SW2.5 大破局以後

きたかみ

一ヶ月後 フィノア大草原西部

 青々とした空と、一面に広がる緑。

 風の妖精が祝福する地とも呼ばれるフィノア大草原は、今日も嫌になるほどの快晴だった。しかしそれを喜ぶ者は誰もいない。ここに集った人族は皆一様に、土砂降りの雨でも降ってくれれば良かったのに、と思っている。それが何故なのかは、地平線の先を見ればすぐ理解する事ができた。もしかしたならば、雨でも降ればが来るのが少しでも遅れたのかも知れないのに、という訳だった。

 もちろん、そんな事はあり得ない。


「……いよいよ決戦か」

 キングスレイ共和国軍魔動機兵であるマティアスは、一種の諦めとともにそう呟いた。服装は共和国軍制式の赤い華美な物で、彼の役割は自ら撃ち合う事ではないから、武器は腰にあるハンドガンだけだ。すらりと立つ見かけそのものは精悍だが、表情は周囲と同じく、どうしようもないほど暗く、張り詰めていた。

 隣をちらりと見上げる。自分に割当てられた人型魔動兵器、シールンザーレィの姿が目に入った。確かにこいつは頼もしい魔動機だった。光条――エネルギー光の束――を撃ち出す巨大な発射筒を三つ背負っており、一撃の威力も射程も古めかしい魔法など遥かに凌ぐ。それが彼の物だけではなく、管理を担当する魔動機兵と共に、丘の上にずらりと並んで白い姿を晒していた。

 彼は信じていた。この砲列が一斉に火を吹けば、あのノーザンファング連山の主、グレータードラゴンであっても仕留められるだろう。何しろ共和国軍には、かつて実際にドラゴンを撃退した実績もある。その時は一個連隊が結集したが、幻獣を殺すのは問題だということで、あえて出力を下げて追い払ったのだ。共和国軍が滅ぼせないのは神々ぐらいのものだと謳われている。少なくともマティアスを含め、当人達はそう信じている。

 だからと言って、マティアスの気分が明るくなる訳ではない。それは相手が一体である場合の話に過ぎない。眼の前の低地一帯に布陣する味方の軍勢を見ても、魔動機で作り上げた即席の野戦築城があっても、これから始まる決戦に勝てるとは、どうしても思えないのだった。

 ここに布陣しているのはルーンフォーク、人間、エルフ、ドワーフを主な構成要員とするキングスレイ共和国第一軍団。定数二万人、魔動兵器六百機を擁するアルフレイム大陸最強の軍団である。ただし現状の人数はその半分にも満たない。大地震、火山噴火、津波、地盤沈下。一ヶ月前、考えうる限りの災害が大陸中で同時多発的に発生した事によって、そもそも多くの兵士が巻き込まれて死んでしまったし、生き残った者達も鉄道網の寸断によってこの場に集まることが出来なかった。今頃は取り残されたそれぞれの地域で、地方防衛のために戦っている。それでもここに居るのは、現状の人族が望みうる最高の軍ではある。ではあるのだが。


 そんな事を考えていると、やがて微かに地面が揺れ始めた。地震でないことはゆっくりと揺れが強まっていく事からも分かるし、そもそも前を見れば説明される必要も無かった。居並ぶ兵士達の間でざわめきが起こるが、すぐにガチャガチャと銃に弾丸を装填する音が響く。マギスフィア、魔動機を扱うための器具から一斉に指示が出たのだった。この場の全ての兵士が所有している手に収まるサイズの球体で、通信、魔動機の操作などありとあらゆる物に使われる。マティアスの物は彼の耳元に浮いていた。その方が指示を聞きやすいし、今の所は自分から何かを発信する必要もないからだ。


「第二中隊総員、砲撃準備。距離2000。砲撃開始後は各個射撃」

 マティアスの元にも指揮官の声が届いた。シールンザーレイを始めとする魔動兵器はとても賢く、あれを狙えと命令すれば自動で照準を合わせてくれる。今の所は何を狙うか、いつ撃つかだけを指示すれば良い。

 だから、現実を直視しなければならない。マティアスは半分意識的に見ないようにしていた前方、味方の歩兵達が布陣するその先に目を向けた。思わず呻いてしまう。


「う……!」

 地面は見えなかった。あえて形容するならば海が見えた。蛮族の海が。

 ゴブリン、フッド、ボルグ、一様に醜悪な見た目を持つ、碌な武器も衣服も持っていないような人とも獣とも知れぬ蛮族達が平原を埋め尽くしていた。一体であれば大した脅威にもならない者達だが、歩いているだけで地面が揺れる程の数。索敵の段階では多すぎて正確な人数は不明だという報告が返ってくる程の数。目の当たりにしてもまだ数は分からなかった。陣容が地平線の先まで続いているからだ。

 そして地面だけではなく、空もまた見えなくなろうとしている。翼を持つ茶色いトカゲのような蛮族、フーグルを中心とする飛行できる者達が迫ってきていた。スカイバイクを中心とする味方の飛行魔導機兵達が大慌てで頭上を通り越していく。随分と遅い前進だが、理由は何となく分かる。質はともかく数が違いすぎて、味方の頭上を守るのが精一杯だからだろう。それも味方の対空射撃の援護を受けながら、時間稼ぎができる、というだけだ。

 更に言えば質でさえ、勝てているのかどうかは分からない。目の前に群がっているのはいわゆる下級蛮族だ。繁殖力だけは旺盛で、知能も戦闘力もそう高くない者達。奴らに自発的にこれだけの大群が組織できる訳がない。

 この背後には上位蛮族――ドレイクやヴァンパイアといった知能も実力も人間を上回る敵が控えているに違いなかった。当然そんな古の英雄達の物語に出てくるような奴らをマティアスは見たことがない。グレータードラゴンとどちらが強いのだろうか? 少なくともこれだけの数をまとめているのだ。弱いという事は有り得そうにない。


 現実逃避を挟み、訓練より遥かに時間をかけながらも、マティアスはマギスフィアを通して魔動機に単純な命令を下した。最大射程で、合図次第連続発射。とにかく一体でも多く数を減らさなければならない。狙う必要は無かった。ある程度は魔動機が勝手に狙ってはくれるが、そうでなくても当たるだろう。シールンザーレイの発射筒にエネルギーが蓄積され、光を放っていた。三つの発射筒は冷却が必要なため、両脇、中央、両脇と交互に十秒おきに射撃される手筈になっている。


 そこからまた射撃開始までの短い間、マティアスは何事かを考えようと努めた。でなければ恐怖で逃げ出してしまいそうだった。

 そう、こうなる数日前、戦友達の多くは神々に祈るか、さもなくば呪っていた。どうにかしてくれ、と。しかし自分は神々に救いを求めようとは思えなかった。神々にも限界はあると神殿は教えているし、でなければそもそもこんな状況にはなっていないはずだ。突然の天変地異によって、二千年続いた文明が半壊するなどという事は。それを狙いすましたかのように、全て追い払った筈の蛮族が一斉に襲ってくるなどという事は。だた、できる事なら教えて欲しいとは思っている。


 自分は死に、文明は崩壊し、人族が滅亡するのであれば、何故そうなってしまったのですか? 一体何が悪かったのですか?


「撃て!」


 一斉射撃の開始と同時に、戦場は一瞬眩い光に包まれた。この日の内に他の大半の兵士達と同じく、マティアスは死亡した。大破局ディアボリック・トライアンフの始まりから、一ヶ月後の事だった。


 

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SW2.5 大破局以後 きたかみ @kitakami242

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