第7話 あたしの、きらきらしたひと
四年生の秋頃。パパのお仕事の都合で引っ越しを余儀なくされたあたしは毎晩泣いていた。
「うぅっ……」
べそべそとあたしはねーちゃんの胸元ですすり泣く。顔が熱くて、涙が止まらない。
ここ最近、寝る前はずっとねーちゃんのベッドに潜り込んで、こうやって泣いてしまう。
「あー……もー……狭いし暑っ苦しいし、いい加減泣くなっての」
迷惑そうな声でねーちゃんがあたしに憎まれ口を叩いてくる。
「うぇぇ……」
そう言われても涙は止まらない。勝手に溢れてくる。
転校して、前の学校の友達と別れ、新しい学校で友達が出来るだろうか。
そんな寂しさと不安で毎日押しつぶされそうになる日々だった。
「いいからさっさと寝な。泣いたってなーんも解決しやしないんだし」
口は悪いけれど、ねーちゃんは本当は優しくて面倒見のいいひとだ。
そんなねーちゃんがいてくれて、本当に良かったと思ってる。
出来ればあたしの頭をバンバン木魚のように叩かないで欲しいけれど。
「…………」
泣き疲れたのと、ちょっと安心したのか、すぐに眠気がまぶたに圧し掛かってきた。
「すぅ…………」
いつの間にかあたしは寝息を立てて眠った。
安心して眠ったところで明日は学校がある。不安を表に出さないように努めているけれど、明日もちゃんと友達出来るのか……そんな心配に駆られて学校に行くんだろうな。
(どうか、寂しさと不安を忘れさせてくれる子が……あたしの前に現れてくれますように。)
そう祈って、あたしの意識は落ちていった。
◇ ◆ ◇
転校して三日目の放課後。あたしは教室前の廊下で掃き掃除をしていた。
「うぅ……今日もまともに喋れなかった……」
本来、あたしはもっとおしゃべりなのだけど、慣れない環境に緊張してまた人と話せなかった。
なんとか愛想笑いだけでも作れたけれど……当たり障りのない会話で終わってしまった。
友達の作り方を忘れてしまいそうだ。そもそも友達に作り方なんてあったっけ?
そんなもの、分からないから前の学校に帰ってしまいたい。皆と会いたい。
…………ダメダメ。こんな弱気じゃ友達になろうと言ってくれる子は現れてくれない。
あたしはもっと図々しくて、堂々としてる女の子だったはずだ。
弱気になるより先に、やることがあるでしょう? 杏璃。
そう、自分の中で意識を変えようとした時のことだった。
「あのー……ちゃんと掃除、やってくれないかな……?」
「あぁ⁉ なんか言ったか⁉」
聞き取るのも困難な女の子の小さな声と、それに対してバカでかい男子の声が聞こえた。
「あぁー……」
あれは確か同じクラスの子たちで、あたしと同じ今日の掃除当番の子たちだ。どうやら男子が真面目に掃除しないもんだから女の子がおっかなびっくり注意しに行ったら逆に大きな声で威嚇されたってやつ。
女の子も箒の柄を握って萎縮してしまってる。おとなしそうな子なのに、頑張ったんだな。
「…………」
あたしは一瞬考える。あの女の子の代わりに男子たちを注意しに行こうか。
でも……もし喧嘩になったらどうしよう? あの男子、結構デカイし。それで余計に友達が出来なかったら?
喧嘩なんてまともにやったことないし、何より友達が出来なくなるのは怖い。
だけど……だけど。
(困ってる子をほっとくぐらいなら、友達なんて出来なくていい。)
友達がいっぱい出来たとしても、あの時困ってる子を助けられなかった、なんて後悔を残す方が、友達が出来なかったことよりもよっぽど辛い気がしてくる。
それなら……今助けて、そこから悩んじゃおう。そこからのあたしの行動は早かった。
まず、さっきバカでかい声で叫んでいた男の子の脇腹を後ろから箒の柄で突く。
突くと言っても実際にあてずに掠めさせるだけだけど。
「ひゃあん⁉」
そうするとバカでかい声の男子が変な声で鳴いた。
当ててあげなかったんだから変な声で鳴かないでよ。なに、ひゃあんって。
「あんた達ちゃんと掃除しなさいよ。この子が困ってるでしょーが」
「なっ……なんなんだよお前……」
さっきの強気の態度と一変、あからさまにびびってる。
なんだ。こいつ、声と図体がでかいだけの臆病ものか。
あたしみたいなちっこい女の子一人に、ちょっと突っつかれただけでびびるなんて笑い種もいいとこだよ?
よし、最後にキメるか。
「ちゃんと掃除しないと、あんたらのボールにあたしの牙突ブチこんでやるんだからね!」
箒の柄の先を下向けにして構える。男子はこうすれば怯えるってのは知ってる。
そうすると、バカでかい声の男子も、周りで遊んでいた男子も急に顔を青くしだした。
「わ、わかったよ! やりゃあいいんだろやりゃあ!」
青ざめた男子達が一斉に掃除に戻った。ざまぁみろ。
今のかっこよさ、全世界の女の子が見たら「きゃー!杏璃ちゃん抱いてー!」ってなるに違いない。
今ならサインもつけるよ! って思いながらドヤる。
「あっ、あの! ありがとう!」
先ほどまで困っていた女の子が、頭を下げてお礼を言ってきた。
「あはは。女の子困らせるヤツなんて放っとけないっしょ。あいつら図体でかいだけだったし」
たとえ困ってる子が男の子だったとしても助けてたと思うけれど。女の子の手前ちょっとかっこつけとこ。
「えっと……転校生の橘さん、だよね?」
女の子が頭を上げてこちらを見てきた。視線がかち合う。
……近くで見ると、可愛い。
最初に抱いた感情がまずそれだった。
くりくりとした大きな目に、小さな口。二つ縛りにされたきれいな黒髪。あたしと違って白くて、ぷにっとしたお肌。
お洋服も清楚なピンクのワンピースだ。センスもいいと思う。
控えめだけれど、可愛いポイントは全部押さえた女の子だ。
……おっと、ぼーっとするとこだった。
可愛い女の子を前に見とれるのはいいけれど、ちゃんと受け答えしなきゃ失礼だもんね。
「橘さんってのはやめてよ。杏璃って呼んで!」
自己紹介を続けながらも、体はしっかりと掃除のために動かす。
「じゃあ、杏璃……でいいかな? 転校してきたばかりで、わからないことだらけだと思うけど……何か困ったことがあったらなんでも言ってね! 私、朝倉葉月って言うの!」
葉月と名乗った女の子は笑顔で右手を差し出してきた。
あ、これ……もしかして、友好の証ってやつ?
「葉月……じゃあ、はづって呼ぶね! よろしく!」
友達が出来た、と言っていいのかな?
ぎゅう、と右手を握り返す。柔らかくてあったかくて、小さな手だな。
つい嬉しくて握る手が強くなっちゃった……痛くない? 大丈夫?
葉月……”はづ”がまっすぐに私に笑顔を向けてくる。
あたしとはづが”ともだち”になったその日……その笑顔が、とてもきれいで、輝いて見えた。
◇ ◆ ◇
転校してから一か月。あたしの学校生活は変わっていった。
はづがあたしの、この学校での初めての”ともだち”になって。
緊張が解けて、色んな子とおしゃべりするようになった。
まぁ、事あるごとに『私とゲームで勝負しなさい!』なんて絡んでくる変な奴もいるけれど。
沢山の子とおしゃべりするのもいいけれど、一番の楽しみは……
「はづの髪、きれいだよねー」
はづとふたりっきりの教室でおしゃべりすることだった。
はづが学校のことを教えてくれるというので、放課後は学校を回って案内してくれたことがきっかけ。
そこからあたしが『これから放課後、一緒におしゃべりする時間がほしいな』と言ったら、はづが快く承諾してくれた。
それから週に一回程度、はづと放課後おしゃべりする時間を設けることになった。
話す内容なんてのは特に決まっていない。
前の学校で何が流行ってたかとか。面白いテレビ番組がどうとか、ニューチューバーがどうとか、今日の学校の出来事がどうとか。
そんな、取り留めのない話だけれど。あたしははづと一緒にいられるだけで楽しかった。
はづはあたしの話を、なんでも興味深く聞いてくれてる。それは話す側も話甲斐があるもんで。
さて、今日の話題ははづのヘアースタイル。
机にはスタンドミラーを置いて、はづを椅子に座らせる。
あたしははづの後ろでヘアブラシを使って髪を梳いていた。
「はづの髪、きれいー」
夕陽に照らされて輝く黒髪は、ブラシの流れに沿ってさらさらと流れていった。
「あ、ありがと……」
ちょっと照れた顔で、はづがお礼を言う。
「いつものおさげも可愛いんだけどねー、さらさらストレートも好きだなー。
でもはづってちょっと控えめな子だし、思い切ってポニテにする⁉」
両手でやさしく、はづの髪をポニーテールの形に持ち上げる。
まるでお人形さん代わりにはづのヘアスタイルを弄っているあたし。
これだけきれいな黒髪だと弄りがいもあるから仕方ない。
「ポニテかぁ……似合うかなぁ、私に……」
「似合うよ! はづは可愛いからどんな髪型も似合うもん!」
「あはは……嬉しいんだけどね、私って地味だし……」
鏡越しにはづが苦笑いを浮かべる。
「そんなことないもん! はづは可愛いんだから!」
はづの肩に手を置き、なるべく強い口調で諭す。
「きれいな髪だけじゃないし! おっきなくりくりお目目も、白いお肌もきれいだし……控えめな態度とかもつつましやかで可愛いし……あとえーっと……」
挙げようとすると多すぎてキリがなくなる。
あたしの貧弱の語彙から言葉を検索開始。長めのローディングが入った。
「うーん……うーん……」
「ふふっ。ありがとう、杏璃」
唇を小さく上げ、はづが笑う。はづの笑顔はお日様のようなきれいさがある。
お日様というよりも、『陽だまり』だとか、『木漏れ日』だとか。
つつましやかながらも暖かさを感じるような。そんな笑顔だ。
はじめて”ともだち”になった時の笑顔も、そんな陽だまりのようなものだった。
そんな笑顔を見ると、あたしまで心がぽかぽかしてくる。
「よーし! じゃあこれから毎日はづのこと、可愛いって言う!
はづが飽きても何回でも言うもん!」
女の子とは、花だ。
毎日手入れをして、水をやり栄養をやり、きれいに、鮮やかに大輪の花を咲かせる生き物だ。
だからあたしははづに、毎日”水””栄養”を与える。
それが”かわいい”という言葉だ。
実際の植物も挨拶をしたり褒め言葉をあげるときれいに育つってテレビでやってたな。
同じようにあたしもはづに毎日かわいいって言って、更に可愛くしてあげたい。
「地味だから、とかで自分を否定しちゃダメだよ」
「でも……私って気が弱いし、杏璃みたいないつも元気に明るい子じゃないし……」
「気が弱くたっていいじゃん! でも地味だから、とかで自分をかわいくないとか思っちゃだめ!
はづにははづの”かわいさ”っていうのがあるんだから!」
確かに、はづは気が弱いところはあると思う。でも、落ち着いていて、穏やかな女の子だ。
はづと一緒にいるとこっちの心まで和やかにしてくれるような。そんな魅力がある。
「…………」
突然はづがうつむいて黙りこくった。
あれ? あたしなんか変なこと言った? もしかしてお腹痛い⁉
「だ、大丈夫⁉」
「あはは。だいじょうぶ、だよ」
顔を上げて、はづがいつもの笑顔を浮かべる。
「杏璃みたいなかわいい子に、そう言ってもらえるのは、嬉しい」
きゅ、と。あたしの指に何かが絡まってきた。はづの指だ。
優しく触れている程度だけど……やっぱりあったかい。
その時だった。あたしの胸は……とくとくと、ちょっとだけ鼓動を早めていた。
( あれ……?)
おかしいな。熱でもあるのかな。
なんだか顔が熱いし。窓から差してる夕陽が熱いせいなのかな?
「……今日はもうこの辺にして帰ろっか」
なんだかドキドキして仕方がない。熱かも知れない。
帰ろう。いやでも、帰りたくない気持ちもある。
帰らないと熱で身体がやられちゃいそうだし、でもはづとバイバイするのも嫌だ。
「そうだね。今日も楽しかったよ、杏璃」
そう 言ってはづも立ち上がった。その姿にちょっと名残惜しいと思いつつ。
あたし達は夕陽の帰路につく。
「……気のせい、かな」
『杏璃みたいなかわいい子に、そう 言ってもらえるのは、嬉しい』
その言葉を言ったときのはづの笑顔。
いつもの陽だまりのような笑顔で言ったあの言葉が。
いつもよりもきれいで……最高に”かわいい”と思った。
◆ ◇ ◆
「うぅ ……」
四年生も終わり春休みも終盤の頃。あたしは自分のベッドの中で呻いていた。
ずっとはづと一緒にいるうちに。あたしははづのことがいつの間にか好きになっていたのだ。
”ともだち”として……だったらこんなに悩まないと思う。つまり……
「これ、はづのこと、カノジョにしたいとか、そういう類の好き、だよね……」
あーでもない、こーでもない、と考え続ける。
女の子同士で? いやぁ、ないでしょ、ハハハ。と意識すればするほどはづの事を考えてしまう。
転校して、はづと”ともだち”になってからもう半月近くになると段々はづの人となりもわかってくる。
かわいくて、優しくて、素直で……そばにいると心があったかくなっていく。
もっとはづと一緒にいたい。はづとくっつきたい。はづを知りたい。
今まで以上に近づくんだったら……
「”こいびと”になること、だよねぇ……」
つまり。あたしがはづに『好きです! 付き合ってください!』って言えばいいんだ。
なーんだ簡単じゃん! と一瞬考えたけど。
「それが出来たらどんなに楽なんだろうねぇ……」
ベッドの上で掛け布団にくるまり、イモムシのような状態ではぁぁ、と大きなため息。
女の子同士で付き合うってなんだろう。男の子と付き合ったこともないのに?
このままイモムシどころかサナギになって、考えることをほっぽり出そうかと思っていた、そんな時だった。
枕元に置いてあったスマホに、通知音が鳴った。
「うぅーん……」
まるで寝起きの時にけたたましく鳴る目覚まし時計を止めるような手つきでスマホを手に取る。
ライムにメッセージが来てたようだ。相手は……前の学校の友達グループ。
「みんなっ⁉」
がばっ、と掛布団をはねのけ、スマホの画面にかぶりついた。
『杏璃ちゃん元気ー?』
友達の一人がそんな挨拶をしてきた。
『ちょー元気だし!』
スマホをタップして返信。文字を打つのが早いと言われるけれど、はづや友達からのメッセージをやり取りするときは倍ぐらいの速さになる。
前の友達グループは、時折あたしに近況報告やら心配やらしてくれる。今でもありがたい存在だ。
『よかったー』
『杏璃、転校したとき滅茶苦茶泣いてたもん。心配したよー』
もう一人友達が入ってくる。
「な、泣いてないし!」
いや泣いてたけど! ぼろっぼろに泣いたけど! メッセージの上では精いっぱい虚勢を張る。
『強がんなよー』
『うちらも杏璃と会いたいよー』
やがて三人、四人……と会話に参加する人数が増えていく。
次々と送られてくる、あたしをいじったり励ましてくれたりするメッセージ。
一つ一つ噛みしめるように読んで、胸にじわりと熱いものが広がってくる。
『ところでさぁ杏璃ちゃん、好きな人できた?』
友達の、何気ない質問。今その質問はあたしにとってなかなか刺さる質問で。
「…………」
冷静に、あたしはメッセージを打った。今もなおこうして、あたしを気遣ってくれる友達を信じて。
『はい。出来ました……なんと、あたしは女の子を好きになっちゃいましたー!』
軽い文面で返す。下手に深刻な文面よりかは受け入れて貰えそうだから。
女の子同士でそういう感情を抱くのは、ヘンかな? と自分でも思ってしまっているのだから、少し慎重になる。
恐る恐る友達の反応を見ると……
『えー! マジ⁉』
『おめでとう!』
『結婚いつ⁉』
ライムのメッセージ欄は祝福ムードに包まれていた。理解が早いな⁉ しかも結婚て!
『付き合ってとかすら言ってないから!』
『あらそうなの?』
『早く言えよー』
だから……それが言えたらどれだけ楽なことやら。
『でも、女の子同士だよ? もし告白して引かれたらどうしよう……嫌われたくないよ……』
最初は明るくいくつもりだったのに、段々文面が弱くなっていく。楽しくやり取りするつもりだったのに弱気な文面で申し訳ない。
『でも、杏璃ちゃんが一番したいことってなに?』
え……? あたしの、したいこと?
『杏璃ちゃんがしたいことって、自分でもわかってるでしょ?』
友達のメッセージは続く。
『杏璃ちゃんのいいところって、自分に正直なところだと思うの。
やりたいことをめいっぱいやって。好きなものを好きって言えるところ』
あたしのしたいこと……はづに好きって、伝えることだ。
『でも……それで友達じゃなくなったら……どうしよう?』
それが一番の不安なわけで……
『それ、友達じゃなくなる必要ある?』
『嫌いって言うわけじゃないしね~』
……それも、そうかも知れない。振られたからって、友達をやめる必要があるかと考えると……ないと思う。
もし振られたらしばらくはギクシャクするかも知れないけれど、その時はもう一度関係を修復すればいいんだ。
なんだか頭のもやもやが晴れてくるような感覚がしてきた。
一番嫌なのは……こうやってうんうん悩んで、一番したいことをやれないことなんじゃないかな?
自分に正直に生きてないなんて、そんなの橘杏璃じゃない気がする。
本当のあたしはもっと……わがままで、欲しがりで、正直者なんだ。
はづをもっと知りたい。はづにもっと触れたい。はづと“ともだち”以上になりたい。
そう考えてたら……なんだ、答えはもう出てるじゃん。
『みんな、ありがとう。あたし、春休み明けたら告白するね!』
ドデカく宣言。
『おおーやったー!』
『がんばれ杏璃ちゃん!』
『当たって砕けろだよ! 砕けるのは私じゃなくて杏璃だからいくらでも砕けて大丈夫!』
おいこら。
『もし振られたら私が杏璃と付き合ってあげちゃうよー?』
冗談めかしてそんなことを言う子もいる。
『えー付き合ってくれるのー⁉ じゃあ付き合ったらデート代全部そっち持ちね!』
『えーひどー!』
『よろしくね♡ ハニー♡』
『そういうことは本命に言えよなー!』
そんなおふざけのメッセージをやりとりするうちに、どんどん気持ちが上に向いてくる。
『ありがとう、みんな。そろそろ寝るね。おやすみ!』
もういい時間なので、おやすみの挨拶をする。
同じくおやすみなさいの挨拶や、可愛らしいスタンプでも返事がきた。こんなちょっとしたやり取りでも心は弾む。
「…………ほんとに皆、ありがと」
寂しさは忘れたけれど、友達のことはずっと思い出に残っているし、今でもこうやってあたしの味方をしてくれている。
離れていても、あたし達はちゃんと繋がってるんだって思える。
「よーし、絶対告白するぞー!」
ベッドの上で右手を高々に上げて宣言。どんな結果に転んだって、あたしは伝えるんだ。この気持ちを。
どんな答えを返してきてもいい。だから、あたしの気持ち、受け止めてね、はづ。
そして、新学期。はづと同じクラスになったあたしは……
「あたし、はづのことすっごく好きなの! だから……付き合ってくれないかな⁉」
勇気を振り絞って……ありのまま、そう伝えた。
◆ ◇ ◆
そして現在。夏休みも明けて、9月も半ばになる頃だった。
「んっ……」
夕陽に染まる、あたしと……“こいびと”のはづ以外誰もいない教室。
あの日。はづに告白して、“ともだち”から“こいびと”になった日と全く変わらない教室で。
あたし達は互いの唇を重ねていた。
はづの唇は……何度経験しても柔らかくて。熱くて。
何度もキスしたっていうのに、胸の高鳴りが抑えられなくって。
そして何度でもキスしたいって、思う。
「れろっ……」
「んうっ……」
はづの口の中に、あたしの舌をねじ込ませる。
“おとなのちゅー”だ。はづの口の中はあったかくて、気持ちがよくて、おいしい。
舌先ではづの口の中をまさぐると、はづの身体がぴくぴくと小さく震える。それを感じるのは楽しい。
「ふぅっ……!」
はづの舌は熱くて、小さくて、あまったるくて。その感触が、味が、あたしの心臓をばくばくと鳴らす。
さらにはづからはイチゴのような、甘ったるい匂いがする。
その匂いが、あたしの心をより昂らせるのだった。
「ちゅっ……んっ……」
互いに薄めを開けて、見つめあいながらの”おとなのちゅー”。
あたしを見つめてくるはづのとろんとした目が、夕陽に輝いていて……えっちで、とてもきれいに見えた。
「ちゅるっ……」
舌と舌がまるで別の生き物のように動く。そのたびに口の中の唾液が増えていく。
「ん……ちゅうっ……くちゅっ……」
「んうっ……れろっ……じゅるっ……」
ぐちゅぐちゅと互いの口の中が唾液でいっぱいになって、舌が余計に動きやすくなる。
まるで滑りをよくするローションのようだ。
「はぁっ……」
「うぅっ……」
互いに唇を放す。互いの唇からとろっと、橋のように唾液の糸が引く。
「はぁっ……うぅっ……」
ぴくぴくと身体が震え続け、吐息が漏れる。頬が熱い。
それははづも同様で、ハードな運動を終えたような状態に近かった。
あたしの身体もうずうずして、芯から熱くなってくる。
心臓がばくばくとなりっぱなしだ。学校の教室という、誰かにいまあたし達がしていることを見られたらヤバイという状況がより一層心臓を高鳴らせる一助になってしまっているけれど……
「ねぇ……はづ……」
はづの右手首を両手で持ち、あたしの胸に触れさせる。
「えっ……」
「あたしの胸、さっきからドキドキいってて……触って、感じてほしいの」
このドキドキを、はづに知ってほしい。はづのことを“キモチよくさせたいから”“はづとちゅーしているとキモチイイから”“はづのことが好きだから”。
こんなにもドキドキしていることを、知ってほしい。
「はづの手、あったかいね」
じわりと、服の布越しからはづの手のひらのぬくもりが伝わってくる。
ちいさくて、あったかくて、やわらかい手。もしかしたら……はづの身体で、一番好きな部分かも知れない。
「さ、さわっていいの……?」
こくっ、とあたしは無言でうなずく。
「でもあたしは……こっちをもらっちゃおっかな?」
はづの右手首から手を放し、そのまま抱き着く。
左手ははづの腰に、右手ははづの左耳の耳たぶをやさしくつまむ。
「んっ……」
はづの身体がきゅ、と縮こまるのを感じた。
「はづ、感じたの? かーいい♪」
「感じてな……きゃんっ……」
そのままくりくりと、はづの耳たぶをいじる。
ぷにぷにとしていて、可愛い形をした耳たぶ。まるでやわらかいお豆さんみたい。
左手ははづの腰に。短く立てた爪が、はづの身体を滑る。
「はぁうぅ……!」
「きもちいーの?」
小さい声で、はづの左耳に囁く。出来るだけ挑発的に。
「きっ……きもちいい……」
「うんうん。正直者でよろしい」
耳たぶをいじるの忘れない。ふにふに、と優しく触る。
「ふあぁぁっ……!」
「はづってほんと耳がよわいんだねー♪」
吐息交じりで左耳に囁く。出来るだけあたしらしくいじわるに。
「ひゃあうぅ……!」
感じてる声も、凄くかわいい。はづは耳が弱いなんて情報はあたししか知らないことだろう。
そんなあたししか知らない事を知っていることに密やかな優越感を感じている。
この夏休み。いっぱい遊ぶだけじゃなく、いっぱいえっちなことをしたものだから。
最初はえっちなことに抵抗を示していたけれど、今は結構乗り気なように見えてくるし。
はづはあたしの手で、“おいしく”育てられたようなものだ。
肌は真っ白なマシュマロ。お目目は大粒のチョコレート。唇は真っ赤なイチゴ。
そんなただでさえおいしそうな女の子が、あの夏休みでいっぱいえっちなことをあたしにされて、“おいしく”育ったのだから。もっともっと、食べたくなる。
……そうだ、”イチゴ“をもう一回食べたくなっちゃった。
「んっ……」
もう一度、はづの唇にキスをする。
「っ……!」
あたしの唇を受け入れたはづは、迎え入れるように口の中を開ける。そして、舌が混ざり合う。
「ふあぁ……!」
「んちゅっ……ちゅっ……!」
もう一度、くちゅくちゅとした水音を鳴らしながら、互いに舌を求めあう。
舌が動くたびにあたしの頭の中がじんじんとしてくる。それでも、手は休めない。
「んうぅっ……!」
さわさわと左手は腰に。くにくにと右手は耳たぶに。
はづの反応を確かめながら、あたしの指は動き続ける。
「ちゅるっ……くちゅっ……」
今度は互いに目を閉じて、唇を、舌を求めあう。
目を閉じていると音が響いて、舌触りも敏感に感じてきて、余計に気持ちよくなる。
互いを見なくても、すぐそこに触れあえる距離にあって。舌と舌で、あたし達は混ざり合っていて。
このまま、一つになってしまってもいいと思えるほどにあたし達は互いを求めあう。
「…………!」
そう言えば、はづにあたしの胸を触らせていたんだった。
あたしの胸に触れている手が、ぎこちなく動くのを感じた。
「あっ……うぅっ……!」
ただ、手が胸に触れられているだけなのに、心臓の鼓動が激しくなってくる。
どくん、どくん、どくん。自分でもわかってしまうぐらいにうるさい。
はづ、あたしの胸の音、わかってくれてるかな?
「んぅっ……!」
はづの手が、あたしの胸の上をまさぐるように這う。
ぎこちないけれど、どこかあたしの胸の“キモチイイ”場所を探っているように思えた。
「はうぅっ……!」
胸の上を、指が滑っていく。自分で触っていても気持ちいいなんて感じないのに。
他人に胸板を触られると、どうしてか気持ちよく感じるものらしい。
「あっ……!」
やばい。はづが、あたしの胸の……特に“キモチイイ”部分を探り当てたみたいだ。
そこに優しい電流が流されたような感覚を覚えた。
「あぁんんっ……やぁっ……」
根負けして、唇を放す。またしてもとろりと、唇から唾液の糸が引く。
唾液の糸が夕陽に反射して、細く光る。
「だめぇっ……! はづぅ……!」
指の腹で、くにくにと胸のキモチイイ部分をいじられ続ける。
「ひゃううんっ……!」
どうしよう。“尖った部分”がさらに敏感になってくる。
そんなことはお構いなしに。はづがいつものお返しだと言わんばかりに責めてくる。
(うぅ……もしかしてこれ、インガオーホーってやつ? はづってもしかして、あたしが思ってたよりもえっちな子だったりする……?)
そんなことを考えながらも、なおはづの責めは続く。
「んっ……」
ちゅぷ、と右耳に湿った音が聞こえた。
あ……これ、はづがあたしの耳を甘噛みしてるからだ……
「んっ……じゅぷっ……ちゅるっ……!」
「ふあぁあぁ……!」
なにこれやばっ! 唾液たっぷりで耳を攻められると、ここまで身体にぞくぞくとした感覚がのぼりつめてくるだなんて思わなかった。
「はづって意外とだいた……はあうぅ……!」
はづの前髪があたしの顔にかかる。さらさらとしていて、くすぐったい。
「ちゅぷっ……ちゅっ……はぁっ……」
「やぁっ……だめぇはづぅっ……みみはぁ……みみはぁっ……!」
思わず泣きが入る。ぞわぞわとして、今まで自分が味わったことのない感覚があたしを襲ってくる。
まさかここまで耳を攻められるのが気持ちいいなんて……知らなかった。
はづはさっきまでこんなこと、あたしにされてたの……? 自分のやったことに驚いてしまう。
けれど、どこか嬉しかった。はづとあたし、感じやすいところが一緒なんだなってところが。
「あんりぃっ……すきっ……すきっ……」
吐息交じりではづがあたしに“すき”を伝えてくる。耳をしゃぶられるよりもクるものがあった。
言葉にして、“好き”を伝えてこられると……あたしの脳がとっても喜んで、吐息の刺激が一層快楽を運んでくる。
頭がくらくらしてきた……
「あたしもぉっ……はづのことっ……すきっ……すきぃ……! もっとぉ……!」
ぎゅうう、とはづを抱きしめて、耳責めをいっぱい求める。
脚が小刻みに震える。もう、どうにでもなってしまえと、そう思ってしまっていたら。
「……ふにゅう」
腰が抜けて、教室の床に座り込んでしまった。
「あ……杏璃、大丈夫⁉」
はづが心配してしゃがみこんで、あたしを気遣ってくる。
「だ、だいじょうぶ……はづの責めがちょっと凄すぎただけ……」
「うぅ……ごめん……」
ほっぺたをリンゴのように真っ赤にしたはづがあたしに謝ってくる。
「……はづってもしかしたら、えっちの才能あるんじゃないかなぁ……」
「ないない! そんなのないよ!」
否定するけど絶対嘘だ。
「……ほんとかなー?」
「もう、えっちなのは杏璃だけなんだからね……」
「はづだっていっぱいちゅーしたじゃん……」
「杏璃がやりたいって言いだしたからでしょ! しかも皆が帰った教室で、なんて!」
「だって一回やってみたかったんだもん! 教室で”おとなのチュー”!
教室でえっちなことするの、それはそれで興奮するかなって……」
「……へんたいだ……」
「違うって!」
あたしに否定する材料が一切ない気はするけれどここは精いっぱい否定しておく。
はづだって、あんだけ気持ちよくなってたし、あたしを滅茶苦茶気持ちよくしようとしてたし……
「そろそろ帰るよ、杏璃。ほら、立てる?」
いまだ床にへばりついているあたしにはづが苦笑いを浮かべながら手を差し伸べてきた。
「……うん、帰ろ」
差し伸べられた手を握り返す。やっぱりはづの手、あたし好きだな。
握っていて、安心感がある。
そうしてあたし達はランドセルを背負って、教室を出ることにした。
あたしのランドセルはピンクで、はづは赤。可愛い色を寄せ合わせて、あたし達は夕焼けに染まった通学路を歩く。
今この時間帯の住宅街は閑静なものだった。
はづの左手をあたしの右手が握って。握り方はもちろん指と指を絡ませた、“こいびと”繋ぎ。
指と指が絡む感覚が嬉しくて、くにくにとあたしの指が動く。
「今日も楽しかったねー。学校」
「体育の授業でへとへとだったけどね……運動会の練習とか……」
「放課後は更にへとへとだったね!」
「うぅっ……根に持ってるの……?」
ちょっとだけ根に持ってたりします。はい。
「明日の給食楽しみだなー。明日は何が出るっけ?」
「明日はカレーだって。楽しみだね」
「やったー! あたしカレー大好きー!」
「うわわっ!」
握った手を天高く伸ばすと、はづの左手も一緒に伸びる。
今日の学校も楽しかった。夏休みが開けて二週間。まだまだ遊び足りなかったけれど、学校でも毎日はづと会えて、こうして一緒にいる。
その事実に、あたしは胸がとても弾む。まぁ、授業とか宿題とかは……ノーコメントで。
「ねぇ、はづ」
より強く、はづの手を握る。離さないように。存在を確かめるように。
「あたし、はづに会えてよかった」
この夕焼けであたしはちょっと感傷的になっているのかな。
胸にこみ上げるものを感じながら、手を握りながらはづの前に立つ。
「急にどうしたの、杏璃」
落ち着いたほほえみで、はづが尋ねてくる。そう言えば……幽霊駄菓子屋さんの帰りも……こんな夕陽だったな。
「はづ、大好き」
あたしは、はづの色んな所が好きだ。
一番好きなところは決めるのが難しいけれど……強いてあげるなら。
「あたしは、あたしのことを可愛いって、いつも言ってくれるはづが大好き」
女の子にとって可愛いという言葉は……魔法の言葉だと思う。
その言葉をもらって、女の子は変身して、輝く。
もちろん、はづ以外の人からもらえる”可愛い”、も嬉しいけれど……はづからもらえる“可愛い”は……なんだか特別な輝きを感じている。
あたしははづの隣で、はづと一緒に、いつも輝き続けるお星さまのようになりたい。
一生、なんて言葉は重たくて、口に出すと陳腐なように聞こえてしまうけれど。
あたしはそれぐらい、ずっとはづといたいって、想ってる。
そのために―――あたしは、伝えよう。
「ねぇ、はづ」
今だけ一瞬、手つなぎを解いて。はづの前に立って、とびっきりの笑顔を浮かばせる。
「ちょっとおバカで、えっちで、わがままなあたしだけど……あたし、はづの“こいびと”として。
これからもいっぱいいっぱい可愛くなって、いっぱいいっぱいはづに好きって伝えるからね!」
……まぁ、おバカの前についた、『ちょっと』の部分については自分の名誉に関わるから付けておくにして。
あたしは駆け引きなんて出来ない、『おバカ』だからこそ。
いつでも直球の言葉をはづにぶつけて、心を掴んでみせるんだから。
「……うん。私も、杏璃のこと、大好き」
それに応えて、はづもいつもよりも、日だまりの笑みよりも少し力強い、きらきらとした笑みを浮かべる。
「私こそ、これからもよろしくね」
はづが手を伸ばす。あたしもそれに応えて、右手を差し出す。
握り返すと、はづが優しくあたしの右手を包むように両手で握り返してくる、
初めて“ともだち”になった時と近いけれど、今は……『“こいびと”さん、あらためまして』の握手だ。
……ああ、この手だ。あったかくて、やわらかい、優しい感触。これをいつでも感じていたい。
手を取り合って、私達は帰る。
明日は何が起こるかな。きっとはづとなら、なんだって楽しいに違いない。
明日も明後日も、十年後も二十年後も。
ずっとずっと一緒にいられますように。ずっとずっと、笑い合っていますように。
―――そんな願いを胸に抱いて。
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