解決

「本当ですか!? 鍵はどこに!?」

 思わず小春は先輩に顔を近づけた。


 期待しながら彼の言葉を待つが、

「ごめん、限界。時間切れ」

 なんと先輩は、目にも止まらぬ早さでベッドに寝転がり、カーテンをシャッと閉めた。


「え、ええ!? ちょっと、先輩!? いくらなんでも、もう少し頑張って下さい!」

 時間切れとは、五分経ったと言うことか。それにしたって、これは酷すぎる。

 小春はカーテン越しに必死で呼びかけた。


「あー、分かってる分かってる。えっと、キミが失くしたのは鍵だけじゃないでしょ」

「はい?」

 思わず首を傾げる小春。

 葉隠先輩はカーテンの向こうから、小春にこう問いかけた。


「キミが今朝着ていたはずの上着、どこに行ったの?」

「上着? ブレザーのこと……ああっ!?」

 そうだ。鍵の方に気をとられていたが、今朝、着てきたはずのブレザーがない。

「体育の授業の時に脱いで、そのまま?」

 着ずに置いてきてしまったのではないだろうか。


「うん。そんなことだろうと思った。で、肝心の鍵だけどね」

 彼の静かな声が響く。


「多分、そのの中だよ」


「な――探してきます!!」

「そう、探しに行くなら職員室だね。鍵、届いてなかったんだろう?」

「ありがとうございます!」

 彼の言葉を受けて、小春は一直線に職員室へと向かった。


 その後は予想通り。

 届けられていたブレザーを受け取り、そのポケットの中を探ると、ちゃんと鍵が出てきたのである。

 くしゃくしゃのプリントやらハンカチやら、それらによって巧妙に隠されて。


「整理しよう……」

 猛省した小春であった。





「失礼します」

 声をかけ、小春は再び保健室の扉を開く。

 昨日とは打って変わって、今日は少し肌寒い。それなのにまた、保健室の窓は開いていた。

 今日も島座先生の姿は見えないが、もいないのだろうか。


「なんだ、またキミなの? 今日は何?」

 良かった。ベッドの方から聞こえた声に、小春は表情を輝かせる。

 葉隠仙葉は今日もベッドに腰掛け、欠伸をかみころしていた。


「お礼を言いに来たんです。昨日は本当にありがとうございました」

 おかげで無事に見つかりました。そう言って小春が笑うと、彼は少し顔を背けて頷く。

 照れているようにも見えて、少し微笑ましい。


「その為にわざわざ来たの?」

「いえ、実は……。ブレザーのこととか、鍵の場所とか、何で先輩には分かったのかが気になって。教えていただけないかなぁって」


「はぁ、見つかって良かったねで良いじゃない。面倒だな」

 彼は苦虫を噛み潰したような顔をして、また欠伸を一つ。



「んー、キミはそもそも慌てていて咄嗟に鍵をどこかにしまったんでしょ?」

「え、ああ、そうですね」

 突然先輩が言った言葉に、小春は戸惑いつつ頷く。


「咄嗟に物を入れるのに都合の良い場所なんて、それこそ服の中くらいじゃない? 通学鞄はその、開けたりとか、そういう動作がいるでしょ」

 だからここは最初から候補に入れてた訳。彼は自分のブレザーのポケットを軽く叩いた。


「でもキミ、服のは探したって言ったでしょ。また落としたのかと思ったけど、基本友人と一緒だったって言うし、人目もあるし、落としたなら誰かが気づきそうだなって」

 目はとろんとしているのに、先輩は驚くほど饒舌だった。

「ましてここは学校。鍵なんか拾って悪用しようって輩は――まぁ、まずいないだろうしね。落ちてたら誰かが拾って、先生にでも届けるのが普通かなと」


 ようやく小春は、先輩が自分の質問に答えてくれているのだと気づいた。


「でも鍵は届いていなかった。さてどう言うことだと考えると――どうやらキミは、その時着ていたしか探していないらしいと気づいた。キミは、冬服で登校してきたはずなのにね」


 確かに、経緯を説明した時に、そのような事を言った気がする。


 浴びせられた怒涛の“解説”に、小春の頭は置いてけぼりだ。

 どうにか納得した頃には、再び先輩はベッドへ寝転がっていた。


「これで分かった? もう寝るから、おやすみ」

「あ、あの! 先輩!」

 またカーテンを閉められそうになった所を、慌てて引き止める。彼は身を起こし小春を軽く睨む。


「その前に、これを。ささやかですけど昨日のお礼です」

 小春は先輩に小さな紙袋を差し出した。

 受け取った彼は、その紙袋の中身を取り出し、怪訝そうに眉を顰める。


「えっと、目隠し?」

「目隠しって……アイマスクですよ」


 よく眠れるように思って。そう言うと、彼は納得したようにああと声を漏らす。

 昨日から時々、葉隠先輩の表現が独特だ。

 面白い人だなぁと、小春は思わず口角を上げた。


 先輩はアイマスクをいそいそとつけ、再びベッドに寝転がる。

「ありがとう。それじゃ、おやすみ」

「はい! おやすみなさい」

 ゆっくりとカーテンが閉められると、保健室は穏やかな静かさで満たされる。


「学校で『おやすみなさい』なんて、変なの」

 小声で呟いて、小春は可笑しそうに笑う。

 胸の中は何故か、じんわりと温かかった。





 養護教諭の島座が保健室へ入ろうとした時、ちょうど一人の女子生徒と出くわした。

 彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頭を下げて廊下の向こうへ消えていく。

 私に用があった訳ではないのか。

 疑問に思いつつ、島座は室内に目を遣って、

「なるほど」

 そう呟いて、深く頷いた。


 彼女は保健室に入ると、ベッド周りのカーテンを開き、そっと中を覗く。

 予想通りの光景に、柔らかく目を細めた。


「また、人間ひとのお手伝いをしていたのね」


 グレイヘアを片手で撫でながら、彼女はベッドの上に丸まったを見つめる。

 ふさふさの尻尾で隠されたその顔は、紺色のアイマスクがつけられていた。規則正しく体が上下し、幸せそうな寝息が聞こえてくる。


「それにしても、五分間しか変化を保てない化け狸と言うのも、厄介なものね」


 島座がから聞いた話だと、化け狸の世界ではせめて半日は変化を保てないと一人前、いや一狸前いちたぬきまえとは認められないそうである。


 しかし、夜は妖の世界で修行に励んでいる癖に、昼も時折“修行”と称して人に化け、その悩みを聞く。

 それで貴重な昼の睡眠時間を削るくらいなら、しっかり休めば良い気もするのだが。


「そのくらい人間ひとが好きなのよね。キミは」

 島座は差し入れの甘夏をそっとベッドの上に置いた。

 その香りに釣られて、彼の鼻がひくひくと動く。



 当分葉隠仙葉は、『眠れず上がれず』のままになりそうである。

 

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眠れず上がれず葉隠先輩 寺音 @j-s-0730

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