第六章 懺悔

眠ってしまいそうに見えるくらいの石井さんの厚い二重瞼を、部活の友は大好きだった。

練習の後の帰り道、彼女の可愛い仕草を何度も僕に熱く語りかけていた。


だから。

バレンタインの事件を聞いて、坂田はひどく腹を立てていた。


小林ではなく、僕に対して。

中学二年生の僕はあまりにも幼く、奴が腹を立てる理由が理解できなかった。


理不尽な追及に、僕も力で対抗した。

奴は背が高く、中学生なのに180㎝を超えていた。


まともに喧嘩しても勝ち目はないけど、僕も当時鍛えまくっていたから。

奴の大きな身体を押さえつけ、必死に耐えていた。


体育館の中で、バスケ部の喧噪は伝わり人垣の群れに囲まれながら、一時間近く僕は奴を抑え込んでいた。

どう、決着がついたか忘れたけど、奴の怒っていた理由を今でも切なく思い出している。


結局、一番傷ついたのは彼女なのだから。


石井さんはそれ以来、僕に話しかけることは無かった。

生真面目な彼女が唯一言った冗談が、今でも思い出される。


坂田が言ったんだ。


「今度、ユーミンのカセットを貸してよ。」

奴にすれば、精一杯の勇気だったのだろう。


いつものクールな表情を崩さずに彼女は答えた。


「ひゃくえん・・・・。」

最初は意味が分からず、坂田も僕も何も言えなかった。


「百円・・・くれたら・・・もってくる・・・。」

恥ずかしそうに繰り返された言葉に、ようやく僕達は理解したのだ。


同時に彼女の愛らしい仕草に。

いつもはクラス委員として、ツンとすましているクールな少女が堪らなく可愛く思えたから。


それ以来、坂田は彼女のファンになった。

部活の間中、それが終わってからの帰り道でも石井さんのことばかりだった。


僕が彼女を好きになったのは、そのせいかもしれない。

だから、奴に問いただされ、喧嘩したことにも自分に責任があることは否定できなかった。


僕は懺悔の念を何十年もの間、彼女に向かって投げていたのである。

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