第5話 夏、飛ぶ。

 ざわざわと、遠巻きに見る観衆が増える中。


 ドカッ!


「があっ?!」


 ズダダン!


 竹屋敷の回し蹴りを腕に受けた賢慈が横倒しにされる。


(見ろよ、あいつ猫を盾にして……ヒデえ事しやがる)

(いくら一条と吉良でも、アレじゃどうにもなんねえな)

(誰か警察呼んだのかしら……このままじゃ猫ちゃんと男のコ達が)


 そんな周りのヒソヒソ話を余所に、竹屋敷は猫を片手で抱き、楽しそうに高笑いする。


「ひゃはは!こいつ、超っえ!ほらほらぁ~、なあなあ~アンタの可愛い舎弟が痛そうだよ~?腹立たないの~?……おお?!ばんちょーさんイイねイイねそのツラ!」

「照輝さん、ここは我慢してください!……俺は大丈夫っすから!」


 照輝は竹屋敷を睨みつけ、拳にこめかみに血管を浮き立たせつつ足を踏み出そうとした。


 が、よろよろと立ち上がってきた堅慈の叫びと、声の弱まってきた猫を見て踏みとどまる。


「……」


 要は、じろり、と竹屋敷を見ているだけで喋らない。

 だがその要も、殴られて唇の端が切れている。


 照輝は、腹立たし気に唸りを上げた。


「てめえ!弱ったモンを盾にしねえと素手ゴロもできねえのかよ、っ!!」


 ガッ!! 


 竹屋敷が照輝の横っ面を再び張った。


 「ばあか、ばあか、ばあ~~~~~か!ケンカにヒキョーもドードーもあるかよ!頭使って最後に立ってたもん勝ちなんだからさあ?おまえら頭がざーんねん♪」

 

 嘲り笑う竹屋敷に、照輝と賢慈は歯を食いしばりながら堪えている。


 そしてその時。

 要は、別の事を考えていた。


 今、夏来たらやべえよな、と。


 アイツ、俺が怪我すっとうっせーし。

 しゃあねえな。

 とっととこの馬鹿小突いて親猫、医者に連れてくか。


 そう思った要が動き出そうとした時。



(………………たたたた……たたたたたたたっ!)



 ぴく。

 その音に、要の視線が動く。




 「ぺっ……!くそっ!……おい、要!てめえ何を黙ってやがんだ!外道に好き勝手やられたままにしてんじゃねえよ!!」




 (ご、ごめんなさい!通してください!知り合いが、この先にいるんです!)





 夏の声が聴こえてくる。


 要から、竹屋敷の背中側の人だかりの中に、ぴょん!ぴょん!と頭を出して飛ぶ夏が見えた。


 要は声を落として照輝と賢慈に話しかける。


(ヤベ、もう夏来た。オメエら、ちっと下がんぞ?)

(え?……ああ!夏さんが!)

(?なっちゃんのキレがヤベえのはいつもじゃねえか?)

(賢慈、猫よく見とけ。夏ブっ飛んでくっぞ)

(は、はい!)


 要が、ボソボソ、と言いたいことだけを告げると、そこは普段から、そこらのダチよりはよっぽど因縁深い賢慈。

 わからないまでも、要を頼りに必死に頷く。


(俺は?)

(……?別にいなくてもいいっつの)

(お前、思いやりっつう日本語、知らねえのか……!)


 三人のヒソヒソ話に警戒したのか、竹屋敷が煽る。


「ありゃりゃ〜!コソコソと何を企んでるのかなぁ〜?

 何をしても勝手だけど?猫がどうなってもいいの〜?」


 要はそんな竹屋敷を愉快そうに見て、口を開いた。


「なあ、そこのハナマルキ。いつになったら?俺らヒマじゃねーから、猫連れてもうけえっていいか、なあ〜♪」


 照輝と賢慈が、要の煽りに目を剥いた。


 要は、相手に合わせて目線を上げ下げしない。

 子供だろうが猫だろうが何だろうが、対等である。


 その要が煽っている。

 相手を軽んじている。

 照輝と賢慈が、そこに何かを感じ取り。


「要、勝手に終わらそうとすんな!……まぁ、コイツの器も底が知れたからな。帰って、いいかあ〜?」

「あー!わかった!コイツ実は猫好きなんすよ!助けたかったんだろ?もう行っていいぞお前」


 照輝が竹屋敷を小馬鹿にし、賢慈はニヤニヤとしながら手の甲で、しっしっ!と追い払う真似をした。


 その数々の言葉に竹屋敷の顔色が赤黒く変わった。


「て、テメエら!ふざけやがって!……大物気どってんじゃねえ!ゼンゴロシだ」


 竹屋敷は学ランのズボンに手を突っ込み、ゴソゴソと何かを探し始める。


 その時。


 要と、人だかりの後ろで飛んでいた夏の目が合った。

 夏の目が驚きで見開かれる。


 頬を殴られている要に気づいたようだ。




(たたたたたた………………)





 そして。


 夏の足音が遠ざかって行くのを聞いた要は数秒後。





 (………………ダダダダダダダダダ、ダンッ!!!)





 八百屋の夏を見た。




 

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