最終話「By the way, I tried to say(ところで、僕が言いたかったのは...)」

2021年、京都。


パンデミックで観光地はどこも静かだ。

しかし、京都駅の中央改札口は人混みで溢れている。

リモートワークや時間差勤務の導入が叫ばれているが、結局出勤する人間は多い。


女は京都市内の高校から私立大学へ進学し、滋賀県の企業に就職した。

グレーのスーツとパンツスタイルはまさに、キャリアウーマンといった容姿だ。

高校時代よりも淑やかになり、目には程よい自信を浮かべている。


彼女はアメリカのギャングスタ・ラップが好きだ。

しかし今、彼女のワイヤレスイヤホンからはレッド・ホット・チリ・ペッパーズのベスト盤が流れている。彼女は通勤前にいつも、このアルバムを聴いていた。


ジョン・フルシアンテが、ジョシュ・クリングホッファーに代わって再加入することが決まったのは2年前のこと。彼女にとってはどうでも良かったが、誰かにとっては大事なことかもしれない。


そんなことをぼんやり考えながら、特に好きでもないファンタオレンジを買うためにいつもの自販機へ向かった。何年経っても変わらない子供っぽい味に、いつも苦笑いをしてしまう。だがこれも、通勤前のルーティンになっていた。


そして自販機から取り出したペットボトルのキャップを開けると同時に、


「お姉さん、美味しそうなん持ってるやん。

僕のコカコーラと変えてくれへん?ボタン押し間違えてん」


と後ろから声をかけられた。


男はコカコーラのキャップを開けて、それを彼女に差し出した。

女は一瞬呆然として、次の瞬間、その表情は怒りに満ちたものに変わった。


持っていたペットボトルを男の顔に投げつけ、鼻先にクリーンヒットさせた。中身のファンタオレンジが飛び散り、2人にかかった。


痛みにうめく男の顔を、女はパンプスでさらに蹴り飛ばした。

男の手にあったコーラも勢いよく飛び散り、2人にかかった。

女のパンプスの先は凹み、男は鼻血をドボドボと垂らす。


「二度とツラ見せんなって言うたやん」

「ごめんな、涼子。ただいま」


次の瞬間、女はうずくまる男の胸ぐらを掴み強引に、そして深くキスをした。

あまりに勢いが強く、互いの歯がゴンッとぶつかったが構わなかった。


2人のキスは、ファンタオレンジとコカコーラと、そして鼻血が混じった甘い鉄の味がした。しばらくすると、そこに涙の塩っぱさも混じった。


こんなグチャグチャなキスの味がほしくて、男は自分の国を救い再びこの世界に戻ってきた。ジョン・フルシアンテが再びレッド・ホット・チリ・ペッパーズに戻ってきたように。


京都駅中央口改札の雑踏の中、人々は足早に通り過ぎていった。



──


最終話まで読んでいただきありがとうございました。

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異世界への帰還。あるいは高飛車な彼女とキスの味について。 白金龍二 @bliw2wild

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