おまけ わたしたちは今日もいっぱいちゅーをする ~キススポットを探して~
それは、私が図書室へ本を返しに行く時の事だった。
「はーーーーーづ‼」
学校の廊下を歩いていた私の背中に、元気の良い声と共に勢いよく誰かが飛びついてきた。
「わわっ!」
思わずつんのめって、手にしていた本を落としそうになる。
こんなことをするのは、私が知る中で一人しかいない。
「……もう、廊下は走っちゃダメって言ったでしょ、杏璃」
「あっはは、ごめんねはづ!」
「これ言うの今週で三回目なんだけどね……」
にゅ、と私の顔のすぐ真横に杏璃が笑顔を突き出してきた。
いつも外で遊んでいるから年中日に焼けたお肌。楽しそうに開かれた口から覗く八重歯。猫のような大きなお目目。
明るい金色のツインテールをふりふりと揺らして、後ろから抱きついてくる。
いつも明るい色のタンクトップやシャツにホットパンツ姿で、服装通りに元気で活発な女の子。
この子は杏璃。私と同じ小学校に通う、私の"こいびと"。
人懐っこくて、明るく元気な女の子だ。
ちなみに『はづ』とは……私の『葉月』という名前からとってつけられた、私のあだ名だったりする。
「今からどこ行くの⁉」
「図書室に本返しに行くんだよ。杏璃も行く?」
「行く行く!」
高いテンションを保ったまま、杏璃が私に抱き着いてくる。
くっつきっこが大好きなんだよね、杏璃は。
九月頭の気温でくっつかれると熱いし、動きにくいし、あと恥ずかしいのでやめて欲しいのだけど……。
「ねぇ、はづ」
「んん……!」
耳元で杏璃が囁いてくる。吐息が耳にかかって、くすぐったさに身体が少し震える。
「ちゅー、しよ?」
「……!」
その言葉を聞いた途端、ぼっ、と顔が熱くなる。
「ちょ、ちょっとまって……! ここで……?」
杏璃の唐突な提案に私は動揺する。
周りには私達以外にも生徒達が何人か廊下を行き来している。
まさか廊下のど真ん中で『ちゅー』をする気……?
「流石にここじゃしないよ。図書室行くんでしょ? そこでしようよ」
ふぅ、と私の耳に息が吹きかかる。私の身体はまた震えだした。
「ひゃあぅ……! で、でもぉ……!」
いきなりすぎる……。杏璃がえっちなことしてくるのは今に始まったことじゃないけど……!
「はづと最近ちゅーしてなかったからさぁ、あたしとしてはいっぱいしたいんだよね。だめ?」
「最近って……三日ぐらいじゃない……」
「えー。あたしはもっとしたいのにー」
杏璃の、私の身体に抱き着く力が強くなる。逃げ出そうにも逃げられない。
ほんっと、杏璃ってえっちなんだから……!
でも杏璃のことだ。すると言ったら絶対する。
このままずっと組み付かれ続けるだけだ。
「わ、わかったよぉ……! す、するから……!」
「やったぁ! はづだいすきー!」
「……もう。すぐ終わらせるからね?」
肩を落としながら、私は杏璃を連れて図書室へ向かう。
杏璃は私におぶさったままの状態なので、非常に歩きづらかった。
図書室。
『図書室では静かに!』というポスター通りに、この部屋は静かだった。
私はカウンターに本を返し、図書室の奥まった場所まで杏璃と向かう。
ここなら本棚に囲まれていてすぐには見つけられないし、誰か近づいてきても足音でわかるような場所だ。
「んっ……」
「ちゅっ……」
そこで私達は……『いけないコト』をしていた。
「はぁっ……ちゅぅっ……♡ はづっ……すきっ……♡」
「ふぅっ……んっ……♡」
図書室の奥まった場所で、私達は抱き合い目を閉じてキスの嵐を与え合い続けていた。
「ちゅるっ……♡ ちゅうっ……♡」
私は本棚に背を預け、杏璃のキスを受け続ける。
最初は「ちゅっ、ちゅっ」と軽く口をつけるものだったのが、唇が舌を舐め上げて、最後は舌と舌が絡み合うものになった。
『おとなのちゅー』だ。
「んっ……♡ はぁっ……♡」
「ぢゅるっ……♡ れろぉっ……♡」
どろどろと杏璃と私の唾液が互いの口の中で溢れて混ざっていく。
ぬるぬるとして生暖かい杏璃の舌が、私の舌を転がる。舐めつくす。
そのたびにぴりぴりと、甘ったるい電気が私の身体を走る。
「んふっ……うぅっ……♡」
(だめじゃん、はづ)
杏璃に口が離され、小さく言葉をかけられる。私は目を開けた。
(ここ、図書室でしょ? 図書室では静かにしなきゃ)
(そ、そんなこと言ったってぇ……)
それに私は小さい声で返す。
この図書室には何人かの生徒達がいるとはいえ、少しの音でも目立ちそうなほどに静かだ。
そんなところで舌と舌が絡み合う……いわゆる『おとなのちゅー』をしようと杏璃はなんで提案したんだろう……。
(ちょっとでも音がしたらバレそうな場所でちゅーするの、すっごくドキドキしない? スリルがあるっていうか……)
(……へんたい……)
むぅ、と杏璃を睨みすえる。
ちょっと前なんか、誰もいない教室でしようなんて言いだした。
その提案にも乗って、ちゅーしちゃったけれど……正直、杏璃の言うこともちょっとわかる気はした。
やっちゃいけないところでやる『おとなのちゅー』は……悪いことをしているみたいで、ドキドキする。
それが余計に、『おとなのちゅー』の気持ちよさが増すような気がした。
そう考えてる私も十分『へんたい』なのかなぁ……。
「んんっ……♡」
そう考えているうちに、杏璃がぐっ、と顔を寄せてきて、唇を奪ってくる。
『おとなのちゅー』再開だ。
(ちゅっ……んうっ……♡)
(はぁっ……れろぉっ……♡)
さっきよりも音に気を遣いながら、キスを続ける。
杏璃のキスはいつも強引だ。
甘くて、柔らかくて、温かくて。
それでいて元気で強引な動きをして、私の口の中をねろねろと暴れまわる。
そのたびに私の身体に甘ったるい電気が走り回り、足はもじもじと動いていく。
私に対する『すき』を強引に伝えてくるような、そんなキスだ。
胸がドキドキ、バクバク鳴ってくる。
その音が周りの生徒に聞こえるんじゃないかって思うほどにうるさく鳴る。
杏璃とのキスと、それが周りにばれないか、という緊張が重なっているからだ。
(んっ……はむっ……♡ ちゅるっ……♡)
だというのに、杏璃が私を求める舌の動きに、私も応えてしまう。
杏璃に負けじと、私も舌を動かす。
杏璃も喜んでいるのか、身体をぴくぴくと震わせてくる。
「んっ……」
「はぁっ……」
二分ほどのキスが終わり、唇が離される。
とろぉ、と互いの口の間で糸を引きながら、唇が引き離された。
「はぁっ……はぁっ……」
「ふぅっ……はぁっ……」
杏璃も私も、肩で息をする。汗もじんわり浮かんでいる。
それほどまでにさっきは互いが互いを求めあっていたんだと実感する。
杏璃との『おとなのちゅー』……もとい、キスはいつもこうだ。
頭がぼーっとして、身体は熱くて。それでも、互いが互いを『すき』という気持ちで満たされて、幸せになっていく。
「やっぱり、はづのキスしてるときの顔、かわいい」
「……もう、キスしてる時目を開けて私の顔見てたでしょ」
「にゃふふ。……もう帰ろっか。いい時間だし」
ほっぺに赤みを差しながら、杏璃がそう言った。
「……うん」
私もそれに応じて、図書室を出た。
「うーーーーーん……」
帰る際の通学路で、杏璃がノートを広げながら考えごとをしていた。
「何かを読みながら歩くのは危ないよ杏璃……」
授業で使うノートじゃなく、きらきらと光るシールがいっぱい表紙に張られた、自由帳として使っているノートだった。
「学校でキスするのに絶好のスポットを探してんの」
「なにしてんの……」
また変な事やってるなぁ、と呆れてしまう。
「図書室はありっちゃありだね」
「ありなんだ……」
静かだけど、ちょっと変な事をしたら周りにバレそうなところがいいのか……いや、私もドキドキしたけれど。
そう思っていると、杏璃がノートに何か書き込んでいく。
「よっし! 明日も絶好のキススポットを探すよ!」
「……またやるんだ……」
どうやら明日もまたキスをいっぱいすることになった。
……なんだか不安だなぁ。
●キススポットレビュー
図書室 ☆☆☆☆
『静かで雰囲気も◎! キスしてるのがバレないかドキドキする緊張感があって楽しい! これは☆4つ! またここでちゅーしよっと!』
ちらっと、ノートを横から見るとそんなことが書かれていた……。
またあそこでしに行くつもりかぁ……。
* *
次の日の放課後。
杏璃がさっきの授業で忘れ物をしたとのことで先生から鍵を借りて、理科室に入ることになった。私も杏璃と同行する。
理科室には六人で使うような大きな机がいくつか並んでいて、薬品の独特な臭いが漂っている。
「さぁて、ちゅーしましょっか! 理科室でキスするのはどんなもんか、楽しみ~!」
「え、えぇ……ここで……」
昨日言ったこと、やっぱり本気でやるんだ……。
「んっふふ~♪ はづ、あたしの目、見て?」
「う、うん……」
じぃ、と杏璃の目を見る。
くりくりと大きな瞳が、嬉しさで吊り上がっている。
そんな瞳が可愛いくて、私は好きなのだけれど……。
「……杏璃」
「……んにゃ?」
「さっきから見られてる気がする……」
なんというか、ほっぺにちりちりと何かを感じる。
……そう、視線を感じているのだった。
「あー……確かにこれは……」
杏璃と私が理科室の隅にあるそれに視線をやる。
大人の男の人ぐらいの大きさをした、白いガイコツがこちらを見ている。
人体模型だ。
目玉はないけれど、確かにこちらの方を向いているのがわかる。
視線の正体はこれかぁ……。
当然人体模型は人ではないけれど、人の形をしたものからは妙な気配を感じてしまう。
正直不気味だ。
「……これじゃあ雰囲気が出ないね。このガイコツくん後ろに向ける?」
「だめだよ。先生に勝手に触っちゃだめって言われてるでしょ。ヘンな事して壊すのも嫌だし……」
それに……薬品の独特な刺激の強い臭いがさっきから気になってしまう。
とてもじゃないけれど理科室はキスをするのに向いてない。
「ここはやめとこうよ、杏璃」
「そーだね……」
杏璃の忘れ物を回収して、私達は理科室を後にした。
「ここはだめ……と」
理科室を出た後、またも杏璃がノートにレビューを書き込んでいた。
●キススポットレビュー
理科室 ☆
薬品のヘンな臭いと人体模型から感じる視線のせいで、ここでちゅーするのはおススメしません! せっかくのキスがケミカル味になっちゃう!
なので☆1!
* *
昼休みの教室。辺りを見渡すと、教室の同級生たちが男女ごとにいくつかのグループに分かれて過ごしていた。
女子のグループは大体がおしゃべり、男子のグループは流行りの漫画の真似事遊びだ。
「えーと、0.9かける0.8は……」
私は次の授業の為に予習をしている。次の授業で当てられる可能性が高いからだ。
「杏璃はどうしてるんだろ……」
今日は杏璃も当てられる可能性はあるけれど、勉強はしていないだろうな……。
目だけできょろきょろと杏璃を探すと……いた。
教室の隅っこで、何やら窓際のカーテンを見ている杏璃の姿が。
珍しいな。昼休みはいつも友達とおしゃべりしてるのに。
まぁ私も杏璃と同じグループでいつもおしゃべりしてるんだけど。
私と目が合ったとみると、杏璃がちょいちょいと手招きをしてきた。
「なんだろう?」
来いってこと? そんな意思表示を受け取った私は椅子から立ち上がり、杏璃のもとへ向かう。
「どうしたの、杏璃?」
杏璃の前に立った私は尋ねた。
「んっふふ~♪ ここならどうかなって思って! ていっ!」
「わぁっ!」
ばさぁ、と何かが私の身体を覆った。
窓際に吊るされた、白いカーテンだ。
「どーよ⁉ あたしの即席秘密スポット!」
視界には杏璃と、外から差し込む太陽の光に反射したカーテンの眩しい白一色。
TVで見るような雪国とはまた違う、白一色の光景はちょっとだけ非日常に思えてくる。
「ちょっと変わった光景だよね」
「でしょ⁉ そーんで……んっ……」
「むぅ……⁉」
そしていきなりの、杏璃からのキス。
つい私は目を閉じて、杏璃の唇を受け入れてしまう。
今回は舌と舌が絡まない、『ふつうのちゅー』だ。
「ちゅぱっ……」
「んうぅ……」
名残惜しいと思いつつも、唇が離される。
「もう! ここ教室だよ⁉ 誰かに見られたらどうすんの⁉」
「えー。ダイジョブダイジョブ。誰も見てないよ」
怒る私に対し、一切杏璃が悪びれる様子を見せてこない。
今更な気はしてきたけれど。
「ここもありだね。布一枚だけで別世界に来た感じがしていいじゃん!」
「キスに別世界にきた感覚なんているかなぁ……」
「でもさぁ、たったの布一枚に包まるだけであたしたち、世界にふたりきりって感じがしててそれはエモいって感じがしない⁉」
「それは確かにあるかも」
たったの布一枚。でも私達が何をしているのか、外から隠してくれる魔法のヴェール。
ちょっと幻想的で、何かに包まれている感触も心地いい。
……でも結局、ここは教室の中であることには変わらない。
教室にいる皆の話声がガヤガヤと聞こえてくる。
そう思うと、夢から一気に現実に引き戻されちゃう……。
「ちょっとガヤガヤしてるのが気になっちゃう、かな……それに布一枚だし、誰かがいたずらしてめくってきそうだし……」
「んんーーーーー」
杏璃が考え込んだ。
「発想は良かったと思うよ」
まぁ、ドキドキしたのは事実だし。
「いいと思ったんだけどなー……」
ぶつくさと物思いにふける杏璃。
なんで杏璃はキススポットを探すためにここまで真剣に考えているのだろう。
「ふふっ」
そんな杏璃の真剣な顔を見ると笑みが浮かんでくる。
「な、なに⁉ なんで笑ってんの⁉」
「だって、キススポット探しとか真剣に考えてる杏璃が面白すぎるもん。勉強してるときはそんな顔したことないのに」
「んなぁ⁉ まるでキススポット探しがくだらないことみたいじゃん⁉」
本音を言うと割とくだらない気がするんだけど……。
「もー、せっかくこんなイチャイチャスポットを見つけたって言うのにー」
ぎゅうう、と杏璃がカーテンごと抱き着いてくる。
「きゃっ……!」
「誰も見てないのをいいことにえっちなことしちゃおっかなー?」
「も、もう……!」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、すりすりとほっぺを私の肩にすりつけてくる。
まるで甘えん坊の猫ちゃんみたい。
……キススポット探し、最初は呆れつつも、ちょっと楽しくなってきたかも。
普段見慣れた学校の中で『秘密の場所』を探すのは、冒険のようでわくわくしてくる。
杏璃が満足するまで付き合おう、かな?
……こうやって杏璃を甘やかし続けると、将来ダメな子になっちゃうんじゃないかって心配になるけれど。
●キススポットレビュー
教室のカーテン ☆☆☆
周りにたくさん人がいてもカーテンの中に二人くるまれば、ほら!
ふたりだけの世界! うーん、エモい!
問題は周りの声は聞こえるし誰かにのぞかれることも考えたらあまりオススメ出来ないかも。
放課後の誰もいない時間なら☆5つのポテンシャルを狙える⁉
* *
週明けの月曜日。私達のクラスではプールの授業が開かれていた。
九月になってもまだ暑いということで、9月の半ばまでプールは開かれている。
「今から自由時間でーす」
プールサイドから先生がメガホンを構えて大きく言った。
その宣言を受け取った生徒達が南極のペンギンのようにどんどん飛び込んでいく。
そのたび飛び込んだ生徒達は「こらー! 飛び込まない!」と大きな声でたしなめられた。
「あはは、皆遊びたいんだねぇ……」
ちょっと呆れつつも、私はゆっくりとプールに入る。
暑い日差しを浴び、腰から下は冷たいプールの水に浸されて、心地よい気分になっていた。
まぁでも、私は泳ぎは苦手なんだけどね……。
夏休みに杏璃と海に行って、泳ぎを教えてもらってからは少しマシになってはいるけれど。
「うぅっ……やっぱり水泳の授業は苦手だなぁ……水着になるし……」
水泳の授業に苦手意識を持つのはただ泳ぎが下手なだけじゃない。
紺色の学校用水着を纏った、自分の身体を見やる。
腕と足は完全にさらけ出しているし、身体のラインは浮き出ている。
周りのクラスメイトも全員同じ格好をしているとはいえ、やっぱり恥ずかしい。
「はーづっ」
後ろからご機嫌な色をした声をかけられたので、振り返る。
同じく学校用の水着を着た杏璃がそこにいた。
水着から伸びる小麦色の手足は健康的に見える。
プール含め、体育の授業の杏璃はいつもにこにこしている。
運動が得意な杏璃にとってはワクワクものだもんね。
運動全般は苦手なので羨ましい。
「はづの水着、海行った時のダイタンなビキニもよかったけど学校の水着もかわいいね、うんうん」
「み、水着のことは言わないで……」
かわいい、と言われるのは嬉しいのだけれど……今は恥ずかしさの方が増すかな……。
あと学校の水着なら杏璃も同じもの着てるじゃない……。
まぁでも、本当に可愛い杏璃に褒められるのは嬉しいことなんだけどね。
「ねぇねぇはづ! あたしね! ちゅーするのに凄くいい場所見つけたの!」
プールの授業なのに大声でそんなことを言うものだから、思わず目を丸くする。
「あ、杏璃! 声が大きい!」
「あ、いけないいけない!」
てへへ、と照れながら杏璃が両手で自分の口をふさいだ。
「……今はプールの授業中だから、後にしよう?」
「えーでもさぁ、プールの授業じゃないと出来ないんだけど?」
プールの授業じゃないと、出来ない?
それはつまり……
「ここでちゅーするってこと⁉」
「はづ、声大きい!」
しまった。つい大きな声でヘンな事を言ってしまった……。
幸い、周りのクラスメイトはプールの自由時間で大はしゃぎなため、こちらを気にする様子はなかったけれど。
「ていっ!」
「わぁっ⁉」
杏璃が私の肩を両手で持ったかと思うと、一気に押し込んできた。
そのまま私は勢いよくプールに沈む。
「むぐぅぅ……⁉」
全身が水に沈んで冷たい。視界にはぼんやりと青いプール槽の様子と、遊んでいる生徒達の身体が見える。
そして正面には、同じタイミングで沈んできた杏璃の姿があった。
金髪のツインテールがゆらゆらと水中で揺れ、その姿はまるでマーメイドのお姫様を思い出させた。
……そんな、マーメイドのお姫様が私の頬に手を添えて……
(んっ……)
(んんっ……⁉)
なんと……水中でキスしてきたのだった。
(むぅう……!)
今までで一番驚いた。まさか水中でキスしてくるなんて……!
驚きで息を沢山吐いてしまい、苦しくなってきたので、杏璃の唇から離れ、水面から顔を出そうとする。
「けほっ……けほっ……!」
「ねぇどうだった⁉ ここなら誰も見られないよ⁉」
「ダメに決まってるでしょ!」
ばしゃっ、と杏璃の顔にプールの水をかける。
「きゃふぅっ⁉」
「もー! 何考えてんの杏璃ったら!」
「あたしなりに色々考えたのにぃ……」
ほんと、ろくでもないことばかり考えるんだから……!
「もっと頑張ったら『おとなのちゅー』を水中でやっても……ぎゃふぅ!」
またよからぬことを考えているので、もう一度水をかける。
「やったなこのー!」
杏璃も水で返してきた。顔に勢いよく水がかかって冷たい。
「杏璃が悪いでしょ! このー!」
ばしゃばしゃと水をかけあう。
最初は怒っていたけれど、段々楽しくなってきた。
杏璃が変な事をしても、すぐに許して、楽しく遊んでしまう。
私達の関係はいつも、ずっとこうだった。
やっぱり甘やかしすぎてるかな、と思ったりするんだけど……。
●キススポットレビュー
プール ☆☆☆
水の中でキスをするという大胆な発想!
自由時間内なら意外とバレない!
水の中の景色はきれいだし、ファンタジー!
問題は水の中でのキスは流石に苦しいのとプールの授業の自由時間内でしか出来ないってことだね……。
でも水の中でキスするのって、すっごくロマンあるよ!
* *
放課後。私達は中庭のベンチで並んで座っていた。
「んんー……こう、ドンピシャな場所って見つからないもんだねぇ……」
うんうんと唸りながら杏璃がノートとにらめっこをしていた。
「これだけ回ったんだし、もういいでしょ?」
杏璃の行動にはびっくりさせられることは何度もあるけれど、楽しいという気持ちは湧き上がっていた。
「うーんうーん……」
「そんなに考えることかなぁ……」
「あたしははづに楽しんでもらいたいの!」
「あはは……それはうれしい……かなぁ……?」
「なんで疑問形なの⁉」
素直に嬉しいと言っていいものなのかなぁ……どっちかというと杏璃がやりたいからやっているようにも思えるのだけれど。
「……そろそろ帰ろう、あん……」
杏璃、と名前を呼ぼうと振り向くと……
「すぅ……すぅ……」
なんと、杏璃がベンチに座ったまま眠ってしまっていた。
「ねてる……」
今日はプールの授業もあったし、疲れちゃったのかな。
さっきまでうんうんと頭を使っていたのもあるのだろうけど。
「もう……そろそろ帰るっていうのに、寝ちゃわないでよ……」
無邪気な寝顔で、赤ちゃんみたい。
えっちなことばかり考えてる女の子とは思えないような寝顔。
その寝顔が凄く愛おしく思えた。
「……」
辺りを見回す。
学校の中庭はとても静か。私達以外誰もいない。日当たりもよく、お日様の光が差し込んでくる。
その日当たりのお陰か、生徒達が植えたアサガオやマリーゴールドが愛らしく綺麗に咲いている。
まるで私達をにこやかに祝福してるよう。
「今なら……いいよね……」
中庭には誰もいないことを確認し、私は……
「んっ……」
杏璃のほっぺたに、キスをひとつ。
唇に杏璃のほっぺの柔らかい感触がふわりと浮かんでくる。
杏璃のほっぺたってマシュマロみたい。
「……私からちゅーするのって、あんまりないことなんだから」
つん、と指先で杏璃のほっぺを突く。
「ふふ、やっぱり杏璃と一緒にいるのって、楽しい」
杏璃の寝顔を見ながら、思わず笑みがこぼれる。
いっぱい遊んで、いっぱいちゅーして、いっぱい勉強して……勉強は杏璃はあまりしないけど。
まぁ、ちゅーするのも本当は嫌じゃなかったりするけど。
突然されたりしたら困るってだけで。
「……私も、眠くなってきちゃった」
まぶたが重い。うとうとと自分の身体が揺れているのがわかる。
杏璃につられて、と言うのもあるだろうけど……周りが静かで、落ち着いた場所だからかな。
日当たりもよくて、あまり人が来ないからか静かで、おまけに風が穏やかな風も吹いてくる。
五年もこの学校にいるのに、なんでこの場所に気付かなかったんだろう。
意外と気付かないものなんだな。
「ちょっとだけ、休んでいこ」
杏璃の肩に頭を預ける。右手は、杏璃の左手に重ねて。
この場所、気に入ってきちゃった。
またここで杏璃と一緒におしゃべりしたりお昼寝するのもいいな。
(起きたら、また一緒に遊ぼうね)
いつも元気で、ちょっとわがままで、ちょっとえっちだけど。
いつでも私のことを引っ張って、可愛いって、好きって言ってくれる杏璃が好き。
起きたらまた、わがままお姫様に振り回されちゃうんだろうけど。
それ含めて、私は丸ごと杏璃が大好きだから。
起きたらまた、杏璃と手をつないで。いっぱいいっぱい、遊ぼう。
●キススポットレビュー
校舎の中庭 ☆☆☆☆☆
意外と人が来なくて、静かな場所。
周りにはお花も咲いていて、雰囲気も最高だよ。
ここでキスしたカップルはずっと一緒にいられる……といいなぁ。
後でこっそり、そんなレビューを杏璃のノートに書き加えておいた。
しゅがさま! 〜メスガキちゃんと地味子ちゃんが夏休みでイチャイチャするお話〜 だでぃこ @daddy510
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