第8話
九鬼龍作は、ランにもビビにも絶大なる信頼を寄せている。だからこそ、めいをランとビビに託して、小原の元へ駆けつけた。そして、安濃警部も・・・である。
小原警視正への対応は、安濃警部に任しておいた。適当に弄んでくれているはずだ。そうかといって、龍作は小原警視正を見下してはいないし侮ってもいない。小原警視正は日本国民の安全を守る忠実な下部になり切っていて、日々正義を貫いている。九鬼龍作は最も好ましい人物として尊敬している。
龍作は安濃警部の手腕に絶大なる信頼を寄せている。というより、彼はスタッフすべての人を心底信じ切っている。だからこそ、スタッフ全員が龍作を信頼して集まっている。
「ラン」
龍作は叫んだ。馬場金作がめいを崖から押し倒そうとしていたのである
ランは間髪反応し、金作に押されよろけためいを押し倒し、辛うじて崖から落ちるのを阻止した。
「なぜ・・・私は死のうしているのに・・・私を鞭打つような仕打ちをするのですか?」
めいは顔を上げ、金作を睨んだ。
「そう、簡単に死なせない。お前は、私の手で殺されなければいけない。俺が殺すしかないんだ」
龍作はめいに駆け寄り、抱き起こした。ランは金作に対して唸っている。主人、龍作の命令があれば、いつでも飛び掛かれる。
「お前は死んでいる筈だ。私はそう聞いている。どうして・・・なぜ生き返って来た」
「俺は・・・地獄の閻魔大王から逃げて来た。奥深い地獄からの三つの分かれ道を選ばなければならない前に、だ。あいつ・・・ちょっとした隙を作りやがった。その隙に、俺は逃げた。お前を殺すために、な」
龍作はこの老爺の言うことに戸惑っている。
(そんな馬鹿な・・・?そんなことがあるのか?)
「ふっ!」
「何がおかしい・・・」
龍作の苦笑は消えない。彼の夢の中には地獄は存在しない。いや《信じていない》と言った方がいいかも知れない。彼は、この世の中にもあの世にも恐怖を全く感じていない。いつからか・・・?彼の体・・・いや、龍作は心からそんなものは打ち消し去っている、半ば・・・強引に。
龍作にとって、今度の出来事は、めいも馬場も・・・そしてあの少女もしそうだとしたら、
「いや、いや・・・」
首を振る。
だが、笠原めいは・・・現実、生きているのである。
「ラン、いいから、待て!」
龍作は唸るランの気持ちを抑える。ランはめいの前に座り込み身体を低くして、金作を睨んでいる。
「お前は、まだこの人を殺す気なのか?殺して、どうなる?」
「うるさい」
この老爺、金作はもはや人間ではなかった。
一番救いようがないのは、そのことをこの金作が自認していることであった。
「もう、どうにもならない。この女を殺せば、この俺の気持ちが満足する、それでいい」
「それだけのために、この人を殺すのか。そのために、地獄、閻魔大王から逃げて来たのか?」
「そうだ」
金作はきっぱりと言い切った。
ビビも、ウウーと唸っている。
この間も、老爺は少しずつめいとの間合いを詰めている。
「俺は・・・」
めいは再び立ち上がろうとしていた。
「もう・・・いい加減にしてください。私は死ぬために、この東尋坊にやって来たのです」
めいはもう一度いった。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「いかん。だめだ」
この瞬間、老爺、金作はめいに向かって、突っ走った。
「ラン」
だが、ランが動く前に・・・
老爺は誰かに抱き付かれ、岸壁から押し出された。
「ああ・・・」
悲嘆なる老爺の嘆きの悲鳴だった。
「見ろ!」
龍作が叫んだ。
老爺の体に、あの少女が抱き着いていた。
その瞬間、笠原めいも、その少女が誰であるのかに気付いた。
「ああ、あの子を知っています、あの子は・・・本当に、あの・・・あの子なの?」
ずっと言葉を話さなかった少女は老爺に抱き付いたまま、振り向き・・・やはり笑みを浮かべて、
「ありがとう・・・生きて・・・」
こう言うと、二つの個体は、東尋坊に波間に消えて行った。一個は、閻魔大王から逃げて来た老爺。もう一個は、僅かな時間だけ個体になっただけで、黄泉の国から遣わされた亡霊だったのだ。
「終わった。が・・・」
理由策はビビを抱き上げ、顎を撫で上げた。
「ラン、今回は、大活躍だったね」
ワ、ワン・・・
岸壁に、季節外れの水仙が岩の隙間からひっそりと白い花弁を出している。どうしたのかな・・・厳しい冬に咲きそこなってしまい、時期外れの夏にこっそりと咲いたのかもしれない。
「風が・・・」
何処からか緩やかな風が流れ込み、白い水仙一輪だけを揺らした。
〇
龍作は、安濃警部からこんな報告を受けた。
「ああ、もう一つ・・・いいですか、馬場金作は一度ですけれど笠原めいと会っています。ええ、施設で、です。ここの出身ではないですけど、多分金作が全くの捨て子・・・つまり施設の前に捨てられていたからでしょう。その時、金作は十七歳でしたが、名古屋のある家の養子に決まり、施設から出て行く所でした。間違いありません。めいは七歳だったようです。歳が離れていたため、互いに意識し合うことはなかったのでしょう。不思議な因縁としか言いようがありません。その年頃、互いに気を使い、少しでも遊んだことがあったのなら、多分こんな状況にはならなかった・・・のかもしれませんね」
「そうか、ありがとう。君はよくやってくれたよ」
「ところで、一つお聞きしたいことがあります」
安濃警部がにんまりと笑った。
「何だね?」
「どうやってあの玄成院の庭を盗むつもりだったのですか?」
「ああ、それかね。今回は、笠原めいの気持ちを汲んで断念したのだが・・・」
龍作は安濃警部に耳打ちした。その間、約一分。その後、
安濃警部は、
「ふふっ・・・まさか!」
「面白いだろう」
「ええ、その方法は、また使えますね」
「その時には、また手伝ってもらうよ」
「ハハッ!」
龍作は笑みも浮かべた。
「じゃ、私は・・・これで」
その後、笠原めいはどうしたのかと言うと、
「はい、生き続けます。あの子のためにも・・・」
勝山市に住んでいて年金暮らしだが、元気に暮らしているという。
少女の声はおぼつかなく、たどたどしいしゃべりだった。が、めいはその声が今も心の底にこびりついていた。
「ありがとう。生きて・・・」
少女の言葉は、それだけだった。
ニャーニャー
ビビはすり寄って来るビビの頭を優しく撫でている。
「いい子ね。もう、大丈夫よ。もう、行くのね」
めいはビビを抱き上げた。
「あの女の子は、本当に・・・あの地震の時に、私が体を洗ってあげたあの子だったのでしょうか?」
龍作は一瞬返事に窮した。だが、
「・・・だったのかも知れません」
「了」
九鬼龍作の冒険 平泉寺・国の名勝に指定された「庭」を盗む 青 劉一郎 (あい ころいちろう) @colog
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