最終話 あっしのカネに、なにすんのよ!!

 話は少し遡る。


 子猫を抱えた夏は商店街の中でキョロキョロと周りを見渡していた。

 子猫を預けられる場所を探しているのだ。


「どこに預けたらいいんだろう……あ!ひげ先生のとこ!」


 夏は、ぴこーん!と昔から良く知る動物病院を頭に浮かべた。


 夏と要が小さい頃から、この商店街は二人にとって通学路であり、家族や友人達と買い物をする場所であり、遊び場であった。

 

 要と夏の両親の地元でもあるから、商店街では自分達の子や孫を見るような目で二人に接してくれているのだ。


「子猫ちゃんごめんね?さっきの猫さん、お母さんかもだけど……危ないことがあったら怖いから、もう少しだけ我慢してくれる?」


 夏は、来た方向へ、よじよじ、と爪を立てて進もうとする子猫の頭を撫でた。


 に。


 子猫は撫でられて短く鳴いた後にまた、くりくりとした目を大きく明けて、振り返る。

 その可愛さに、にへら、と笑った夏は、呟く。


「猫さんも心配、戻らなきゃ。要、喧嘩とかダメだよ?」




 ●




 動物病院に飛びこんだ夏は、拾った子猫を少しの間預かってほしい事と、もしかしたら母猫を連れてくるかもしれない事を告げて動物病院を出た。


(よかった。ひげ先生『子猫の体調や状態をついでに見ておくから、心置きなく行っておいで』って引き受けてくれた。あとは、要達と猫さんだね)


 商店街のわき道をウネウネと走っていたので、仲通りの八百屋から少し距離が離れてしまっていた夏は、遠くに人だかりを見つけて、ドキリ、とする。


(なんか、嫌な予感。あのなら、よっぽどの事がない限り危なくはないだろうけど、強くたって怪我はするし……)


 要と夏は、照輝の横でいつもお茶らけている賢慈の体幹がしっかりしていることと、たまに見せる身のこなしから、『実は結構強いんじゃ?』という結論に至っている。


 もちろん、本人が表に出そうとしていないことを部外者がどうこう言うべきではない。


 が、そこまで考えると、あの三人を敵に回す相手は不幸だ、とまで夏は思った。

 

 この時点まではそう思っていた夏。


 程なく夏は、八百屋の前の人だかりにたどり着いた。

 先ほど、威嚇をする猫の声が聞こえた場所である。


 夏の身長は、153㎝。

 

 こんな人だかりの後ろについてしまうと、背伸びしても見えない。向こう側からは、甲高い大きな声が聞こえてくるのみである。

 

 要だけでなく普段騒がしい照輝や賢慈の声が聞こえてこないことに不安になる夏。


 自然と、声が大きくなる。

 

「ご、ごめんなさい!通してください!知り合いが、この先にいるんです!」


 夏はそう言いながら通してもらおうとするが、皆が固唾をのんで見ている為に全く進めず、結局は逆戻りして列の後ろでぴょんぴょん飛び跳ねる。


 すると。


 一人のチャラい金髪の背中と、その先に要達が見えた。

 だが、様子がおかしい。


 夏は更にぴょん!ぴょん!と飛び跳ねる。


 まず、金髪チャラ男の左脇に、黒い猫の背中。

 ダメージを受けたように身体を傾ける賢慈。

 自慢のリーゼントを乱しながら厳しい顔をする照輝。

 金髪チャラ男が猫を盾にしているようだった。


 そして。


 唇の端を赤黒く染めている要と、夏の目が合った。





 卑怯な男が。

 要に怪我をさせている。


 大好きな要が。

 目の前で傷ついて。


 私の、要。




 

 夏の目が、すとん、と座った。

 その目だけを、右に左に動かす。


 人だかりを越えないと、要にたどり着けない。


 八百屋の前の、飲み物の自動販売機。

 あれ。


 今、すぐ。

 すぐに、要のトコへ。


 夏は、人ごみに背中を向けて駈けだした。


(要に、何してくれてんだ!!!)


 その怒りを胸に、夏は動く。


 人だかりから離れた所で立ち止まった夏。


 ぱぱぱ、ぐいぐい、と身体をほぐす。


 そして。


 ………………ダダダダダダダダダ、ダンッ!!!


 八百屋と人だかりの間の、赤い自動販売機に向かって斜めに走り出した夏は、最後尾の人々の手前で踏み込んで自動販売機の上部に両手を掛ける。


 その勢いのまま、ぐぐん!と身体を持ち上げた夏は販売機の上に乗り、更に八百屋の二階の窓の手すりに両手を伸ばしつつ飛んだ。



 ●



 照輝と賢慈は、目を点にしていた。


 夏が八百屋の二階辺りまで一気に登っていく姿を見たからである。


 賢慈は身体の痛みも忘れ、照輝に小声で話しかける。


(照輝さん。俺、頭を打ったのかもしれないッス。夏さんが特撮ヒーローに見えます)

(賢慈。なっちゃんはこっから魔法少女に変身すんだ)

(魔法少女って、変身しなくてもスゴいんスね……)

(パルクールだっつの。賢慈、夏が仕掛けんぞ。ハナマルが猫どこじゃなくなっから見とけ。手伝ってやっから)

(は、はい!)


 要は呆れつつも、賢慈に声をかけた後にまたもや竹屋敷を挑発する。


「おい、ハナマル。もう飽きた。猫置いてけえれ」


 手のひらを上に向けて、早くよこせ、とばかりにクイクイと折り曲げる。


「なめんじゃねえ!テメエら、何もできねえくせしやがって!」

 

 竹屋敷は赤黒い顔でそう叫ぶと、猫を抱えている側のポケットから何かを取り出そうとゴソゴソと腕を動かす。


「お前ら、動くなよ、動くな?今動いたら猫、カワイソウな事になっちまうぜ?ひひひ……」


 そこに。

 

 宙でくるりと回った夏が降りてきた。


 ダダン!ズザッ!


 自分の背中側で聞こえた音に、竹屋敷が振り返った。


「あ?何の……何だっ!テメエ?!」

「猫さんと!あた……しのっ!」


 着地からローリングをした夏は、これでもか!と言わんばかりに前後に足を踏みしめる。


 慌てた竹屋敷が猫から手を離した瞬間、賢慈がこちらも大慌てでスライディングし、猫をキャッチした。


「かな、めに……!何すんだあっ!!!」


 夏の想いがこもった拳が竹屋敷の腹に吸い込まれる。


 ドフッ!!


「ぐぶぅ!」


 竹屋敷の身体が、くの字に折れる。


「……俺、なっちゃんのハートブレイクショット心臓打ちでまだよかったわ」

「竹屋敷、身体に穴開いたんじゃないスか?」

「なあ。『あっしのカネに何すんだ!』って夏、おにへー鬼●犯科帳にでもハマってんのか?」

「俺はツッコまねえぞ!ぜってーツッコまねえ!」

「夏さん、サスガに同情します」


 そんな中。


『猫、こっち寄越せ!』と八百屋の店主に言われて猫を預けた賢慈と、竹屋敷を見て腹をさする照輝に、要が楽しそうに言った。


「夏、かますぞ?」


 とんっ。


 ふわ、くるっ。


 どがっ!!


「ぎゃ!」



 くの字になった竹屋敷のヒザを踏み台にした夏は、シャイニングからの後ろ蹴りを竹屋敷の胸元に放つ。


 竹屋敷は吹っ飛び、ゴロゴロと転がって行った。


 地に降り立った夏は竹屋敷を見つつ、残心する。

 

「出た、夏のテキトーシャイニング。残心でクマ見せんなっつの」

「なぁ、賢慈。今日も神々しいなぁクマ……ぐわ!」

「今!福笑いみたいにクマ、ぎゃあ!」

「見んなっつの」


 照輝と賢慈は、要に顔面チョップされた!

 今日一番のダメージをくらった!


 地面に転がったまま動かない竹屋敷。


 人だかりから、大歓声が上がった。


 そして一部では。

 ここでも違う方向で興味を引いていた。


「ママー。くまさんのお顔が、すごいびよーん」

「あんなちゃん、そこは見ちゃダメ。夏もクマさんも頑張ったのよ?ナイスだ、夏!」

「ないすだっ、くまさん!」



 残心のまま、動かない夏。


「夏、尻丸見え」


 要の声に残心を解いた夏は、三人の前に駆け寄った。


「一条さん、壬浦くん……大丈夫……ですか?」

「おお!こんなの慣れっこだしな!」

「猫が心配ですけど、自分は、ハイ!」

「要……は?」


 夏が要の顔に手を伸ばそうとして、引っこめる。


「ま、夏のクマパンツ大活躍で終わったな」


 そんな、おちゃらけた要の返答に、夏は。


 ぽか。

 ぽすっ。

 げしっ。


 俯向いて、無言で要を小突きはじめた。


 ぽかぽか。

 ぺしっ!

 げし。

 がす。


「夏、暴れ足りねーのかよ?」


 夏はそれに答えず、蹴りも交えはじめる。


「まったく。ココにもいい男がいんのによ?先行くぜ?」

「夏さん要さん!猫、ヒゲ先のトコらしいっスから先に行ってますねー」


 そう言った照輝と賢慈は、背中を向けて歩いていく。

 要は肩を竦めると、夏の気の済むまで待つか……と諦めたのだった。





 ヒゲ動物病院からの帰り道。

 要と夏は二人で、てくてく、と歩いている。


「猫のお母さん、怪我より痛みが強くて動けなかったらしいけど、何日か入院したら良くなるって言ってたね」

「ま、チビも母親に会えたしな」


 偶然にも黒猫が子猫と同じくヒゲ動物病院に連れてこられた時、お互いの気配を感じてずっと鳴いていたという。


 様子を見て、里親も探してみるとの事だった。


 竹屋敷はといえば、学ランを着た取り巻きらしき人間達が、照輝や要に頭を下げつつ竹屋敷を担いでいった。


「なあ、テルテルとヒョロ慈が夏にパルクール習いてえってよ」

「要と私みたいに、要のお爺ちゃんの道場の岩山で一年くらい練習すればできるよきっと。そもそも、二人で休みごとに道場に遊びに行ってたついででしょ?映画のパルクール、カッコよかったなぁ……」


 要と二人、DVDで何度も繰り返し見た映画を思い出したのか、夏が両手を頬に当てる。


「夏がじっさんのとこ行くと、道場やるから!とかうっせーし、行きたくねえんだろ?」

「去年は、要のお爺ちゃんに土下座されたし……そのうち『要もやるから!』とか、てきとーな事言い出しそう」


 そう言って、どよーん、とため息をつく夏。


「イヤか?」

「え?」


 夏に、問う要。


 ふわり、と笑う要に見つめられた夏は、

 

(そ、それって!え……ええー!)


 熱を持った顔に手をあて、慌て始める。

 

(か、要のお嫁さん?!いいの?そんな簡単に決めちゃって!で、でも……嫌じゃないって言ったら……こ、婚や)


「じっさんの道場主」

「へ?」


 夏は目を点にして、そして。


 ドガンッ!!


 要に下段回し蹴りを放った。


 その蹴りは、要のカバンに止められている。


「そっち?そっちなの?!何なのよ!何なの?!乙女のうれし恥ずかしを返せっ!!カバンどかしなさいよ!りょ・う・て・バンザイ!待機!」


 そんな夏に要は、さらり、と呟いた。


「人前で私のとか言うなっつの。ハードル上がんだろが」

「え?ブツブツ何言ってるの!それより早くバンザイ!」

「いい加減クマパンツのゴム、切れんぞ?」

「クマパンツクマパンツって何回暴露してんのよぉ!!」


 ま、そのうち、な。


 そんな要をヨソに、よけんなぁ!と叫ぶ夏。

 要は、猫の親子を自分ちか、じっさんの道場で引き取ってもらうのもアリか、とも考えつつ。


 とりあえず、夏のうれし恥ずかしは、もう少し先になりそうである。




【※パルクールを岩山で……は、あくまでもお話の中での設定です。良いコの皆さんは絶対にマネしないでくださいね!】


最後までご覧いただいて、本当に本当にありがとうございました。・゚・(ノ∀`)・゚・。


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幼馴染の二人が子猫と出逢ったら。 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

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