トモくん、やさぐれる[三]
空き瓶を防波堤の上に置くと、トモくんはおれの顔を見て、また泣き出した。
「うん。今のうちにたくさん泣いておいで」
そう言うとおれは、トモくんの華奢な体をやさしく抱きしめた。
「知っていると思うけれど、トモくんはお兄さんになるんだ。生まれてくるお嬢さんはどうやら体がとても弱いらしいんだ。大人たちは、お嬢さんの命を守りたい。トモくんが生まれる時にも、きっとおなじようにみんなで団結して、頑張ったんだと思うんだ」
「でもぼく、わるいこだから、みんなにきらわれてる」
「そんなことないさ。きみはただ正直なだけ。大丈夫。おれたちが少しずつ、ずる賢い生き方を教えてあげるから。これ、白百合家のみんなにはナイショな?」
「ナイショ?」
その響きが気に入ってくれたのか、トモくんの涙はぴたりとやんだ。
「いいかい? お兄さんは妹を守ってあげなければならない。なぜなら赤ちゃんというのは、とても弱い存在だから。だから、家族のみんなやほかの人たちもトモくんより先に、お嬢さんの方を見ることが増えると思う。けど、大丈夫。みんな、きみのことを嫌いになったり、忘れたりはしない。きみがとてもやさしくて、愛情深いことを知っているから」
トモくんははずかしそうにもじもじし始めた。
「もしも、きみの悪口を言う人がいたら、おれに話して欲しい。とっちめてやるからな。あと、家族には言えないような悩みがあったら、おれだけには話して欲しい。一緒に解決策を見つけよう。それと、家族はとても大切だから、今あるこの人生をやけになって捨てたりしてはいけないよ。ほら、海を見てごらん」
夜の海がこわいのか、トモくんは、おれの腕にしがみついた。
「お母さんのお腹の中って、きっとこんな風だったんじゃないかな? 夜は少しこわく感じるかもしれないけれど、昼間はあたたかく感じるだろう? 生まれる前はこわかったかもしれないけれど、お母さんのお腹の中で、大切に大切に育てられてきたんだ。それは、みんな一緒」
トモくんはおずおずとおれの顔を見上げた。
「だから、そんな風に自暴自棄になったりしたらいけないよ? みんなが心配しているんだから」
「でもっ、でも、だれも来てくれないよ?」
「そうかな?」
おれの視線の先には、糸子さんが息を整えているところだった。
「トモ、大丈夫?」
「おねーちゃんっ!! ぼく、わるいこでごめんなさいっ!!」
トモくんは防波堤から飛び降りて、糸子さんに抱きついた。
「トモは悪い子なんかじゃないです。わたくしが、きちんと目を配ってさえいたら、あなた様を追い詰めたりしなかったのです。ですから、どうかトモくん? これからはなんでもわたくしにお話してください。大好きです、トモくん」
ああ、なんと美しい光景だろう。おれは、自転車のライトをつけて二人に帰ろうとうながした。どんなに美しくても、時間が無限にあるわけじゃないからな。
つづく
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