5ページ目 返事と悩み

 ――ということだったよね!?


 え、な、なに!? どういうことなんですか!?


 た、たしか、わたしが指定場所に行ったら、なぜか麻柚葉先輩がいて、誰かと待ち合わせかなー? なんてのんきに考えていたら、まさかのお手紙の相手が麻柚葉先輩だとわかって……え? え!?


「あ、あああああのあのあのあのあの…………だ、誰かと勘違いしている、なんてことはない……ですか?」

「む、どうしてそう思うのかな?」

「だ、だって、わたしみたいなちんちくりんのことが好きになる人なんていないと思いますしそもそも女の子なのにわたしを好きになってくれる人なんていないと思いますしそれに麻柚葉先輩みたいに綺麗で大人な雰囲気を持ってるすごい人がわたしを好きになるはずがないと思って……」

「……いや、私は君のことが好きなんだ」

「う、嘘、ですよね……?」

「なぜそこまでして疑うのかはわからないが……本気なんだ。だから、本気で交際を申し込んでいる」

「……」


 あ、あの、全生徒の憧れの、麻柚葉先輩がわたしのことを……?


 ぎゅ~~~~っ、と頬を引っ張ってみると……


「いはい……」


 痛みがありました。


 我ながら、なんともベタな方法だなぁ、なんて現実逃避気味に考えていると、麻柚葉先輩がいつもの凛とした表情をしつつも、どこか不安と期待に揺れる様子も併せ持った表情を浮かべながら言いました。


「急かすようで申し訳ないが……返事を聞かせてもらえないだろうか?」


 と。


 ……へ、返事……返事、ですか。


 ……よ、よく考えるんです、わたし!


 相手は全校生徒の憧れの麻柚葉先輩。


 本来、わたしなんかじゃ釣り合わない人。


 その上、わたしと同じ女の子。


 現実的に考えれば、何かの罰ゲームとかドッキリとかだと思いますけど……


「……」


 この真剣な眼差しを見る限り、絶対にそういうものではないと思えて来ます。


 多分、本気、なんでしょうね。


 だからこそ、真剣に考えないといけません。


 …………わ、わたしとしては、普通に付き合ってもいいかな、とは思うんですけど、わたしはまだ麻柚葉先輩との付き合いはかなり短いです。


 関わり合いだって、廊下ですれ違った時にちょっとした世間話をするくらいですし……。


 むむむぅ~~~……。


 ……とりあえず、


「えと……わたしは麻柚葉先輩のことをあまりよく知らないので……」


 と、ここまで言いかけたところで、麻柚葉先輩が目に見えて落胆の様子を見せました。


 あわわっ!


「あ、べ、別に断るわけじゃなくて……えと、えと……お、お友達からでお願いしますっ!」


 麻柚葉先輩が酷く悲しそうだったので、わたしは慌ててそんなことを口走っていました。


 ……わ、わたし、なんてベタな返しをしたんだろう……?


「い、いいのかい?」

「は、はい。えと……ま、麻柚葉先輩さえよければ、ですけど……」

「……いや、ありがとう! 嬉しいよ!」

「――っ!」


 麻柚葉先輩が普段見ることのない満面の笑みでお礼を言ってきました。


 それがあまりにも魅力的で、わたし好み笑顔で……思わず、顔を真っ赤にして顔を逸らしてしまいました。


 はぅぅっ、み、魅力的すぎるよぉ~……!


「どうしたのかな?」

「あ、い、いえっ! ちょっと目にゴミが入ってしまい……」

「む、それはいけない。君のその綺麗な瞳にゴミが入るのは、看過できないな。ちょっと見せてくれないかな?」

「ふぇ!?」


 くいっと顎を持ち上げて、わたしの目を覗き込んできました。


 はわわわわっ! ち、近い! 近いよぉ!


 しかも、い、いい匂い……。


 うぅ、綺麗な人って、匂いもいいのかなぁ……?


「……うん、大丈夫そうだね。……っと、すまない。顔を近づけて過ぎた。不躾だったかな?」

「い、いえっ、大丈夫です! ……むしろ、ちょっと嬉しかったと言いますか……」

「ん、何か言ったかな?」

「あ、え、えっと、こ、こっちのことです!」

「ふふ、そうか」


 はわ~……どうしよう、本当に綺麗な人過ぎますよぉ……。


 やっぱり、麻柚葉先輩はすごいなぁ。


「……っと、そろそろ行かなければ」

「あれ? どこか行くんですか?」

「まあね。ちょっとした私用さ。行きたい場所があって、そこに行くんだ。毎週五回、欠かさず行く場所でね。私のお気に入りの場所なんだよ」

「へぇ~、そんな場所があるんですね。いいところなんですか?」

「それはもう、とてもね。……それじゃあ、私はそろそろ失礼するよ」

「あ、は、はいっ。えと、お、お気をつけて」

「君の方こそね。……さっきの返事、とても嬉しかったよ」

「あ、い、いえ。わたしの方こそ、好きだと言ってくれて嬉しかったですよ」


 今にも爆発してしまいそうなほど、心臓がすごい速さで鳴っているのを努めて無視して、わたしは心の底からの笑顔を浮かべ、麻柚葉先輩にそう言いました。


「――っ。君は、本当にいつも、天使みたいだね」


 かぁっ――と顔を赤くさせた麻柚葉先輩は、片手で顔を覆いながら、少しだけ声を震わせました。


 て、天使って……。


「あぁ、そうだ。これ、君に渡しておくよ」


 不意に、制服のポケットから何かの紙きれを取り出すと、わたしに手渡してきました。


 なんだろう? これ。


 そこには、小文字のアルファベットと数字で構成された文字列が書かれていました。


 見たところ、何かのアドレスみたいだけど……。


「これは?」

「私のLINNのIDさ。友人から始めるのであれば、連絡先の交換は当然だと思うからね」

「……え、い、いいんですか!?」

「もちろん。私が好きでしていることだ。できれば、登録してもらえると、私は嬉しい」

「しますっ! 家に帰ったらすぐにしますっ! なんでしたら、今ここでしてもいいくらいですっ!」

「そこまで食い気味にされるとは思わなかったな。……まあ、そうやって前向きな反応を示してくれると、私も嬉しいけどね。……っと、いけない。そろそろ行かなければ。では、また明日、学園で会おう」

「あ、はいっ! また明日、です!」

「あぁ。それでは」


 そう言って、麻柚葉先輩は去って行きました。


 その背中は、今にもスキップしてしまいそうなほど、歓喜に包まれていたような気がしました。


「……あ、わたしも優香ちゃんの所に行かないと!」


 ぽーっと去って行く麻柚葉先輩を見送ってから、わたしは待たせている親友の優香ちゃんのことを思い出して、たたっと走って校門へ向かうのでした。



「優香ちゃーん!」


 嵐のような時間の後、わたしは歓喜の気持ちを隠そうとしないで、優香ちゃんのところへ走りました。


 校門に背中を預けてスマホを弄っていたけど、わたしの声に気が付くとスマホをポケットにしまって手を振ってくれました。


「お待たせっ」

「待ってたよ。すっごい嬉しそうだけど……とりあえず、カフェに行こっか。そこで話を聞くってことで」

「うんっ! 楽しみ~」



 優香ちゃんと一緒に、今話題になっているお店へ。


 お昼時に引っかかってはいたけど、幸いすんなり入ることができて、わたしたちは早速件のパンケーキを注文。


 軽い雑談をして待ちました。


 大体十分くらいでパンケーキと飲み物が来て、早速食べる。


「あー……んっ。んっ~~~~! 美味しいっ!」

「うんうん、これは美味しいねぇ」


 一口口に入れると、すっと溶けるように消えて、優しい甘さが口いっぱいに広がりました。


 その美味しさに、思わず子供のように手足をバタバタさせちゃったくらいです。


 このパンケーキ、すごいっ!


「優香ちゃん、よく知ってたね、このお店」

「ふふん。あたしは情報通だからね。お客さんからこういう情報をもらってるの」

「あ、なるほど。そういえば優香ちゃん、よくお客さんと話してるもんねっ」

「そそ。おかげで、美味しいお店とか知れるんだよねー。隠れた名店とか」

「おー。わたしも訊いたら教えてもらえたりするかな?」

「教えてもらえるんじゃない? ノエル可愛いし、マスコットみたいだから」

「むむぅ~……もしかしてわたし、お店のお客さんから、そー思われてるの?」

「そうだね」

「あぅ……そっか……」


 わたし、どこへ行ってもマスコットとしか思われてないのかなぁ……。


 ちっちゃいし……。


 顔立ちだって、自分で言うのはなんですけど、可愛い系から変わりませんし……。


 綺麗系の人が羨ましい限りです。


「あれ? 落ち込んでるように見えて、いつもより全然ダメージなさそうだね。何かいいことあったの?」


 あまり落ち込んだ様子に見えなかったみたいで、優香ちゃんが不思議そうにしていました。


「あ、そうだったっ。聞いて聞いて、優香ちゃんっ」

「う、うん、どうしたの? 随分テンション高いけど」


 いきなりテンションが高くなったわたしを見て、優香ちゃんがちょっと引きました。


 あ、いけないいけない。


 もうちょっとテンションを抑えて……。


「じ、実はね、実はね……」

「うん、実は?」

「……告白されちゃったのっ!」

「あ、やっぱりラブレターだったんだ。ノエルがそんなに嬉しそうにするっていう事は、女の子だったの?」

「うんっ」

「へぇ~、よかったじゃん、ノエル」


 優香ちゃんはすごく優しそうな笑顔でそう言ってくれました。


 昔から知っていたから、こういう時自分のことのように喜んでくれて、わたしはいいお友達を持ったんだなぁ、ってとっても嬉しい気持ちになります。


「それで、相手は?」

「麻柚葉先輩っ!」

「へぇ~、麻柚葉先輩………………え、麻柚葉先輩!?」


 しばらく微笑んだ優香ちゃんだったけど、それから少しの間を空けて素っ頓狂な声を挙げました。


 あ、驚いてる。


「うんっ、麻柚葉先輩!」

「じょ、冗談ではなく?」

「ほんとだよっ!」

「幻でも、嘘告白でも?」

「うんっ、全部現実だったよ!」

「ま、マジかー」

「マジです!」

「そっか……あの麻柚葉先輩にね…………ふふっ、よかったね、ノエル。じゃあ、付き合う事にしたの?」


 驚き顔から一転して、にこにこ顔を浮かべてそう訊いてくる優香ちゃん。


 その質問を受けたわたしは、一瞬うっ、と言葉を詰まらせました。


「あれ? もしかして……OKしなかったの!?」

「じ、実は……そ、そーなんです……」

「何やってるのノエル! ノエル、ずっとそういう人と付き合いたいって言ってたじゃん」

「あぅっ、そ、そーなんだけどぉ~……」

「そうなんだけど、何?」


 あぅぅ、なんだか責められてるみたいだよぉ……。


 しかも、優香ちゃん目がマジだし……。


「……え、えと……ま、まだ麻柚葉先輩のこと、わかってないから、えと、あの……お、お友達から、って……」

「なるほど……ノエルらしいというかなんというか……で、先輩は落ち込んだ?」

「う、ううん。最初、わたしが断り文句みたいなことを言った時は落ち込んでたんだけど、慌ててお友達からって言ったら、とっても嬉しそうにしてたよ! もうね、わたしの心にずきゅんっ! って!」


 その時のことを思い出して、身振り手振りでわたしの嬉しい気持ちを伝えました。


「あー、はいはい。それほど嬉しかったんだねー、おめでとー」

「あ、あれれ? なんで優香ちゃん、適当なの……?」


 そしたら、なぜか呆れ笑いのような顔と一緒に、適当な言葉で返されました。


 なんで?


「いやさ……あんなに付き合いたい、みたいな感じのノエルが、まさか『お友達からお願いします!』なんて、定番のセリフを言うとは思わなくてねぇ。そこはさ、『ぜひぜひお願いしますっ!』くらい行った方が良かったんじゃないの?」

「あぅっ」

「ノエルってば、昔から変なところで押しが弱いし。逃げられちゃうかもよ?」

「はぅあっ!」

「そうならないために、OKしちゃったほうが良かったんじゃないの?」

「はぅぅぅっ!」


 容赦のない優香ちゃんの正論に、わたしは胸を抑えた。


 た。たしかに、わたしはその……押しには弱いかも……。


 相手を優先しちゃうあまり、自分が疎かになっちゃうと言いますか……うぅ。


「……まあでも、ノエルの気持ちはわかるけどね」

「……優香ちゃん」

「まだよくわかっていない相手に告白されて、いきなり『OKです!』なんて言うのは相手が好きだったか、もしくは誰でもいいかの二つだしねー。けど、今回のは世間一般的に見ればかなり特殊だし、相手だって本当は騙しているのかも? なんて思いそうだしね」

「う、うん、実はそーなの……。だ、だって、わたしはともかく、会長さんがその……わたしと同じように、同性が好き、なんて思わなかったんだもん……」


 文武両道、才色兼備で、男女問わず人気な麻柚葉先輩だからちょっと予想外と言いますか……。


 むしろ、想像できた方がすごい気がするし……。


「んー……ねぇ、ノエル」

「……なぁに?」

「先輩が告白してきた、ということで一つ確証が持てたことがあるんだけど」

「確証?」

「うん。それがさ、先輩にはある噂があってね。それも、それなりの信憑性があるみたいで」

「噂? わたし、聞いたことないけど……」

「まあ、ノエルはあんまりそういうのに興味ないしね」

「噂は噂だもん」


 それ以上でも、それ以下でもないです。


 でも、火のない所に煙は立たぬ、とも言うし、何かあるのかな?


「それでそれで、噂ってなぁに?」

「どうやら先輩、百合趣味なんじゃないか、っていう噂があったの」

「……ふぇ? そーなの?」


 優香ちゃんの口から出てきた噂の内容に、わたしは思わず面喰いました。


 だって、あの凛とした美人さんな麻柚葉先輩が、百合趣味だなんて……って思っちゃうし……。


「そうみたいでね。なんでも、微妙に男子と女子で雰囲気の柔らかさが違ってたみたいなんだよね。他にも、カバンの中から百合系のマンガやラノベが見つかったとか」

「わわ、それはたしかに噂になりそう……」


 生徒会長っていう肩書だし、そういったことが少しでも露呈すれば、噂になっても不思議じゃないね。


 一般の生徒さんだったらそうでもないのかもしれないけど、有名な人ともなれば話は別。


 噂は立ちやすい。


「でも、それはあくまで噂だったんだけど……今回、ノエルに告白してきたっていう事は、どうやら今までの噂は事実だったみたいだね」

「……かも、しれないね」

「だからまあ、相手がノエルと同じ恋愛対象、って言う部分は結構信憑性高いかもね。実際、実行に移してるわけだし」

「……うん」


 優香ちゃんの言う通り、わたしへの告白を考えたら本気に思えます……。


 だって麻柚葉先輩、とっても真剣な目をしてたもん。


 きっと、すごく勇気を込めてしてくれたんだと思うし……。


 そう考えたら、すごく嬉しい。


 ……でも。


「というわけで……ノエルは今後、友達付き合いから始めるんだよね?」

「うん。そのつもりだよ。それに……」

「それに?」

「……アヤ様もその……気になってるし……」


 わたしは、告白を受けなかったもう一つの理由を話しました。


「あー、ノエルの常連のナイト」

「うん。だから、ね。わたし……迷っちゃってて……どーしたらいいかなぁ、って」


 たしかに、会長さんから告白されたことは、今までのわたしの人生で一番嬉しい出来事でした。


 でも……わたしは、アヤ様にも惹かれちゃってて……。


 アヤ様はいつもわたしに会いに来てくれます。


 店長さんたちも言っていたけど、ああしていつも来てくれる人はかなり稀だそうです。


 だからこそ、わたしは幸運なんだって。


 もちろん、プレゼントを貰ってるから、とか、わたしに貢いでくれるから、なんて理由で惹かれたわけじゃなくて、顔は見えないけど、優し気な微笑みとか、いつも助けてくれる王子様みたいな性格だから、わたしは惹かれたわけなんです。


 お金じゃなくて、性格です。


 お店で会うだけの関係とはいえ、アヤ様との関係は一年も続いてるからこそ、惹かれちゃってると言いますか……。


 うぅ、わたしはどうすれば……。


「なるほどねぇ。…………まあ、どちらも同じように接してみればいいんじゃない?」

「それじゃあ、二股かけよーとしてるみたいだよ……?」

「そうはならないと思うよ、あたしは」

「そ、そー?」

「うん。迷うからこそ、お互い同じように接するしかないんじゃないかな? そうやって、自分の気持ちを確かめることで、どっちが好きかハッキリすると思うんだよね」

「な、なるほど」

「だからさ、どっちも同じように接してみればいいと思うよ」

「…………うん。わかったよ。そうしてみるっ」

「そうそう。その意気! じゃあ、ちゃちゃっと食べて、バイトに行かないとね」

「うんっ!」


 お仕事のためにも、腹ごしらえだねっ!

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割とありふれてるただの百合物語 九十九一 @youmutokuzira

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