魔法技師《ウィッチクラフト》と竜巫女《ドラゴンメイド》は現世を楽しむようです

ゆーと

第1話 徹夜明けの朝ごはん

トントントン。カタカタカタ。ポコポコポコ。


3口のIHコンロ、広いワークトップの上には調理器具と食材が所せましに並べられ、調理されるのを今か今かと待ちわびている。そんな様々な音が鳴り響くシステムキッチンの前では、一人の赤毛の少女と言っても差しつ掛けないほどの女性がせわしなく動き回っていた。


食材を切り、煮物の茹で具合を確認し、それぞれの料理が一番映える器を選ぶ。女性の動きは確かにせわしないが洗練されており、見方によってはキッチンでダンスを踊っているようだった。


「ふ~、そろそろ完成ね。シアさんはまだ来てないか……」


女性はリビングの方を見て、呟く。


シアというのは彼女の同居人で、リビングにその姿は見られなかった。


部屋でまだ寝ているか、それとも地下の工房に籠って何かしているのかな?


赤毛の女性はシアの行方を考えながら、昨晩シアが「作業が溜まっているから工房に籠る」といっていたことを思い出す。


シアは作業に没頭すると時間を忘れる癖があり、もしかしたら昨日から工房に詰めっぱなしなのかもしれない。


赤毛の女性は料理が完成したのを確認すると、コンロの火を全て消し、地下の工房へ向かった。地下への階段はすこし薄暗く、じめっとしていた。地下室自体には空調が完備されているので問題はないが、地下だとどうしても湿気がたまってしまう。階段の掃除をもっとするべきか女性は思案するが、些細な問題だ。


赤毛の女性は転ばないように一段一段確かめるように下っていき、目的の工房の入り口にたどり着きノックをする。


少し待ったが反応がないので重い扉を開くと、部屋の中には10畳ほどの空間が広がっていた。しかし、部屋には棚や机から溢れた紙束や何かの鉱石が散らばっており、少し歩くのに苦労しそうな様子だった。


女性はその様子にため息をつき、部屋の奥のパソコンに齧りついている青色の綺麗な髪をした小柄な女性、シアに向かって声をかける。


「シアさん、朝ごはんができましたよ~」


シアに声をかけるが反応は全くなく、紙を踏まないように注意しながら移動して、「シアさん、朝ごはん出来ましたよ」と肩を叩いた。


シアは驚いたように飛び上がり、後ろを振り向くと「ああ、マイヤさんでしたか。どうしたんですか? もしかして、夜食でも持ってきてくれましたか?」と素っ頓狂なことを言った。


赤毛の女性、マイヤと呼ばれた彼女は「もう朝ですよ、もしかして寝てないの?」と思わず苦笑いを浮かべる。


「ああ、もう朝でしたか。道理でお腹がペコペコなはずです。……実は作業自体はすぐ終わったのですが、結果が興味深かったのでついつい」


「それは別に構わないけど、朝ごはん出来たから運ぶのを手伝ってください」


「分かりました。しかし、もうそんな時間でしたか……。今日は朝から用事があるので教えてくれて助かりました」


シアはそう言いながら欠伸をする。


マイヤはその様子を見て、また苦笑いを浮かべると、リビングへと向かって歩き始めた。


「そういえば、昨日はどんなことをやっていたんですか?」


「昨日は基本的に地球にある鉱石と魔力の親和性に関する分析ですね。私の住んでいたところとは性質が違うらしくて、その差異と代替品を探すために片っ端から測定していました」


シアは欠伸交じりにそう答える。


「いや~、なかなか興味深い結果になりました。同じ鉱石でも魔力の親和性に乖離があって、それを詳しく調べてみたら、どうやら鉱石自体の分子構造よりも採掘場所か魔力濃度に関係があるみたいなんですよ!」


シアは興奮気味に語るが、マイヤにはさっぱり分からない。前に聞いた話だとシアの故郷では魔石と呼ばれるものを触媒として魔術を使用するのが一般的だったようだが、マイヤの知っている魔術体系とは全く異なり、しかもそれが専門的な話となるとちんぷんかんぷんだ。


シアの語りは止まることを知らず、二人がリビングについても喋りっぱなしだった。


「それで昨日は鉄に絞って魔力親和性と採掘場所の関連性を調べていたんですが、いかんせんサンプル数が足りず———」


「はいはい、もうわかりましたからシアさんはご飯とお味噌汁運んでください」


「……むぅ、結構オーバーテクノロジーな話なのですが。……少なくとも特異点レベルにも届きうるのです」


シアさんは多少不満げな顔をしながらも、素直に炊飯器に向かった。


マイヤはそれを確認して、煮物と焼き物をそれぞれ器によそってリビングへと運んだ。


マイヤは一往復で、シアは二往復(マイヤが手伝った)で、朝ごはんは運び終わり、二人ともに席について「「いただきます」」を唱和した。


「もぐもぐ、今日もおいしいですマイヤさん。これは何ですか?」


「筑前煮と焼き鮭です。あとはわかめのお味噌汁と白米ですね」


「ふむ、筑前煮ですか……。何度か食していますが出汁と醤油だけでこんなに美味しいとは。異界の料理は本当に驚かれます」


シアはいささか不作法ながら咀嚼しつつ、そう答える。


筑前煮は綺麗な艶に囲まれており、野菜独特のうまみを存分に主張していている。人参や筍、里芋といった旬の具材はそれぞれに個性があり、口に運ぶごとに意外性と見事な調和を醸し出していた。


マイヤは筍の筑前煮とご飯とを一緒にかみ砕き、わかめのお味噌汁で洗い流す。口にはわかめが残ったが、それも咀嚼し、うまみと一緒に満足感がマイヤの心の内を満たす。


「今日のお昼に食べたいものはありますか? 食べたいものがあるなら出来るだけ答えるようにしますが……」


「う~ん、難しい問題ですね。マイヤさんが作るものは全部美味しいですから……」


「だったら偶には外食でもどうですか?」


「いいですね、私はお昼ごろには用事が終わるのでそれからになりますが、お店選びは任せてもいいですか?」


「あんまり期待しないでくださいね?」


マイヤは焼き鮭をほぐしつつ、苦笑いを浮かべた。


焼き鮭を口に運ぶと、まず感じるのは強い塩味。でもその後に鮭がほろほろと崩れる触感とともに、旨味と美味しい脂で口の中が満たされた。マイヤはそのままご飯も口に運ぶ。焼き鮭というのは不思議なもので、単体で食べるよりもご飯と一緒に食べたほうが美味しい。マイヤが教えてもらった和食にはそういう料理が多く、彼女はそれを気に入っていた。


「外食はちょっと楽しみだな~。私ももう少し料理のレパートリー増やしたいと思っていましたから」


「もう充分だと思いますがね。どちらかというと、マイヤさんのご飯が美味しくて太ってないかが不安です……」


「うふふ、嬉しい悲鳴。ありがとうございます」


マイヤは微笑み、シアはジトっとした目をマイヤに向けた。


「しかしこの、お箸? にはまだ慣れません。マイヤさんは上手で羨ましいです」


「私の国では名前は違いましたが箸はありましたので。シアさんの国ではどんな食器を使っていたんですか?」


「う~ん、基本的にはスプーンだけでしたね。でも、旅していたころに訪れた国によってナイフとフォークを使う国もありましたよ。そういえば、素手で食べる文化もあると聞いたことが……」


シアはもぐもぐしながらそう答える。シアの食べ方をよく見ると、筑前煮は箸を刺して、焼き鮭には齧りつき、ご飯とお味噌汁はかきこむように食べていた。


まぁ、行儀がいいとは言えないが箸を使い始めて半年ならこの程度だろう。箸の扱いというのは存外難しく、私も幼いころには苦労したものだ。


マイヤは味噌汁を啜りながらそんなことを考える。


そのあとは互いにご飯に集中し、会話が途切れる。途中一度シアがご飯のお代わりに行った以外には特に何か起こるわけでもなく、シアとマイヤは互いが食べ終わったのを確認すると「「ごちそうさまでした」」と手を合わせた。


「では私は目覚ましがてらシャワーを浴びてきます。マイヤさんのこの後のご予定は?」


「そうですね……、家のことをやった後はいつもの見回りに行ってきます。その時お店を探しておきますよ」


「よろしくお願いします。多分ですが、駅に着くのは13時くらいになると思います」


シアは席を立ち、あくび交じりでそう答えた。シアは眠たげな態度でそのままお風呂へと向かい、扉の奥へと消えていった。


マイヤはそれを微笑まし気に眺め、扉が閉まったのを確認すると食器を片付け始める。シンクにすべての食器を運び終わると、次は食器を洗い始めた。


「ふんふんふ~ん♪」


マイヤはご機嫌に鼻歌を奏でる。


これがこの街、池袋に住まう魔術技師ウィッチクラフト竜巫女ドラゴンメイドのなんてことない日常だ。でも、これが日常なのだとしたら非日常とは? もしかしたら彼女たちは巻き込まれるかもしれないし、それとは離れて日常を謳歌するのかもしれない。


でもそれはきっとあり得ない。……だって彼女たちこそが非日常的な存在、魔術技師ウィッチクラフト竜巫女ドラゴンメイドなのだから。


マイヤのご機嫌な鼻歌はまだ響いていた。

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