第4話 ~2人の酔っぱらい~
「ビール、ウィスキー、ワイン、日本酒、ウォッカ、ジン、焼酎、マッコリ、缶酎ハイ……。ふむ、よくわかりません。全部買っていきますか!」
シアは手当たり次第にカゴの中に酒を突っ込む。しかし、すぐにカゴがいっぱいになってしまい、流石にすべてを買っていくことはできなった。
流石に全部は無理ですか……。まあいいでしょう。お酒には変わりませんし、これだけあればマイヤさんが飲めるものはあるでしょう。
シアはお酒でいっぱいになったカゴを両手で持って、レジへと向かう。幸運なことにレジに並んでいる人はいなく、すぐにお会計をすることができた。
「お客様、申し訳ありませんがご年齢を確認できるものはございますか?」
レジで年配の女性が少し困った顔で聞いてくる。それもしょうがないだろう、シアの見た目は明らかに中学生、大きめに見積もっても高校生程度だった。しかも明らかに日本人ではない顔を持っている中学生がお酒を買いに来たら困った顔をするのは無理もない。
しかしシアにとっては見慣れた反応であり、スマホケースから一枚のカードを店員に差し出した。
「在留証明書です。私21なのでもう成人です」
シアがそう伝えると、店員はカードを確認し、「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
無事に会計も終わり、シアはスーパー袋の二つ分のお酒をもって家路についた。
「ただいま帰りました」
そう言って玄関をくぐるが、マイヤの反応がない。というか、リビングの方にも人の気配がない。シアは少し訝しがりながら靴を脱ぎ、リビングへの扉を開けるが、やはりマイヤはいなかった。
「……またどこかに行ってしまったのでしょうか?」
キッチンには何かしらの調理をした後が見受けられるが、肝心の料理とマイヤの姿は見つからない。とりあえず、やることもないので冷蔵庫にお酒を詰め込んでいると、「シアさん、冷蔵庫じゃなくてこっちにお酒を入れてください」というマイヤの声が聞こえてきた。
振り返ってみると、開けっ放しのリビングの扉に大きな箱をもって入ってくるマイヤを見つけた。
「どこ行ってたんですか?」
「今日天気がいいから外で食べようかと思って、屋上に料理運んでたの」
マイヤは事も無げに言う。
「こっちの世界ではバーベキューっていうらしいです。前に一回だけやったことがあります」
「外でご飯ですか……、なんだか野宿時代を思い出しますね」
マイヤからでっかい箱、クーラーボックスを受け取って中にお酒を入れていく。途中マイヤから、「中に氷も入れてください」と言われたので、シアは冷凍庫から取り出した氷をクーラーボックスに入れていった。
「ふふ……」
ふとマイヤの笑い声が聞こえる。シアがマイヤを見てみると、マイヤは堪えきれないといった態度で手に口を当てていた。
「どうしたんですか?」
シアは至極真面目に聞いたのだが、マイヤは堪えきれなくなったのか遂にはお腹を抱えて笑いだしてしまった。
流石にシアも不機嫌になり、「何なんですか、そんなにおかしなことしていましたか?」と不満を口にする。
「べつにそういうわけじゃないんだけど……」
そういうマイヤの声は震えていて、笑っているのは一目瞭然だ。
「いや、前に氷出してっていったら、魔術使って出したことあったじゃない? それを思い出したら我慢できなくなっちゃって……」
「……昔の話です。私も日々勉強しているのですよ」
そういえばこの世界に来た当初に冷凍庫の存在を知らず、マイヤの「氷出してくれないですか?」という言葉に、詠唱と共に氷を作り出したことがあった。その時もマイヤはお腹を抱えて笑っていたが、半年近くたってまた笑われるとは思ってもみなかった。
「さあさあ、お酒の準備は万全ですよ。おつまみはもう出来てるんですか?」
「うん、屋上にもう準備してあるよ」
シアとマイヤはクーラーボックスを二人で抱えると、そのまま階段を上がる。屋上に到着すると、既にマイヤが準備をしていたバーベキューコンロ、ウッドチェア、そして綺麗に飾り付けられたフラワーアレンジメントが置かれているウッドテーブルの上には色とりどりの野菜とお肉が目に映った。
「シアさん、光源の魔術をお願いします」
シアはジトッとした目をマイヤに向け、「さっき魔術使ったのを馬鹿にしたくせに……」と呟き、魔術を使用した。
日本語ではない言語、でも韻を踏んでいるのは理解できる唄のような詠唱をシアが唱えると、辺りがポワッとした柔らかい光に包まれた。
「相変わらず流石ですね、私はこういう魔術苦手なので憧れます」
「褒めても何も出ませんよ? それよりお腹が空いたのではやく食べたいです」
「じゃあ先に飲んでてください。今朝の残りがあるのでそれをおつまみにして」
マイヤはそういうと、バーベキューコンロに近づいていき、それに向かって小さく「『龍炎』」と呟き、炎の息を吐く。
マイヤは5秒ほど薄く炎を吐き続けると、腰に手を当て「……よし!」と呟き、シアに向かって「お肉とお野菜どっち先に食べますか?」と聞いてきた。
コンロからはパチパチと火がはじける音が響き、炭の匂いが漂ってくる。
相変わらず無茶苦茶な魔法だ。
シアは内心溜息をつき、「お肉が食べたいです」と言いながらウッドチェアに腰かけた。クーラーボックスから缶酎ハイを取り出し、プルタブを開ける。プシュッと子気味のいい音と共に、シュワシュワと食欲を誘う音が弾ける。
果実の匂いがする缶を煽ると、炭酸のさわやかさとジュースのような甘味が口に広がった。シアはこの世界に来るまでは酒は得意ではなかった。それはひとえに酒といえば喉を焼くほどの辛いお酒しかなかったことが原因で、現世の缶酎ハイのような甘いお酒はシアの好みだった。
「マイヤさんは何飲みますか?」
「日本酒ってあります?」
「うーんどうでしょう……。あっ、ありました。置いておきますね」
「ありがとうございます」
マイヤはコンロの前で肉と格闘中だ。そちらの方に目を向けてみると、分厚い牛肉の塊と白い何かに包まれた鶏肉を焼いていた。その脇では野菜と思しきものを焼いているが、どれもこれも真っ黒だ。
マイヤに限って心配はないだろうが、まさか焦がしてしまったのだろうか? いや、先ほど頼んだ肉は美味しそうに焼けている。おそらく焦がすのが目的なのだろう。
シアはそう思い、肉を待ちながら缶酎ハイを楽しむ。
すると5分くらいだろうか、マイヤは「お肉焼けましたよ〜」と嬉しそうに声をあげ、シアの前に大ぶりの鶏肉を持ってきた。
「なんか周りに白いのついていますが何ですか?」
「塩麹っていうらしいですよ。お肉を柔らかくしてくれて、味も美味しいんです」
マイヤは答えながら鶏肉を切って、シアの前に「はい、どうぞ」と取り分けてくれた。
シアは「頂きます」と鶏肉を口に運ぶ。
鶏肉はちょっと塩辛いがいつもより柔らかくジューシーで、肉本来のうまみ自体も増しているようだった。シアは肉を飲み込むとすかさず缶酎ハイに口をつける。甘い缶酎ハイは肉の油をこそぎ取り、再び口の中は甘味で包まれた。
「う~、これは止まりませんね。塩味と甘味は最高の組み合わせです!」
シアはたまらず叫ぶ。そのまま、鶏肉と酎ハイを交互に口に放り込み、そのたび唸り声をあげながら食べ進める。
マイヤはシアを微笑まし気に眺めながら、カップ酒を傾ける。
シアは鶏肉に夢中になりながらもマイヤの飲んでいるカップ酒を目ざとく見つけ、「その日本酒って美味しいんですか? ちょっと飲ませてください」と手を差し出した。
マイヤは「多分あんまりシアさんの好みじゃないと思うよ?」とカップ酒をシアに手渡す。シアはそれを酎ハイのように煽ると、途端にゲホゲホとむせ始める。
「あ~、言わんこっちゃない。だから言ったじゃないですか」
「……けほ。こんなに辛いお酒だとは思いませんでした。……この国の料理は口に合っていたのでお酒もと思ったのですが」
マイヤがお水を差し出すと、シアはそれを一気に飲み干した。
「そうだ。シアさんちょっと待っててください」
マイヤはそういうと階下へと下っていき、戻ってきたときには2本のボトルと2つのグラスを手に持っていた。
「マイヤさん、それは何ですか?」
シアが尋ねると「ん? 日本酒だよ」とマイヤは何でもないように答える。
「……さっき飲めないと言ったはずですが」
シアがマイヤを睨み付けると、マイヤはどこ吹く風で「まあまあ、一口だけでいいから飲んでみてよ」とシアの前にグラスを置き、とくとくとグラスに日本酒を注いでいった。
シアは少し疑いながらグラスに口をつけると、先ほどとは違った甘い口当たり、そして鼻に抜ける果実の香りが口中に広がった。
「ん! これ凄く美味しいです!」
思わずシアが叫び声をあげると、マイヤは嬉しそうにカップ酒を一息に煽り、「そりゃそうだよ、これすっごい良いお酒らしいですからね」と自分のグラスにも日本酒を注ぐ。
「同じお酒でもこんなに味が違うものなんですね」
「う~ん、というよりもこっちのカップ酒っていうお酒が特に辛いらしいです。いわゆる安酒っていうやつで、酔うためのお酒みたいなふしがあるみたいですよ?」
「へ~、マイヤさんは物知りですね。どこでそんなこと覚えたんですか?」
「シアさんと住み始める前に一緒に住んでた人がいろいろ教えてくれたんです。その人お酒がすっごい好きで、毎晩何処かに飲み行ったり晩酌に付き合わせられたな~」
マイヤは懐かしむようにどこか遠くを見つめる。
シアもマイヤが自分より先にこの世界に来たことは知っていたが、その前に誰かと住んでいたとは聞いたことはなかった。シアがこの世界に来た時にはマイヤは既に一人でこの家に住んでいた。思い返してみれば、マイヤの過去というのをシアはあまり知らない。
「よし! そろそろ休ませておいたお肉もいい感じです! シアさん、まだまだ食べられますよね?」
マイヤは突然立ち上がり、コンロに向かった。コンロの上にはアルミホイルでまかれた物体置かれており、マイヤはそれを机の上にドンッと置いた。
マイヤがアルミホイルを剥がすと、中から綺麗な焼き色の牛肉が姿を現す。マイヤはそれを薄く切ってお皿に盛り付けると、中は綺麗なピンク色をした牛肉がシアの前に置かれた。
「マイヤさん、これ中が生ですよ?」
シアはあまり料理に詳しくないが、生のお肉を食べてはいけないことぐらいは知っている。しかし、マイヤは「ふふん、大丈夫ですよ! これは牛肉のたたきと言って低温で中までじっくり火を通す料理なんです。だから生みたいに見えてもちゃんと火が通ってるんですよ」
マイヤはそう言って牛肉のたたきを一切れ口に運び、嬉しそうに日本酒のグラスを傾けた。
シアも恐る恐る牛肉のたたきを口に運ぶ。すると、とろっとした肉の食感、しかし焼いた時のような肉の強い脂というよりかは肉の繊細な旨味自体が噛むごとに溢れてくる。
「マイヤさん、これ凄く美味しいです!」
「これをつけるともっと美味しいですよ~」
マイヤは小皿に醤油とわさびを溶き入れるとシアに手渡す。それを受け取ると、すかさずもう一切れ牛肉のたたきを口に運んだ。
先ほどまでとは違い、醤油の香りと肉本来の旨味が口の中で溶けあい、ワサビの辛みがそれを引き締める。
「ん~、これ美味しすぎますよ。それに日本酒によく合います」
「どっちもこの国の料理だからね。さっ、お肉ばっかりじゃなくてお野菜もどうぞ?」
そう言ってマイヤが差し出してきたのは綺麗な色とりどりの野菜だった。どれもこれもまばゆいばかりの光を放っており、めんつゆに漬かっていた。
シアがそのなかからパプリカを口に運ぶと、野菜とは思えないほどの甘味とシャキシャキといった食感がする。
「野菜がこんなに甘いなんて……」
シアが思わず口にすると、マイヤは自慢げに「一度焦がすくらいじっくり火を入れてから、水の中で焦げだけ落とすと、野菜独自の甘味が全面に出るんだ」と胸を張る。
先ほどの焦げた野菜はこの料理の為だったのか、やっと得心がいった。
シアはしばらく無言で肉と野菜と酒を交互に口に運び続ける。マイヤはコンロに向かいながら時折肉を焼き、自分も酒を楽しんでいた。
二人の晩酌は日付が変わっても続き、次の日の朝、シアが二日酔いで苦しんでいたのは言うまでもなかった。
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