第七章 エピローグ

「フフッ・・・。」

唇から小さな声がこぼれた。


妻の口元がほころぶ理由を、僕は不思議そうに考えていた。

彼女の手には古いアルバムが一冊、乗せられていた。


「どうしたの・・・・?」

僕の問いに、彼女はいたずらな目で答えた。


「ひどい人・・・・。」

予想もつかない言葉が、僕を動揺させる。


「えっ・・・・なにっ・・・僕のこと・・・・?」

想像もつかなくて、僕もアルバムを覗いた。


中学三年生の白黒写真が並んでいる。

小さな四角い画面に、マジメそうに映っている少年少女の顔があった。


妻の顔を見つけると、僕の胸にジワッとした感触が沸き上がる。

今でも可愛いと思える、大好きな顔だ。


石井智子は真面目でクールな表情で映っていた。

腫れぼったい厚い目蓋は、今と同じだ。


下段で四角い顔をしている僕がいる。

彼女の将来の夫だ。


妻は、あの頃の石井さんが、強い口調で言った。


「本当に・・・傷ついたんだから・・・ひどいわ・・・。」

アルバムを閉じ、僕の胸にぶつけるように身体を預けてくる。


僕は細い肩を抱きしめると、何百回と繰り返した懺悔の言葉を彼女に捧げた。


「ごめんよ・・・僕は・・・14歳の僕は・・・・。」

その言葉を途中でさえぎるキスの回数は、数えたことはない。


「フフッ・・・・。」

唇の中で僕を許す言葉は、いまだに溶け込んだままだ。


そんな、もどかしさを僕は嬉しく引きずっていた。


だけど。

それでも知りたいことはあった。


「ねえ・・・・。」

これも何百回も繰り返した問いだった。


「ユーミンの話のつづき・・・何だったの・・・・・?」

僕の何十年越しの問いに、彼女はクールに答えるのだった。


「小林君に・・・聞いてみたら・・・?」

いたずらな答えに、僕は今も恨みの声を出すのだった。


「小林ぃ・・・・許さんっ・・・。」


でも、僕の両腕は妻の身体をギュッとするのでした。







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【短編小説】初めてのバレンタインチョコ 進藤 進 @0035toto

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