2ページ目 初めてのお客様

 そんなことがあった初日の勤務から時間が進み、例の月曜日に。


「ノエルー、そろそろ行こー」

「うんっ! 今行くよー!」


 約束を覚えていたわたしは、今日と言う日をちょっと楽しみにしていたり。


 優夏ちゃんに呼ばれて、足取り軽く二人でお店へ。


「「おはようございます!」」

「おはよう~。ノエルちゃん、例のお客様が来ているから、ちょっと急いでね~」

「あ、わかりました!」


 お店の奥へ行くなり、ニーナさんに件のお客様が伝えられ、わたしはいそいそとメイド服に着替える。


 ちなみに、ニーナさんが言っていたように、わたしのメイド服はオーダーメイドの特注品です。


 ……これが、背が高くて、とか、胸が大きすぎて、とかだったら、わたしもちょっとした優越感のような物に浸れたのかもしれないけど、小さいから、と言う理由だと……複雑な気持ちになります。


 ……辛いよね、小さいって。


「お仕事入りまーす!」

「あ、ノエルちゃん! 急いで急いで! 指名さんそわそわしながら待ってるから!」

「あ、はーいっ!」


 そんなに楽しみだったのかな、メイド喫茶。


 女の人でこう言うお店に来るのは珍しいなぁと思いながら、ふふっと軽く笑いを零していると、目的の人が座っていた。


 パッと見た感じ、一週間前に合った時と同じ服装、かな?


 セミロングの黒髪を後ろで結わえて、帽子と眼鏡を身に着けてるね。


 うん、やっぱり凛とした雰囲気がある。


 素顔は眼鏡と帽子で正確な顔立ちとかはわからないけど、多分美人さん、かな?


 ……むむ、背が高いのが羨ましい。


 わたしなんて、こんなにちっちゃいのに……。


 ……って、今はそういうことを考えている場合じゃなかったね。


 えーっと。


「ご指名ありがとうございます! ご主人様!」

「あ、こ、こんにちは」


 とりあえず、マニュアル通りに挨拶をすると、一瞬だけビクッとしたけど、すぐに挨拶を返してくれた。


 心なしか、ほっぺが赤い?


「んーっと、まずは自己紹介が先ですね! わたしは『のえる』と申します! ご主人様のお名前をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「とりあえずは、アヤでいい」

「はい! アヤ様ですね! それではアヤ様、ご注文をどうぞ!」


 指名が入った場合、そのお客様に対する呼び方は、『ご主人様』呼びじゃなくて、そのお客様の名前+様付けで呼ぶことになっています。


 その方が恋人っぽいとのこと。


 恋人というより、主従関係に近い気がするけどね!


「ふ、ふむ……では、甘々コースを、お願いしよう」

「かしこまりました! それでは、このメニューの中からお好きなお料理とデザート、それからお飲み物を選んでくださいね!」


 メニューを開いて手渡すと、アヤ様は一瞬悩むそぶりを見せたものの、すぐに選び終えました。


 わわ、決断が早い。


「それでは……特製オムライスと、ハッピージュース、スペシャルパフェをお願いしよう」

「かしこまりましたっ! 少々お待ちくださいねっ!」


 元気いっぱいの声と笑顔で承ったことを伝え、軽く一礼してから厨房へ。


「……可愛い」


 一瞬、ぽそっと何か呟いたような気がしたけど、多分気のせい!


 さぁ、頑張ろー!



「お待たせしました! 特製オムライスと、ハッピージュースです!」

「これが……美味しそうだ」


 作った料理を持って行って、アヤ様の座るテーブルに置くと、アヤ様は目を丸くさせながらそう呟いた。


「そう言ってもらえると、作った甲斐がありました!」


 見た目とはいえ、美味しそうと言われるのはやっぱり嬉しい。


「え、本当に、あなたが作ったのか?」

「はいっ! 甘々コースは、指名された人が作ることになってるんですよ! 本当なら、もう少し先みたいなんですけど、わたし、お料理が得意でしたので! アヤ様の為に、愛情をたっぷり込めながら作らせていたきました!」


 お仕事だから、と言うのもあるにはあるけど、わたしとしては、初めてのお客様のようなもの。


 だから、自然と頑張ろうって思えて来るわけです。


「……天使?」


 そんな思いから来る言葉だったんだけど、アヤ様はなぜか少し感極まったような顔をしながら、ポツリと漏らした。


「んゅ? 天使? あはは、わたしは天使じゃなくて、メイドさんですよー」

「あ、あぁ、すまない、そうだった、ね」

「アヤ様って面白い人なんですね」

「そ、そうだろうか?」

「はいっ。なんとなくですけど」

「……ふふ、そう言われたのは初めてだよ」

「そーなんですか?」

「そうなんだよ」


 軽く笑みを浮かべながら肯定。


 うーん、わたしの感じ方がおかしいのかなぁ。


 でも、面白い人のような気がするし……。


 ……まあ、お客様の詮索(?)はダメだもんね。


 とりあえず、お仕事お仕事。


「それでは、わたしも対面側に座らせていただきますね!」

「ど、どうぞ」

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ! それでは……んっしょ、と……ここのお店の椅子はわたしにはちょっと高い気がします」

「ふふっ、ノエルさんは一般的な人よりも、少しだけ背が低いみたいだからね」

「そーなんですよ……わたし、もっとおっきくなりたいんですけど、全然伸びなくて。……アヤ様みたいになりたいです」


 羨まし気な目をアヤ様に向けると、アヤ様はふふっと笑いを零しながら苦笑を浮かべた。


「私は……大人びて見られる場合が多いから、ノエルさんみたいに、可愛らしい物が似合いそうな人が羨ましいかな。それに、見ての通り、口調もやや堅いからね」

「そーですか?」

「そうなのさ」


 なるほど、そういう見方もあるんだね。


 考えてみたら、わたしは大人っぽくなりたい! って考えるけど、世界にはアヤ様みたいに、可愛らしい物が似合う人になりたい、って思う人もいるわけだもんね。


 そう考えると、わたしとアヤ様ってちょっと反対、なのかな?


「っとと、そろそろ食べないと冷めちゃいますね」

「そうだった。そ、それじゃあ、お願いしてもいいかな?」

「はいっ! 任せてくださいね!」


 期待の籠った声と表情で言われ、わたしは笑顔でそれに答える。


 お料理と一緒に持ってきた、柄が少し長めのスプーンを持ち、オムライスをすくい、


「はい、あ~ん」


 笑顔を浮かべながら、オムライスが乗ったスプーンをアヤ様の口元にまで運ぶ。


「あ、あーん…………むぐむぐ……んっ。美味しい」

「ほんとですか? それならよかったです!」


 やっぱり、自分で作った料理を、美味しいって言ってくれるのは本当に嬉しい。


 元々お世話をするのは好きだし、もしかすると、このお仕事向いてるのかも?


「それじゃあ、どんどん行きますねっ!」


 もしそうなら、気合が入ると言うものです。



 お料理とデザートに関しては、基本的に同じだったので、そこはカットで。


 この次に行われたのは、じゃんけんゲームです。


「それじゃあ、ルール説明をさせてもらいますね! このじゃんけんは三回勝負で、アヤ様が二回勝てば、わたしに好きなセリフを言わせることができます! もちろん、えっちなことはダメです!」

「了解した。……それで、私が負けた場合は?」

「負けた場合は何もありません! もちろん、罰ゲームもないので、安心してくださいねっ!」

「デメリットはない、というわけだね」

「そのとーりです!」

「理解した。それじゃ、早速やろうか」

「はーい! じゃあ、行きますよー! 最初はぐー! じゃんけん――」

「「ぽんっ!」」


 一回戦目、わたしはぱー、アヤ様はちょき。


「むむっ、わたしの負けですね! 早速リーチです!」

「ふふ、今日は運がいいのかもしれないね。……二回戦目、お願いできるかい?」

「もちろんですっ。じゃあ、行きまーす! 最初はぐー! じゃんけん――」

「「ぽんっ!」」


 二回戦目、わたしはちょき、アヤ様はぐーでした。


「おめでとうございます! アヤ様の勝ちです!」

「やった」


 じゃんけんに勝利したアヤ様は、嬉しそうな表情を浮かべながら、小さくガッツポーズをしていました。


 一瞬、可愛い、と思ってしまいました。


 凛とした雰囲気を持っているから、あまりそう言うのをしないと思っていましたし。


 偏見はダメですね。


「それでは、言わせてみたいことをどうぞ」

「……もうすでに、考えて来てあるんだ」

「用意周到ですねっ」

「もちろん。今日はこのために来たと言っても過言ではなくてね」

「おー、気合十分ですねっ! それでは、リクエストをどうぞ」

「……お、お姉ちゃん大好き、って言ってもらえるだろうか? で、できれば、甘えた感じで」

「な、なるほど……」


 そう来ましたかぁ……。


 むぅ、やっぱりわたしが小さいから……だよね。


 昔から、妹みたいって言われてきたし、今更ではあるんだけど……それでも、ちょっとだけ複雑な気持ち。


 ……でも、NGなものじゃないし、これはお仕事。


 できるメイドさん(まだまだ新人)は、どんな時でも常にお仕事を優先するのです!


「わかりました。それじゃあ、い、行きますよ?」


 一度椅子から降りて、アヤ様の近くへ行き、わたしは覚悟を決した。


「いつでもいいよ」

「すぅー……はぁー……お姉ちゃん、大好きっ!」


 そして、深呼吸をした後、アヤ様のリクエストの通りに言葉を口にした。


 あぅぅ、結構恥ずかしいですね、これ……。


 顔が熱いです。


 っと、アヤ様の反応は……


「………………あ、まずい。鼻血出そう」

「えぇ!? だ、大丈夫ですか!?」


 顔を真っ赤にしながら、口と鼻を手で覆っていました。


 そして、鼻血が出そう、と。


「だ、大丈夫。ただ、あなたが可愛すぎて……うっ」

「大丈夫じゃないですよね!? というか、え、そんな理由で!?」


 わたし、そんなに可愛いんですか!?


 い、一応同性の方からだけど、それでもお世辞だと思っちゃう。


 でも、お世辞ならこんな風に言わないと思うし……うぅ、どうなんだろう……?


「あ、あの、大丈夫ですか? えと、ティッシュ、いりますか?」

「もらえるとありがたい……」

「わかりましたっ! ちょっと待っててくださいね!」


 わたしは慌てて裏へ駆け込むと、アヤ様のためにティッシュを持ってきた。


「……ありがとう。なんとか落ち着いたよ」

「それはよかったです……」

「……すまないね。危うく、流血沙汰になるところだったよ」

「いえいえ、気にしないでください」

「はぁ……なんだか申し訳ないな。こんな失態をしてしまうなんて。私、もう来ない方がいいかもしれないな……」


 心底がっくりした様子で、そう呟くアヤ様。


 わわっ、これはフォローしないと!


「そ、そんなことはないですよっ! アヤ様はとってもいい人です! 新人のわたしを指名してくださいましたし、何よりチラシを受け取ってくれましたから!」

「……でも、あんなセリフを言わせた挙句、鼻血を出したわけだぞ? さすがに、ドン引きなんじゃ……?」

「そんなことはないです! わたしはそーいうの気にしませんから!」

「……ほんとに?」

「はいっ! それに、アヤ様はわたしの初めてのお客様でもありますからねっ! たとえ変な体質でも問題ないです! アヤ様はいい人ですから!」

「の、ノエルさん……」


 全力で思ったことを告げると、アヤ様は感極まった様子に。


 どうやら、フォローはできたみたい。


「……じゃ、じゃあ、また指名してもいい、だろうか?」

「はいっ! 全然大丈夫ですよ! わたしも、アヤ様が来るのを待っていますね!」

「~~っ! そ、そう。じゃあ、また来ることにするよ」


 嬉しそうな表情を浮かべて、アヤ様はまた来ると言ってくれた。


 やった。


「ありがとうございます!」

「お礼を言うのはこっちの方だよ。……さて、私はそろそろ帰ることにしよう。お会計お願いしてもいいかな?」

「お会計ですね! それではレジへどうぞ」


 明るい笑顔と声で、そう言って、立ち上がったアヤ様とレジへ。


「では、100円のお釣りと、レシートと、スタンプカードです! それじゃあ、いってらっしゃいませ、ご主人様!」

「また来るよ、ノエルさん」


 こうして、わたしとアヤ様のファーストコンタクトは終わりました。

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