3ページ目 日常のちょっとした変化
それからと言うもの、わたしが出勤する日には、必ずアヤ様が来てくれるようになりました。
所謂、お得意様というものですね。
ニーナさんや、先輩の人たち曰く、新人で早速お得意様ができるのは珍しい事らしくて、ラッキーだって言ってました。
さらに言えば、それが同性の相手であることも含めると、さらにラッキーなのだとか。
そうなんだー、くらいに思っていたわたしだけど、同性のお得意様ができたのは素直に嬉しいことです。
……そう思うのには、ちょっとした訳があるんですが……。
と、そんなわたしのお得意様的存在なアヤ様は、お店の常連さんたちにも覚えられていて、
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「ノエルさんを指名したいのだけど、空いている?」
こんな風に、来店すると同時にわたしをすぐに指名することもあり、
『お、早速ノエルちゃんの信者が現れたぞ!』
『おー、ナイトだナイト!』
『ほんと、ナイトはノエルちゃん一択だよな~』
ちょっとした有名人になっていました。
常連さんたちの間では、アヤ様は『ナイト』と呼ばれていたりします。
理由は色々あるんですけど、一番大きい理由としては、わたしに危害……というか、痴漢のようなことをしようとしてくる人がいると、
「何をしている。その人にいかがわしいことをしようとするんじゃない」
その人の手を掴み、思いっきり捻り上げるんです。
そして、痴漢のようなことをしようとした人は、慌てて逃げていく、と言った感じです。
その時のアヤ様はちょっと怖い顔をするんですけど、わたしから見ればカッコよく見えちゃうんですよね。
いい人です……。
その他にも、わたしが転びそうになると、
「大丈夫? 怪我はないかな?」
「あ、は、はぃ、だ、大丈夫れす……」
腰に手を回して抱きとめてくれるんです。
凛とした雰囲気で、いかにも美人さんといった風貌のアヤ様なんですけど、中身はかなりイケメンなんです。
下手な男の人よりもカッコよくですね、ついつい好きになっちゃいそうで……。
も、もちろん、相手に迷惑がかかるからしないんですけど!
「ふふ、それならよかった」
な、なんて素敵な笑顔……。
き、気をしっかり持たないと……!
……とまあ、このようなことがよく見られるため、アヤ様は『ナイト』と呼ばれているんですね。
わたしとしても、そういう風に思っちゃってたり。
だって、カッコいいんだもん。
もし、身近にそういう人がいれば思っちゃうと思うんです。
え、思わない?
わたしは思うんですっ!
……と、メイド喫茶で働き始めてからは、こんな風にアヤ様といる場合が多かったですね。
シフトが入っている日は基本的に来てくれますからね。
それに、プレゼントもくれたりするんですよ。
そういうものは、家に持ち帰って大切にしていますとも。
……じゃあ、わたしのアルバイトのことをお話したら、次は日常生活についてですね。
主に、学園でのわたしとか、お休みの日とか。
必要ない、と思う人がいるかもしれませんが、一応冒頭のあれに関わってくると思うので、お付き合いください。
「んふふ~、やっぱりいいなぁ、こういうの……」
ある日の昼休み、わたしは自分の机でマンガを読んでいました。
わたしが通う学園は、基本的に自由な校風で、スマホやゲーム、マンガ等の持ち込みがありなんです。
あと、使用許可も出てます。
もちろん、休み時間限定ですけどね。
この校風は、今時の若い人にとってはかなりありがたいものなので、実は結構倍率が高いんですよ、わたしが通う学園って。
この辺りは、頑張って勉強してよかったと思ってます。
「ノエル、また顔が緩んでるよ?」
机でマンガを読んでいると、優花ちゃんに注意されてしまった。
「わわっ、それはダメだね! 優香ちゃんありがとう!」
わたしとしても、それはちょっと恥ずかしいのでありがたい限りです。
「いいよー。やっぱり、親友の緩んだ表情はあまり見せたくないからね、親友としては」
「優香ちゃんってたまに過保護だよね」
優花ちゃんとは小学校からの付き合いで、かなり長いんです。
そんな優花ちゃんは、昔からわたしに対して過保護になることがあったり。
わたしが困ると、すぐに助けてくれるんです。
転びそうになると、猛ダッシュで近づいて来て、転ばないようにしてくれたり、逆に転んでしまった場合は、どこからともなく取り出した応急セットで治療するんです。
それ以外だと、わたしの髪色や目の色が原因でいじめられそうになった時なんかは、自分に飛び火することも承知の上で、問題の人に突っ込んでいったりね。
あれはすごかったです。
「そうかな? でも、見ず知らずの男の人に、ノエルのだらしない姿とか見せられないしね! それに、ノエルはあっちでしょ?」
「そんなにだらしなくないんだけどなぁ。あと、優香ちゃんってわたしがあっちなのに、よく普通に接してくれるよね。バレちゃった時は焦ったよー」
「秘密の一つや二つ、誰にでもあるから。それに、今時そういうことで差別する人は炎上しちゃうからね。あたしも気にしない派だし、そういう形があるのも事実だもん」
「わたし、優花ちゃんと知り合えてよかったなぁ」
「あたしもだよー」
持つべきものは理解のある親友。
「あ、そう言えば五時間目は集会だったよね?」
「そーだよ。……でもわたし、集会って苦手……」
「どうして?」
「だって、一番前なんだよ? 幸いここは講堂があるからいいけど、それでも見上げないとステージの上が見えないし、何より一番前だから結構目立っちゃうんだよね……」
「あー、一年生って前だもんね。仕方ないよ」
「むぅ、身長伸びないかなぁ……」
「ノエルはちっちゃいから魅力的なんだけど」
「わたし的には、生徒会長さんくらいになりたいんだけどね」
「今の生徒会長って、美人だもんね。まさに、大和撫子! って言わんばかりの容姿だし」
「うん。羨ましい限りです」
この学園の今の生徒会長さんは、結構な美人さんです。
優花ちゃんが言った通り、黒髪黒目の和風美人な人で、背は高く、スタイルもいいという、どこの物語のヒロインですか? と言わんばかりの人。
当然、かなりモテているみたいで、かなりの頻度で告白されているのだとか。
でも、一度もOKをしたことがなくて、容姿良し、性格良し、家柄良し、の三拍子揃ったような完璧人物じゃないとダメなのでは? とささやかれるほどです。
わたしも集会時や学園内を歩いていると見かけることがあるけど、本当に綺麗な人でした。
男女問わず慕われるような人で、色んな人に話しかけられていたのを見た時なんて、かなり眩しかったです。
一個上の先輩と言うこともあり、憧れに近いかも。
「ちなみに、ノエル的にはどうなの? 生徒会長は」
「あっちの意味で?」
「あっちの意味で」
「んゅ~……ありと言えばありだけど、わたしなんかじゃ無理だと思うし、何より普通は成就しないと思うからね」
「まあ、いかにもノエルちゃんの好み、みたいな感じだもんね、あの人」
「そーだね。わたしも、ついつい妄想しちゃうもん。あ、もちろん、非実在の人だよ?」
「わかってるよー。……でも、人は見かけに寄らないって言うよね。ノエルなんて、まさかその容姿と性格であっちの人だとは思わないから」
「んーん、わたしは完全にそっちよりっていうわけじゃなくて、どちらかと言えば真ん中くらいだよ? まあでも、あっちにちょっとだけ傾いてるかもしれないけど」
「ほら、そういうのならあっち側だよ」
くすくすとからかい交じりにそう言ってくる優花ちゃん。
……さっきから、あっちとか、そっち、と言っていますが、それの内容と言うのはですね、わたしの恋愛対象に対することなんです。
実はわたし……同性愛寄りのバイなんです。
突然とんでもない告白をしているかもしれませんが、本当なんです。
と言っても、最初からそうだったわけじゃなくて、小学校中学年頃まではまだ普通だったんです。
ちゃんと、恋愛対象が男の子だったんですけど、何と言うか、事件が起きまして……。
事件とは言っても、わたしが男の子にいじめられて~、みたいな重いものじゃなくて、わたしのお家にあったマンガ雑誌が原因だったんです。
わたしのパパとママは家にいないことの方が多くて、それを申し訳なく思っていた二人は、わたしが一人でも退屈しないように、っていろんなマンガや雑誌を買って、お家に置いておいてくれたんです。
パパとママがいないのは当然寂しくて、でもお仕事とわかっていたから我慢していたわたしは、二人が買ってくれたマンガや雑誌を読んで過ごしていました。
その中に、問題の物があったのです。
その雑誌は、青年向けのマンガ雑誌で、内容は……全部百合物だったんです。
わたしのパパとママは、そっちの方面に詳しくなくて、多分、女の子の絵がいっぱい書かれた表紙だったから、少女マンガの雑誌と間違えて買っちゃったと思うんですけど、そんなことを知らない、当時の無垢なわたしは、それを見て電流が走りました。
――こんな恋愛があるんだ!
って。
女の子って、男の子よりもませている子が多いので、中身がどういうものかを直感で理解しちゃったんですね。
当時のわたしは、その雑誌が面白くて、全部のコマのセリフと絵を雑誌を見ないで言えるくらいになっちゃったんです。
それくらい読んでいたんですね。
それが原因だとは思うんですけど、気が付けばわたしは、女の子が恋愛対象になっちゃっていて……。
でも、それが普通じゃないとわかっていたわたしは、それを隠していたんです。
そんな時に、親友の優花ちゃんにこのことがバレちゃって、当時は慌てましたよ。
もしかしたら、嫌われちゃうかも、って、
でも、優花ちゃんは嫌うどころか、
『あたしはノエルちゃんを応援するよ!』
って言ってくれたんです。
まさか受け入れてもらえるとは思ってなくて、当時のわたしは思わずぽかーんとしました。
だからこそ、わたしは優花ちゃんを親友と思っているわけなんだけどね。
ちなみに、わたしは優花ちゃんを恋愛対象として見たことはないです。
理由は、そーいうのとは違うと思っているのと、親友だからというもの。
わたしは別に惚れっぽいわけじゃないからね。
一応好みはあるけど、多分いないと思うから諦めてたり。
かと言って、男の子の好みがあるかと訊かれると……思いつきません。
漠然と、優しい人、くらいにしか思ってないんです。
「そう言えば、アヤさん、だっけ? ノエルのお得意様の」
「あ、うん。それがどーかしたの?」
「あの人って、ノエルがいる日は必ず来てくれるでしょ? もしかして、ノエルのことが好きなんじゃないのかなーって思ってたり」
「わたしのことを? あはは、さすがにないよー。多分、話しやすい、とか、初めて話したから、っていう理由じゃないかな? わたし、ちっちゃいもん」
「ちっちゃいは関係ないと思うけど……でも、他の娘たちの間でもノエルのことが好きなのでは? って噂になってるよ?」
「え、そーなの?」
初耳なんですけど。
「うん。だって、いつも来てくれてるし、プレゼントも用意してくるし、ノエルが困っていたらいつもさらっと助けてくれるしで、明らかに好意を持ってそうでしょ?」
「そ、そーかな? ただ、優しいからとかじゃないの?」
「さすがに、優しいから、というだけじゃ、プレゼントは用意しないと思うよ」
「……んー、どうなんだろ? でも、アヤさんの素顔知らないからね、わたし」
「言われてみれば、たしかにあの人って、素顔を隠してるよね。帽子に眼鏡だもん。しかも、眼鏡のレンズは色がちょっと濃いし、帽子も少し深めに被ってるから余計に」
「そーだねー」
アヤさんは、今優花ちゃんが言ったように、お店の中でも帽子と眼鏡を外さない。
素顔を見られたくない理由でもあるのかもしれないけど、それでも気になっていたり。
雰囲気や、少し見える顔立ちから、綺麗な人なんだろうなーって思うんだけど、素顔が見えないからその辺りは不明。
いつかわかるかな?
「ちなみに、アヤさんからもしも告白されたら、ノエルはどうするの?」
「告白されたら? うーん……お友達からお願いする、かな?」
「あ、すぐにOKはしないんだ」
「うん。わたしが知っているのは、お客様としての姿だから。プライベート時の姿も知った上で、好きになりたいなー、なんて。まあ、さすがに告白されることはないと思うけどね」
「……それもそうだね。あ、そろそろ時間みたいだし、移動しよ」
「うん!」
時計を見ると、たしかにちょうどいい時間だったので、わたしと優花ちゃんは講堂へと向かいました。
それから講堂へ行き、ほどなくして集会が始まりました。
まず最初に、司会の先生から挨拶が入り、その次に生徒会長さんの言葉となります。
わたしの学園では、生徒会長は集会時に毎回何かを話さなければいけないため、結構大変な役職となっています。
なので、やりたがる人が少なくて、場合によっては立候補者がいなくて大変な時期もあるそうなんですけど、今の生徒会長さんはなんと、一年生の時に立候補した人なんです。
司会の先生に呼ばれて、今壇上に立っているのは、その生徒会長――麻柚葉綾乃さんです。
肩口より少し下程の艶やかな黒髪に、夜空のような深い色の黒い瞳をした切れ長の目。
唇は淡い桜色で、身長はそれなりに高く、160センチ前半くらいはあるかな?
その上、スタイルもいいという美人さんで、かなりの頻度で告白されているとか。
わたしもたまにその状況を目にすることがありましたしね。
わたしとしましては、大和撫子な容姿や、凛とした雰囲気があったりなど、まさにわたしの理想の姿と言える麻柚葉先輩は、憧れだったりします。
それに、麻柚葉先輩は文武両道を地で行く人で、成績優秀、運動もできる。
性格も、生真面目なものの、時には柔軟性を見せることから、決して堅苦しいとか、めんどくさい人、とか思われていないんです。
本当にすごいと思います。
「皆さんこんにちは。生徒会長の麻柚葉です。時間が経つのは早いもので、気が付けば季節は夏になりましたが、皆さんは真面目に授業を受けていますか? 近頃、外の暑さや、冷房の効いた教室で授業を受けているからか、ややだらけたような雰囲気が学園内に流れており、授業中に寝ている生徒や、真面目に授業を受けていない生徒が見受けられているようです。授業が面倒くさい、と思っている人は多くいるかと思いますが、出来れば授業は真面目に受けてほしいと思っています。とは言え、私に強制する権力などなく、成績が上がるも下がるも、結局は本人次第です。努力をした者は報われる、なんてよく言いますが、必ずしも報われるわけではありません。しかし、努力をすることは、決して無駄になるわけではありません。思いもよらないところで、その努力が役に立つ時もあります。もちろん、役に立たないこともあるでしょう。ですが、その時得た経験や知識は、必ずプラスとなるはずです。なので、どんなに面倒くさくとも、授業はしっかりと受けるようにしてください。特に、一年生と二年生は、卒業までまだあると油断すると思いますので。今のうちに頑張っておいた方が、後々地獄を見ないで済みますので。では、私からは以上です」
優等生らしい言葉でした。
しかも、どれもが共感できるものだったしね。
努力をしたことは決して無駄にならない、その通りだと思います。
わたしだって、小学生の頃から勉強を頑張って来たもん。
それでこの学園に入学できたからね。
……それにしても、やっぱり麻柚葉先輩は綺麗だなぁ。
わたしも、背が高ければ麻柚葉先輩みたいになれたのかな?
……自分のことながら、背の高い姿が想像できない。
悲しい。
はぁ、とため息を吐き、ふと顔を上げると、
「――っ」
麻柚葉先輩と目が合った気がした。
すると、麻柚葉先輩はなぜか顔を赤くして、すぐに視線を逸らした。
あれれ? どうしたんだろう?
『やっべ、会長と目が合っちまった!』
『は? 今のどう考えても俺だろ』
『いやいや、俺だって』
麻柚葉先輩の反応が気になって、首を傾げていたら、近くの男の子たちがそんなことを言い合っていた。
それを聞いていると、目が合ったのは気のせいな気が。
でも、たしかに合ったような気がするんだけど……まあいっか!
集会に集中しよー。
この時が原因なのかは不明ですけど、学園内で麻柚葉先輩とよくすれ違うことが多くなりました。
最初は、何かを確かめるかのような感じだったんですけど、次第にそんな感じはなくなって、気が付けば、
「こんにちは」
「あ、こ、こんにちは」
挨拶をされるようになりました。
いきなり挨拶をされるのは、かなりびっくりする。
憧れの先輩ではあるから余計に。
しかも、『麻柚葉先輩と付き合えたらなぁ』みたいな妄想をすることもあるんだよね……。
でも、どうして挨拶をされるようになったんだろう?
それがわかりません。
これが、生徒会のメンバーだったり、何らかの委員会の役職持ちであれば、月に一回ある定例会で関りがあるから、っていう理由で納得出来るんだけど……わたし、麻柚葉先輩とは接点がないんですよね。
だからこそ、すごく疑問なわけです。
ただ、向こうはかなり友好的……というか、何か別の感情が混じっているような気がしてなりません。
わたし、どこかで眼を付けられるようなことした、のかな……?
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