第7話 僕の気持ち

 気が付くと、僕はロビーに立っていた。

 周りがやけにうるさいな。


「悪い。待たせたな」

「え?」


 突然、声が聞こえてその方を見ると、友達がよっと手を上げていた。


「いやー、トイレが意外にも混んでてなぁ。俺が女子じゃなくてほんとよかったぜ」

「トイレ……?」

「ん? 言わなかったっけ……って、なんだそれ」


 不思議そうに友達が僕の手を指さす。

 見ると、そこには白い花――スズランが握られていた。


「拾ったのか?」

「いや、くれたんだ……」

「誰が?」

「それは、その……」

「まーいいけど。じゃ、整列しようぜ。漢字の書き取りは増えちまったけど、算数は減らしてもらおうぜ!」

「う、うん」


 友達に促されるまま、僕は集合時間ちょうどに整列した。


 全生徒が集まり、ロビーを出ると学校に帰るためバスに乗車し始める。

 そして、僕が乗る順番が回ってきた。

 なんとなく、手に持ったスズランを見る。


 ――まだ、帰れない。


「先生」

「瀬戸くん、どうしましたか?」

「美術館に忘れ物をしたので取りに行っても良いですか?」

「仕方ないですね。なるべく早く戻ってきてください」

「分かりました」


 先生の了解を取り、僕はひとり美術館に戻る。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ロビーに入り、あの像を見つけて、その前に立つ。


「ごめん。一緒にって約束したのに……僕だけになっちゃった」


 ひとり、謝った。


 ――もう一度、この花を握らせれば、向こうにいける?


 一瞬、そうも考えたが止めた。

 それは、彼女の決意に、水を差すと思ったから。


 でも、これは許してほしい。


 僕は、そっと、美しい像にそっと顔を近づける。

 口先で感じたそれは、ひんやりとした中に、温かな思いがあふれ出ていた。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 像を離れ、バスに乗ろうとしていると、


「忘れ物をしたって子はキミかな?」


 おじさんが僕に駆け寄ってきた。

 館長の伊沢さんだ。


「あ、はい」

「先生から連絡があってね。館内を色々探したんだけど、見つからなくて」

「ああ、それは……その」


 どう答えていいものかな。


「ひょっとしたら誰か届けてくれているかもと思って館長室に戻ったんだけど……これが、フックにかかってたんだ。私は見覚えがないし、スタッフのものでもないそうだから、君のじゃないかな?」


 そう言って、伊沢館長が差し出してきたのは……麦わら帽子。


「これは……はい。僕の忘れ物です」

「そっか。良かった。また良かったら美術館に遊びにおいでね」


 膝を折って目線を合わせてくれる伊沢館長。

 その答えは、決まっている。


「はい。必ず!」


 そして、僕は帰ってから今までつけたこともない日記を書いた。

 今日あったことを忘れないように。


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