第6話

少女の名前はない。なぜなら、この世に生を受けて、少女はまだ名前をつけてもらっていなかったから。つまり、少女は生まれて、一か月も経っていなかったのである。そして、少女は死んでしまった。

その後の記憶は、少女にはなかった。その後、少女は黄泉の世界にいた。何も考えたり悩んだりしない世界で幸せに暮らしていた。ところが、ある時、閻魔大王から呼び寄せられた。

地獄に送られて来たものは、ここから進んで行く三つの道の一つを選ばなければならない。ところが地獄からは見えないのだが、黄泉の国からは一つだけ道が繋がっている。少女はその道から閻魔大王の所へ戻らされて来たのだった。そこには、怖い顔をした閻魔大王がいて、じっと少女を睨んで座っていた。

「怖がらなくていいから、こっちに、おいで」

少女は素直に近づいていった。

「名前は?」

少女は黙ったままだ。

「あっ、そうか。名前を付けてもらっていないんだ」

閻魔大王は少女の頭を撫でた。

「可哀そうにな。お前を呼んだのは行ってもらいたい所があるからだ。実はな、この地獄の入り口から逃げ出した奴がいる。これ以上生きている価値がないから地獄に呼び寄せたのだが、そいつは、われわれが眼を話した隙に逃げたんだよ。逃げた所は分かっている。そいつは私がこの地獄に呼び寄せたのだが、実に我慢ならない奴だから見るに堪えなかったのだ。それ以上生きていても何の役にも立たないから死んでもらったんだ。いいか、よく聞くんだ。そいつは、お前に関係ある奴だ」

この後、閻魔大王は少女と奴との関係を詳しく述べた。

「本来お前は赤ん坊のままだが、阿弥陀如来にお願いして、少し成長させてもらった。ああ、かわいい子だな。生きていれば良かったんだが、仕方があるまい。お前を現実の世に戻してやる。そして、今はもう老婆になっている人を守ってやるんだ。言ったように、命を失ったお前の体をきれいにしてくれた人だ。その老婆は今生きるのに疲れ切って、もうこれ以上生きていたくない、と思い、死への旅に出ているのだ。あの老婆の元に行き、自分の寿命を全うするように言うのだ。どうやら、地獄の入り口から逃げた奴は、その老婆を殺そうと狙っている。私は、それを許すわけにはいかない。さあ、行くんだ。行って、守ってやるんだ」

閻魔大王がこう言い終わると、少女は現実の世に送り返された。

送り出される前に、

「これを見なさい」

と言われ、不思議で奇妙な鏡に映っている老爺を見せられた。閻魔大王は、

「あの人がお前の体をきれいにしてくれたんだよ」

と、少女は教えられた。

「行きなさい。行って、あの人の力になって来なさい」

と、閻魔大王に言われた。

「その間、お前を生き返らせてやる」

と、生き返るのに少し躊躇する少女は説得され、この世界に戻って来た。

少女は言葉を話せなかった。なぜなら、生まれたたった一か月だったから、話す言葉を覚えていなかったからである。

少女は、この世界に戻る前に、閻魔大王から教えられた言葉が二つだけ、あった。そして、自分で覚えた短い言葉もあった。

それは・・・!

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