最終話 奇跡のクリスマス
糸子さんと過ごすはじめてのクリスマスイヴ。もちろんおれは、劇場部のみんなと一緒に白百合家のパーティーに誘われたわけだが、そこで思わぬことに、おばさんが予定より早く産気づいてしまった。
とにかく早く病院に連れて行くとあって、とてもパーティーどころじゃない。
不安そうな糸子さんと、トモくんに手を握られた状態のおれは、彼女たちと一緒に病院に付き添った。
みんなも後から来た。
おじさんは出産に立ち会った。
おばさんの叫び声が聞こえる廊下で、おれたちは心配を隠せないまま待ちわびる。
「赤ちゃん。心音に雑音があるそうなのです。産まれてすぐに手術はしなくてすみそうなのですけれど、いずれは必要になるだろうって、お父様が」
糸子さんのその言葉を聞いてはじめて、おじさんがおれに外科医になれと言った理由がわかった。単に後継者が欲しかったわけじゃなくて、生まれてくるお嬢さんのことを思ってのことだと知ったのだ。
おれは、おじさんのお嬢さんへの深い愛情を知り、改めて覚悟を決めることにした。
「糸子さん、おれ、心臓外科医を目指すことにするよ」
「それならぼくは、内科医を目指そうかな」
おれの決意に対して、薫があんまりあっさり言い放ったものだから、おや? と一同の顔が薫に集まる。
「親父さんの後を継がなくていいのか?」
「ああ、それなら弟が継ぐことに決まったから。言っておくけど、父さんと喧嘩したわけじゃないからな」
薫と親父さんはよく喧嘩をしていたけれど、弟くんとはとても仲良しだから、特に心配はしていなかったし、もし薫が内科医でおれをバックアップしてくれるのならば心強い。
「よしっ、共にがんばろう!!」
「ああ。たのんだぞ、心臓外科医」
おれは薫と握手した。その時、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。
時間は深夜を超えて、クリスマス当日。運のいいことに、赤ちゃんは今のところ元気だという。
安心したおれたちは、廊下で脱力してしまった。
なのに、気づいたらおれと糸子さんの二人っきり。おい、みんなどこに消えた?
「みな様は、お飲物を買ってくるそうです」
「あ、そうなんだ」
だとしたら、渡すのは今しかないっ。
おれはズボンのポケットからテグスとビーズで作ったブレスレットを取り出した。言っておくけど、ビーズはちゃんと、スワロフスキーなんだぜ。
「メリークリスマス。今回はお金がなかったから、手作りでごめん」
「メリークリスマス。ありがとう、努様。手作りって、とてもうれしいです。努様は意外と器用なのですね。ふふっ」
糸子さんが笑うと、とてもしあわせな気持ちになる。そして、不思議なことに、こんな風に糸子さんと笑っていたことが、遠い昔にあったような気持ちになるんだ。おれは、思い切ってそのことを糸子さんに聞いてみようと意気込んだ。
「あのさぁ、糸子さん。なんか、時々、別の次元かなっていうようなおれたちの姿が見えることってない?」
「ふふっ。努様もあるのですね?」
ああ、やっぱり糸子さんも同じように感じていたのか。
「でも」
糸子さんはつづける。とても慈愛に満ちた、やさしい声で。
「わたくしたちは未来を生きるので、別の次元とかは関係ありませんよね?」
「うん。そうだね」
そう言って、糸子さんはブレスレットをつけた手で、おれの手をつないだ。いつもとは違う、恋人むすびってやつ。
「糸子さん、しあわせにしますからね」
「わたくしも、後悔させませんわよ?」
口づけはまだお預け。だっておれたちはまだ中等部だから。まだまだ先は長い。これから先の未来を、おれたちは歩いて行く。めでたしめでたしっておわる、その時まで。
おしまい
〈これにて、『ゲキジョウ部 〜Between that world and this world〜』は終了いたしました。最後までのお付き合い、まことにありがとうございます。お忘れ物のなきよう、お足元にお気をつけてお帰りください〉
閉演ブザーの音
〈完〉
ゲキジョウ部 〜Between that world and this world〜 春川晴人 @haru-to
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます