トモくん、やさぐれる[完]
すっかり日が暮れてしまったので、トモくんに飲ませたグレープジュースの空き瓶を回収して、おれが二人をエスコートすることになった。
きっと、白百合のお宅では大慌てになっていることだろう。
はっと気づいた糸子さんだったけれど、慌てすぎてスマホを持ってくるのを忘れたことに気がついた。こういう、意外とおっちょこちょいなところもとても愛おしい。
「ああもう。大事な時ですのにっ」
心底悔しがった糸子さんを前に、おれもそろそろガラホでいいから買ってもらえるよう両親に相談してみることにした。
糸子さんが、とても慈愛のこもった瞳でトモくんを見つめている。二人をつないだその手は、かたい絆で結ばれたことだろう。
白百合家に到着すると、トモくんは玄関のドアが開く前におれの後ろにかくれてしまった。がんばれ、トモくん。みんな叱られながら大人になってゆくんだ。
「いいお兄ちゃんになるんだろう?」
おれが振り向いて言うと、トモくんははっとした表情でおれを見上げて、コクリと大きく頷いた。
「ただいま帰りました。トモは、防波堤におりました」
ドアが開く音と、白百合さんの旦那様が現れるのはほぼ同時だった。
「あのっ」
差し出がましいような気がしたけれど、ここはひとつ、おれが芝居を打たなきゃならない。
「おれが悪いんです。おいしいグレープジュースを飲ませてあげるって約束していたのに、ずっと忘れてしまっていて。だから、トモくんを叱らないであげてください!!」
おれがビニール袋に入ったグレープジュースを旦那様に差し出して頭を下げると、わっはっはっと豪快な笑い声が鼓膜を震わす。怒ってない?
「まあ顔をあげないか、努くん。きみたちはいつも、妻のことも含めて家の手伝いまでしてくれていると聞く。どれ。それが噂のグレープジュースか。よろしい。今回は努くんに免じてゆるすとしよう。だがな、トモや」
旦那様はそう言って、やさしくトモくんを抱きしめた。
「妻はまだあまり動くことができないのだから、あまり心配させないでくれないか? みんな、トモのことを心から愛しておるのだから」
「うえっ。おとうさま、ごめんなさいっ!!!」
ああ、またしても美しいものが見れた。白百合家はいつだって愛にあふれているんだな。
「さぁ、努くん。きみだってまだ帰ってからやることがあるのだろう? ここはもう心配しなくていいから、早く戻りなさい。それから、トモの良き理解者となってくれて、どうもありがとう」
「い、いえ。こちらこそ、弟ができたみたいでうれしかったですから。またなにかお役に立てることがありましたら、いつでもおれたち劇場部を呼んでください」
「このお礼は必ず近いうちにさせてもらおう。いずれまた、な?」
「はいっ、夜分に失礼しました」
そうして、ひかえめに手を振る糸子さんに目配せすると、おれは丁寧にお辞儀をして、白百合家を後にするのだった。
ちなみに、おれが帰り着いた時には、母さんお手製の唐揚げはすっかりさめてしまっていたが、みんなはまだ夕飯を食べずに待っていてくれた。
家族って、あたたかいな。
つづく
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