&α そのあと

 彼女は、ほんの少し眠って、そのあと。

 また、目覚めた。

 これまでのことが、うそみたいに。

 そして、泣きはじめた。

 自分がいなくなって、ひとりだけ部屋に残される夢を見た。そう言って。


「ねえ。今日何月何日?」


 そう訊いてきたので、日付を答えたら。


「新作のゲームもう出てるじゃん」


 そう言って、また眠った。

 深い、眠りだった。

 今度こそ、彼女は死んだのだと思った。彼女に繋がっている計器も、すべて、もう動作していない。


「おはよ」


 その声で、自分が起きた。

 朝だった。

 彼女。

 服を脱いで、着替えてる。


「ねえ。はやく準備しよ。わたしの服どこ。というかここどこ」


「ホスピス」


「ほすぴす」


 彼女の着替えの手が、止まる。


「服が無ぇ」


「あるよ。ベッドの下」


「おお。あった」


 夢か。

 いや。

 彼女の声で起こされて。

 ここは。

 現実か。

 よく分からない。


「今日。新作ゲームの発売日」


 彼女に、ふれる。

 あたたかい。

 生きている。


「行くよっ」


 彼女が、ベッドを飛び降りて、立ち上がる。


「おっ」


 背中に、派手に脚がぶつかる。

 彼女の、体重。生きている。ここにいる。


「いざゲーム売場に」


「待って待って」


「なに」


「身体は?」


「身体?」


「死んだんじゃないのか?」


「は?」


 彼女。

 何かを思い出したように。

 戻ってきて。

 キス。


「生きてる。変な夢の話、したっけ」


「俺が死んだ夢?」


「うん。でも、あなた、生きてるから。夢でよかった。だから」


 そこで、いったん彼女の声が途切れる。


「あなたと、ゲーム買いに行くの。そのあと、喫茶店でコーヒー飲んで。そのあと、部屋に帰って。そのあと。そのあと。ゲームするの。あなたの隣で。あなたと。そのあと。そのあと。そのあと」


 彼女。

 せっかくメイクしたのに。

 顔が、涙で。


「そのあと。一緒にいるの。ずっと。だから、まずは。ゲーム買いに行くの」


「そっか」


「なんで眉ひそめてるのよ」


「え?」


「いくよ」


 手を繋いで。

 部屋を出た。

 一応、通信を入れる。


「おい。どうなってんだ」


『どうやら、こっちで狐を祓ったやつがいるらしい。魂ごと取り戻したそうだ』


「だからか。すまんが退院の手続き頼む」


『わかった。どこ行くんだ?』


「ゲーム買いに行く」

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そのあと 春嵐 @aiot3110

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