カチカチ山のごちそう〔山のホラー〕

「あの山にはタヌキが住んでいて、人をダマす」

 軒下にレンタルした車を駐車させてもらった家の老人が、車から降りたオレと同乗していたオレの知人にそう言った。


「あんたたちも、あの噂を聞いてやって来たのかい? 山の中に洋風の幻のレストランがあるという、根も葉もない噂を信じて」

「ええっ、なんでも運が良ければ極上の料理が食べられるとか」

 小さな畑をたがやしながら、老人は少し暗い表情で、山歩きの準備を進めるオレと、オレの知人に言った。


「あんたたちみたいな変わり者は、インターネットで見たとか言って、たまにやって来る。先週も親子らしい若い娘と年配の女性が二人、山の中に入って行方不明になったばかりだ……悪いことは言わん、あの山に入るのはやめた方がいい」


 オレとオレの知人は、老人の忠告を無視して山に入った。

 整備された山道を登りながら、前を歩く知人が言った。

「レンタカーのキーはおまえが持っていてくれ……オレがネットにあった情報から、幻のレストランを探すから」

 山中にあるという、幻のレストランは辿り着ける者と、辿り着けない者がいるらしい。


 二十分ほど歩いた時──前を歩いていた知人が言った。

「タヌキの顔に見える大岩と近くに木のうろが空いた大木……おっ、ここだ」

 知人は木と木の間に張られた黄色い侵入禁止のテープをくぐり、山道から外れたヤブ道の中に入り、オレも後に続く。


 ヤブの下り道を進むと『まぼろしのレストランは このした』の手書きの立て看板があった。

「こんな山の中にも人がいるのか? すごいな」


『もうすぐ もうすぐ』

『がんばれ がんばれ』

 子供が書いたような字の看板を頼りに、山の中を進むと少し開けた場所に出た。

 そこに、白い洋館があった。二階建ての立派な建物をオレと知人はスマホで撮影する。

 インターネットに写した洋館レストランを投稿しながら、知人が言った。

「こんな山奥によく、こんな建物造ったな」


 洋館の扉には道標の看板に似た子供が書いたような字で。

『えいぎょうちゅう』のプレートが掛けられていた。

「レストランの中に入ってみようぜ」


 洋館の中をスマホで写していると。

 タヌキ顔の給仕が現れた。

「当レストランにようこそ、お食事ですか? あなた方は運がいい……最近、新鮮な新しい食材が手に入ったところです。お席に御案内します」

 オレと知人は、給仕に案内されて席についた。

 オレは、建物中をすまほで撮影している知人に代わって、タヌキ顔の給仕に質問してみた。

「さっき、新鮮な食材を手に入れたとか言っていたけれど?」

「はい、当レストランは食材がある時でしか営業いたしません。営利目的ではありませんので、料理のお代はお客さまが納得した金額で結構です……一円でも、百円でも、こんな山の中では金銭の使い道がないので」

 奇妙なレストランだと思いながらオレと知人は、シェフのおすすめ肉料理というモノを注文した。


 出てきた料理は、それなりに美味かったが──オレの皿の肉は、少しスジが多くて固いように感じた。

「なんか、この肉固くないか?」

「そうか? オレの皿の肉は柔らかくて美味いぞ」

 料理を食べ終わった、知人はトイレに行くと言って席を立った。


 知人は、いくら待ってもトイレから帰って来なかった。

 タヌキ顔の給仕がやって来て、オレに言った。

「お連れの方は、何か用事があると言って、裏口から帰られました」

「えっ⁉ 用事があるなんて、そんなコトは来る時に一言も?」

 その時、オレのスマホが知人からの通知を知らせて振動した。

 スマホには知人のスマホからの送信で。

『ようじがあるから さきにかえって』の、平仮名だけのメッセージが入っていた。


 オレが理由を訊ねようと返信したら、知人のスマホの電源は切られていた。

 タヌキに化かされているような気分だった。

 不思議に思いながらも、オレは給仕に料理の対価に見合った金額を支払った。

 紙幣を受け取った給仕は、まるで札が珍しいような仕草で光りに透かしてみたりしていた。

 給仕が言った。

「キラキラ輝く部分もあってキレイなモノですね……今日、新しい食材が手に入りましたので。

『えすえぬえす』とか言うもので、他の方にもお伝えして当レストランに来てもらってください……特に若い女性の方をお待ちしています」 


 オレは、幻の洋風レストランを出た。

 少し歩いて、もう一度レストランの外装を確認しようと振り返った時には、山の樹木に隠されてしまったのか? レストランは見えなかった。

 オレは、知人と一緒に来た道を思い出しながら、下ってきた山の斜面を登る。

(ない? 来た時に見た……子供が書いたような文字の看板がない⁉)


 焦りながら山中を彷徨さまよい、一昼夜歩き回って、谷沢の岩に背もたれて動けなくなっていたオレは。

 オレとオレの知人を救助に来てくれた、村の消防団員に翌日の午前中に助けられて無事に下山するコトができて。


 どうやら、軒下にレンタカーを停めさせてもらった家の人が、日が暮れても戻ってこないオレたちを心配して、山に慣れている山村の消防団に救助を頼んでくれたらしい。


 町の病院に搬送されたオレは、病室のベッドの上で自分のスマホに残る画像を眺める。

 スマホには、山で写した洋館レストランの画像は残っていた。

 だが、レストラン店内を写したはずの画像には、なぜか山の中に雨水と枯れ葉が溜まった大鍋が中央に置かれた廃屋はいおくと。

 山の中でこちらを見ている、タヌキのような動物の姿が写っていた。


   〜おわり〜


【解説】昔話のカチカチ山の原本にはタヌキがばっさまを撲殺して、じっさまに調理した婆汁を食べさせる残酷描写が出てきます。


給仕が言った「入手できた新しい食材」とは、いったいどんな食材なんだろう?

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ショートストーリー【ちょいホラー&ちょいホラー寄りのSF】 楠本恵士 @67853-_-

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