雪に青サギ

有馬悠人

雪に青さぎ

 人と違うことが嫌だ。本当に嫌だ。目立つし、疎外感があるから。僕は小さかった。中学生になっても、あまり身長が伸びなくて、女子の真ん中くらい。男子の中ではダントツで小さかった。

 そんな僕だからか、よくいじめまではいかないけど、いじられた。よく肩車されたり、頭に肘を置かれたり、顔も可愛いらしく、女子には女装させられて、文化祭に出させられたりもした。

 そんな僕の部活は、バレー部。親の影響で始めた。身長の影響で、リベロだった。両親と上の兄弟は背が高いのに僕だけなんでって。アタッカーがやりたかった。うちの一家は全員そうだから。ほら、家族の中でも浮いてるじゃない。違うのが本当に嫌だ。牛乳は毎日飲んで、いっぱい食べて、寝てるのに、、、

 朝一、2リットルの牛乳を飲む。結構きつい時はあったけど、今ではスルスル飲むことができる。

「大地。俺も飲むから、持ってきて。」

2つ上の兄から、声をかけられた。

「そのくらい自分でとってよ。」

「いいじゃねえか。目の前にいるんだから。」

仕方なく、僕は兄の分の牛乳を耐熱性のコップに注いだ。

「あ、今日寒いからレンチンしてくれ。」

耐熱性のコップに僕が入れたのをみて、また要求が増えた。ムッとしながらも、両手を合わせて、その後ろからウインクしてくる兄の要求を断ることができなかった。

「そんくらい自分でしなさい。」

冷蔵庫の隣にある洗面所の扉から、1つ上の姉が僕と同じことを言った。

「へいへい。」

兄は姉の言うことを聞いて、僕の手から、コップをとってラップを掛け、レンチンした。兄は僕の耳元に来て小声で、

「いいか、大地はこんな怖い彼女作るなよ。」

「聞こえてますけど?」

少しドスの効いた声がして、2人でゾッとした。この家では姉が1番強い。

「こんな僕のこと好きになってくれる人なんていないよ。」

小さな声で囁く。

「そんなことない。こんな可愛い弟見向きもしない女がいるもんか。」

それが、兄の精一杯のフォローだと感じながら、「ありがとう」としか言うことができなかった。僕が少しくらい顔を見せると、兄と姉は、2回ずつ頭をポンポンとした。それが1番心にくるのに。


朝食と洗面台での準備を終えて、制服に着替える。上に兄弟がいるから兄のお下がりかというとそうではない。僕が小さすぎて、とてもじゃないけど着れないんだ。手は指先しか出ないし、足もつま先しか出ない。親には申し訳なかったが、新しく買ってもらうことになった。よくお下がりを嫌がる兄弟がいるみたいだが、僕は逆に兄の着ていた服を着たい。大きくて、かっこいい兄のようになりたかった。でも、この様だから、、、

1限がない大学生の兄を置いて、姉と一緒に高校に向かう。この日は、近年稀に見る大雪の影響で、僕の膝まで雪が積もっていた。朝早く父さんが起きてきくれて、雪かきをしてくれたらしい。綺麗に自分たちが歩く場所が確保されていた。その父さんは、疲れて寝てしまったらしい。除雪車も通ったみたいで、黒くて重い、水の含んだ雪が家の壁に沿って積み重なっていた。

「さむ、、、」

腕をさすりながら、生足の姉がつぶやいた。雪国特有の寒さ耐性でも、流石に今日は寒い。

「タイツ履かないからだよ。」

「持ってたやつ伝線してて、着れなかったの。」

「なら、兄ちゃんのズボンはけば?」

「やだよ。男みたいってからかわれるから。」

姉ちゃんは身内の贔屓目なしでも綺麗でスタイルがいいのだが、運動神経抜群なのと部活歓迎会で披露した特技のフライパン曲げをして、すっかりゴリラキャラが定着したらしい。その時、新入生だった僕と最上級生の兄はそれを見て、逆らわないようにしようと心に決めた。

「今日朝練はいいの?」

「先生が出張で体育館借りれなかったから今日は、放課後だけ。」

「そうなんだ。たまには顔出そうかな、、、」

「大丈夫、大丈夫。人足りてるし。」

「でも、大学からは練習しろって言われてるしなぁ。」

姉ちゃんはすでに、うちの近くにある大学への進学が決まっている。兄ちゃんと一緒のところ。スポーツ推薦で特待生。姉ちゃんが練習に来ると、コーチが気分を良くして練習が厳しくハードになる。部員全員に、「姉ちゃんだけは連れてくるな」ってきつく言われてる。コーチからは「連れてこい」って言われてるし、板挟みになる弟の気持ちを考えて欲しい。実際、練習のメニューがキツくなるし、姉ちゃんのスパイクは痛くて寒いこの時期には遠慮したい。

「で、どうなの?好きな子とかできた?」

女性は恋バナが好きとよくいうが、弟の恋バナまで聴きたいのかなって正直思う。思春期の時でも、仲が良かった弊害なのか、うちの兄姉は僕に対して過保護だ。膝の上に乗せてくるし、常に頭撫でられるし。可愛い弟になれればいいのだが、男のプライドが邪魔する。高校生にもなって、弟とお風呂入ろうとした姉の行動には流石に強めに拒否した。そのくせ、兄にはめちゃくちゃ強く当たる姉。尻に敷くタイプなのか、それとも、、、二面性がある姉の方がお嫁に行けるか弟としては心配だ。

「いないよ。姉ちゃんもいないくせに。」

「私には、可愛い大地がいるからいらない。」

そんなことを真剣な顔で言ってくる。嬉しい反面、いいかげん弟離れして欲しいところではある。

「僕に彼女できたら、どうするのさ?」

「そうね。まずは、面接からかな?大地にふさわしい彼女かどうか私が判断しないと。あとそれから・・・」

延々と僕に彼女ができた時の行動を言葉に姉にため息が出る。質問したのは僕だから、止めるわけにもいかなくて。ただ、僕の口から出たため息は白い煙になって形をなしていた。


 学校に着くと、僕にとって1番屈辱的な行動をしなければいけない。僕にとって1番屈辱的な行動。下駄箱に手が届かない。僕の苗字は相川。出席番号順に上から並べられて、生徒数の多いうちの高校では下駄箱も大きい。出席番号1番の僕の下駄箱は1番上。背伸びしてギリギリ手がかかるくらい。この姿が1番惨めに見える。台をおいて欲しいのだが、色々なところに散乱していて、探しにいくのも億劫になる。

「おはよう。大地。とってやるよ。」

基本的に、同じクラスの男子にとってもらってる。今日みたいに。たまに僕より背の高い女子に撮ってもらうことがあるのだが、その瞬間は地獄だ。

「はいよ。可愛いな。」

毎度の如く、頭をポンポンされる。惨めだ。そんな気持ちに耐えながら、「ありがとう」と感謝する。

クラスの中に入ると、やたら盛り上がっていた。身長の観点から、1番前の自分の席に荷物を置く。すると、同じバレー部の拓人が話しかけてきた。

「今日、転校生が来るみたいだぞ。」

あぁ、それでこの盛り上がりなのね。

「可愛い子がいいなぁ〜。お前はどう思う?」

「別に誰でもいいかな。男で背が高かったら、バレー部にでも入れようかな。」

過度に期待しても、その子が困るだけ。可愛いかろうと綺麗だろうと、同じ部活の仲間が増える方が個人的に嬉しい。

「残念。女子らしいぞ。」

「なら、どうでもいいや。」

ガラッ

油を打った方がいい、教室の扉があいた。

「ほら、みんな座れ。ざわざわするのはわかるが、落ち着かないと紹介できないだろ。」

クラスのみんなが何で盛り上がっているのかわかっているみたいだ。まぁ、担任ならそのくらい。

「じゃあ、みんなが待ってた転校生を紹介します。入ってきて。」

扉の窓からは顔の整った女性が見える。教室に入るなり僕は思った。デカって。

「伊藤さやかです。今日からよろしくお願いします。」

彼女は、ショートヘアーの頭を自分の腰くらいまで下げて挨拶した。その時、野太い男の声で歓喜の唄が聞こえた。

「はい。うるさい、うるさい。じゃあ、1番後ろの席に座って。みんな今日から仲良くするんだぞ。相川、出席番号的にお前の後ろになるから学校案内してやれ。」

「なんで、俺?」

「バレー部らしいからな。お前がいいと思ってな。よろしく。」

背中に感じる男子の視線とブーイング。その視線に気づきながら、担任は笑いながら教室から出て行った。嫌がるのも、彼女に悪いから受け入れるしかない。でも、なんでよりによって背が高い女子なんだよ。ほんの少しだけ僕は肩を下ろした。


 早速、彼女の元には人が集まっていた。歓喜の歌から男子が群がっているのを勝手に予想していたが、男子はほとんど周りにはいなく、クラスの女子に囲まれていた。男子は遠くで彼女を観察している感じだ。

「大地いいなぁ。」

拓人が話しかけて来た。

「押し付けられたんだ。僕もやりたくないよ。隣に並ぶと自分が惨めになる、、、」

「まぁ、でも、お前が適任だろ?男女の壁なく話せるお前だから、先生も選んだんだろ。」

拓人と話していると彼女を囲っていた女子の集団から声がかかる。

「ほら、行ってこいよ。案内役さん。部活の時に何話したか教えろよ。」

「はい、はい、、、」

僕はため息まじりの返事でそれに答えた。

 僕は、躊躇なく女子が屯っている中に入っていった。まあ、これも慣れっこだから問題ないが、いつもと違うのは男子からの視線が少しだけ痛いこと。

「この子が先生が言ってたさやかちゃんの案内役ね。」

頭の上に手を置かれて、紹介される。まぁ、言いたいことはあるが、これも慣れっこだ。僕の立ち位置はクラスの弟的な立ち位置らしい。

「初めまして。相川大地って言います。今日からよろしく。」

一応、自己紹介だけ済ました。すると彼女の表情が、少し明るくなった気がした。

「初めまして!!大地くんのこと知ってたから、話せて嬉しくて。」

少し大きな声を出した彼女の言葉にクラスの人間の頭の上に?マークができた。

「どう言うこと?」

「知ってるよ。私もバレー部だから。3兄弟とも、この地域じゃ有名人だもん。私、お姉さんに憧れてこの高校に転校して来たんだもん。」

「わかってるね!!さすが!!」

僕の後ろから勢いよく、拓人が話の輪の中に入ってきた。

「でも、こいつのプレー見たら、お姉さんのことなんか忘れるかもね。こいつすごいから。」

唐突にめちゃくちゃ僕に対するハードルが上がった。

「私も、自信あるから。なら、部活の時間勝負ね。リベロだからいいでしょ?」

「おう。望むところだ。」

僕の了承もなく何故か勝負が決まってしまった。

「僕、何も言ってないんだけど、、、」

「男なら仕掛けられた勝負から逃げるなよ。」

「煽ったのは拓人じゃないか。」

「じゃあ、決まりね。」

まだ、担任に言われた学校案内もしてないのに、勝負の予定だけが決まってしまった。

「じゃあ、今日は姉さん呼ぶか。」

「本当?嬉しい!!」

「マジかよ。今日休もうかな。」

「巻き込んだ責任は取ってもらうから。」

スマホで、姉さんに連絡したらOKの2文字が届いた。


 担任に言われた通り、僕が学校の案内をしている。外野の視線が痛いが、そんなことよりも、窓ガラスに映る自分と彼女の対比の姿が心にくる。改めて思った、僕ってこんなに小さいんだって。

「バレーいつからやってるの?」

彼女にも視線が集まっているのだが、そんなの気にしてない感じで普通に話しかけてくる。心なしか、教室で話していた時よりも顔が明るい。

「小3くらいからかな。そのくらいの時から兄ちゃんが始めたからそのついでに。」

「お兄さんも有名だもんね。アンダー代表にも選ばれてたし。」

あんなおちゃらけていて、姉に尻に敷かれている兄だが、誰もがしる実力者。顔もスタイルもいいので雑誌の特集では、王子なんて言われてた。この記事を見た家族の反応は、全員が「どこが?」だった。

「兄は僕と違って、大きいから。センスもあったし、身長も高いし。」

「身長、そんなにコンプレックス?」

彼女は僕の目の前に立ち道を塞いだ。顔をじっくり見るために少し屈んでいる。

「別に、、、」

「嘘だ。2回も身長のこと言ってたよ。そんなに大事かな?身長って。」

持っている人間の言い方だ。それが1番欲しい人にとっては煽り以外の何者でもない。

「当たり前だろ?君は身長高いからわからないと思うけど、大きい人の中にいると惨めになるんだ。家でも、学校でも。」

「そうなんだ。でも、私は気にしてないけど?なんでもない、、、」

彼女は少しだけ顔を赤くして、そっぽを向いた。

「ほら、さっさと案内してよ。あと、君はやだ。さやかって呼んで。」

自分が今、どこにいるかもわかってないであろうさやかは少し小走りで僕の前を行く。

「あ、そこ男子トイレ・・・」

僕の声はなぜか届かず、さやかは男子トイレに直行して行った。

「すいませんでした!!」

さやかの大きな謝罪が休み時間の廊下に響いた。


放課後。

拓人とさやかと一緒に、体育館に向かう途中で姉さんと会った。

「大地―。呼ばれたから来たよ。」

姉さんの片手には明らかに今日部活に行こうとしていた証拠があった。

「今日、もともとくるつもりだったでしょ?」

「あー。バレた?コーチにこいって言われてたからね。」

僕と拓人は、苦笑い。隣に目をキラキラさせた巨人がいるけど、、、

「はじめまして!!伊藤さやかっていいます!」

「大地から聞いてるよ。今日来た転校生だってね。よろしくね。」

2人は夢中で話していた。その様子を見て拓人が僕の耳元で囁く。

「このまま逃げね?」

「無理だろ。勝負までお前が仕込んだんだから。」

「お前がいればいいじゃん。俺は体調不良ってことにしといてくれ。じゃあ・・・」

「拓人君?いくよ?」

まるでヒソヒソ話を聞こえていたかのように、絶妙なタイミングで姉さんが笑顔で話しかけてきた。拓人は後ろを向いていて、顔だけ姉さんに向けた。

「はい。よろしくお願いします。」

観念したのか、そこから拓人はおとなしかった。

 体育館に着くと、すでに下級生が準備をしていてくれた。

「こんにちはぁー!!」

運動部特有の大きなあいさつが体育館に響く。

「こんにちわぁ!!」

姉さんが挨拶をする。わかりやすく、一瞬の沈黙があった。その後、ストーブの前で温まっていた同級生も含め、全員が姿勢を正して、大きな声で姉さんに挨拶していた。姉さんの統括力は今でも健在らしい。

「おお!!元気だったか?」

コーチが姉さんに話しかける。

「元気ですよ。弟がお世話になってます。ほら、3人は準備しておいで。」

姉さんに諭されると、拓人が耳元で、

「まさか、このまま見るだけってことは・・・」

「ないだろ。」

「だよなぁ〜。」

さやかと別れて、僕たちは着替えた。


僕らが出てくる時にはすでに、さやかはコーチと姉さんの輪の中に入っていた。

「集合!!」

コーチが声をかける。

「今日から、転校してきたさやかさんが女子バレー部に入る。ということで、実力を見たいから、今日の練習は男女混合で4対4のゲームするから。ちょうど、相川姉も来てるからね。チーム分けは自由でいい。ネットは女子の高さ。じゃあ、準備出来次第各自始めてくれ。審判は休んでる人が担当すること。」

練習メニューを聞いた途端、拓人は僕から離れようとした。僕は拓人の腕を強く握る。

「逃がさないから。」

「やっぱり?」

僕らの視線の先には、姉さんの手を握るさやかの姿があった。

案の定、姉さんとさやかがいるチームと当たる。

「さやかちゃんから聞いたんだけど、勝負するんだって?面白そうじゃん。私も本気でやろっと。大地もよろしくね。」

ウインクして姉ちゃんは僕から離れていく。僕がため息をついていると、一応逃げなかった拓人が話しかけてきた。

「姉さんなんだって?」

「本気でやるってさ。」

「じゃあ、レシーブは全部任せるから。」

「こればかりは仕方ないかな。」

4対4は人数がいつもより少なくなっているので、役割分担ができてないと回すことができない。攻撃ができないリベロのポジションの僕はほぼ強制的に姉の本気を受けなきゃいけない。

「気合い入れないとなぁ。」

少しめんどくさいが、手を抜くと家で怖いから、本気で準備をすることにした。

準備中、ふと周りをみると、ちょうど、さやかがアップしているのが見えた。すでに部員と仲良さげに話していて、なんか安心した。

「アップ中によそ見ですか?ずいぶん余裕ですな。」

「拓人にだけは言われたくない。拓人はもう終わったの?」

「完璧。今からでも始められる。」

一応、この部のエースの拓人。もう少し、念入りにしてほしい。

「もう少し時間があるからもっと暖めておけば?」

「これ以上やると疲れるし、お前と話してた方がいい。何?さやかちゃんばかり見て、好きなの?」

「なんでそうなるのさ。」

「随分気にしてるみたいだからさ。」

「気にはするだろ?今日初めてきたんだから。」

「そうか?でも、大地みたいに凝視はしないと思うぞ。これから、姉さんとやるって言うのにさ。」

「そう言うもんなのかな。わからん。」

「まぁ、始まったら私情はNG。手加減するなよ。勝負なんだから。」

「姉さんにも言われたよ。手を抜くつもりもないし、抜いたら家で怖いから。」

「そうか。安心した。」

そう言い残して拓人は、軽く体を動かしにいった。


 試合の時間になると、やたらと僕たちの試合だけギャラリーが多い。転校生と、元女子のエース、今の男子のエースが一緒にやるのだから無理もないかもしれない。ネットを挟んで、挨拶をする。

「手加減はしないからね。」

「お手柔らかにお願いします。大地がいる限り負けませんから。」

拓人と姉さんが隣で握手をしている。お互いに、力をかなり入れて挨拶していた。その光景を見て、左の頬だけあげて、僕は苦笑いをした。

「よろしくね。」

僕の正面にはさやかがいた。すこし見上げる感じになる。

「よろしくお願いします。」

彼女の手を握る。少し厚みがあって、大きいものの、指の一本一本は細くて綺麗だった。彼女は最後に、ぎゅっと力を入れて、手を離した。

「負けないから!!」

僕の周りには血の気が多い人が多くて困る。巻き込まれる方の気持ちも考えてほしい。

 拓人がジャンケンで負けたので、こっちが先にレシーブ。一般的に、サーブ側が失点しやすいのがバレーボールなのだが、それを打つのが姉さんになると話は別。全然サービスじゃない。姉さんの馬鹿力で叩かれたボールは、轟音と共に、絶対に僕の真正面にくる。と言うより、僕だけしか狙ってない。

そんなこと考えていると、いつものルーティンが始まる。エンドラインの右端からゆっくり6歩下がりながら、少しずつボールを地面に叩きつける力を高めていく。6歩進んだら、正面を向いて、大きく一呼吸。自分側に回転をかけて、もう一度、ボールを地面に落とす。反動で帰ってきた、ボールを狙ったところに照準を合わせて、ゆっくり助走を始める。左手1本であげたボールに向かって、弓みたいに体のバネを利用して、全体重と力をボールに。

案の定、僕の真正面にきた。ドライブ回転がかかっていて、おそらく、僕の手前で落ちる。これは、あげるので精一杯。

バンッ。

カッコ悪い音が響いた。準備不足で、コートに入ったため、相手コートにボールが返ってしまった。

「準備不足!!」

「ごめん、ごめん。油断してた。」

「じゃあ、次な。」

「わかった。本気でするよ。」

今度は、僕がルーティンを始めた。


リベロのルーティンは、自分始動のサーブとは違って、相手に合わせる必要がある。あくまで、これは、相手の癖やタイミングがわかって、さらに、集中力が持つ点数の時のみ。1ゲームくらいなら持つし、相手は、姉さんだから、今回は最初からしても問題はない。さやかだけが、不安だが、一回入ってしまえば、簡易的なもので入ることもできる。

姉さんが、また、同じようにルーティンを始めた。それと同時に僕のルーティンを始める。まずは、2回高く脱力して飛ぶ。その後に、深呼吸を2回。体育館の床を右手で触って準備完了。あとは、白帯で相手が隠れないように、腰を落とす。これをすると、時間が止まったみたいに、ゆっくり流れる。余計な情報、雑音が一切聞こえない。ふわふわしてる。

姉さんは、さっきと同じように、僕を狙ってきた。姉さんがボールをミートする瞬間に、僕の体は浮き、勝手にボールに向かって進む。ドライブがかかっているので、急に落ちるが、それも問題ない。勢いを完全に殺すために、僕はレシーブの瞬間、膝を抜いた。

・・・。

ほとんど、音はしなかった。完璧に、セッターにボールが帰る。

「ナイスレシーブ!!俺にちょうだい!!」

拓人がボールを呼ぶ。ブロックはさやか一枚。クロス側を占めているが、1対1なら、拓人が負けるはずがない。拓人は右手でしっかりボールをミートしてストレート側に打ち抜いた。ボールは相手コートのサイドラインの上に落ちる。ここでようやく、雑な音が戻ってきた。

「ナイスキー。」

拓人に、声を掛ける。

「まあ、あそこまで完璧に上げられたら、決めるしかないでしょ?さすが。」

相手コートを見ると、姉さんはむくれていて、さやかは、僕を凝視していた。

「どうよ!!うちの守護神は!!」

自分のことではないのに、胸を張れるだけ張って、自慢している。

「まだ、始まったばかりだから問題ないし。」

「ほら、相手煽ってないで、拓人がサーブだよ。」

「おう、そうだったな。」

自信満々で拓人はサーブに向かった。

拓人が打ったサーブはものの見事に、ネットにかかった。

「力入れすぎ。」

「すまん。」

さやかのサーブのターン。僕は簡易的なルーティンをした。一回のジャンプと、深呼吸だけ。姉さんとあまり身長が変わらないさやかだから、白帯との調整は要らなかった。さやかは姉さんと違って、ちゃんと僕に拾われないように、角を狙ってるみたいだった。まぁ、でも、あまり関係ないけど。

さやかがサーブを打つ。僕はその前に、動き出していた。右のサイドラインギリギリ、威力も申し分ないけど、正直、打ってくるコースが分かりきっていたから、簡単に届いた。

・・・。

また音はしなかった。

「はいはい!!もう一本ちょうだい!!」

セッターはまた拓人に上げた。今度は、姉さんがブロックに入ったが、今回の拓人は左で打つみたいだ。拓人は両利きで左右どちらでも打つことができる。戦術的に変えているわけではないが、気分で変えるため、どっちで打つのかトスが上がるまでわからない。拓人が振り抜いた左手はまた相手コートに落ちた。

「はいはい。ナイスキー。」

盛り上がるこっちに対して、あっちのチームは、驚き1人、むくれてるの1人がとても印象的だった。


あれから、試合は進んで、僕らが大差で勝っている。男女というのもあるとは思うが、僕らはサーブミスとブロックアウトでしか失点をしてない。基本的に、ブロックでコースを限定して、その先に僕を配置する。コースさえ絞れれば、何も問題なく、スパイクレシーブすることができる。入った僕には、ボールの回転まではっきり見えていた。行動までの時間が極端に少なく、思考すら追いついてないが、体が勝手に動いてくれる。ボールに触れるまでの体感時間が長ければ長いほど、僕にとって余裕ができる。余裕さえできれば、基本的に落とすことも、セッターに返らないこともない。油断すると、意識が持っていかれそうになるが、バレーが得点後に止まるスポーツでよかった。意識が持っていかれる前に強制的に止まるので、現実に戻ることができる。現実に戻って見えるのは、相手チーム、特に姉さんとさやかの顔だった。この後が少し怖いが、手を抜くのは違うのであくまで全力で。

・・・。

僕はいつも通りに、音も立てずにセッターに返し続ける。それを容赦なく、全力で拓人が点を決める。

マッチポイント。拓人が、全力で打ったサーブがコートの隅に落ち、僕らが勝った。

「ありがとうございました!!」

試合が終わると、僕のスイッチが切れて、その場に座り込んだ。

「お疲れ様。手、抜かなかったな。」

「しばらく動けないかも。久しぶりに集中したから。」

拓人と話していると、拓人の後ろから姉さんとさやかの姿が見えた。

「大地。やりすぎ。」

「でも、手を抜いたら姉さん怒るだろ?」

「今日、最初のサーブ以外、大地から点取れなかったもん。流石にそれじゃあ、問題だから練習来るようにしたから調子に乗らないでね。さやかちゃんもいってやって。」

姉さんの隣で、何も話してなかったさやかが、僕のことを指差して、

「大っ嫌い!!」

涙を浮かべながらそう言って、どこかに行ってしまった。

「わかりやすく、嫌われたな。」

「女の子泣かせるなんてさいてー。」

「じゃあ、どうすればよかったんだよ。」

「自分で考えればぁー。」

「俺、しーらね。」

さやかの姿で忘れていたが、姉さんがサラッととんでもないこと言った気がする。

「姉さん、もしかして、これからも来るの?」

「何?そのつもりだし、ほぼ毎日顔出すと思うけど。」

その発言を聞いた拓人と僕は、肩を落として、大きくため息ついた。


さやかを不可抗力で泣かしてしまってから数日が経った。あれから、口を聞いてくれない。本当に嫌われたのかもしれないが、時たま、視線を感じる。あの日以降、姉さんは毎日来るようになって、練習がバカキツくなった。拓人と共謀しれサボろうとしたが、僕らのクラスにはさやかがいるのですぐに姉さんに連絡がいく。姉さんとさやかは仲良くなって、最近の姉さんの口からでる話題はほとんどさやかのものだった。

家では、さやかのことを泣かしたというのが全員の耳に入り、いじられる。今日もなぜか、兄さんが僕の部屋で漫画を読んでいた。

「大地も罪な男だね。女の子泣かすなんてさ。」

「だから、試合中で、不可抗力だって。」

こんな話題、兄さんにとってみれば最高のおもちゃだ。

「でも、ちゃんと謝ったか?」

「試合中のことだったから、謝るのは違うと思うけど。」

「バカだなぁ。謝れば、話くらいはしてくれるだろ?そこから、仲を深めるんじゃないか。好きなんだろ?」

「はぁ?そんなこと、一言も言ってないけど!?」

「そうなのか?拓人が言ってたぞ?いい雰囲気だったのにって。」

拓人と兄さんは仲がいい。大学生になった今でも、頻繁に連絡を取りあってるみたいだ。その内容はほとんど僕の内容らしいが。

「そんなんじゃないから。大体、身長が違いすぎて、僕には勿体無いよ。」

「お前、そんなこと思ってるのか?でも、そんなお前に朗報だ。身長の高い女性は、低い男性のことが好きらしいぞ。」

「どこ情報だよ。それ?」

「漫画。」

「当てにならない。そんなんだからいまだに彼女が・・・」

「それ以上はダメだ。俺の心にくる。」

「こんなにかっこいいのにさ。中身が残念すぎるから、彼女ができないの。黄色い声援はいやほど聞いてるかもだけど、1人に中身まで愛されるって大事だよ。」

「そんなこと言ってもしょうがないじゃないか。おっさんみたいな説法を兄にするな。まぁ、とりあえずさやかちゃんだっけ?話しかけてみろって。部活でも、変な空気が流れるのは悪影響だろ?」

「わかったよ。なんとかしてみるけど、、、」

「報告よろ。」

「拓人からいくだろ。」

「こういうのは本人から聞いてナンボだろ?」

そんなこと話してると、姉さんが入ってきた。なんで、この兄、姉はこの部屋に来るのか。

「何話し当てたの?」

「男だけのヒ・ミ・ツ。」

「きもいから、いいや。大地、漫画貸して。」

兄妹3人仲がいいのはいいが、僕の部屋に集まらなくてもいいじゃないか、、、


翌日、兄さんのアドバイス通りにしてみようと思った。

「さやか?」

滅多に自分から話に行かない僕が、さやかに話しかけているのに周りがびっくりしてる。

「何?」

少しまだ怒っているみたいだった。

「この前はごめんね。」

「謝ることじゃないし。私の実力不足だし。」

聞いたか兄さん。言った通りじゃないか。

「でも、すごいって思っちゃった自分が1番嫌だった。」

流れが変わったかもしれない。

「だから、今度は私から、勝負仕掛けるから。一本でも私が大地くんから点取ったら、なんでもいうことひとつ聞いてもらうから。」

「いや、前は僕じゃなくて拓人が勝手に・・・」

「いいじゃねえか!面白そうだし、売られた喧嘩しっかり買うわ。」

また、横から拓人が口を挟んできた。

「僕、何も・・・」

「いい度胸じゃん。覚悟しろよ!!」

また、僕は蚊帳の外なのに、僕中心の勝負が起こった。


そこからまた、さやかとは口を聞かなくなってしまった。クラスの中では、何かあったのかと推測する組ともしかして付き合ってるんじゃないか組に分かれていた。真相を知っている拓人は「面白いから」という理由で放置している。その日の部活の終わり、片付けの時間にさやかと2人きりになる時間があった。

「ごめんね。変な噂ができてるみたいで。」

「いいよ。大地くんがどうこうできる問題じゃないもんね。私も強く反論しないのが悪いけど。」

反論してないんだ。なんでだ?

「なんで反論しないの?」

「別に理由はないよ。そんなことより、いよいよ明日だからね。お姉さんに練習付き合ってもらってるから手加減なんてしたら、今度は一生口聞かないから!!」

何かを誤魔化すように彼女は、用具室から出ていった。最近姉さんの帰りが遅かったのは、さやかに付き合っていたからか。勝負から姉さんは毎日部活に顔を出すようになった。練習は厳しくなるし、リベロとしては、姉さんのスパイクを毎回のように受けなきゃいけなくて、始めた手の頃みたいに、腕に赤い粒々ができていた。拓人は、最近、口癖のように「部活行きたくねぇ」と言っている。そう、駄々をこねる拓人を部活に連れて行く業務まで増えた。全ての元凶はお前だろって言いたい。


 大会も近くなってきたので、実戦形式の練習が増え始めた。兄さんの大学のチームとのゲームだったり、引退した男女の先輩とのゲームだったり。あれだけ嫌々言っていた拓人も、兄さんとの試合はとても楽しそうにバレーをしていた。基本的に男女で分かれながら練習をしていたので、さやかとの再戦はなかなか叶わなかった。その間も口は聞けてない。心なしかため息が増えた。このことをダメ元で兄さんに相談すると、「お前、それは恋ってやつだな。」と笑われた。姉さんには相談しなかった。さやかと繋がりがあって、さらっと言いそうで、なんか・・・。初めての感情だったかもしれない。

 今日は、練習相手がいなかったから、久しぶりに、男女混合でミニゲームだった。僕の中で少しだけ待ち望んだ練習だった。お約束のように、姉さんがいる。この前やったように、拓人と僕、姉さんとさやかが同じチームになった。でも、今日に限って人数が少なく人チーム3人。リベロの僕も、アタックはしてはいけないけど、アタックラインの内側でセットはしていいということだった。そもそも届かないけど、、、僕のチームのもう1人は、僕と同じくらいの身長の1年生リベロの速太。漢字の山みたいなアンバランスなチームになっていた。

元々は、セッターに憧れていた。兄さんがセッターだから。身近に見えていたスーパースターは地味で点を直接取ることは少なくても、誰よりも試合を支配していた。その姿がカッコよかった。その姿を見て、僕も、トスの練習をしていたけど、この身長ではセッターもできない。おかげで、オーバーハンドレシーブは上手くなった。

「大地さん、このチーム大丈夫でしょうか?」

ほぼ目線が変わらないけど、少し自信がない視線が少し可愛い。

「大丈夫だよ。いざとなれば、雑に拓人にあげれば勝手に点決めてくれるから。だよね?」

「上げてくれれば問題なし。向こうのチーム殺気立ってるから、少し本気でやるから。」

拓人が言うように、異常な殺気を感じた。リベンジに燃えるさやかは少し理解できるが、姉さんが必要以上に燃えていて少し引いた。


 試合前の挨拶。ネットを挟んで、姉さんとさやかのチームと並ぶ。男女だと、ほぼ必ずと言っていいほど男子の方が身長が高くなるのだが、今回は僕らの方が低い。流石に拓人よりも低い人はいないが、他がね、、、

「速太君、今日はよろしくね。」

速太に笑顔で話しかける姉さんだが、姉さんの噂とここ最近練習に来ているところを見ている速太にとって姉さんは怖い存在なのかもしれない。

「は、はい。よ、よろしくお願いします。」

姉さんに返信をするが、その声は震えていた。

僕の前にはさやかがいる。少し見上げる感じでさやかの顔を見ると、睨んでいるのか、じっと僕の顔を見ていた。

「負けないから。」

「今日は、リベロよりもセッターだから。」

「レシーブはするんでしょ?」

「速太1人だときついからするとは思うけど、その前に、速太に勝たなきゃね。」

僕は、速太の肩に手を置いて笑顔で答える。

「緊張しいだけど、実力は僕と同じくらいだから。それに、1年間僕と一緒に練習してるし、このままだと僕なんか簡単に超えるから。油断しない方がいいよ。」

さやかの大きな目が僕から離れて、速太を見つめる。速太は、僕の後ろに隠れてしまった。

「怖がらさないでくれるかな?」

僕がそういうがさやかの耳には入っていないみたい。だんだん目が優しくなってきて、

「可愛い、、、」

と小声で囁いた。それには激しく同意するが、速太も男。僕の練習着を握っている手の力が強くなった。わかるその気持ち。

「見返してやらないとな。」

「はい!!」

笑顔で少し僕を見上げる感じで答えてくれる。可愛いって言われても仕方ないって感じてしまう。どうやったらこんな子に育つのか。世界中が速太だったら、進歩はしないけど、戦争も争いもないだろうな。


 試合開始の時間になった。通常6人で行うバレーボール。それが、今は半分の人数同士で行う。ガラガラに見えるコートも、お互いの人数が限られていることで、ある程度コースが読める。攻撃枚数が僕らは1人なので、圧倒的に不利。フェイクも、速攻も、囮すらいない。ただ1人のエースに全ての攻撃権が与えられる。まぁ、3枚ブロックが揃っていたとしても、それをいとも簡単に決める拓人だからできる芸当かもしれないけど。

 姉さんと拓人がジャンケンをして、姉さんはサーブ権を選んだ。嫌なことするなぁ。普通のバレーの試合なら、ローテーションルールが適用されるが、流石にこの人数では回すことができないので、基本的に、ネット下に拓人、相手から見て左側に速太、その反対に僕がいる形をとった。もちろんだが、いつものルーティン済みだ。速太も、僕の真似をして同じような仕草を行う。速太と一緒にコートに立つときはいつもと少しだけ違って、最後にお互いの背中を軽く叩く。こうすると、速太の準備が整う。

 サーブ権をとった姉さんのチームは、てっきり姉さんが最初に打つものだと思っていたが、最初はさやかみたいだ。僕の正面から打つみたいだ。十中八九、僕を狙ってくると思う。さやかが、大きく息を吐いて、助走を始めた。前見た時とルーティンが違う。前は、スパイクサーブで力任せに打っていた感じだったが、助走が緩やかで、フローターサーブみたいな感じだ。サーブを打つ一瞬、ボールを打つ手の位置が右側に傾いているのが見えた。

「速太!!」

さやかが打ったサーブは、途中までは僕に向かってまっすぐ向かってきたが、ネットを越えるあたりから、緩やかに反対方向にいる速太に向かって食い込んできた。速太はそれをかろうじて上げたが、確実に乱された。

「すいません!フォローお願いします!」

元々パワーがあったさやかのサーブは、強烈な横回転がかかって無回転よりも、ドライブ回転よりもかなり取りづらい。乱されたからと言って、僕らができることは変わらない。どちらかが上げたボールを必ず拓人まで繋げること。拓人はすでに助走に入っていた。身長が低くて少しだけよかったなって思えた。ボールに触れるまでの時間が人よりコンマ数秒長い。守備位置はサーブの時点である程度、把握している。だから、拓人がどっちで打つのか理解できた。今できる精一杯の丁寧で、僕は拓人にトスをあげた。

僕が挙げたトスは、アンテナまで綺麗に伸びて、そのトスを拓人の左手が打ち抜く。ライン上にボールは大きな音と共に、無人の相手コートに落ちた。得点の合図の笛がなる。

「ナイスセット!」

「速太もよく上げたね。」

「ありがとうございます!!」

盛り上がるこっちサイドに対して、向こうの空気は少し重そうだった。

 サーブ権がこっちに来たが、僕と速太はサーブの経験がほぼない。友達と遊びでやるくらい。でも、拓人が毎回サーブすると、向こうの連携もクソもなくなってしまう可能性がある。それに、拓人の負担も大きくなってしまうので、スタミナも心配だ。最初は拓人に任せるが、それ以降は仕方なく2人とも打たなければいけない。まともに練習してこなかったものだから、確実に相手のチャンスボールになる。でも、普段点を決めることができないポジションだからこそ、点を決めてみたいという欲も出てくる。

 拓人がサーブを打つ。しかし、ネットにひかかってしまって、威力がない。さやかがサーブをとり、姉さんがセットする。綺麗な放物線が、レシーブ後すぐに助走にはいっていたさやかに上がる。ブロックはなし。レシーブで、さやかと勝負する。速太と2人ならフェイント、強打、全てカバーできる。

 ボールが地面に落ちた音がした。さやかが打ったボールは、僕らの守備範囲外に落ちた。それも、僕らサイドのコートに。さやかは、アタックラインの内側、それも、ネットの近くに打ち込んできた。アタックラインの内側に打ち込む人間は見たことがあったが、さらに内側、ネットに近いところに打たれたのは初めての経験だった。

「ナイスキー!!」

向こうのコートが盛り上がる。さやかは、こっちを向いて、少しドヤった。

「すごいな。」

「ああ。初めて見た。」

「どうする?」

「もう少し僕が前に出るよ。無理な体制で打つみたいで、威力はそこまででもないから。ただ、少し速太の負担が大きくなっちゃうけど、速太なら大丈夫だよね?」

「はい!!」

「じゃあ、そういうことで。」

僕は少し笑っていた。久しぶりに、対策なしでは手も足も出なかった。ただ、それが楽しかった。


 今度は、姉さんのサーブのターン。姉さんのルーティンはいつも通り。さやかと練習したからといって変わるものではなかった。姉さんのサーブは、真っ直ぐ僕の正面にきた。

「お願いします!」

膝を抜き、早めに準備していた速太の真上に完璧にレシーブする。速太はアンダーハンドに関してはめちゃくちゃうまかったのだが、ずっとオーバーハンドが課題だった。リベロ病というかなんというか。だから、僕なりの誠意一杯の速太へのサポート。速太の不安げな顔が見える。

「高く上げろ!」

拓人の声が響く。速太は、拓人の注文通りに高く、トスをあげた。それに合わせて、姉さん側はブロックを2枚使うらしい。姉さんはサーブうってからすぐにブロックに入っていた。僕みたいにオーバハンドが得意でない速太だからこその対応だと思う。ネットの高さは、女子に合わせてる。さやかも、入学からさらに身長が伸びて、姉さんはもともとでかい。その上から打てるかもしれないが、完全にシャットアウトを狙っていて、腕が前に出てる。速太の上げたトスはネットに少し近く、拓人はしっかりジャンプできてはなかった。

拓人のスパイクは、さやかの手に当たり、威力が落ちて、姉さん側に緩やかに上がった。

「ワンタッチ!!」

もう1人にチームメイトが姉さんたちの準備のために、高くそれをあげる。

「オーライ!!」

姉さんがトスをあげるみたいだ。さっきの打ち合わせの通り、ネット側をカバーするために僕は少し前にでる。そんな僕らを嘲笑うように、姉さんと早也香のコンビは中央突破の速攻を選択した。拓人のブロックは、急な速攻攻撃に対応できずに、完成前に手に当たり、ボールは吹っ飛んでいった。

「ナイスキー!」

「ナイストスです!」

盛り上がる向こうに対して、

「意識しすぎたな。」

「姉さんにしてやられた。」

さやかも以前とは違って、力任せのプレーが減り、多彩だった。今まではそれで通用するくらいのポテンシャルはあったのだろうが、僕対策に、いろいろなことを姉さんから吸収しているみたいだ。

「どうする?」

「ちょっとは考えて欲しいけど、これ結構どうしようもないかもしれない。」

拓人のサーブの時は、サーブで崩すことは可能だが、僕らのターンがどうしてもネックになってくる。チャンスボールを与えある機会が1ローテに必ず2回ある。これはどうしようもない。

そこからの僕らは耐えるのに必死だった。さやかだけじゃない。もちろん、姉さんという馬鹿でかいミサイルもあるので、てんやわんや。さやかを対策しようもんなら、容赦なくそれを力でぶっ壊しにきた。結果的に、ギリギリ2点差で負けた。


試合終了の笛がなると、向こうのチームはえらい盛り上がりようだった。まるで、甲子園の決勝で勝ったチームがマウンドに集まるみたいに、3人で飛び跳ねながら喜んでいた。

「整列お願いします。」

審判役の選手にも注意されるくらいだ。

「どうだった?」

試合後すぐにさやかが話しかけてきた。

「すごかったよ。前とは、全くの別人のプレーだった。」

「どうでしょ!!えへへ。」

わかりやすく照れ笑いをするさやか。

「最初のネット前の超インナースパイクは驚いたな。あんなの初めて見た。」

「私にあったスタイルをお姉さんに教えてもらったんだ。今までは、適当にフェイント混ぜながら打ってればよかったんだけど、それじゃあ、勝てないから。」

「お暑いね。試合で対戦したばかりなのに。」

試合に負けて相当悔しかたたのか、拓人は爪を噛みながら話しかけてくる。

「別にそんなんじゃないよ。いいじゃない。試合が終わったら基本ノーサイドだろ?公式戦じゃないし、振り返るにはいいことだよ。」

最近覚えたばかりのラグビー用語を使って、拓人を諭す。

「そんなことよりも、姉さんに捕まってる速太助けてくれない?」

速太は試合後エンジンがかかりっぱなし姉さんに捕まってしまっていて、練習という名目で可愛がられていた。

「大地が行けばいいだろ?」

「もう少しさやかと話してたいかな。頼むよ。」

僕の発言を聞くと、拓人は今までの悔しそうな表情が一変。悪ガキのような表情になった。

「そうかぁ〜。なら仕方ないなぁ〜。」

語尾も気持ち悪くなっている。

「では、お邪魔虫は退散ということで。」

拓人は、姉さんの方に向かって行った。

「別に邪魔ではなかったけど。ねぇ?」

さやかの顔を見ると、頬が赤らみ、僕から目を逸らした。

「そうだね。でも、私も、もう少し、大地くんと、話したかったから。嬉しいよ?」

極端によそよそしくなるさやか。

「なんか変なこと言った?僕?」

「いいの!いいの!で、何話す?」

「姉さんとはどんな練習したの?」

「お姉さんとは・・・」

そこからは、他の試合を見ながらバレー談義を2人でした。話を聞く限り、姉さんが1番悔しがっていて、半強制的に居残り練習を一緒にしていたみたいだ。申し訳なさが込み上げてきた。


 その後のさやかとの関係は良好。特別仲良くなったわけでもないが、以前のように、無視されることもなくなった。それに応じて、拓人などの冷やかしも熱を帯びてきた。昼休みと部活は3人でいることが増えた。そこに、姉さんと試合後、姉さんと仲良くなった速太が加わるくらい。でかい2人に囲まれていると、余計に自分の小ささが目立つ。速太がいるとそれも、緩和されるし、何より1番可愛がっている後輩が近くに来てくれるのは嬉しい限りだ。

「お前らって、本当に進展ないの?」

ある日の昼休み、いつも通り空き教室で昼食を食べていると急に拓人が切り出してきた。

「なんのことだよ。」

「恋愛感情はないのかって聞いてんの。」

よく2人ともいる状況で、この切り出しができるなって思った。

「あったとしても、拓人には内緒だよ。口が100個ついてるから、一気に広まるだろ?」

「あるんか!?」

「ないよ。ねぇ?」

さやかにふるが反応はない。というよりも視線を下げて少しモゴモゴしている。

「さやかはどうなん?優良物件だと思うよ?こいつ。」

「今の所はないかな、、、」

「そうなんかぁ。これから公式戦も始まるから、その気があるなら早くしたほうがいいぞ。こいつ他校の女子にモテモテだから。」

さっきまで、弁当箱に目線を落としていたさやかの目が急に上がった。

「それってほんとなの?」

「よく試合後に声かけられてたし。」

「そんなことないって。あれ全部兄さんのやつだし。」

「でも、かっこよかったですって言われたことあるだろ?」

「それはあるけど。ないない。だって、僕チビだし。こんな身長の男、さやかも嫌だろ?さやかみたいな人は僕みたいな人好きになんてならないよ。」

軽いノリで、さやかにふった。自虐ネタのつもりだった。

「そんなことないから!!」

さやかはなぜか怒った感じで、途中までの弁当箱を片して、教室に戻った。

「なんかしたのかな?」

「お前本当に、、、なんも言えんわ。」

「?」

「お前、姉さんから聞いてないの?さやかが、ここに転校してきた理由。」

「姉さんに憧れてだって言ってたけど?」

「それはさやかから聞いたんだろ?」

「そうだけど、、、」

「本心を本人に言えると思うか?」

「どういうことだよ。」

「それは自分で探せ。お前にとっては、多数いた1人かもしれないけど、その人にとっては、人生を変えるほどの勇気と影響があるんだからな。」

拓人は、パックの野菜ジュースを一気に啜り、僕を1人にした。

「なんなんだよ。わからねぇから聞いてんだろうが。」


「またなんかあった?」

その日の夜、姉さんが僕の部屋に入って、ベッドに腰掛ける。あれ以降、常に一緒にいたのに、今日に限っては気まずい雰囲気を出していたのかもしれない。それに気づかない姉さんじゃない。

「実は・・・」

姉さんに今日のことを隠し事なしに洗いざらい話した。姉さんは、ため息をつくことなく、真剣にきてくれた。

「大地さ。人のこと好きになったことある?」

好き?

「わからない。彼女いたことないし、綺麗だなとかかわいいなって思うことはあったけど、それだけ。」

「それは好きとは言わないね。なら、私のことは好き?」

「多分、、、」

僕の答えは自信がないものだった。

「そっか。私は好きだよ。いつも必ず頭の片隅には大地がいて、バレーしてる姿を見ると大地に夢中になる。ネットを挟むと大地には負けたくないって強く思う。好きってさ、夢中になったり、頭の中から離れなかったり、負けたくないって強く思うことだと思うんだよね。好意だけが、好きじゃない。いろんな感情を持って、それに素直になって、時には嫌いになる時もあるけど、それも好きのうちなのかなって思うんだ。少なからずバレーは好きでしょ?でも、たまに嫌いになるくらい辛いこともある。それも含めてバレーが好きなんだと思うよ。大きく心が動くことが好きってことなんじゃないかな?」

「・・・」

「ここ最近の、大地のことを見てると思うよ。表情が大きく動いて、心が大きく動いてるって。本当に楽しそうにバレーしてるし、今まで拓人くんと速太くんにしか心を開いてなかった大地が、さやかちゃんと出会って、もう1人心を開く人が出たのかなって思ったんだ。ライバル心剥き出しだったけど、心を動かすってとっても疲れる。負けてくない、どうしても点を取りたいって。でもね、疲れはするんだけど、なぜか訳のわからないエネルギーが湧いてくるんだ。大地は、冷静に物事見過ぎなのかな。状況判断とか、相手チームの分析とかだとそれは必要なスキルだけど、日常的にそれをしてたら、心は動かないよ?せっかく心を完全に開く関係性があるのに勿体無いよ。好きっていうのは本能だから、自分の心に素直になりな。」

「・・・」

何も言わない僕を姉さんは抱きしめた。

「もし、何かあったのしても、私が大地をお婿さんにするから安心しな。」

「姉弟は結婚でき、、、」

「こういうところで、真面目な回答はいらないの。帰ってくる場所があるから。私が帰ってくる場所になってあげるから。安心しな。」

僕より細くて長い背中を手のひらに感じて、あまり感じたことがなかった感情で溢れた。安心しているのに、心がどこか昂っていて、心拍数が上がっていた。

「姉さん。男性用の制汗剤やめた方がいいよ?」

姉さんの顔を見るために、顔を上に向ける。

「嫌だった?」

「男の匂いがして嫌。そんなんじゃモテないよ?」

「言ったでしょ?大地をお婿さんにするって。」

「だったら、僕も離れるかもねぇ。」

姉さんの腕を解いた。

「それは嫌。」

「だったら、もう少し気をつけた方がいいよ。」

まだ風呂に入っていなかった姉さんは、自分の匂いを確認するように袖を嗅いでいる。

「ありがと。姉さんのこと大好きだよ。」

姉さんには聞こえないように小さな声で囁いた。女性らしい柔らかさは感じたが、男物の制汗剤の匂いが姉さんから色気を奪っていた。

「本当に残念だよね。姉さんって。」


次の日。

当たり前のように、口を聞くことはなかった。1番前の席で、誰とも話さないで、ただ次の授業の準備だけする。僕って、話しかけてもらえないと、誰とも話せないんだって思った。かといって、誰かに話しかける勇気もない。いつもキッカケをくれる拓人の存在のありがたさが身に染みた。拓人の周りには常に人がいるし、さやかも別に僕と話さなくても、女子の中心でたくさんの人に囲まれていた。僕は2人がいないと孤独なんだなって。

「お昼一緒にいいかな?」

僕は、拓人ではなくさやかに声をかけた。

「分かった。」

「ありがと。」

よそよそしい雰囲気だったが、了承してくれた。2人での昼食は初めてだった。

いつもの空き教室。いつもと違うのはキッカケをくれる人間がいないこと。2人だけということ。

「・・・。」

「・・・。」

お互い何を話していいのかわからなかった。自分で読んでおいてそれはないだろうと思うだろうが、こんな雰囲気の時にそれは無理だ。簡単に口を開くことなんてできない。

「あのね、私嘘ついてたの。」

口を開いてくれたのはさやかだった。

「お姉さんに憧れて、この学校に転校してきたって大地には言ったけど、本当は大地に会いたくてこの学校に来たんだ。」

「拓人から諭されて、自分で考えて、そんな感じなのかなって思った。そうだったんだ。」

「うん。中学校の時に、大地の試合見て、感動したの。確かに、体は小さいかもしれないけどそれ以上に、大きく見えて、何より、かっこよかった。私、レシーブ苦手でさ、身長が高かったから一応エースって呼ばれてたけど、それに納得しないチームメイトが多くて、いつも1人で練習してたんだ。レシーブって、1人じゃ練習できないから、大地は、人に囲まれてバレーしてきたんだなって、羨ましくも思った。」

教室での彼女の様子を見ている限り、嫌われる要素はない。笑顔で、可愛くて、気さくで、よくふざけたりもして。

「それは、高校に上がっても変わらなくてね。一時、私、不登校になったの。もう、嫌になっちゃって。大好きだったバレーも嫌いになったりして。そこで思い出したのが、大地の顔だった。たぶん、その時から、私は無意識にあなたが好きだったんだと思う。性格も知らないし、大地は私のこと認識してないけど、辛い時に真っ先に頭の中に浮かんだのが、大地の顔だった。一緒に、バレーしたいって思いが溢れてきたの。」

告白とも取れる、その発言は、たぶん、たぶん、うん。

「そこから、親を説得して、納得してもらって、ここに転校してきたの。担任の先生に、大地に案内してほしいってお願いして。初めて近くで見た、大地の顔は少し、怖かったかな。眉間に皺が寄ってたし、案内してくれって、お願いされた時、嫌な顔してたから。その理由も、その後わかった。」


さやかは、弁当箱を置いて僕に近づいてきた。広い空き教室の端っこに、肩をくっつけて座る。

「ちかいよ。」

「嫌なら離れて。」

そう言われてしまうと、離れるわけにはいかない。僕が拒否しないのを確認してから、さやかは僕の手を握る。

「身長なんて、どうでもいい。最初に会った時も言ったでしょ?私は気にしてない。大地は気にしてしまうかもしれないけど。そんなこと言わせておけばいい。そんなことで、大地の魅力は語れないから。」

そういうと、さやかは僕の肩に頭を乗せる。

「お姉さんと話している時は、ずっと大地の話だった。いろんなこと聞いた。軽い気持ちで始めた勝負だったけど、大地のこと知れば知るほど、負けたくなくて、勝ちたくて、振り向かせたくて。1回目の勝負の時は、本当に悔しくて、でも、これからのこと考えると嬉しくて。いろんな感情がごちゃ混ぜになって、泣いちゃった。ごめんなさい。でも、今思うと嬉しいが勝ってたと思う。そう思ってしまっていた自分にも腹が立って、冷たい態度とっちゃってた。」

「全部拓人が悪いよ。泣かしちゃったことも事実だし。」

「確かに。何かと言って、絶対に絡んでくるもん。」

彼女の後頭部しか見えないが、笑っているのがわかった。

「でも、拓人君にはありがとうって言わなきゃいけないかも。きっかけをくれたのはいつも、彼だったから。」

「当の本人はいじってるだけだと思うけど。」

「それでも!私だけだったら、多分こんなことになってないと思うから。」

時計の長身が12を指そうとしている。

「そろそろ、戻らなきゃ。」

「ねぇ、まだ聞いてない。」

「何が?」

「私は好きって言った。大地は?」

いざ口に出そうとすると、口がモゴモゴする。

「僕は、好きっていう感覚がわからなかった。バレーも兄弟も、なんとなく、常にあるものだったから。」

彼女は僕の答えを聞くために、僕から少し離れて、目を見てくる。

「正直、今でも好きっていう感覚はわからない。でも、なんとなくさやかは大事なのかなって思ってる。必死に姉さんと練習したのも見れたし、負けず嫌いで勝てるまで練習して新しいことも挑戦してたし。素敵だなって。面白いなって。これが好きっていう感情なら、僕はさやかが好きです。」

たっぷり使った枕詞のおかげで、自然に言葉が出た気がした。

「じゃあ、恋人になってもいいってこと?」

「はい。よろしくお願いします。」

男がよろしくお願いしますもなんか変な感じがしたが、これが、僕の精一杯だった。


チャイムとは違う音が廊下から聞こえる。まぁ、誰がいるのかはある程度想像できる。

「押さないでくださいよ。聞こえますって。」

小声で話しているみたいだが、ダダ漏れだ。それにさやかも気づいているみたいで、お互いに悪い顔をする。

「こんなに人いたら、盗み見にならんでしょ。」

まだ、僕らに気付いてないみたいなので、僕だけが壁を伝い、死角に入る。声が聞こえる扉を勢いよく開けると、数人かと思った盗聴野郎は、想像以上に多く、15人くらいが流れてきた。

「何してんの?」

「バレた?」

首謀者であろう拓人は下敷きになっている。

「いやぁ、2人で教室出て行くの見たら、心配で見に来たら、人が集まっちゃって。」

「それになんで先生までいるんですか?」

拓人の上にはなぜか、担任の先生が転がっていた。

「いいじゃないか。生徒の青春とか羨まけしからんからね。釘を刺しに来たんだよ。」

「そんなこと言ってますけど、1番ワクワクしてたの先生じゃないですか。」

人間の山から声がする。それに続くように賛同の声がちらほら。

「ええい。うるさい。とにかく、学生なんだから節度ある関係でね。」

そういうと先生は、人の山をかき分けて、教室に向かう。途中、さやかに向けて、親指を立ててウインクを添えて行った。絶妙に古かった。

「はいはい。先生も行ったから、早く戻って。」

山から解放された人から教室に戻っていく。最後に残ったのはもちろん。

「で、仲直りでいいか?それ以上か。」

「まぁ。それに、拓人にはありがとう言わないとって。」

「いいさ。いじる材料が増えるだけだからね。」

「程々にしてくれよ?」

「それはわからんなぁ。家でも覚悟しなきゃな。」

「まさか!?」

「時すでに遅し。もうお兄さんとお姉さん相手に送っちゃった。」

「この・・・」

拓人に飛びかかろうとすると、教室の扉を閉められて逃げられた。

「じゃあ、僕たちも戻ろっ・・・」

僕が後ろを向くと、上からさやかの顔が迫ってきて、お弁当の匂いが残る唇同士が触れた。

「これからよろしくね。」

昼下がりであまり陽が入らない教室から少し顔の赤いさやかが自分の分の弁当を持って出て行った。そこからしばらく僕は、放心状態だった。レモン味ではなかった。


その日の記憶はとにかくモヤっとだった。魂が抜けたとはよく言ったもので、口から温かい何かが抜けていった感じがした。部活でも、どこか集中力がなくて、体がうまく動かない。目は動いてる。スパイクの回転まで見えるくらいだ。でも、体が動いてくれない。集中しているのではなく、僕の時間が実際にゆっくり流れているだけだった。

部活帰り、一緒に帰るのが少し小っ恥ずかしかったので、帰りは別々にした。それに、僕の周りの関係者は全員バレー部だから、帰りたくても、帰れない。見られることに余り慣れてないし、別に見せつけたいとも思わない。できれば、温かい目で見守ってほしいが、それが無理なことは、もう知っているだろう。

さて、雪の降り続ける中、家の玄関の前に立つ。予想している限り、僕とさやかのことは家中の人間に筒抜けだ。なぜ、ここまで僕の周りには空気の読めない人が多いのだろうか。距離が近いのもあるが、察する、気を遣うと言うことが、誰しも辞書から抜けている。欠陥品なんだから、新しくアップデートをしないといけないのに。

僕が、家の前で、モゴモゴしていると、何かを感じ取ったのか、今日に限って部活に来ていなかった姉さんが玄関を開ける。

「お帰りなさい。おめでと。」

姉さんの反応は意外と静かなものだった。でも、口元を見ると笑いを堪えようとしていて、必死なのが見えた。僕の予想、いや、ここまでくると予言は的中していると確信を得た。姉さんは、まだいい。問題なのは、もう一つ上の・・・

「なぜだぁ!!」

家の中から、兄さんの声が聞こえる。今入るとおそらく、歓迎ではなく、嫉妬や恨みが僕を迎えるだろう。

「兄さん、拓人くんからメッセージできた時から、ずっとあんなんなの。それが堪らなく面白くて・・・」

姉さんは、白い息を吐きながら笑う。

「早く、寒いから入って。」

姉さんに導かれながら、僕は家に入る。暖房が効いた家に入ると、気温差で、耳と顔に熱が籠る感じがした。玄関の姿見には、顔が赤い僕の顔が映る。今日の昼のことを思い出して、僕は無意識に唇をさすった。リップクリームなんて塗ったことのない、冬特有のカッサカサな唇。その姿を見ていた姉さんが、僕に話しかけてきた。

「今度、リップクリーム買うの付き合おうか?」

「姉さんが塗ってるところ見たことないけど。」

「そういう姿は誰にも見せないのがいいの。いかに、それが当たり前ですよって、見せるのも大事なんだからね。」

確かに、姉さんの唇は綺麗だった。

「そんなに見ないの。キスするよ?」

「嫌だよ。」

「わかってるよ。今度からは、くっつくのも控えようかな。」

「それはいいと思う。さやかも知ってるから。」

「そう?なら、今まで通りね。お帰りなさい。少しだけ、大人になった弟。」

言い方が少し嫌だったが、姉さんなりのおめでとうなのかな。

「ただいま。」


いつも通りの実家。

いつも通りの家族。

違うのは多分、僕の中と兄の様子だけ。

僕が今見える世界は、とてもクリア。いろんな色が澄んで見える。いつも食卓を囲む白いテーブルも、それに合わせて作られた白い椅子。そこに座っている兄の真っ赤なパーカー。

今までと違った世界が見えた。恐怖心が急に巡ってきた。僕だけが、どこかおかしくなってしまった感覚があって。似た世界に僕だけ連れて行かれたみたいで。目に見えるものはいつもと変わらないはずなのに、どこかに違和感が覚える。

いつしか騒がしかった兄さんの声が聞こえなくなってきた。足に力が入らない。膝から崩れ落ちたみたいだ。その衝撃だけが僕の感覚に走った。痛みはない。もともと傷めるほど高くない。

僕の異変に気づいた姉さんが、僕の体を支える。そういえば瞬きしたっけ?目が乾く感覚もしない。防衛本能からか、自然に目から涙が溢れてきた。悲しくないけど、怖かった。


意識がなくなると、時間の感覚がわからなくなる。僕の目が最初にとらえたのは、見慣れない天井だった。いや、一回だけ見たことあるような気がする。記憶の片隅以上にもっと奥。自分のことを認識する前のことだと思う。これを記憶と言っていいかどうかは定かではないけど、どこか懐かしい感じはする。

右手と左手、それに何故か両足に変な感覚がある。手は柔らかい感覚と暖かい温もり。足は外気の影響で少し冷めているが、柔らかい感覚だけはある。誰かに四肢をそれぞれ拘束されている感じだろうが、それぞれの力が弱い。時間を確認しようにも、時計はどこにも見当たらない。首を動かした拍子に、左手が少し動いてしまった。

「起きたの?」

慣れ親しんだ声ではないが、ここ最近、最も求めていた声がした。

「おはよ。心配かけたかな?」

「うん。心配した。」

軽い会話をすると、四肢を拘束していた人間が次々に起きてきた。

「大地、心配かけて・・・」

右手を握っていた姉さんが泣きそうな顔で、力強く僕の右手を握る。

「心配したんだぞ!!」

何故か足を掴んでいた兄さんとその反対の足を掴んでいた拓人も反応する。

「なんで2人は足握ってんのよ。」

「仕方ないだろ。手は占領されているし、他につかむところといったら、脚くらいしかないだろ。」

「そこまでして掴まなくてもいいと思うけど。」

「人の心配を素直に受け止めろ。」

今更だが、どうやら、ここは病院みたいだ。家に帰った後の記憶がない。どのくらい意識がなかったのかわからないが、腕には点滴がつながっていた。体のどこも悪い感じはしないから、おそらく栄養補給のための点滴だろう。

「目が覚めたかな?」

白衣を着た先生が、1人用の広めの病室に入ってきた。

「体は何も問題ないよ。疲れが溜まってたんだろうね。緊張の糸が突然切れて、一気に疲労が襲ってきた。そんな感じだと思うよ。それと、寝ている時に、ずっと痛い痛いって言ってたから、一応、点滴の中に痛み止めを入れておいたから。骨とか筋肉には異常はなかったけど、おそらく、成長痛だと思うから。」

「成長痛ですか?」

「そう。何かのきっかけで、ホルモンバランスが変わったんだと思うよ。何か心当たりはあるかな?」

ここ最近での、僕の変化は一つしかない。僕とさやかは目を合わせて、お互いに俯いた。他の人は、何かを察したみたいにニヤニヤしている。

「ありそうだね。これ以上は聞かないけど、痛みがひどかったら無理しないこと。運動も痛む時は控えるようにね。」

「ありがとうございます。」

「痛み止めを出しておくから、ひどい時はそれ飲んでね。じゃあ、お大事に。」

お医者さんが部屋を出ていくや否や、足を握っていた変態2人からの集中砲火が僕にとぶ。

「何が心当たりなんでしょうねぇ。お兄さん?」

「それは、わたくしの口からはいえませんなぁ。拓人君。」

2人とも嫌な顔をする。子供が新しいおもちゃを買ってもらった笑顔とは違い、なんとも卑しい気味の悪い笑顔。

「2人とも大地に先越されてくせに、よくいじれるね。そんなんだから、モテないし、いつまで経っても彼女できないんでしょ?特に兄さんは焦ったら?」

姉さんから容赦のない言葉が2人に降りかかる。

「大地も、恥ずかしがることでもないんだから、堂々としてなさい!さやかちゃんは今度私に詳しく話すこと。いい?」

「それって、姉さんも聞きたいだけじゃ・・・」

「いいよね?大地?」

口角は上がっていたが姉さんの目は笑ってなかった。


退院しても、成長痛?は取れなかった。痛み止めを処方されたが、あまり効果を感じない。関節を冷やすといいと思い、寝るときは保冷剤を当ててから寝るようにはしていたが、これも効果を感じない。しばらくは、バレーができないし、ひどいときは学校に行くことすらできなかった。病院に行くも、成長痛だと言われて、痛み止めを処方してもらえるだけ。ただ耐えるしかなかった。

退院から1ヶ月。僕の体は大きく変化していた。いつの間にか、姉さんと対して身長が変わらなくなっていた。

「伸びたね。」

「こんなに急に伸びるものなのかなぁ。」

自分の体の変化に驚きが隠せないし、何より急激に伸びたことによって、怖くなった。ネットで調べてみると、少ない証言だったがあるにはあるらしい。

「痛みは?」

「今日はまだ平気。」

1ヶ月間も、定期的に痛みにさらされていて、立つことが難しいときは寝るしかなかったため、寝る子は育つ理論でその影響もあるのかなと思いながらも、急激に変わった自分の縮尺に体が慣れない。休みがちになっていた学校にたまに行くと、少しずつ自分の下駄箱に手が届くようになってきていた。この時、クラスでは自分の身長を記録していくのがブームになっていた。朝顔の成長日記じゃないんだから。

2ヶ月後には、痛みはほぼ無くなっていたが、気づけば完全に姉さんを追い越していた。15センチ以上身長が伸びていて家族と並んでいても、特別違和感がない感じがした。さやかとも、同じ目線で話すことができるし、より近くで感じることが嬉しかった。

痛みが引いたことによって、部活に出ることの許可が降りたので、部活に顔を出すことにした。僕が、痛みで出れていない間に、春高が行われていて、僕の代わりに速太が出たが、結果は初戦負け。元々、インターハイで3年生は引退していたので、涙こそなかったが、悔しさが残るものになった。僕も出れないことの悔しさもあった。

「久しぶりに出てきたな。サボり。」

「サボってたわけじゃないの知ってるだろ。」

「なまってないか見てやるよ。」

拓人とネットを挟んで対峙する。

「容赦はしないからな。」

「もちろん。」

拓人は、容赦なく正面にサーブを打ってきた。外から見ることが多かったが、何もやってこなかったわけではない。動ける日は自主練を欠かさなかったし、動けなかったとしても、常にボールを触るようにしていた。その成果もあって、反応はできたが、体の力の入れ方がわからずに、拓人のサーブは構えている腕の上の方に当たり、正面のサーブのはずなのに綺麗に返すことができなかった。

「あれ?」

「ほら、もう一本。」

拓人は間髪入れずに今度は、右端に打ってくる。飛び込んで、反応はできた。でも、自分のスイートスポットに当たらずに、明後日の方向に飛ばされる。

「大地お前、自分の体に慣れてないだろ?急に背が伸びたんだ。それも当然か。」

そんな感じは日常生活にも感じていたが、バレーになって初めてことの重大さがわかった気がする。

「まぁ、基礎練習からだな。しばらくは、リベロを速太で、大地のポジションは、もう一度考え直さなきゃいけないな。」

そこから、僕の急な成長は止まったが、いまだに、少しずつ、1ヶ月に2から3センチずつ身長は伸びていっている。チーム内でも2から3番目にデカくなった僕を、リベロで使うのはあまりにも勿体無いという判断で、オポジット、セッター対角のポジションを練習することになった。小さい頃に散々憧れて諦めていた、点の取れるポジション、期待とは裏腹に、どうもうまくタイミングが合わない。

「下手くそ。」

部活終わりに、さやかと拓人、姉さんに付き合ってもらって散々練習したのだが、タイミングが全く合わない。

「大地は今まで、相手に合わせるのがうまかったし、それしかやってこなかった。でも、今度は仕掛ける側。受ける側と仕掛ける側だと全く世界が違うからな。」

常に受け身で、構えていた時の癖で、どうしてもトスを見てそれに合わせるように腕を振ってしまう。

「お前は、人に任せるってことができてない。気を遣ったり、相手に合わせることも必要なことだけど、自分がわがまま言っていいポジションだって理解しないと。お前はプレーの全責任を背負って主役になる覚悟がない。」

拓人の背負ってきたものがわかった気がする。バレーは1人では絶対にできないスポーツ。サービスエースを25回決める以外は。1人で完結できないからこそ、一つ一つの点に、いろんな人の思いがつながってそれをスパイカーに託す。僕は今まで、思いを託すことしかしてこなかった。

「なんか、わかった気がする。」

「じゃあ、最後にもう一本。」

拓人がふわっと、ネットから少し離してトスを上げた。その次の瞬間には、手に血が集まって温かくなる感覚と、体育館に力強くボールが叩きつけられる音が響いた。


ピッー!

歓喜と共に、大きく笛が鳴る。インター杯予選、男子決勝。僕らは、フルセットの長い試合時間の結果、及ばなかった。

最後は、僕と速太のお見合いだった。2人いる守備の要の間に綺麗にボールは落ちた。お互いに信頼して、守備に自信があったからこそのプレーだった。僕がオポジットに入ったことで、常にツーセッターとリベロ2人体制で試合ができるようになった。特に守備では、速太と2人、鉄壁だった自信がある。素人当然のアタッカーとしては実力不足は否めないし、ブロックに関しても、まだまだ。そんな僕が、コートに立っている意味は、繋ぐことの継続と、その繋ぎに応えること。バレーにおいての全てのことを任されていたと思う。

決勝後のロッカールームで。

「どうする?このあと。」

「引退か、春高目指すか。俺もお前も進学については問題ないだろうけど、他は違うかもしれない。誰か1人かけるなら、俺は引退する。」

「そっか。なら、僕も拓人と同じにしようかな。」

「お前の意志はいいのか?」

「悔しい気持ちもあるし、このままで終わりたくない思いも強いよ。

でも、僕だけが残っても、何も意味ないから。」

「そうか。なら、後でミーティングだな。」

その後のミーティングの結果、僕らは引退することを決めた。僕と拓人だけは続けてほしいという意見もあったのだが、そういうわけにもいかないし、それじゃあ意味がないという気持ちが本当に強かった。


さやかたちは、僕たちとは違い、インターハイの本戦の切符をしっかり掴んでいた。その練習に付き合うために、僕と拓人、それに大学生になった姉さんも僕らが引退する以前と同じように練習に参加していた。

「いつもありがとうね。私たちのために。」

練習後の体育館倉庫でさやかが話しかけてきた。

「特にやることもないからいいさ。さやかの練習が終わるまで、ただ待っているのも勿体無いだろ?せっかく力になれるんだから、どんな小さな力にでもなりたいからさ。拓人もその気だから、きてくれてると思うよ。」

身長が伸びたことで、さやかよりも僕は大きくなっていた。

「こんな短期間で、人間ってこんなに伸びるんだね。」

僕の頭に手を置いて、自分の身長と比べるようにさやかの手が動く。

「これで、少しはさやかに見合う男になれたかな?」

「まだそんなこと言ってるの?いつまでも、過去のこと引きずってる男は、私、ごめんだよ。」

「でもさ、小さい頃はこんなことできなかったじゃん?」

僕は、さやかの肩と膝裏を持って、お姫様抱っこをした。

「ちょっ///」

「どう?頼れる男になったかな?」

さやかはそっと、僕の首に腕を回した。

「そんなこといいから、おろして。恥ずかしい。それに・・・」

「それに?」

「練習後で、汗臭いし。重いかもしれないし。」

「さやかはタッパの割には軽いよ。姉さんの方が重いから。それに、離して欲しかったら、手退けたら?」

「いいから、足だけ下ろして。」

僕は、さやかの言う通りにさやかの足だけを下ろした。すると、さやかは少しだけ背伸びをしてさらに僕に密着するように、首に回した腕に力を入れる。

「頑張るね。大地の分も。」

「ありがと。」

僕は、そっとさやかの頭に手を置いた。

この上なく、上質な2人の空間の中に、ホラー映画のゾンビの登場シーンのように、指先程度の殺気を感じた。

「イチャイチャのところ悪いけど、誰が重いですって?」

「そうだぞ。羨まけしからん。姉さんのどこが重いんだ。筋肉質だから、細いさやかと比べると少し重いだけだ。」

「それ、擁護になってなくない?」

「拓人くん?少しいいかしら?」

拓人は僕らとは違う形で、首に腕を回されて連行されていった。その時の、拓人の顔が少し嬉しそうで気持ち悪かった。もしかしたら、2人っきりにするために・・・そんなわけないか。

「賑やかだね。」

「これは慣れるしかないよ。これからもずっと続いていく気がするし。それに・・・」

僕が言葉を言いかけると、首がさやかの方に引き寄せられた。さやかの顔が僕から離れるときに、少しだけリップ音がする。

「応援よろしくね。これからも。」

「ああ。もちろん。これからも。」


卒業アルバムを開く。全く同じデザインの2冊のアルバム。娘が見たいからと言って、押し入れの中から出した。どちらのアルバムかはわからないが、娘は嬉しそうに胡坐をかく僕の膝の上に座って、絵本をねだるように表紙をめくった。

「パパどこにいるの?」

「もう8年も前のことだから覚えてないよ。でも、パパ小さかったから意外とすぐに見つかるかもね。」

「あっ!いた!」

高校入学当初の、これから大きくなるであろうと期待して、大きすぎる制服を着る僕の姿がいた。改めて見ると、結構小さかったな。

「よくわかったね。」

「大好きなパパだもん。わかるよ。」

嬉しいことに娘はパパのことが大好きに育ってくれたらしい。今年で3歳になるが、今の所、お風呂も一緒に入ってくれる。

「ママは?」

「ママは、2年生の時に転校してきたから、まだ出てこないかな。」

そこから、体育祭や文化祭、各年度ごとの部活の面々が移る。

「おじさんたちみっけ。」

兄さんと拓人の顔を見つけて、娘は嬉しそうな顔をする。いつも遊んでくれてるみたいで、可愛がってもらってる。

これは余談だが、拓人と姉さんが結婚した。姉さん曰く、拓人の猛アピールがあったから、仕方なくらしい。逆に拓人は、姉さんがめちゃくちゃ迫ってきたとのこと。真実はわからないが、多分、拓人がいうことが正解なのかなって勝手に思ってる。兄さんは独身を謳歌していると、自分では言っているが、最近、フラれたらしい。

「ママ!!」

次のページには、3年次の体育祭の時の写真が載っていた。笑顔で僕とハイタッチする姿。

「パパとママ。昔から仲良しだったんだね。」

「そうでもないよ。昔はよく喧嘩してたし、言い合ったり、口聞かなかったり、勝負してママ泣かせたり。」

「そうなの。パパ酷かったんだよ。チビだったくせに。」

僕の後ろからさやかの声がする。

「ママの方が大きいね。」

「この時はね。パパ、この後に急に伸びて生意気に追い越したから。」

「でも、そんなチビでもいいって言ったのがママだったんだよ。」

「チビじゃダメなの?」

「そんなことないけど、周りと比べるとパパ本当に小さくて、それが、嫌だったんだ。」

「じゃあ、なんでママは、チビだったパパを選んだの?」

「小さかったから目立ったってこともあるかもだけど、誰よりも背中は大きく感じたからかな?パパ上手だったから。」

「ママに見つけてもらって、こうして一緒に入れるから、その時は、チビでよかったなって今は思うよ。」

「ふーん。あっ、アニメの時間!!」

娘は重いアルバムを勢いよく閉じて、僕の膝から飛び上がった。その反動で、アルバムから写真の端っこが出てきた。

「何これ?」

「あっ、それは・・・」

その写真には、顔はわからないが体育館倉庫で抱き合い、夕焼けに照らされる2人の姿が。

「これって、俺たち?」

「うん。拓人が、撮ってたみたいで。インターハイ本戦の前だって。」

「絵にはなってるね。あいつ引退したら、こっちの道もあるかもね。」

「うん。いい写真だからって、アルバムの中に入れたまま忘れてた。」

「パパ!早く来て。」

「はいはい。」

僕は、その写真を持って娘の待つ、ソファーに向かった。

「どうするの?」

「せっかくだから、飾ろうかなって。額も余ってたし。」

テレビ横にある棚には、今まで取ってきた写真が飾られている。

インターハイの準決勝で負けて僕に泣きつくさやかの写真。

会場で撮った集合写真。

結婚式の写真。

娘が生まれた時の写真。

拓人と兄さんと一緒に選ばれたトップ代表の時の写真。

その中に新しく、高校の時の写真。

「今度はみんなの集合写真かな。」

僕が、綺麗に写真を陳列していると、

「パパ。邪魔!!見えないから、こっち来て抱っこ。」

僕は言われた通りに、娘を膝の上に抱える。娘が見ていたのは、3歳の女の子には珍しく、スポ根系のバレーアニメだった。しかも、リベロが主人公という少し攻めた感じのアニメだった。

「パパ、このスポーツやってるんでしょ?」

「そうだよ。」

「上手?」

「まぁまぁかな。」

「ママもしてたんだよね?」

「そうだよ。ママはもしかしたらパパより上手かな。」

「わかった!なら、私もする。ママに勝てるように教えて。」

「バレーボールで何がしたいの?」

娘はテレビに指を向けて、

「この人みたいに、ボール取りたい!」


おしまい

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雪に青サギ 有馬悠人 @arimayuuta

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