第13話

警察署の門を後にしグッと背伸びをする。

長時間パイプ椅子で事情聴取をされたため腰が痛い。

夜空を眺める。

澄み切った空には雲一つなく、輝く星とその光を一箇所に集めたように光る月がとても綺麗だ。

やっぱり警察の申し出を断って良かった。

改めてそう思う。

警察署から帰る際家まで送ると言う申し出があったがそれは丁寧に断らせていただいた。

今は車でというより歩いて気分を晴らしたかったし何より警察に送られるなんて親になんて思われるか。

心配はなるべくかけたくはない。

それに、まだ話さないといけない相手がいるし。

辺りをキョロキョロと見渡す。

警察署の前でこんな行動をしている僕は不審者だろうか?

「おや、警察署の前で怪しい人物発見。これは通報案件かな?」

そんなからかう声が耳に入る。

「人探しですよ。それなら僕は警察に捜索願いを出します」

そんな冗談を返すと栗見さんはニコリと笑った。

どうやら門の影に隠れていたようだ。

「調子出てきたね。とりあえず歩こうか?」

そう言うといつものように僕の返事もなく歩き出す。

「それでどうだった?初の事情聴取は?」

先を歩く栗見さんはどこへ向かっているのか?

大通りの夜道は街灯や車のライトに照らされて眩しく儚く見えてこの街に越してきて間もない僕にはまるで幻の世界に迷い込んだように感じる。

そんな世界を堂々と歩く栗見さんだけが僕にとっての現実。

そんな馬鹿げた妄想をしたせいで栗見さんから離れるのが不安になり僕は足早に彼女を追いかける。

そんな様子に気づいたのか後ろを歩く僕に首だけを傾けて栗見さんが尋ねる。

僕としてはこんな経験2度とはしたくないのだけれど、今の言い方だと栗見さんの方は初めてではないのだろうか?

まぁ、栗見さんの性格を考えると警察のお世話になったことがあっても特に驚きはしないけれど。

「疲れましたね。ドラマとかで見る重苦しい雰囲気はなかったですけど。それでも警察署にいるってだけで気分が重くなります」

「独特の雰囲気あるからね~私もあの硬っ苦しい感じは苦手」

クスクスと笑いながら言う栗見さんが本当に苦手に思っているのかは僕には分からない。

栗見さんのように隠し続けた秘密を暴くような観察眼を僕は持ち合わせていないから。

「どうして分かったんですか僕の左手のこと?」

直後横を通ったトラックの走行音で声が聞こえなていないか少し気になったが、栗見さんはすぐに立ち止まった。

「立ち話もなんだし、とりあえずそこの公園入ろうか?」

栗見さんが指差す方向にはフェンスに囲まれた土地とその中に街灯に照らされたブランコが見えた。

大通りの空外れた公園には人気はなく僅かに聞こえる虫の音だけが空間を支配している。

もしかしてここを目指して歩いていたのだろうか?

「桐切公園、夜の公園なんて不良の溜まり場なんてイメージあるけどここは昔殺人事件があってね夜はもちろん昼でも人気は無いんだ。まさに天然の結界って感じで、あの旧校舎に続いて私のお気に入りの場所の一つ」

そんな場所を好む貴女はやっぱり変わり者だよ。

声に出さずそうツッコム。

それにしても殺人事件の現場。

この街では過去にもそんな事件があったのかと驚きながら入り口から公園内を見渡す。

こじんまりとした敷地は入り口を除いてフェンスに囲まれた正方形をしており。

入り口から見て正面奥にブランコ、右奥に滑り台、左奥に砂場そして左手前にベンチが設置されている。

どこにでもあるありふれた公園の形だ。

入り口に佇む僕に栗見さんがニコリと笑い端にある滑り台を指さす。

「あそこ、あそこで昔女の子の遺体が発見されたの。幼稚園くらいの子でひどい死に様だったらしいよ。首を括られてお腹は干物みたいに開かれ飛び出した内臓が地面に落ちてそこにカラスが集ってたんだって。まるで鳥葬だね」

そんな最悪の情報を僕に告げると栗見さんは公園へ入る。

「おいでよ。質問に答えてあげるから」

本当に嫌な人だ。

キッと栗見さんのことを睨みつけるが、僕の無言の抗議などどうでもいいと言うようにスタスタの前方のブランコに腰を落としゆらゆらとこぎ出す。

まったく嫌になる。

ため息を吐きつつ僕も隣のブランコに腰を下ろした。

ブランコなんていつぶりに乗っただろう?

僕も少し童心に帰ったのか少しだけブランコを漕いでみる。

キィキィと支えの鎖が耳に響く。

「私が千草くんの左手に注目したのは初めて会った時からだよ」

僕が無心にブランコを漕いでいると隣の栗見さんがまるで独り言のように呟いた。

「えっ?」

「気をつけてるみたいだけど、所々で本当は左利きなのに右利きに矯正したのが見て取れていたからね。ドアを開ける時とか重いものを持つ時に」

「それで最初左手で握手を求めてきたんですね」

「そう、でも千草くんはそれを拒絶した。それで思ったんだ左手に触れられたく無いのかなって。本当に嫌だったのは握手だって気づいたのは桐子は握手した後だったけど」

そう、アレは僕の不注意だった。

左手で誰かに触れるには注意していた筈なのに、山村先輩の毒気のない笑顔につい気が緩んでしまった結果がアレだ。

「ああ見えて桐子はめざとくてね、千草くんが左利きなのもすぐ気づいたみたいだった。社交性も高かったからねあんな感じですぐに握手もする。まさかあの後千草くんが気絶するとは思わなかったけど。聞いていいかい?左手の握手、これになんの意味があるの?」

ついに確信をつく質問が来る。

僕は左手を眺める。

長い間この左手に悩まされてきたけれど、このことを人に話すのは今回が初めてだ。

少しの緊張を孕み僕は口を開いた。

「この手は呪われてる。僕の左手と握手した相手は死ぬんです。それが僕の秘密です」

その告白を聞いて栗見さんはどう思っただろうか?

くだらないと呆れるだろうか?

それならそれでいい。

それが普通の反応だ。

けれど帰ってきた言葉は、

「そう」

その一言だけ。

後はしばらく沈黙が続いた。

どう思ってるんだ?

妙な反応に横に居る栗見さんの顔が見れない。

「信じられないですよね、こんな話。馬鹿げてるでしょ」

そう自虐気味に栗見さんの方を見ると栗見さんは真っ直ぐにこちらを見ていた。

その視線に耐えかねて目を逸らす。

「でも本当のことなんです。物心ついた頃から僕の周りには死がありした。この左手が多くの命を奪ったんです」

初めに思い出すのは幼稚園の頃。

今はもう名前も思い出せない同じ幼稚園に通う近所の女の子。

その子と手を繋いで幼稚園へ向かってる時、暴走した軽トラがこちらへ突っ込んできて。

不思議と僕は無傷で隣にいたあの子はタイヤに巻き込まれて死んだ。

引きちぎれたその子の手を僕は左手で握っていた。

次は小学校の頃、キャンプの帰り僕らの乗っているバスが事故って12の子供が死んだ。

不思議と死んだのはみんな女子でそれ以外の子供は無傷か軽症で済んだ。

そして死んだのは12人はキャンプの時、フォークダンスで僕と手を繋いだ子達だった。

思い返せば他にも僕の周りではたびたび人が死んだ。

流石におかしいと真剣に悩んでいた頃、話を聞いてくれた部活の顧問がただの偶然だと笑って元気付けてくれたけど、その顧問も僕と握手をした瞬間心臓麻痺で亡くなった。

そして気づいた死んだ人たちはみんな僕の左手と手を繋いだ人たちだと言う事に。

信じられなくて実験もした。

人間でするのは恐ろしすぎて、最低な事だけど近所の野良猫で試した。

近所には野良猫がいっぱいいたから。

そのうちの一匹に左手で触れてみる。

一週間経っても猫は元気だ。

コレは予想の範囲だった。

左手で人に触れるなんて左利きの僕にはよくあったけど、それに対しては死人の数が少な過ぎたから。

だから次にその猫の手を左手で握ってみた。

驚いた猫は僕から逃げ出して車道へ飛び出しその瞬間車に轢かれて死んだ。

その光景を僕は冷静に眺めて確信した。

僕の左手のと手を繋いだものは人動物関わらずみんな死ぬんだという事を。

それ以降僕は人と手を繋ぐ事をただ必死に避けてきた。

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