第5話 新宿のもうやんカレー

「行くお店なんですが、シアさんはカレーお好きですか?」


「あまり辛くないものであれば」


シアはマイヤが作ったカレーを思い出す。シアがこの世界に来たばかりの頃にカレーを食べたのだが、シアの作ったカレーは辛く、シアの口には合わなかった。その後に甘口のカレーを食べたらおいしかったので、それからシアは辛いカレーは絶対食べないと心に決めていた。


「でしたら大丈夫ですね。カレーも何種類かあるので食べ比べしてもいいかもしれませんよ?」


シアの前を歩く、三ノ宮 美里は微笑んだ。


その表情を見て、シアは自分の国の貴族を思い出す。彼らは笑い方ひとつにとっても礼儀を重んじ、相手にどうみられるかを考える。美里の笑みもそういった類のもので、もしかしたら美里も貴族の類なのかもしれない。


「それにしても美里さんは会議に出なくていいのですか? なにやら重要そうな会議でしたが……」


今日はマイヤを連れて新宿に来たのだが、マイヤは他の会議の参加者とともにまだ会議中だ。シアは美里と別件で打ち合わせをしていたのだが、お昼時ということもあり、二人でランチに出かけていた。


「問題ありませんよ。今回は雅人さん自ら対処するらしいので私の出る幕はありません」


「む、雅人さんですか……。あの人ちょっと怖いんですよね……」


シアは加藤 雅人を思い出す。


背が高く、いつも仏頂面。しかも笑ったことを見たことがなく、なんとなく威圧的な雰囲気も相まって、少し苦手な人物だ。


シアは思わず苦々し気な顔になってしまい、それを見た美里は少し悲しそうな顔で「ちょっと誤解されやすい人なんです。でも実はとっても優しい人なんですよ」と呟いた。


「ふ~ん、そうなのですか」


「ええ、そうなんです」


美里は取りなすように笑い、「着きましたね、このお店です」と立ち止まった。


シアはお店を眺める。雰囲気は少し暗く、店の内装が外からは見づらい。お店の前には食券機が置かれており、看板には『もうやんカレー』と書かれていた。美里の言った通りカレーのお店のようだ。


「ちょっと待ってくださいね、もう一人来るはずなので……。あっ、ちょうど来ましたね」


「すみません、遅れちゃって。ちょっと調査に時間がかかっちゃって……」


遅れてやってきた人物はパンツスーツを綺麗に着込んだ麗人、しかしシアはその服の下にいくつもの彼女の仕事道具が隠されているのを見逃さなかった。


「お久しぶりですね、優菜さん。直接会うのは1か月ぶりでしょうか?」


「会議では毎週のようになってますもんね。たぶんそれぐらいです」


彼女は生駒 優菜。この国の役人だと聞いており、マイヤとも知り合いらしい。


「美里さんもお久しぶりです」


「最近優菜さんが遊びに来てくれなくて寂しかったんですよ。前はいっぱい来てくれてたのに……」


「配属替わっちゃったんだからしょうがないじゃないですか。さあさ、それより早くいきましょう」


優菜はそう言って、さっさと食券を買うと中に入っていってしまった。


シアと美里は顔を見合わせて苦笑し、二人も食券を買って中に入った。


中に入り、店員さんに食券を差し出すとお皿をとるように促される。シアは料理が載っていないのを疑問に思いながらもお皿を手に取り少し進むと、左側の壁一面に料理がずらっと並んでいた。それは何時ぞや参加した貴族の立食パーティのようで、シアは少し気後れする。


「このお店はビュッフェ形式なんです。席は優菜さんが取ってくれているみたいなので、私たちは先にお料理をとってしまいましょう」


シアは頷くと料理が並べられている台に向き直る。


最初にサラダが並べられており、その次に主食類。驚くことにご飯だけでなく、うどんなどの麺類や蒸かした芋も並べられている。その後にはチキンやフルーツといったトッピングもあり、何をとろうか迷うほどだ。


シアは迷いながら先に行った美里を見やると、サラダやご飯、そして3種類のカレーを芸術的に盛り付けており、「もしかして、ビュッフェ初めてでしたか?」と声をかけてきてくれた。


「はい、恥ずかしながら……」


「それは気が利かず申し訳ありません。ビュッフェというのは食べたい分だけお皿にとって食事するスタイルのことです。なので食べたいものをとりあえずお皿に乗せるといいと思います。このお店は食べ放題なので、また取りにくればいいですし」


「そうですか、ありがとうございます」


「いえいえ」


美里は微笑むと優菜が座っている席に向かい、入れ違いで優菜がお皿を持ってやってきた。


「あれ、シアさんまだとってないの? カレー苦手だった?」


「いえ、ビュッフェというのに初めてなもので……」


「そうなんだ、とりあえずサラダとカレーとご飯取ればいいと思うよ。あとは興味あるものを適当に」


優菜はそう言って手早く自分のものを取るとさっさと行ってしまう。


シアは意を決し、とりあえずサラダを取ることにした。サラダといっても種類は豊富でどれを手に取るか非常に迷う。挑戦して食べられないのも失礼なので、いつもマイヤが作ってくれるようなレタスを中心としたサラダをお皿にとりわけ、そこにコーンと胡麻ドレッシングをかける。


次にカレーなわけだが、そのまえに主食をどうするかだ。見たところいつものご飯に黄色いご飯、そして蒸かした芋が置かれている。うどんもあるが、それはとりあえず除外しておこう。


シアの地元では芋が主食で、食べてみたいと思っていた。しかし、やはりカレーにはご飯という葛藤に苛まれる。そこで美里の言葉を思い出す。そうだ、食べたければまたくればいいのだ。


シアは手早く白飯を取り分けると、三種類あるカレー全てをご飯にかけた。


そのまま優菜たちの席に向かい、「遅れて申し訳ありません」と声をかけて席についた。


「それでは頂きましょうか」


美里さんがそう言い、シアと優菜も「いただきます」と手を合わせると食事が始まった。


シアはまず『もうやんカレー』と書かれたカレーをご飯と共にスプーンに掬う。


「ん?」


シアは思わず、首を捻ってしまう。


「どうしましたか? お好みではなかったですか?」


「いえ、そういうわけではないのですが以前食べたカレーと全然違う味だったので」


口に入れるとカレー独特のスパイスではなく、酸っぱいような野菜の味が全面に押し出ていた。飲み込んだ後はカレーらしいスパイスの香りが漂ってくるのだが、シアの知っているかレーとは全く違う食べ物といっても良かった。


「ああ、このお店のカレーは少し独特かもしれませんね」


「でも美味しいです。特にこの緑色のカレーは美味しいですね」


ホウレン草カレーと書かれた緑色のカレーは、スパイスの風味というよりもホウレン草の甘味と風味、そして清々しさが全面に出たカレーで、辛さなど全くなく、野菜の香りが感じられ、シアの好みだった。


「それは良かったです。連れてきた甲斐がありますね」


「というかシアさん、それ全部食べられるの? 結構盛ってない?」


確かにシアはお皿いっぱいの盛っており、小柄な身体では食べきれなさそうだ。


「これぐらいなら大丈夫ですよ。あと二皿くらいなら食べられます」


その言葉通りシアはパクパクと食べ進めるとあっという間に空になってしまう。


「ちょっと取ってきますね」


シアは二人に声をかけ、席を立つと「あっ、私も行く」と優菜も立ち上がった。


二人で列の最初に並び直すと、シアは今度はサラダは取らず、蒸かした芋を3つほど皿にとるとどのカレーをかけようか少し悩む。もうやんカレー、ホウレン草カレー、そしてビスヌカレー。ビスヌカレーは先ほど食べた感じだと豆類とスパイスがメインのカレーなので、芋よりもご飯が合いそうだ。モウヤンカレーも酸っぱい感じなのでご飯の方がよく合う。なのでシアはホウレン草カレーをたっぷり芋にかけた。


「シアさんって食べるの好きなの?」


「えっ、まあ人並だと思いますよ?」


「確か、シアさんって池袋に住んでるんだよね? 今日あたりちょっと飲み行かない?」


シアはちょっと驚いて優菜を見返すと、優菜はニヤッと笑って「今日仕事早く終わりそうだからちょっと飲みたい気分なんだよね」と言った。


シアは何だか面白くて笑ってしまう。


「ええ、行きましょうか」


「やった、最近友達も忙しいのかあんまり飲み行ってくれないんだよね」


そんなことを話しながら席に戻る。優菜は二人が戻ってきたのを見ると「おかえりなさい」と声をかけてくれた。


「真理さん、今日もし予定が無かったら飲み行きませんか?」


「え、今日ですか? まあ、予定は特にないですが……」


「やった、シアさん。今日は女子会だよ!」


「ん? 優菜さん、女子会というのはどのようなものなのですか?」


「女子会っていうのはね~———」


三人はそのまま夜の予定に花を咲かせ、シアは女子会という聞きなれない単語の意味を知り、なぜか嬉しくなって珍しく柔らかく微笑んだ。

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魔法技師《ウィッチクラフト》と竜巫女《ドラゴンメイド》は現世を楽しむようです ゆーと @leafandrantan

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