第5話 5回目の間違い電話
あれから数年経ち、デザイン事務所もその時に付き合ってたアシスタントデザイナーだった彼女に譲り、私は知り合いの商社で働くことにした。
バブルが弾けて、安かろう悪かろうが大手を振っている世の中だ。本当に力のある事務所か、金を持ってる事務所しか生き残れない。
ま、私には経営者の才能はなかっただけ。世間は良いデザインを追求するより、安さを求められる広告代理店や印刷会社が多くなり、写植屋さんがデザイン事務所の看板を出したのをキッカケに、私は廃業したのだ。
で、知り合いの会社で働いてるある日またあの電話が鳴った。
「はいXXですが。」
「あの。○○さんじゃ?」
久しぶりに旧友に会えたような気持ちになり思わず
「ああ。。○○さんのお知り合いの方ですか?」
「あ、はい。○○さんの妹さんと同級生です」
妹さんも居たのか。
「あの。○○さんは今どこに?」
で、かなり久しぶりだが、最初からの間違い電話の話をした。普通ならこんな変な話はしないのだが、この家族の今を知りたかったからだ。
「じゃあ、○○さんのご家族は皆誰も知らないんですね。。。」
「残念ながら、そうなります。ちなみにですが、あなたは今日わざわざ○○さんに電話する気になったのは何ですか?言いたくなければ言わなくてもいいです。ただ、電話でしか聞いてないけど、○○さんのお兄さんと、お父さん、今度は妹さんまで出て来たので、もし宜しければ、少しだけでもお話を聞かせください。」
しばらく考えたようで、沈黙があり、やがて決心したかのように話し出した。
「実は今日私、結婚式だったんです。○○さんの妹さんとは仲良かったんですが、喧嘩して以来電話もしてなかったんですが、さすがに今日は○○さんの妹さんに結婚したと伝えたら、また仲良くなれるかなと思ったんです。でも妹さんには繋がらず、たまたまお兄さんがいたのを思い出して掛けてみたんですが、、、。」
なんとも言えない気持ちになった。(見ず知らずの方だけど)結婚のお祝いを述べて、○○さんと連絡ができればいいですね、と電話を切った。
これからまた電話が来るかもしれないと思い、番号は変えずにいたが、さらに十数年後。
今から2年前に脳出血で倒れた後に、古くなったiPhoneをやめて、嫁さんの稼ぎで使えるAUで一番安いガラケーに替えたので、もうあの間違い電話は無くなった。嫁さんが日本語はあまり分からないからスタッフに勧めるまま、新しい番号で契約したのだ。
当時は私の記憶障害や言語障害がありスムーズにコミュニケーションが取れなくて、新しい番号で心機一転でスタートするには丁度良かった。
でも、未だにあの家族のことは気になっていました。
ちなみに脳出血で倒れた時に人の名前とか全て忘れてしまい、あの家族がどんな名前だったかも分からない。
現在だと、名前を名乗らない電話は拒否するのが普通だが、当時は間違い電話があっても、着信が残っていれば、わざわざ電話して確認したものです。
ここからはこの場を借りてのメッセージです。
○○さん。
ずいぶん時間が経ちましたが、少なくとも五名のうちの一人の方からのメッセージをここに書き示めしました。
妹さんの大切なお友達だそうです。
できれば伝えてあげてください。
多分、これで分かると思います。
私への連絡は結構です。
私はこういうのはわかるんです。
苦手なんです。
あなたが掛けてるの、間違い電話ですが。 clipmac @clipmac
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