第14話

ことの全てを栗見さんに話し終えた。

栗見さんは今どう思っているんだろう?

目の前にいるヤツが本当に親友を死に追いやった死神だという事実に。

怒りを抱いているだろうか?

それとも信じれず馬鹿な話だと嘲笑してるだろうか?

どちらにしてもキツイな。

恐る恐る再び顔を隣に向けると栗見さんの方も先程と変わらない神妙な面持ちのまま、

「やっぱり神人だったんだね、千草くん」

と呟いた。

「しんじん?」

それが何を意味指すか分からず僕は首を傾げる。

「そう、神人。神の人と書いて神人。千草くんの様に特殊な力を持った人をそう呼ぶんだよ」

特殊な力とはこの死を呼ぶ左手のことだろう。

けれど一体なんの話だろうコレは?

確かに現実離れした話をし出したのは僕だけれど神人だとかまさかそんなファンタジーな話を栗見さんがしてくるとは思わなかった。

もしかしてまた僕をからかっているのか?

そんな疑いの目が伝わったのか栗見さんは静かに首を振る。

「残念だけどコレは冗談じゃない事実だよ。それとも信じられない?馬鹿げてて」

栗見さんはそう先程僕が言った言葉を返し笑う。

「神だなんて僕はそんな大それたもんじゃないですよ。ただの取り柄のない人間ですよ」

少しオーバー気味に自分を卑下する。

「別に名付けたのは私じゃないからね。それに千草くん個人がどうこうは関係ないよその能力を持っているそれが神人の証なんだから、特別でもなんでもない人種みたいなもんだと思えばいいよ」

「人種?それなら僕と同じ力を持つ人が大勢いるんですか?」

栗見さんはコクリと頷く。

「神人は世界各地にいるよ。その存在は公にされてないから知られていないだけ。持っている力は人それぞれだけど、千草くんに近い力を持っている人だっているかもしれない」

そんな馬鹿な。

そう言うのを自らの左手が止める。

それに自分以外にもこんな力を持った同類がいる、それだけで少しだけ安心してしまう。

こんな狂った力一人で抱えるのは辛い。

「栗見さんは会ったことがあるんですか?神人に。こんな人に死を与える力を持った人に」

「あるよ」

当然と言う様に栗見さんが答える。

「人の魂を見ることのできる人、物を自在に操る人、中には千草くんなんて目じゃない死に塊みたいな存在もいたよ」

「怖くないんですか?そんな存在?僕みたいな・・・化け物!」

最後の言葉は吐き出す様に言った。

ずっと心の底にあった自身に対する評価。

それを血を吐く思いで告げると、栗見さんはやっぱりなんでもない様に、

「全然」

と言った。

決して憐れみでも強がりでもない、心からの言葉で栗見さんは言ってくれた。

「どうして?」

なぜ僕を否定してくれない?

それが不思議で聞く。

「どうしてって言われてもね。恐怖心を感じないからかな?それに化け物とは失礼だな、私だって神人。化け物なんかになった覚えはないよ」

そう夜の静寂の下栗見さんはとんでもない爆弾発言を落としてきた。

「えっ!は?神人?栗見さんが?」

驚きのあまり呼吸すら忘れて声が上ずる。

そんな僕の様子に栗見さんがブランコを揺らしながら笑い出した。

「ハハ!驚きすぎ。別に不思議なことじゃないでしょ?じゃなきゃ気づけないってこんなこと」

それは確かにそうかもしれないけれど。

ダメだ頭が全く追いつかない。

「それじゃあ、栗見さんも僕と同じ力が」

あるのかと言い終わる前に栗見さんが首を振る。

「いいやです言ったでしょ。持つ力は人それぞれだって。私の力は非日常を自分に周りに起こしてしまうって退屈とは程遠い力だよ」

非日常を起こす力?

「それは一体?」

「言葉通りだよ。普通では体験出来ない様な事が次々と起こる、素敵能力。例えば殺人事件に巻き込まれるとかね」

あっと目を見開く僕をみて栗見さんが少し寂しそうに笑う。

「今回みたいなことは初めてじゃないよ。むしろ今回程度の事今まで経験した中では全然大した事ない事だよ」

自分の友達が死んだのにそれを大したことない?

この人は一体今までどんな経験をしてきたのだろうか?

「だから今回の事に君だけが気を病む必要はないよ。桐子の死、殺人事件っていう非日常の舞台を整えたのは私の方だったかもしれないんだから、私の場合は千草くんみたいに握手をするなんていうプロセスもいらないからね。そこにいるだけで巻き込まれる」

それこそ気など休まる暇もない。

僕など比にならないほどの地獄だろう。

「辛くは無いんですか?」

僕のその言葉に栗見さんは目を丸くする。

「どうして?こんな面白い出会いや面白い事が起こるんだよ。むしろ感謝してる」

「僕はそこまでポジティブに受け入れられません。どちらにしろ、この力で山村先輩は死んでしまった。この罪はどうすれば良いでしょうか?」

その長年胸に抱えてた答えが知りたくて甘える様に聞く。

けれど返されるのはキョトン顔。

「罪?それは一体なんの?」

「なんのって山村先輩を死なせてしまった事へのですよ」

「桐子を殺したには柿下先生と島津先生。千草くんは関係ない」

それはそうだけれど、なんだか話が前に戻った様で頭が痛くなる。

「だとしても僕が手を握らなかったらあの二人が山村先輩を殺すことはなかったはずです。それに山村先輩だけじゃない今までも何人もの人が僕のせいで死んだんだ」

少し感情的になってしまう僕に対し栗見さんはどこまでも冷静に告げる。

「手を握るそれじゃ人は死なない。それが社会の常識なんだよ千草くん。千草くんが神人でその死を呼ぶ能力を持つことも本当だろうけど、それでも桐子を殺したのはあの二人それが世間の認識、千草くんが裁かれる罪なんてそもそも存在してないんだよ。社会がそれを認識できないから」

それが世界の当たり前のルールだと栗見さんはいう。

なら僕はずっとこの罪の意識を抱えて生きなければならないのだろうか?

「それで納得しろっていうんですか?」

「納得できようが出来まいが現実は変わらないそういうものだよ」

そこには一種の諦めにも似た思いがこもっていた。

もしかすると栗見さんも過去にそう思わざる得ない体験をしたのだろうか?

そんな余計な考えをしてしまう。

多分コレはいらないお世話だろう。

「それなら、僕は僕らはこの力をただ隠して理不尽さに耐えて生きていかなければならないんですか?」

もっと普通に生きたい、そんな当たり前な願いを叶えることができないまま。

それは辛いな。

そんな弱音は漏らす事なく、またブランコを漕ぐ。

キィと虚しい音が耳に届き泣きたくなった。

虚しい。

なんだか自分の人生が途端にそう感じられた。

顔を伏せる僕の横で栗見さんはまたブランコを漕ぎ出す。

この人からすると僕の思いなんて大した事じゃないんだろうな。

僕とは違うその精神構造が今だけは羨ましく思える。

そんな憎しみにも近い羨望の眼差しを向けているとブランコを漕ぎながら栗見さんが一つの提案をしてきた。

僕のこの後の人生を決めるほどの大きな提案を。

「神人といっても結局はただに人だからね。千草くんみたいに悩む人は多いみたいだよ。自分の力を持て余している人も多いみたいだし。だからそんな君に提案。神人たちが作った組織があるんだけど、そこに行けば君の力を制御する術があるかもしれない」

その言葉に顔をハッとあげる。

この力がどうにかなるかもしれない、思いもしない希望が突然目の前に湧いた。

喜びのあまり顔がニヤけてしまいそうだ。

「でも、そこは神人たちが織りなす世界いわば一種の異世界。そこに行くということは自ら日常を手放す事にもなる。それでも良いなら紹介してあげるよ」

また挑発する様な笑みを浮かべる栗見さん。

僕は-

「僕はー」



倉咲山にある旧校舎。

古びたその校舎は旧、君園学園の校舎。

今から四十年以上前殺人事件が起きたというその校舎はとある男が廃校の後買い取っていたが今はある女学生にそこの管理を任せてある。

その女学生、栗見綾音は今もここで優雅に午後のティータイムを楽しんでいた。

ティータイムといってもここへ来る途中のコンビニで買ったパックの紅茶を飲んでいるだけだが。

そんな彼女と同室に一人の男がいた。

年齢は30手前ほど。

マッシュルームの様な髪型が特徴的な黒服の男はどこからかの電話をちょうど終了したところだった。

「調べがついたよ。君が紹介してくれた千草明久の母親、彼女から軽度の神核が発見さらたみたいだ」

その知らせを綾音はズズと紅茶を飲み干しながら聞く。

「神人は遺伝的なもの。なるほど千草くんはお母さんからその力を引き継いだんですね。それにしても親がそんな軽度なものなのに息子が能力を発現するほど力を持ってしまうなんて、千草くんからすれば運がなかったですね」

「母親は遺伝的に神人というだけで能力の発言も確認されていない。息子と違いこれまで通り日常生活を送れるだろう。それにしても意外だったな、君が後輩とはいえ他人のを気にするなんて」

皮肉を込めた男の言葉を綾音は気にした風もなく前髪を整えるのに夢中である。

「あのままだと自殺でもしそうな感じでしたからね。人を死に導くなんて面白い力をそんなことでなくすなんて勿体無いじゃないじゃないですか」

クスクスと嗤う少女。

内容さえ微笑ましいものだったら完璧な美少女だというのにとても残念だと男は苦笑する。

男からすればこの少女の歪みなど今更の事なのだろう。

それと同時にこの少女に目をつけられた少年に少しの同情をする。

彼もこれからおそらく数々の奇妙奇天烈な体験をするだろう自分と同じ様に。

中にはとんでもない怪物と出会うこともあるかもしれない。

そんな彼の幸福を男は廃校の窓に広がる青空に祈るのだった。


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死神の誘い 宮下理央 @miyasitario

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