第8話 ふしぎな編入生

 社会科見学から三日が経った。


「お前、いつまでその花持ってんだよ。あと、麦わら帽子なんて今まで被ってたか?」

「別にいいだろ」


 友達のツッコミに無気力に答え、僕は机に突っ伏す。

 何となく身体が重くて、だるいのは、あの日に出された宿題の多さにゲンナリしているからであって、別にほかのことで落ち込んでいるわけじゃない。


 そう思っていると、チャイムが鳴った。


 慌ただしく皆が席に着いた後に、先生が入ってくると教室内が静かになる。

 面倒くさいが、僕も無理やり姿勢を正した。


「おはようございます。今日は、編入生を紹介します。――どうぞ、入ってください」


 先生が呼ぶ声に反応して、ドアが開く。


 編入生が入ってくると、静まっていた教室で歓声が上がった。


「外国人だ!」

「すごい! お人形さんみたいできれい!」

「ほんと、すごい可愛いね!」

「皆静かに。――編入生さん、自己紹介をお願いします」


 皆や、先生の声。

 そのどれもが、僕には届かなかった。


「フランスから来ました! シトリーネです! 絵や彫刻が好きで、よく美術館に行きます。もしわたしと友達になってくれたら、一緒に美術館にいきましょう! そのときは、わたしがガイドさんをやります! ――皆さま、仲良くしてください!」


 聞き覚えのあるハツラツとした声。

 僕の見間違いなんかじゃない。


「シトリーネ……!」


 思わず立ち上がってしまい、僕は一気に注目を浴びる。


「おや、瀬戸くんはお知り合いでしたか?」

「は、はい」

「そうですか。では、シトリーネさんはしばらく瀬戸くんに色々と教わってください」

「分かりました!」


 シトリーネの元気の良い返事で、ホームルームが終わった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 授業の間にある休憩時間。

 僕は奇跡の再会をしたシトリーネに麦わら帽子を返して、人気のない場所で話しかけると、あの後、どうなったのか教えてくれた。


 僕をルブラン美術館に帰したあと、シトリーネのいる世界のセント・ルブランドール美術館の崩壊が本格的に始まった。


 空がバラバラに崩れ落ちて、シトリーネが潰れされかけたそのとき――石柱さんが空の破片を支えてくれた。


 それでも、いずれ世界がバラバラになって、シトリーネも消えちゃうはずだった。

 訪れるそのときをじっと待っていた。でも、急に胸が温かくなって……そこに触れてみると、大きな丸い球――が出てきて、気づいたらルブラン美術館にいた。

 そして、さらに驚くことに、像だったはずの硬い身体も、自由に動けるようになっていたらしい。


 もしかしたら、作品を見た誰かの記憶に強く残ると、シトリーネたちは、あの水晶玉を作り出して、外でも動けるようになるのかもしれない。


「そんなことがあったのか。でも、また会えて本当に良かった」

「わたしも! ユーちゃんとまた会えて嬉しい!」


 シトリーネがぎゅっと僕の手を掴んだ。


 ――冷たい!


 びくっと僕の身体が震えると、シトリーネが慌て出した。


「あ、ごめんねっ! わたし、動けるだけで身体は像のままなんだー」


 僕の手を急いで放したシトリーネは、自分の手をふりふり。その後、皆には秘密だよ? って付け足された。


 そして、決意がこもる碧の目を僕に向ける。


「わたし、新しい夢ができたの。外の世界の皆と仲良くなって、一緒にルブラン美術館に行って、皆に作品のことをたくさん知ってもらって――それで、ばあやに会いに行くの。人と仲良くなっても、作品に込められた思いはちゃんと伝わるって教えてあげたいんだ!」

「え、ばあやって、いなくなったんじゃ……?」


 僕は疑問を投げかけると、シトリーネはゆっくり首を振った。


「ううん。きっとあそこにいるよ。作品は絶対に死なないってご主人様は言ってたから」


 ご主人様の意思――しきりにばあやが言っていた言葉がふと頭を過ぎる。


 ――ばあや、本当は、悪い人じゃなさそうだしね。


「実はね……あともうひとつ夢があるんだ」


 人指し指をつんつんしながら、シトリーネは、そんなことを言い出す。


「僕はどっちも応援するよ」

「ほんと?」

「うん」

「じゃあ……んっ」


 シトリーネは、そっと身を乗り出すと、僕の唇にキスをした。


「えへへ。いっぱい仲良くしてね――ユーちゃん」


 からかうようにそう言うとシトリーネはにっと笑った。









 のちに、彼女は、ルブラン美術館の名物ガイドさんになる。

 そして、美術品のような美しい容姿と、幼い女の子のような愛らしい笑顔から、人々は彼女をこう呼んだ。


 ――彫像の少女――と。

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【短編】彫像の少女 ~シトリーネ~ たかしゃん @takasyan_629ef

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