擦り切れた正義感

中川葉子

最期にしたかったこと

 俺は勇者と呼ばれている。悪しき王を倒し、世界を救った。世界なんてひとことで片付けたらいけない規模の広さだよ。わかるかな。まあこの日記は誰に当てたものでもないが。例えるなら、そうだな。俺が倒した、巨人族の大将。あいつを寝転ばせて1億並べても、足りないくらいだよ。千年生えた木よりも大きかったあいつを並べても。な。

 さあこの日記の本題だ。いつか誰か見つけてくれよ。

 俺は、精霊を殺した。自然治癒を得るためだ。風の精霊の血を浴びると、自然治癒が備わる。

 街を守っていたゴーレムも殺した。いやあれは機能停止になるのか? その村の中にある、髪飾りが欲しくてな。二五〇年前の職人が作った髪飾りだ。マーメイドの鱗が綺麗に設置されていてな。あれはどうしても欲しかった。ゴーレムが守った村は既に全滅していたのは悲しかったけどな。

 洞窟の奥にいる、人類になんの害もない、存在していただけの、ブラックドラゴンも倒した。あいつを倒して逆鱗を剥がしてな。すりつぶして飲むんだよ。本来人類が持ってはいけない腕力が身につくんだ。

 色んな生物を殺めたよ俺は。ああ、魔王も倒した……? ってことになるのかな。魔王は俺の考えを知って、自ら自害した。魔王は死ぬ前に俺に瞬間転移の魔法を授けてくれたよ。

 世界最大の帝国の王も兵隊も、殺した。仕方がなかったんだ。そこからは、勇者としての魔法と、並外れた腕力で、世界にいる魔物と人類を絶滅させた。

 魔王がしたことはあまり良くはなかったよ。だがな、話せばわかる知能を持っていた。

 帝王がしたことは人間にとってはよかったよ。だが、俺と知能の差があった。

 魔王は、魔族は、人間を迫害し我が物にしようとした。帝王は俺の女を人質にとって、俺を働かせ、殺した。

 俺は勇者だ。勇気ある者だ。

 何に対して勇気を持つんだ? 長い間考えたよ。

 魔王城でその答えを見つけた。

 人類も魔族も、全てを絶滅させる。そして俺も命を絶つ。

 これが俺が出した勇者の結論だ。世界のためを思い、勇気を出し行動する者。

 マーメイドの鱗の髪飾りを、墓に引っ掛けておいたよ。もうこれでやり残したことはない。

 願わくば、向こうの世界で、俺と俺の女で幸せに暮らせますように。

 そして未来の知能を持った生物よ。絶望しない世界を作れよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

擦り切れた正義感 中川葉子 @tyusensiva

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る