第3話 自販機のコンポタ
マイヤは夜道を歩く。
マイヤの知識からすれば夜道というにはいささか明るすぎるし、綺麗に舗装されている道路というのは歩きやすくてこの世界に来た当初は驚いたものだ。それに人の数がべらぼうに多い。あまり人の多いところに行ったことはなかったが、夜中でも人とすれ違うことが多くて驚いてしまう。住宅街を抜け、駅の方に行くと明かりと人はさらに増える。お祭りでもないのにここまでの人が集まるのには慣れたが、いまだに朝の駅前の人だかりは少し苦手だ。
春の少し肌寒い風がマイヤの体を冷やす。
マイヤは普段から夜中を散歩しているわけでもなく、春の夜風の寒さを過信していた。
別に風邪をひくほどでもないが、だからと言って寒いのが好ましいわけでもない。何か温まれるものないかな。
マイヤはそんなことを思いながら夜の住宅街を散歩していると、道路のわきに自動販売機を見つけた。のぞき込んでみると、まだ冬の商品なのかあったかい飲み物も多く並んでいた。マイヤは少し悩んで、コーンポタージュのボタンを押した。
ガタッという音と共に缶が落ちてきて、マイヤはしゃがみ込んでそれを拾った。缶をお手玉しながら自動販売機の横に移動すると、缶を振って、ふたを開ける。
子気味のいい音が響き、クリームとコーンの匂いが鼻をつく。マイヤがそれを口に含むとクリームの滑らかな舌触りと濃厚さ、そしてコーンの甘みが口いっぱいに広がった。
「ほっ……」
思わず吐息が漏れてしまった。というかいつでもこんな美味しいものが飲めるだなんて、本当にこの世界は驚くことばかりだ。
マイヤは半分まで飲み終わると、すこし行儀が悪いが帰路につきながらコーンポタージュを少しずつ口に含む。体は内から温まり、春の夜風をものともしない程度には温まっていた。
アスファルトの上を歩きながら、時折缶を傾ける。たまに現れるコーンの粒はいいアクセントとなって、マイヤを喜ばせる。
「……でも、これって粒が底に残っちゃうよね」
マイヤはそこに残った粒を何とか飲もうと、ふたを閉めて振ってみたり、そこを叩いて最後の粒を食べようとしたがうまくいかない。……夜遅くにコンポタと悪戦苦闘している人など不審者以外の何物でもないが、マイヤは最後までそれに気づくことなく家へとたどり着いた。
「ただいま~」
玄関を開けるとリビングへと続く扉の奥からシアがひょこッと顔を出し、「おかえりなさい。どこ行ってたんですか? 気づいたらいなかったので驚きましたよ」とちょっと不安げな顔でそう言った。
「ちょっと気になることがあって……。というかそんな顔してどうしたんですか?」
マイヤにはシアが不安そうな顔をする理由が思いつかない。もしかして、お皿でも割ってしまったのだろうか? でもそんなこと日常茶飯事なので別に怒りもしないのだが……。
「いえ、その実は……」
シアはしどろもどろに口ごもり、なかなか何をやったか言わない。そんなに言いにくいことなのだろうか。
マイヤは苦笑いしながら靴を脱ぎ、「本当にどうしたんですか? 別に大抵のことでは怒ったりしませんよ」とシアに伝えた。
シアはそれを聞いて、意を決したように「……実は明日私と一緒に新宿に行って欲しいんです!」と絞り出したような声でそう言った。
「なんだ別にいいですよ、それぐらい」
マイヤは拍子抜けしてしまった。確かに急なお誘いだが、どうせ予定もないので断ることもない。というかなんでシアがそんなに不安げな顔をしているかよくわからなかった。
「そうですか、それはよかったです!」
シアは嬉しそうに顔を綻ばせ、安堵のため息を吐いた。
「はぁ~、安心したらお腹空いてしまいました。ラーメンでも食べましょうか……」
「あっ、それだったら晩酌でもしませんか? シアさんも、もうお仕事終わりでしょ?」
「いいですね! 私ちょっとそこのスーパーまでお酒買いに行ってきます!」
「だったら私はおつまみ作っておきますね。シアさんどれくらい食べます? ガッツリいきますか?」
「ガッツリで行きましょう!」
シアはリビングに引っ込んだかと思うと、すぐに財布片手に戻ってきて、元気よく玄関を抜けていった。
そんなにお酒が飲みたいのなら、今度から定期的に晩酌でもやろうかな。
マイヤはそんなことを思って苦笑すると、冷蔵庫の中身を思い返しながらリビングへと歩を進めた。
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