敗してしまった場合、一日中それを引きずって気持ちが落ち込んでしまいがちだ。ようはメンタルが弱いのだ。

 此花さんとは、そこそこ長い付き合いだ。僕のそう言った性格は、すっかり知られてしまっているらしい。


「でも君は今、私の手助けがあったとはいえ、失敗――何故、お守りを落としてしまったのか、その原因を突き止めてみせた。原因が分かれば対策も出来る。スマホとICカードを別々の場所にしまうことにしているように、ね。『失敗は成功の母』とも言う。君は失敗から学び、それを克服する方法と機会を得たのさ。それはきっと、自信に繋がる」

「そういう……ものかな?」

「そういうものさ。君が今やったのは、筋道を立てて考えること、つまりは論理的思考だ。これから難関の入試に挑む私たちにとっては、丁度いい準備運動になったんじゃないかな?」

「つまり、頭の体操ってこと?」

「そう、準備は万端って訳さ! だから、がんばって」


 太陽のように眩しい笑顔を浮かべながら、此花さんが断言する。

 ――不思議だ。先程まで落ち込んで不安だったのに、此花さんに言われるとなんだか元気が湧いてきて、自信もみなぎってきた気がする。

 好きな人に励まされることが、こんなにも力になるだなんて、知らなかった。


「ありがとう、此花さん。なんだかやれる気がしてきたよ。……あ、そう言えば、もう一つの理由っていうのは?」

「ああ、それは……それはね――」


 何故か此花さんが言いにくそうに口を開いた、その時。車内に車掌のアナウンスが流れ、目的駅への到着を告げた。

 電車は急激にスピードを落とし、停車しようとしている。


「っと、もう目的地だね。降りる準備をしないと。忘れ物がないか確認、とかね?」

「あはは、それもそうだね」


 二人して笑い合いながら、お互いの身の回りを確認する。――よし、忘れ物はない。

 電車が停まり、「プシュー」という音を立ててドアが開く。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


 此花さんに促され、一緒に電車を降りる。

 以前ならば、彼女と話す時には少し緊張していたけれども、なんだかそれも上手くほぐれていた。この五分ほどで、ぐっと仲良くなれた気がする。

 「もう一つの理由」とやらは聞きそびれたけど、試験が終わった後にでも、ゆっくり聞けばいいのだ。焦ることはない。

 チラリと彼女の横顔を盗み見る。と、彼女も丁度こちらを見たところだった。――視線と視線がぶつかる。


「ああ、そうだ。大空くんに一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

「もちろん。他でもない此花さんのお願いなら、なんでもきくよ」

「……それじゃあ、その。私にも一言、『がんばれ』って、言ってくれるかい?」

「えっ、僕なんかの『がんばれ』でいいの?」

「むしろ、君に言ってほしいんだ」


 此花さんの目は真剣だった。心なしか頬が少し赤い。


「私だって、不安にはなるんだよ? 緊張だってする。地元駅で君を見かけて、お守りを落としたのを見た時だって、『どうやって話しかけようか?』なんて、かなり悩んで緊張したものさ」

「ええっ? でもいつも、普通に話しかけてくれてるじゃないか」

「君の前だから、恰好つけているのさ。いつも内心ではドキドキしているよ。今だって、そうさ。だから――」


 気付けば、彼女の顔は耳まで真っ赤になっていた。

 ――名探偵ならぬ僕にだって、その理由はすぐに察せられた。おかげで、こちらの顔まで真っ赤になった。


「此花さん」

「うん」

「がんばれ!」

「……ありがとう、大空くん。一緒の学校に、通えるといいね」


 ――次の春が来て、僕らは同じ電車に乗って、一緒に登校する仲になるのだけれども、その話はまた、別の機会に。


(おしまい)

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次の駅へ着くまでに 澤田慎梧 @sumigoro

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