第10話 水族館デート
いや、本当は糸子さんと二人っきりがよかったんだけどさぁ。はじめてのデートなわけよ。中等部のガキンチョよ。ガッチガチに緊張しているわけよ。
「ツトムおにーちゃん、あれ、なぁに?」
「うん? あれはなぁ、イワシって言うんだぞ。イワシの漢字は魚へんに弱いって書くけど、イワシを食べると骨が丈夫になるんだ」
「だったら、努には効果がなかったってことになるな」
薫がおれの脇腹を突っついた。おれと糸子さんのはじめてのデートは、トモくんを中心に劇場部のみんなでワイワイしている。おかげで緊張は解けたけれど、なんていうかな。ちょっとものたりないっていうか。
「努、あのイルカ、ぼくよりかわいい?」
「いや、まちがいなく響の方がかわいい」
響と舜は常時こんな感じで。あ、でも二人はそういう関係では一切ない。
トモくんが一緒なのをいいことに、最前列でイルカのショーを見せてもらう。そしてシャチの豪快なジャンプで水しぶきを浴びる。肺炎がぶり返すんじゃないかって? そんなの、全然問題ない。おれには糸子さんという特効薬がついていてくれるからなっ。
夏休みはなかったけれど、今をエンジョイしているから、それでいっかなぁ。
なんて思っていたら、売店で素敵な物を発見。みんなに見つからないようにこっそりお会計を済ませた。
「じゃあ、ぼくたちは先にトモくんを送り届けるから」
「え? みんな?」
どうやら、気を利かせてくれたらしい劇場部のみんなは、イルカのぬいぐるみを抱きしめて笑っているトモくんを連れて、一本先のバスに乗って行ってしまった。
「あ……」
おれも予想外だったけれど、糸子さんにとっても予想外だったようで、さみしそうに微笑んだ。
「なんだか、急に静かになってしまいましたね」
「い、糸子さんっ」
「はい?」
おれは、ポケットからさっき売店で買っておいたイルカの模様のついた指輪を取り出した。
「今はまだこんなのしか買えないけど、いつか、本物のダイヤをプレゼントしますから」
糸子さんはふんわりと微笑んで、ありがとうとくだけた口調で言うと、付けてくださいな、とかわいらしくせがんだ。
おれは、糸子さんの右手の薬指に指輪をつけた。糸子さんの内側からわき出るうつくしさと、イルカの持つパワーがあいまって、安物なのに、とてもよく似合っていた。
「うれしい。努様、大切にしますね」
「おれも、あなたを大切にしますから」
よしっ。もうモブとは言わせないぞっ、と意気込んでいたところに、通りすがりの男の子に水鉄砲をくらってしまい、せっかく勇気を出してカッコつけたのに、糸子さんに笑われてしまったのだった。
やっぱりおれって、モブなんだよなぁ。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます