第7話

その男、今は老爺だが、馬場金作はもはや地獄にもかえれる身分ではなかった。彼自身も、それをよくわきまえており、もはや、本当の意味でも死ぬしかなかった。つまり、《無》である。こうなってしまったからには、

「あの女を殺してやる」

こう強く意識していた。

「もう一度、あの女に会う。それが最後の機会だ。その時、あいつをこの岸壁から突き落としてやる」

だが、ここにおびき寄せる方法だが・・・

「そうだ。あいつ、死ににこの東尋坊に来た、言っていたな」

ということは、

「ここで待っていればいいんだ」

金作は納得した。

のだが、それでは金作は不満だ。

「それは、俺の気持ちがそれを許さない。俺の手で、ここから突き落としてやる。そうだ。あの女をここに呼び寄せるしかない」


まだ夜は明けない。

「どうする・・・」

「あっ・・・いる、こんな時間だが、まだ起きている奴がいるのか?」

《よし、一人の奴を呼び寄せてやる》

その頃、四人の若者はテントの中に寝ていた。その中の一人だけ、どういうわけか寝られずに眼をぱっちりと開けていた。

(こいつでいい。こいつ、なぜ寝ないんだ?まあ、どうでもいい。気が弱いんだな。こいつ、現実離れしたことばかりかんがえているな。こんな奴は意外と操りやすい)

金作は、ふっと笑った。

十分後、山田少年はめいに近付き、何処かの老爺にそれとなく頼まれた言付けを言い伝えた。そこにいたのは、コリー犬のケンと黒猫のビビだけで、背が高く馴れ馴れしく見える男はいなかった。ケンもビビも、はじめ少年を不審な眼で睨み付けたが、少年は本来敵意がないんだから、唸り声を発しなかった。

山田少年の役目はそれだけだった。彼はそのままテントに帰って行って、元のように眠りについた。

の、はずだっただが、帰り際、絶壁の崖の彼方に、ふんわりと浮かぶ人影が見たのである。彼は、そのような気がしたのである。

山田少年は足を止め、気になる方向を見た。

「何だ?」

そこに浮かび漂っている人影が見えたのである。

小さな人影だった。

「あの女の子・・・」

だった。今度は、山田少年にははっきりと見えた。しかも、そこは崖の彼方である。

「お化け・・・」

こんなように、彼は思ってしまった。彼の体は固まってしまい、そこからうごくことができない。その場にへたり込んでしまった。

その女の子は、何をするでもない。少年に危害を加える気配もない。ただ、崖の彼方に浮かんでいるだけだった。

「ああ・・・あああ」

山田少年は這いながら逃げ出した。

「お化け・・・」

とは思わなかったようだ。

(今日は・・・ついていない・・・)

少年の体は震えが止まらなかった。


めいは呼び出された場所に行った。そこは、ちょうど東尋坊の絶壁に行く途中にある展望台がある所だった。

「馬場さん・・・ですか?」

男は老爺だった。めいと同じように老いてしまっていた。しかし、めいには確かに男の姿が記憶にあった。そして、老人は列車の中にいた帽子を被っていた男だった。

老人は振り向いた。

「ああ、思い出しました。やはり・・・」

めいの手には阿弥陀如来像が握られていた。

「あんたを殺したい。そのために、地獄から逃げて来たんだ」

「私を・・・」

めいは深い溜息を吐いた。

「私を殺す、ですって、なぜ・・・?あなたは、なぜ私をそんなにいじめるのですか?」

めいは聞いた。というより、ここに来て聞きたかった。

「俺は、親なしっ子が嫌いなだけだ」

「どうして・・・?」

めいはさらに聞いた。

めいは金作を哀れっぽい眼で見つめた。

「それだ。その眼だ。その眼が、俺の心にいつも突き刺さって、そんな奴を憎み、嫌った」

「なぜ・・・それが私なんですか?」

「理由など、ない。お前が私の前にいたからだ」

「ただそれだけの理由で・・・?」


少女はいた。

そう、人に見え隠れしながらも、絶えずめいの傍にいた。

少女は閻魔大王に、

「お前をわざわざ地獄に呼び寄せたのは、それなりの理由がある。いいか、お前はこの黄泉の国に辿り着いた時、生まれて間のない赤ちゃんだった。お前は、ほんとうに綺麗な体だった。ここに来る汚らしい者たちが、お前の美しい体を見て、驚き騒ぎ立てたのを、私は今でもはっきりと覚えている。なぜだか分かるか。いいか、もう死んでしまっていたいるお前を川の水できれいにしてくれた人がいたからだ。今、その人はまだこの黄泉の国に来なくてもいいのに、自分から来ようとしている。馬鹿なことを考えたものだ。そこでだ、阿弥陀如来にお願いをして、お前を八歳くらいに成長させてもらった。そうだ。その姿のまま戻って、その人を守って来い」

少女は、その人、笠原めいに、常に笑顔でいなさい、と言われていた。だから、めいが自分の眼に映っている時には、常に笑みを浮かべていた。今も、そうである。

「そうだ。それでいい。さあ、行っておいで。その人を・・・お前の恩人の人を守るために・・・戻って行け」

少女は戻って来ていた、現実の世界に。


「私は死ぬために、ここに来たのです。あなたに殺されるために来たのではありません。どうか、私の邪魔をしないで下さい」

笠原めいは両手で阿弥陀如来像を握り締め、金作にきっばと言い、ゆっくりと会談を降り、岸壁に近付いて行った。

「そうはいかない。お前は、私が殺す」

馬場金作は背後からめいに近付いて行った。


九鬼龍作は小原と対峙していた。

「これは・・・どういうことだ?」

小原は苛立っている。

「ふふっ、君はプロジェクトマッピングという言葉を知っているかい?そうだ、コンピューターの技術だ」

「ああ、聞いてことはある」

「私は・・・というより、私の仲間だが、みんな優秀でね。世間ではまだ開発していない技術を研究し、新しい開発しているだよ」

「ということは・・・何か、これらは全部実在しないのか!」

「そうだ。みんな、見えているだけだ。触ってみるといい」

小原警視正は身の前にある杉の大木に近付いて行き、もたれ掛かった。

「あつ!」

小原の小太りの体が杉の大木の中に消えた。

「ふふっ・・・どうだね!」

小原は立ち上がり、憤慨した。

「何処だ?何処から、この映像を映し出している?」

龍作は右手を上げ、そそり立つ杉の真ん中辺りを指さした。そこには、小さな光源が淡く光り輝いていた。

「いつの間に、こんなことを仕組んだ?」

「そんなことは、どうでもいい。肝心なことは玄成院の庭は確かにもらったということだ。もう・・・いいだろう」

と、龍作がいうと、プロジェクトマッピングの映像は消え、本来あるべき暗闇に戻った。

二人の背後で安濃警部が笑みを浮かべている。彼は後ろ手で、何やらこちょこちょと動かしている。

「さて、小原君。どうするね?私を捕まえる気かな?」

小原は、

「うっ!」

と、唸った。

そのことに迷いはなかった。ただ、彼自身気付いていたことだか、配置に就いていた十数名の警官がみんな倒れていたのである。

「何を・・・やった?」

「少しの間眠ってもらった」

小原の動きが一瞬止まったが、次の動きが早かった。

小原は龍作の腕を取り、

「おい・・・」

一人だけ、つたっている警官がいた。安濃警部である。

「はい!」

安濃警部はもう一方の腕を掴もうとした時、龍作は小原を投げ飛ばした。

投げ飛ばされた小原は、警部の前にもんどりうった。

「じゃ、失礼するよ」

と、言うと、安濃警部に手を上げ、龍作は闇の中に消え失せた。

ピ、ビックル・・・

闇の中に、ピックルの鳴き声だけが響いた。

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