4ページ目 ラブレターからの告白

 麻柚葉先輩に対する疑問はありつつも、お仕事の方は順調。


 気が付けば一学期の期末テストを乗り越え、なんとか無事に夏休みへ。


 その間と言えば、


「やぁ、のえるちゃん」

「あ、アヤ様! おかえりなさいませ!」

「いつものをお願いしたいんだが、大丈夫かな?」

「はいっ! 甘々コースですね! では、こちらへどうぞ!」


 いつもアヤ様が来てくれて、わたしを指名してくれていました。


 アヤ様が来るようになってからすでに二ヶ月半ほど経過していて、その間にかなり打ち解け他結果、アヤ様はわたしのことを、さん付けから、ちゃん付けに自然と変わっていました。


 わたしも、その方がなんだか嬉しかったので、むしろ歓迎しましたけどね!


 綺麗な女の人にちゃん付けされるのって、結構嬉しいものです。


『いやー、のえるちゃんが入ってから二ヶ月半。初指名時から、マジもんの常連だよな~、ナイトは』

『だな。オレ、メイド喫茶で『いつもの』って頼んで伝わる人、初めて見たわ』

『ってか、それ以前にのえるちゃんが出勤する日は欠かさず現れて、確実に甘々コースを注文していくし、しかもプレゼントも週一ペースで用意してる時点で、ナイトの財力が気になるんだが』

『『『それな』』』


 そんな常連さんたちの会話が聞こえて来て、たしかに、とわたしも思いました。


 この二ヶ月半。 常連さんの言う通り、アヤ様は必ずわたしが出勤する日に現れて、その上このお店で一番高額な『甘々コース』を注文していきます。


 わたしとしては、アヤ様と一緒に過ごせるからとっても嬉しいんですけど、言われてみれば、財力が謎。


 見た感じ、最低でも高校生くらいに見えるんですよね、アヤ様って。


 ちなみに、『甘々コース』は六千円です。


 指名料もその内に含まれていて、その内一部が指名された人のお給料に上乗せされます。


 わたしはアヤ様というお得意様がいるので、最初のお給料が平均より多いそうです。


 ……わたしも、ちょっとびっくりした金額が振り込まれてて、思わずミーナさんに『間違いじゃないんですか?』って訊いちゃったくらいです。


 ……っとと、話が逸れました。


 一回の注文で、六千円もするのに、それをわたしの出勤日に必ず注文をしてくるのって、よくよく考えたら結構異常なんじゃ……?


 だってわたし、基本的に周五日で入れてるんですよ……?


 しかも、常連さんが言ったように、週に一回はプレゼントを用意してきますし……。


 わたしを指名してくれるのは嬉しいし、プレゼントもすごく嬉しいんだけど……さすがにこの頻度は心配になっちゃいます。


 ……ちょっとだけ訊いてみよう、かな。


「あの、アヤ様に訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ん、ああ、構わないよ。何でも訊いて欲しい」


 よかった、問題なさそう。


「ありがとうございます。……えっと、ですね。その、アヤ様って、いつもわたしを指名してくれてるじゃないですか?」

「そうだね」

「しかも、週に一回、プレゼントも持って来てくれますし……」

「そうだね」

「……だから、無理をしているんじゃないかな、って、心配になっちゃいまして……」

「心配? ……あぁ、金銭的なことかな?」

「は、はい。えと、どう、なんですか? も、もしかして、借金してる、とか……」


 心の底から心配していることなので、ストレートに尋ねてみました。


 アヤ様は一瞬だけきょとんとしましたけど、すぐにふっと笑みを浮かべました。


「あぁ、なるほど、そう言う心配をしていたんだね。ふふっ、のえるちゃんは優しいな。でも、大丈夫だよ。全部私のポケットマネーさ」

「ほ、本当、ですか?」

「本当だよ。……こう見えて、私の家は由緒ある家柄でね。そうだから、と言うわけではないのかもしれないが、世間一般的に言う、社長なんてものを父がしているんだ。そんな父だから、私も家業が気になったし、何より自分でお金を稼ぎたいと思った私は、高校生になってから家業を手伝っているんだよ。そして、それで得たお金を、投資で増やしている、というわけさ」


 なんて、何でもない風でそう言ってきました。


 ……え、な、なんですか、そのハイスペックっぷりは。


 家はお金持ちで、お父さんとかからお金をもらっているわけじゃなくて、お仕事を手伝うことでお金を稼いでるの……?


 この発言で、周囲のお客様方もざわついています。


 ……ま、まって? アヤ様って、いくつ、なんだろう?


「あ、あの、アヤ様って、おいくつなんですか……?」

「私? 私は十七だぞ」

『『『!?』』』


 アヤ様の口から飛び出した情報に、お店の中がさらにざわついた。


 ……も、もしかしてわたし、とんでもない人がお得意様になってる、の?


「お、驚きました……。一個上、なんですね」


 アヤ様の衝撃発言から最初に口に出た言葉はこれでした。


 …………ま、まあ、お金があるからなんだ、っていうお話、ですからね。


「と言うことは、のえるちゃんは十六歳なのかい?」

「そーですよ。高校一年生になってから、そんなに経ってないぴちぴちの十六歳です!」

「ふふ、ぴちぴちか。のえるちゃんくらいの容姿だと、それよりも下に見られるのではないかな?」

「……まあ、そうですね」

「あぁ、拗ねないでほしい。別に、バカにしているわけじゃないんだ」


 ぷくぅっ、と頬を膨らませて拗ねたように話すと、アヤ様はちょっとだけ慌てた様子を見せて、すぐに訂正しました。


「じゃあ、どうしてですか?」

「前も言ったかもしれないが、私としてはのえるちゃんのような人が羨ましくてね」

「あ、そういえば前に言ってましたね。たしか、自分は平均よりも背が高くて、口調も堅いから、可愛いものが似合わない、とかなんとか」

「そう。私はそう言うとは無縁でね。だからこそ、そう言った可愛らしい物が似合うのえるちゃんが羨ましいんだ」

「な、なるほど」


 ……あれかな、わたしが背が高くて綺麗な人に対する羨望と同じ感じ、かな?


 意外と、アヤ様も苦労して来たのかも。


「それに、家の方針で少し武術の心得があってね。下手な男の人よりは強いと自負している」

「わ、それはすごいですね!」

「そうだろうか? 私としては、女としてどうなんだろう? と思うんだが……」

「いえいえ! わたしはアヤ様の人の方が好きですよ! カッコいいですし!」

「……そ、そう。そう言ってくれると嬉しくなるな」


 かぁっ、とちょっと頬を赤くさせながら、嬉しそうに笑うアヤ様。


 わわ、なんだか見惚れちゃう……。


 眼鏡と帽子であまり素顔はよくわからないけど、やっぱりアヤ様って綺麗。


 どこか凛とした雰囲気があったのは、家がお金持ちだから、なのかな?


「まあ、最初こそ、後ろ向きな気持ちにはなったが、今ではのえるちゃんが困っている時に助けられるし、こんな育て方をしてくれた両親には感謝しているけどね」


 パチッ、とお茶目にウインクされた。


 ズキュン!


 ……うん、普段は少し堅い話し方の綺麗な人が、お茶目にウインクすると、なんというか……ギャップ萌えが……。


 ど、どーしよう。ちょっとドキドキする!


 や、やっぱり美人な人はすごい……。


 なんて、わたしが思っていたら、


 く~……


 という、可愛らしい音が鳴った。


「あぁ、すまない。どうやら私の体が食事を欲しているらしい。早速作ってきては貰えないだろうか?」

「あ、はいっ! すぐにお持ちしますね!」


 いけないいけない。


 お客様であるアヤ様を待たせるのはまずいですしね!



 こんなことがあったり。


 ちなみに、この一件の後、さらにアヤ様と仲良くなりました。


 どーしよう、ちょっとずつアヤ様に惹かれている自分がいる気がします……。


 なんて思う、涼しくなった秋の日。


 ただ、本当に好きなのかはわからないですし、何より仲のいいお友達感覚なんじゃないかな、アヤ様って。


 だからこそ、わたしは我慢をしないといけないのです。


 それに、麻柚葉先輩にも惹かれちゃってると言うか……。


 実は、二学期が始まってからと言うもの、ちょこちょこ麻柚葉先輩とお話をするようになったんです、わたし。


 廊下で挨拶をするだけの関係だったんですけど、今ではほんのちょっとだけ、世間話的なことをしたり、学業のことを話したりなどなど、色々。


 うーん、わたしって惚れっぽい、のでしょうか?


 それかもしくは、浮気性?


 ……いやいや、さすがにない、よね?


 そもそも、今まで恋なんてしたことないもん。


 わかりっこないから、多分気のせいでしょう。


 と、まあ、わたしの日常はちょっとずつですけど、こうして変化しているんです。



 それからもアヤ様との関係は続きつつ、学園では麻柚葉先輩と日常会話をしたりと、わたしとしてはかなり充実した生活だと思います。


 好みな人と一緒にいられるのって、結構幸せだもん。


 ……なんて思うわけですけど、やっぱり、わたしみたいなちんちくりんに好かれるのは、アヤ様としても嫌なんだろうなぁ……。


 九割九分九厘諦めているわたしは、少しの未練を残しつつも、そのまま生活しました。



 そうして、入学してから一年が経過し、二年生に進級したその日。


 それは起きました。



 今日と言う日は、春休み明け最初の登校日で、始業式と入学式が行われる、一年の最初の日とも言えます。


 しかも、今年から二年生になるので、結果として、先輩と後輩が同時にいる立場、となるわけです。


 とは言っても、わたしは初見で先輩と思われることはないので、結局去年と変わらないんですけどね……。


「ノエルー! ……何してるの?」

「あ、優香ちゃん。えと、自分の不運な運命を嘆いていた、かな」

「先輩に思われない、っていうあれ?」

「それです」


 さすが優香ちゃん。


 長年一緒にいるだけあって、わたしの嘆きはお見通しらしいです。


 すごい。


「まあ、言えばわかってくれるし、大丈夫だよ!」

「……そーだといいんだけどねぇ……」


 過去に、『飛び級ですか?』としょっちゅう訊かれるわたしとしては、そう思ってくれる人はいないんだろうなぁ、ってマイナスに考えちゃいます。


 やっぱり、身長は大事だよ……。


「とりあえず、帰ろ帰ろ! あたし、行きたいところがあるんだー」

「うん、帰ろ」

「じゃあ、行こう! 美味しいパンケーキのお店ができたからね!」

「わ、それは楽しみ!」


 パンケーキ!


 自分で作ったりするけど、やっぱりプロのものが食べたくなるわけですからね!


 どんなお店かな?


 思わずスキップしてしまいそうなほどにうきうきなわたしは、周囲から来る生暖かい視線には気づきませんでした。



「でね、そのパンケーキがかなりふわふわで」

「ふむふむ。優香ちゃんのお話を聞いてたら、お腹空いてきちゃった。早く行こ……って、あれ?」


 パンケーキのお話をしながら昇降口へ行き、自分の下駄箱(運が悪いことに一番上。でも、わたし専用の踏み台があるので問題なしです)を開けると、何か手紙らしきものが入っていた。


「これって……」

「どうしたの? ノエル。……って、それってラブレター?」

「なのかな……?」


 わたしが手にしている手紙を見て、優香ちゃんは不思議そうな顔をした。


 ただ、優香ちゃんが言うように、どうやらラブレターみたい。


 だって、ハートのシールで留められてるんだもん。


 今時こんなにベタなラブレターってあるんだ。


「……ノエルに渡すとなると、相手はロリコン……」

「何か言った?」

「いえ、なんでもないです!」

「それならいいです。……とりあえず開けるね?」

「うん、あたしも見たい」


 興味津々と言った様子で、手元を覗く優香ちゃん。


 優香ちゃんに見られつつ、わたしはシールを剥がして中の手紙を取り出した。


『十一時半に、学園裏の桜雨通りに来てください。大事なお話があります』


「……シンプル」

「みたいだね。……でも、この筆跡、男の子じゃなさそう」

「うーん……たしかに、そう……かも?」


 優香ちゃんの言う通り、わたしの下駄箱に入っていたラブレターらしき手紙に書かれた文字を見る限りだと、あんまり男の子が書いたっていう気がしないんです。


 ちょっと丸っこくて、かなり綺麗な文字と言いますか……。


 や、もちろん、そういう筆跡の男の子がいるかもしれませんけど……正直な話、男の子がハート型のシールで封をするのって……ほとんどないと思いますし……。


 そうなると、相手は女の子、になるのかな?


 でも……


「結構簡素だよね。こう言うのって、大抵はもっと書かれてると思うんだけど……これを書いた人が、結構合理的な人なのかも?」


 優香ちゃんの言う通り、内容は本当にシンプル。


 場所と時間、目的しか書かれていないタイプ。


 でも、物語に出てくるラブレターって、こんな感じのものが多いと思うし……どうなんだろう?


「それで、ノエルはどうするの?」

「もちろん行くつもりだよ? せっかくこうしてお手紙を書いてくれたんだもん。それに……相手が女の子だったら、かなり嬉しいし……」

「そっちが本音だね?」

「だ、だって……」

「うんうん、わかってるよ。ノエルちゃんは、女の子の方が好きなんだもんねー?」


 うぅ、この何でもわかってるよー、と言わんばかりの生暖かい表情を向けられると、ちょっと恥ずかしくなるよ……。


「じゃあ、あたしは適当に校門の辺りで待ってるよ」

「うん、ごめんね」

「いいよいいよ。あたしとしても、ノエルが幸せになれる道を歩んでくれれば、って思ってるしね」

「優香ちゃん……」


 どうしよう……優香ちゃんが、本当にいい人過ぎで泣きそうです……。


 どこかのガキ大将さんみたいじゃないですけど、思わず『心の友よー』なんて言っちゃいそうです。


「とりあえず、女の子だといいね」

「理想はそうだけど、多分男の子じゃないかなぁ」


 むしろ、それが普通なんだから、女の子が来るわけないよね。


 仮に、同じ学園に、わたしと同じ同性愛者の人がいたら、相当びっくりする自信があります。


 どういう確率してるの? って思うもん。


「まあ、どちらにせよ、頑張ってね」

「うん! ……って、頑張るのはわたしよりも、相手の人だと思うけどね」

「あはは、そうだね。……じゃあ、あたしは先に言って待ってるねー」

「すぐに追いつくからー!」

「ゆっくりでいいよー!」


 気を遣ってくれたのか、最後にそう言って優香ちゃんは校門の方へ走り去っていきました。


「……うん、行こう」


 男の子でも、女の子でも、告白されるとわかると、ドキドキしちゃうね。


 ……どんな人なんでしょうか?


 不安と期待を抱きながら、わたしは待ち合わせ場所へと向かいました。



 そして――


「あなたのことが好きだ。私と、付き合ってくれないだろうか?」


 と。


 待ち合わせ場所にいた人――麻柚葉先輩が、シンプルでありながら、それでいてストレートに気持ちを、告白と言う名の好意を伝えるセリフを、わたしに向かって言ってきました。

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