それは群青に咲く白百合のようで
青鳥赤糸@リギル
Playlist
Track 01 それは始まりを告げる風のようで 前編
ドアノブを回し、一般的なものよりも少し重いドアを押し開ける。
外に出ると、ほんの気持ち程度の風が髪を撫でる。今日の風は穏やかだ。
適度な陽射しに、おろしたての半袖の制服で丁度いいくらいの気温。今日は日当たりのいい場所がベストかな。
障害物も何も無いフェンスに囲まれた空間。そんな中から過ごしやすそうな場所に目星を付けたなら、目当ての場所に移動して少し雑に肩から鞄を下ろした。
「ん……んぅーん!」
両手を前に組み、空に向かって手のひらを大きく伸ばす。肩や首周りの筋肉がほぐれて気持ちがいい。
限界まで背伸びをして、できる限り体を引き伸ばす。こうやって体を伸ばす時、誰もが例に漏れず目を瞑るのはなぜなのだろう。
閉じた瞼の中から想像する。今なら、宇宙まで……。は言い過ぎだけど、雲くらいなら掴めるんじゃないかな。それくらい大きく、高く背伸びをした。
「ふぅぅぅー」
息を大きく吐き出し、全身の力を思いっきり抜いた。重力に任せて腕を大きく前から振り下ろすと、その勢いで微かな風がスカートを揺らした。
服が上に引き上げられ、普段は隠れているおへそさんが見事にこんにちはしてしまっていたが、誰にも見られていないのならば気にしない。
「品行方正なんて、他人の前でだけ演じていればいいんだよっ……」
皆がそう思っていても、なかなか口にすることができない言葉。わたしは自分自身のその言葉の八割ほどを肯定し、残りの二割を否定するくらいの気持ちで、小さく呟いた。
いや、否定の気持ちは三割くらいはあった方がいいのかなぁ……。なんて考えながら、わたしは足元に雑に置いていた鞄のチャックを開け、中から大きめのハンカチを取り出してそれを地面に敷いた。
「これはおろしたてのおニューの制服だから! 汚したくないだけだから!」
誰にも聞かれていないのに、『これは例外だからセーフ理論』を披露してしまう。
「使い始めくらいは、綺麗に使ってあげないとね……っと」
地面に敷かれている、ほんの少しの『品行方正』の良心のハンカチに、わたしは遠慮なく座り込んで足を伸ばした。
スカートの位置を調整し、ポケットから丁寧に巻かれたイヤホンを取り出す。丁寧な巻きを丁寧に解き、端末の端子に差し込む。
無線イヤホンが主流になった時代に有線イヤホンなんて。って自分でも度々思うけれど、わたしはイヤホンの揺れる線が好きだったりする。ネックレスみたいなアクセサリー感覚。実際に使っていると煩わしいんだけれども、ファッションは煩わしいものなんだよっ……!
そんな丁寧な巻きを丁寧に解く度に思うことを、今日も心の中でつぶやきながら、右耳、左耳と順番にイヤホンを装着した。そうすると、大してうるさいと思っていなかった外の音が完全に消える。静かなようでも雑音で溢れていたんだなと実感した。
この耳栓の様な感覚も、不思議と慣れると嫌いじゃなくなってくる。カナル型、俗に言う耳栓型のイヤホン。これを初めてつけた時は、正直凄く気持ち悪くなった記憶があるんだけれども、いやー、慣れとは恐ろしい。
「この静かな空間も、また一つの楽しみ方だなぁー。まるで外界から切り離されたみたい」
耳が塞がれている状態で喋ると、凄く違和感があった。耳栓みたいな閉塞感には慣れても、自分の頭の中に反響する自分の声には慣れないや。
あー。あー。あー。と声を発して、静かな空間と頭の中に反響する自分の声に一瞬で飽きたなら、もたれかかっている頑丈なフェンスに体をどっしりと預け、しっくりとくるポジションを探し当てる。
自分にとって楽な体制を確保できたなら、左手に持っていた端末を操作する。リピート再生にチェックが入っていることを確認して、最近ハマっているお気に入りの曲を選択した。そうすると音楽が流れ始める。
あぁ、陽射しが当たる場所を選んで正解だった。この曲は日が当たる場所にピッタリだよ。
体の力をできる限り抜き、ゆっくりと目を閉じる。
閉じた瞼に当たる陽射しの眩しさが、今は凄く気持ちいいな。
一度だけ大きく深呼吸し、わたしは雑音がない、音楽だけに包まれる世界に身を委ねた。
♪♪♪♪
「なぁ~に聴~い~て~る~のっ!」
カナル型イヤホン特有の耳栓の様な閉塞感から、左耳だけが解放された。それと同時に頭の中に響く彼女の声。
「わぁぁぁっ!?」
目を閉じて聴こえてくる音楽に全神経を任せていたわたしは、体が浮くような感覚と同時に背筋が伸び、すっとんきょうな声を上げてしまった。
「わぁ~っ!? シオちゃん、いきなり大声上げないでよ~! びっくりするじゃん!」
わたしのびっくりした声にびっくりしてしまうアヤメ。
「びっくりしたのはこっち!!! 先に大声上げたのはアヤメの方でしょ!」
びっくりしたことによって発声の音量メーターが上がってしまったわたしは、少し大声で反応してしまった。 そんな急激に上がった心拍数をどうにか落ち着かせようとしながら、わたしは続けて喋る。
「もぉー……。びっくりするのはしゃっくりが止まらない時と、お化け屋敷の中だけで充分だよ……」
無風だった屋上にまるで風が吹いたみたい。彼女は風を運ぶ何か凄い精霊みたいな存在なのだろうかと錯覚する。
いや、精霊はちょっと美化しすぎたかな。アヤメには選挙の騒音カーくらいがちょうどいいかもしれない。
「へへへ~、しゃっくりが出た時はあたしに任せてね~」
「はぁー……。お化け屋敷の中でちょっかいをかけてくるのは目に浮かぶのに、しゃっくりが出た時には役に立たないのが想像できるよ……」
そんな事を言いながら、アヤメはわたしから奪い取った『L』と表記されている片側のイヤホンを彼女自身の左耳に付ける。
左右に分かれているイヤホンのコードもそう長くはなく、コードに余裕を作ろうとすると、どう頑張っても肩と肩……。どころか、頭と頭が触れてしまう距離になる。
「ふんふんふん~……」
そんな事を気にもせず、すぐに流れている音に合わせて体を動かすアヤメ。まったく、マイペースだなぁ……。
軽快な四つ打ちのリズムと共に動く彼女の体。それと同時に動く彼女の髪の毛先がわたしの顔をくすぐってくる。
選挙カーのような騒々しさの彼女も、音楽に耳を傾け始めるとすぐに静かになった。そして少し音楽を聴いてアヤメは声を発した。
「初めて聴く曲だけど、綺麗な曲だね~。でも、綺麗なだけじゃなくて、爽快感もあって聴いてて気持ちいい〜」
「うん、いいよね。少し前にこの曲を見つけて、最近ずっとリピートして聴いてたんだ。ふふっ。実は授業中もずっと頭の中でリピートされてて、先生の話全然入ってこなかった」
言っている途中でわたしは笑ってしまう。それに釣られてアヤメも笑みをこぼす。
「あははっ。わたしも頭の中でリピートしちゃうかも。でも~」
アヤメの手が端末を持っている私の左手に触れる。それに少し驚いたわたしはびくっと体が動いてしまった。
頭と頭が触れ合っていても、彼女の髪の毛がわたしの顔を撫でていても、予想していない箇所を急に触られるとびっくりしてしまう。そんなことを気にもせず、アヤメは続けて喋る。
「頭の中でうろ覚えな曲を流し続けるのも嫌だ、か、らぁ〜。曲名を知りたいな~」
そう言いながらアヤメはわたしの左手をつかみ、わたしの手の中にある端末の液晶を覗き込んで、声を発した。
『それは始まりを告げる風のようで』
♪♪♪♪
自作楽曲リンク
https://www.nicovideo.jp/watch/sm40352790
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それは群青に咲く白百合のようで 青鳥赤糸@リギル @rigil_TAT
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