第2話 劇場横のサイゼリヤ
「あっ、シアさんこっちこっち~!」
お店の入り口でキョロキョロしているシアに向かってマイヤは声を張る。
「マイヤさん、ちょっと声が大きいです」
シアは仏頂面でそう言いながらこちらに向かってくる。彼女は相変わらず小柄な体躯だったが、いつもと違って彼女の髪は透き通るような水色ではなく、すべてを飲み込むような黒色だった。
「やっぱり黒髪だとシアさんっぽくないですね」
「外に出るのには、こっちのほうが楽なんですよ。私の髪色は日本では目立ちすぎてしまいますからね」
「気にしなくてもいいと思うけど。この世界ではコスプレ? っていうのもあるらしいですし」
「マイヤさんの髪色だったらまだいいんでしょうが……。水色は目立ちすぎます」
シアは少し疲れた様子で椅子に座り、そして叫ぶ。
「ていうか、昼間っからお酒飲んでるですか!? それにもうボトル一本開けてるじゃないですか!?」
机の上にはワインボトルといくつかの空になったお皿。席からはお酒の匂いが漂っており、ボトルは殆ど空で昼間から飲む量にしては多すぎた。
「いや~、美味しそうなワインがあったから頼んじゃった。シアさんもどう?」
マイヤはボトルを開けたというのに酔った様子一つもなく、グラスをもってシアを誘う。
それにシアは悔しそうな顔をして、「いえ、この後仕事があるので」と苦々しげに言った。
「というか、マイヤさんお酒飲むんですね。家だとあまり飲む印象がないので少し意外です」
「別に特別好きってわけじゃないんだけど、たまに飲みたくなることがあるんだよね」
「ふーん、だったら今度飲みましょうよ。私が一人で飲みに行くといらぬ誤解を受けるので……」
シアは遠い目をしてそう言った。
そういえば以前シアがお酒を頼んだら子供に間違われたという愚痴を聞かされたことがあった。まあ、シアの身長では子供と間違われても不思議でもない。
マイヤはそのことを思い出して苦笑する。シアを少しでも慰めるためにメニューを手に取り、「まあまあ、好きなもの頼んでください」と彼女に手渡した。
「そういえば、どうしてこのお店にしたんです? 結構お高めな雰囲気のお店ですが……」
「前にユート君に連れてきてもらったことがあって。それで散歩してたら偶然見かけたから入ったんですよ」
「む、あの人、私は連れて行ってくれないのにマイヤさんは連れて行くのですか。……今度会ったら文句を言っておきましょう」
シアはメニューをぱらぱらと捲りながら、時折マイヤに「これは何と読むのですか?」と聞かれ、マイヤはそれにこたえる。
「しかし、思っていたよりリーズナブルなお店なのですね。……ソファーといい、この内装でこの値段とは、異界というのは私の想像を超えてきます」
「ユート君曰く、コスパに優れたお店らしいよ。この国以外の人も結構驚くみたい」
「うーむ、悩みますが注文しますか。……ほかに興味を惹かれるものはありますが。場所も分かったことですし、あとで一人でくればいいことですしね」
シアは店員を呼ぼうとするが、マイヤはそれを手で制す。
「ああシアさん、このお店は紙に書いて注文するんですよ。お店の人を呼ぶ前にこの紙にメニューの番号を書いてください」
「む、……面倒くさいですね。他のお店ではあまりなかったことですが……」
「お店の回転率を上げるための施策みたいですね。どちらにしてもこちらの紙に書いてください。私の注文する品はもう書かれているので」
マイヤはそう言って、シアに縦長の紙を手渡す。
シアはそれを受け取ると、メニューと見比べながら四苦八苦して紙にボールペンを走らせる。書き終わったところでシアが店員を呼び、紙を手渡した。
店員は紙に書かれた注文を繰り返して確認すると、一礼して去っていった。
「? どうしたんですか、シアさん。そんな顔して」
「どうしたもこうしたもありませんよ、私が飲めないって言ってるのにお酒頼むなんて……。しかも、またボトルですか!? いい加減飲みすぎです!」
シアは仏頂面で机をバンッと叩き、マイヤを睨んでいた。マイヤはシアの様子に思わず笑ってしまうと、シアは顔を真っ赤にして「なっ、今笑いましたね!」とさらに声を張り上げる。
シアは店員が料理を運んでくるまで、日頃の愚痴とマイヤへの不満を叫び続け、マイヤはそれをニコニコ顔で聞いていた。
料理が机に並べられたところでシアも落ち着いたのか、でも相変わらず仏頂面で「……いただきます」と手を合わせた。
マイヤも「いただきます」と手を合わせて、料理が並べられたを見渡した。
シアの前には目玉焼きの乗ったハンバーグとドリヤがおかれており、シアはそれらをスプーン使って器用に食べていた。
今朝のお箸の時とは違い、洗練されているとまではいかないが綺麗な食べ方だった。やはりお箸は難しいようだ。
マイヤはシアの様子を眺めながら、グラスを傾ける。マイヤが今飲んでいるのは白ワインだが、マイヤの故郷にワインは存在しない。マイヤは適当にアルコールを頼んだので最初こそ戸惑っていたが、程よい酸味と鼻に抜ける果実の香り、そして強い酒精を気に入っていた。
マイヤはシアを微笑まし気に眺めながら、自身の前に置かれた料理にも手を出す。
正式名称は覚えていないが、青豆を茹でたものとスパイスを効かせた羊肉、そして生ハム。どれも摘まむのにちょうどよく、ワインの風味とよく合っていた。
「……、マイヤさんそれ美味しそうですね。一口くれませんか?」
いつの間にかシアは自身の料理を食べ終わっており、マイヤの皿をジーと見つめていた。
マイヤは無言でお皿を差し出すと、シアは遠慮なくお皿に手を付けた。
「む、これ豆なのに美味しいです。豆と言えばまずいものという先入観がありましたが……。おや、これはラムですか。懐かしいですね、故郷の味に似ています」
シアは口をもぐもぐさせながら、料理の感想を口にする。
「シアさんの故郷では羊をよく食べていたんですか?」
「うーん、村では放牧している家も多かったですね。でも、普段の食事は森で狩ってくる獣が多かったです。羊は毛や乳とかも重要なので、収穫祭の時に食べるぐらいでしたよ?」
「へー、私のところだと牛と豚が中心だったから羊って食べたことなかったな~」
マイヤは羊肉を飲み込んでそう答える。
少しばかりの獣臭さと独特の風味があるが、かむごとに脂と旨味があふれ出してくる。牛もおいしいが、羊も悪くない。
マイヤはそんなことを思いながら、ワインで臭みを飲み下す。シアはというとメニューを眺めながら、先ほどと同じように紙に何やら書き込んでいた。
「まだ食べるんですか?」
「……デザートは別腹です!」
シアは力づくそう答えると、マイヤは思わず苦笑いを浮かべる。
結局シアはその後、デザートを二品追加すると嬉しそうにぱくついていた。マイヤはそれを微笑まし気に眺めながらワインを飲み続け、ちょうどシアのお皿が空になるころにボトルが空になった。
二人はそろって「ごちそうさまでした」と再度手を合わせると、店を出た。階段を下り、芸術劇場と呼ばれる大きな建物の前でシアは「ん~!」と勢いよく伸びをした。
「ちなみにマイヤさん、この後のご予定は?」
「特にないよ。どこか行きたいところでもあるんですか?」
「ちょっと本屋さん行っておきたくて。マイヤさんも一緒にどうですか?」
「いいですよ、ちょうどこの世界の小説読んでみたかったんです」
「おお、いいですね!」
シアは笑顔でそう答え、歩き始める。
「ここからならくまざわ書店ですかね。東口ならジュンク堂というとても大きな本屋さんがあるのですが……」
「へー、そんな大きいんだ?」
「もう凄いですよ! おっきいビル全体に本がびっしりなんですから!」
シアは興奮気味に応える。マイヤはシアにぴったりとくっつき「それは凄いですね!」と手をつないだ。
シアは抵抗することこそしなかったが、「……もしかして酔ってるんですか?」とジトっとした目をマイヤに向ける。
それに対してマイヤは「少しだけ」と照れ臭そうに答えた。
シアはため息をつき、マイヤは嬉しそうに体を密着させる。二人は姉妹のように仲良さげに一緒に歩き、雑踏に消えていった。
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