ルゼとエティ

IKAI

無個性の国と魔法使い(短編

近年、個性を求めた人たちがみんな揃って自分探しの旅に出てしまい、社会が回らなくなった。

自由を求めた人たちの抵抗は虚しく、この国では法律によって「個性を持つこと」を禁じられた。

手始めに人々は皆生まれたときに番号をつけられ、固有名詞を持つことが禁じられた。

他と違う特徴があれば、その箇所を修正しなければならない義務が生じた。

僕は番号5928020RZ222_Mこの国の歴史を履修していた職業学生の性別は男。

ここは肉体労働国民教育機関だ。将来は肉体労働をする人間として消費される。

完全個別体制のためかつてこの世界にあったような友人感情や恋愛感情などは存在しない。

友達も恋愛も国が定めた「普通」の相手と関わる。

この世界を異常だと思ってはいけない。これはこの国で絶対の掟。


ある暑い日のこと。

かつては夏休みというものがあったが、今となってはそんな日は必要もなくなり

5日間は学び、2日間休日となっている。


いつもの教育機関からの帰り道。

立ち止まって空を見上げるそれを見つけた。

丸いつばがついている先がつんと尖ったどんがり帽子。

金色で毛先がくるくると丸まった長い髪。

白い肌が引き立つ真っ黒のワンピース。

黒い短いブーツは爪先がくるりと上に向いている。

それは「個性」を持った人だった。

他と区別する「特徴」を持った人だった。


どうやらその人は僕にしか見えていないらしい。

通りかかる人が立ち止まったり、通報したりしていないのがいい証拠だ。


「ねえ君、もしかして私が見えてるの?それならちょっと話を聞いてよ」


振り向く彼女。

間違いなく犯罪者だ、関わってはいけない。

他の人と同じようにサッと無視して横を通り抜けていく。

僕にしか見えていない相手なら通報しても僕が変だと思われるだけだ。

横を通り抜ける。彼女は僕へ手を伸ばしていた。

その手は僕を掴むことなく静かに下された。


____それから数年。僕は成体として認められた。


工事現場で物を運び、組み立てるという役割を与えられた。

ただ淡々と仕事をこなす日々。何もおかしいと思わない日々。

今日も工事現場で働いていた。木材をクレーンが持ち上げ、家を建てていく。

いつもなら使い切るはずのネジが数本残っている以外は想定通りの日常だった。

いったいどこのネジなのかを探す事は僕の仕事ではなく、管理者がする仕事だ。

一応異変があったので報告はしたが、探している様子は見られない。


何かが崩れる音がした。

見上げれば枠組みとして建てていた鉄パイプの一部が落ちてきていた。

そこで僕の記憶は一度途切れることとなる。


目覚めたら病院だった。

両親は非常に困った顔をしている。

医者もこれ以上はできないと首を横に振っていた。

僕は、奇跡的に一命を取り留めたが、避けようと動いたせいで右耳がちぎれ、右肩にパイプが刺さった。

そのせいで損傷箇所ができてしまった。

それは、僕の「個性」になってしまう「特徴」になってしまう。


どうにかして治すのが義務だが、これを治す手立てがもう無いということらしい。

耳は縫えばどうにかなるかもしれないが、その耳が完全に潰れてしまい、使えない。

肩は骨が粉砕しており、切り取って義手を付ける方が早いそうだが、それは個性になるため

この国では治療できない。


僕は安楽死をお勧めされた。母親もそれが名誉ある死だという。

僕は、そのときになって突然あの少女を思い出していた。


僕は安楽死を選べずに夜を迎えた。

一応「治療中」ということなら犯罪にはならない。

生きていくなら治療中という肩書で一生を病院で過ごすことになる。

痛みが残る右肩をそのままに僕は屋上で空を見上げていた。

治療ができないのでそのうち死んでしまうことには変わりなかった。


星が煌めく夜空を見上げると不思議と涙が出てきた。

涙はかつては感情を表す物だったらしいけれど、

その感情というものは個性に属するので人は持たないことが義務となっている。


「泣いているの?」


声がしてみれば、ほうきに跨がり浮かぶ彼女がいた。


「ひどい怪我してるけど、どうしたの?」

「現場にて鉄パイプが降ってくる事故に遭い損傷しました」


答えると眉をよせてこちらを見てきた。


「ほっといて治るの?包帯が巻かれているだけに見えるわ」

「治療不可能と医師より断言されています」


僕が知らない顔をする彼女は口元を手で覆い、震えていた。


「治らないならどうなるの?ずっと痛いままよ?」

「死あるのみでしょう。安楽死を勧められています」

「死!?」


突然声を上げた彼女をみれば目を丸くしていた。

そしてその瞳から水の粒がこぼれ落ちてくる。


「ひ、ひどい…どうして死ななきゃいけないの?」

「個性、特徴を所持するのは犯罪ですので、名誉ある死を遂げる必要があります。」

「そうなのね、だからあなたは悲しくて泣いてたのね。嫌で泣いてたのね」


顔を覆い震える声でそういう彼女に僕は不思議と心がスッとしたように思えた。

どうしてなのか理由は分からない。


「…ねえ、私と一緒に行こうよ!ここにいたら死んじゃうんなら一緒に逃げようよ!」


ふわりと屋上に降り立つと僕のそばに駆け寄ってきて左手を掴む。


「私のお母さんならきっとその腕をきれいな義手にしてくれるし、ここよりずっと楽しいから」


答える前に彼女は僕の腕を掴んだまま空へ飛び上がった。

ぐんぐんと空へ登っていく。

足にあった地面の感覚が消えて彼女が掴む左腕だけが僕の支えになっていた。

落ちたら死んでしまう。なぜか僕は冷たい汗が流れていた。


「大丈夫!絶対にこの手は離さないから!」


ふわふわと飛ぶ彼女に連れられて僕は夜空にかけていく。

空から見ると地上は星の海のようだった。

この時間まで労働している夜勤という役職がいるのだろう。

彼らがいる箇所はいつだって夜になっても明るい。


「ここの国ね、夜空があるって聞いてたの」


地上を見下ろす彼女は眉を八の字にしていた。


「きれいだけど、みんな大変そうで素直にはしゃげないのよね」


大変そうと言われても僕には分からない。

役目を果たしているだけでそれが「普通」でそれが義務。

大変というのは不満ということだ。不満は悪だ犯罪だ。


「そう言えば君名前はなんていうの?」

「固有名詞はありません。5928020RZ222_Mです」


瞬きをする彼女は首を傾げ、目をつぶる。


「もう一回」

「5928020RZ222_Mです」

「うーん、RZ …だからルゼね!君は今日からルゼくんです」

「固有名詞は犯罪なのですが」

「それいうなら腕も耳もなんだから、今更でしょ!」


ふん、と鼻を膨らませた彼女を見て、僕は言い返せなかった。

安楽死を勧められるほどには個性がある僕に今更固有名詞がついたとしても

結局犯罪者には変わりない。


「私はエティっていうのよ。覚えてね」

「え、てぃ?」

「そうよルゼ、上出来ね」


ふと思い出したように地上を見ると、地上の夜空は遥か遠くになっていた。

あの一箇所だけ巨大な壁に覆われていて、その中だけが夜空だった。


「ここから見ると、夜空っていう割に小さいのね」


何かが横を通り過ぎて風にあおられた。

よく目を凝らせば、ワニに蝙蝠の羽が生えたような生き物が飛んでいた。


「あれはね、ドラゴン。大丈夫大人しい子だし、この辺りじゃ普通に飛んでいるから」

「あれが「普通」なのですか」

「うん、私にとっては普通」


空を見上げるとそこには本物の夜空があった。

遠くまで広がる夜空の向こう側が白く明るくなっていく。


「私ね、世界を見て回るのが好きなの!楽しいよ、たくさんいろんな場所があって」

「たくさん…?」

「うん、たっくさん!だから、怪我を治したら一緒に見て回ろうよ」


にっこりと嬉しそうに笑った彼女はさらに続けた。


「死んじゃうぐらいなら、どこまでも遠くまで見に行って、たくさん遊ぼうよ」


僕は涙が出てきた。きっとこれが嬉しいという感情なんだろう。

きっと僕は彼女のいう通り死にたくなどなかったんだ。


「さあ!魔法の国まであとちょっとだよルゼ!」

「うん」


僕は彼女の真似をして、口角を上に上げて、目を細める。


「ありがとう、エティ」

「どう、いたしまして!」


____fin

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