鉄道英雄伝説 外伝 昭弥の寝落ち

葉山 宗次郎

昭弥の寝落ち

「あ、また寝落ちしたか」


 昭弥はまどろみの中から目覚めた。

 アクスムがルテティア王国の一部となり、鉄道の敷設が始まってから仕事が一段と増えた。

 通常の仕事に加え、建設のための計画書の作成を行う必要がある。

 しかも、新たな技術開発を行いつつだ。

 結果、昭弥の仕事は増えた。

 だが、鉄オタの昭弥にとって鉄道が発展することは非常に嬉しく喜々として仕事に取りかかっている。

 疲れはあまり感じないのだが、好きなことをしていても当然体は疲れる。

 結果、仕事の最中にバッテリーが切れたように寝てしまう事が度々起きていた。


「少し休むか」


 疲れているなか、行動しても良い結果にはならない。

 かつて十時間以上列車を撮り続け、夜になったときカメラの設定を間違え、走行中の列車にストロボを焚いてしまった。

 自分のミスで迷惑を掛けてしまったことを昭弥は今でも覚えており、同じ失敗をしないよう十分休息を取ることにしていた。


「もう少し寝よう」


 幸い、柔らかく温かい場所で横になっている。

 安心して眠ろうと思い、少し寝返りをうった。


「あんっ」


 直後に響いてきた女性の甘い声、それも昭弥の耳元で、吐息がかかるほどの至近距離からの声に昭弥は凍り付いた。

 同時にまどろみから冷めて、頭が冴えてゆき、自分の置かれた状況が異常事態である事に気がつく。

 昨夜昭弥は執務室で机に向かって仕事をしていたのだ。

 なのにどうして横になっている。

 寝落ちなら机に突っ伏しているはず。

 昭弥は恐る恐る横を見た。


「うーん、昭弥あ」


 マタタビを嗅いだような笑みを浮かべた虎人族のティナの寝顔が見えた。


「ティ、ティナ!」

「どうなされました昭弥様」

「フィ、フィーネ」


 反対側からは狐人族のフィーネが昭弥に体を密着させていた。


「な、何で」

「いたっ」


 起き上がろうとしたら頭上から声がした。


「昭弥様、あまり動かないでください」

「ど、ドロテア」


 そこでようやく昭弥は龍人族のドロテアの上に横たわっていたことに気がついた。


「幾ら頑丈な私でも、暴れられると痛いです」

「ご、ごめん……って、なんでドロテアの上で寝ているの!」

「昭弥様が執務室で突っ伏したまま寝ていたからです。このままでは風邪を引いてしまうとお見ましたので仮眠室のベッドへ」

「それはありがとう」


 昭弥がよく寝落ちするので、鉄道省には昭弥専用の仮眠室が設けられていた。


「でもどうしてこんな状況に」

「布団だけでは足りないと思い、添い寝を」

「それはいいから!」


 さすがに見目麗しい女性しかもケモ耳付きの添い寝は刺激が強すぎる。

 昭弥は起き上がろうとした。


「ダメです昭弥様」


 しかし、フィーネの尻尾が昭弥の体に絡みつきベッドに引き戻した。


「まだ十分に疲れが取れていないでしょう。もう少し休んでください」


 「こんな状況じゃ無理」と昭弥は言おうとしたが、フィーネは自らの九尾の尻尾の一つを昭弥の口元に当ててしゃべれないようにした。

 他の尻尾も昭弥の体に柔らかく絡みつき、動けなくしつつも気持ちよくしていた。


「あーん、フィーネばっかりズルイ」


 少し子供っぽいティナが嫉妬して、昭弥に体をこすりつける。

 しかも、ティナも尻尾を絡めてくる。それも昭弥の敏感な部分にだ。

 ドロテアも嫉妬心に駆られたのか、腕を回してくる。

 女性とはいえ三人の獣人に抱きつかれては、王国から(身体能力が)普通の人間判定を下された昭弥が逃れる事はできない。


(放して、こんなところ誰かに見られたら)


 鉄道省の中なら職員に箝口令を敷ける。いや、変な噂が立ってしまう。

 ただでさえ獣人を連れてきて噂になっているのだ。

 こんなところを見られたら、また変な噂が立つ。

 職員以外に見られたら更に酷いことになる。

 しかし、無慈悲にも扉が開いた。


「失礼します! 早急にお聞きしたいことがありまして」


 人権活動家を名乗るポーラ・ワトソンだった。


「大臣が仮眠室と称する部屋で夜な夜な獣人娘を侍らせているという噂を、って本当だったのですね!」

「違う!」


 何とか三人を振りほどいた昭弥が力一杯大声で怒鳴る。


「その状況で何を言っておられるのですか。こんな部屋を用意して」

「本当に仮眠室なんですよ」

「嘘を言わないでください。ならどうしてダブルサイズ以上のベッドが置かれているんですか」

「彼女たちが勝手に変えたんです」


 事実だった。

 仮眠室を用意していたが当初はシングルベッドだった。

 だが、フィーネ達が勝手にベッドサイズを大きくして添い寝できるようにしてしまったのだ。


「そんな見え透いた嘘を吐かないでください!」


 だが、先入観の強いポーラにそんな言い訳は通用しない。


「兎に角隣でじっくりと話を」


 昭弥を尋問しようと腕をひっぱろうとした。

 だが、フィーネ達が昭弥を掴んでいたために、バランスを崩してしまった。


「きゃあっ」

「うわっ」


 そのため、昭弥はポーラを押し倒すような形になって仕舞った。


「わ、私も襲おうというのですか」

「ち、違います」

「あー、昭弥私たちから乗り換えようとしている」

「違うって」


 ティナが余計な事を言って昭弥は焦る。

 こんなところを誰かに見られたら大変だ。

 残念なことに一番見られたくない人がやってきてしまった。


「昭弥、良いかしら。仮眠室に大きなベッドを持ち込んで夜な夜な獣人の秘書達といかがわしいことをしていると……」


 噂を聞きつけたユリアがやってきたのだ。


「……その女も手込めにしようとしていたのね」

「ち、違う!」

「そう、違うのね。人権活動ではなく、いかがわしいことをするために会っていたのね」

「違うって!」


 昭弥は必死に誤解を解こうとするがユリアの怒りは収まらなかった。


「問答無用!」


 ユリアはエリザベスから大剣を受け取ると抜き放ち、衝撃波を発生させて飛ばした。

 仮眠室は吹き飛び、昭弥達は吹き飛ばされた。


 この後何とか誤解を解いた昭弥だったが、部屋が半壊してしまった。

 そのためもう二度と寝落ちしないと心に決めていたが、鉄道の事になると夢中になる昭弥はこの後もちょくちょく寝落ちしていた。

 そのため、フィーネ達に運ばれて添い寝を受けたし、運悪くユリアがやってきて吹き飛ばされることも度々起きた。

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