第3話

期待させておきながら、ばっさりと終わらせるように離れていくアレクセイに。


 俺は、ドキドキと胸を高鳴らせて……。


(ほんと、意地悪な奴。でも、そんなアレクセイが好きだ……。だって、彼に触れられるだけでも気持ちいいし、他人に触るだけでも気持ち悪くなる俺でも……。何故か、びっくりするぐらい落ち着いて、幸せな気持ちになれるから……)


 そう、心の中だけで思いながら……。


 近くにある黒のソファに、座って。


「夜まで我慢しろって……良いだろうしてやる。そのかわりちゃんと我慢出来たら、ご褒美くれよな?」


「もちろん良いよ、どんな望みでも叶えてあげる。君の望みなら……人類を全滅させるでも、良いぐらいだよ」


「バカっ!! 何言ってんだよ……そんなの、誰が言うか!! そんな願いより、俺はアンタの髪が、一つに縛れるぐらい伸びて欲しいな」


「……それが、君の願い。良いだろう、ちゃんと出来たら……好きなだけ見せてあげるよ。でも、髪の長い僕なんか、そんなに魅力的じゃないよ」


 アレクセイはいつもと変わらない、落ち着いたテンションで言いながらも。


 ──最後の台詞だけはどこか不安定で、自信がないような声音で言い放つので。


「……そんなことねぇよ!! アンタはどんな姿でも、カッコいいから……。だから、その……髪の長いアレクセイも、今のアレクセイも、俺は気に入ってるからな」


「ヴィクトル……そこは、大好きじゃないかな? まあいいや。そんな事より、今日の仕事はあるのかな? それとも僕がでるほどの仕事は、ないのかな?」


「えっ……あっ……そうだな。その、今日は俺だけで対応できる依頼しかねぇから……。今日はないかも」


 俺は申し訳ない顔をしながら、そうアレクセイに告げれば。

 彼は残念そうな表情を見せて、はあーと一度だけため息を吐いてから。


「そうか……なら、僕は違う方の仕事に行こうかな。君と一緒に居たくて、いろいろとサボってたから……。今日は、それを片づけてくるよ」


「そうしといてくれ……。というか、本当はそっちのが大事なんじゃねぇの? だってアンタ、公爵様だろう?」


「うん、そうだよ。そうだから……いろいろと、大変だよ。でも昔よりかは、何千何倍も大変じゃないから、僕は平気さ」


 アレクセイはあははと笑いながら、事務所の扉の方に向かって行って……。


「だから、心配しないでよねコーティク? あと、今日の夜に僕のマンションにおいで、君が僕に逢いたいって連絡を、夜まで我慢できたら。さっきのお願い、聞いてあげるよ」


「はっ……ちょっと待てよ、最初の条件から変わってるじゃねぇか。まあでも、そんな条件なんか、簡単にクリアできるから。髪の毛長くして、俺を待っておけよな!!」


「はいはい、気の強いコーティクだな。じゃあ、僕は行くから。いい子で待ってるんだよ」


 アレクセイはクスクスと笑いながらも、甘くて優しい声音で、願うように言ってから。

 事務所を、去って行くので。


「良い子でちゃんと待ってるから……。そんな心配しなくてもいいのにね。あいつ意外と、心配性だよな……。まあでもそういう所、すごく好きだ。うん、好き……俺なんかが好きになっても良いのか、分からないぐらいに……」そう、小さく呟いて。


 ──この世界で最も敬やまれる容姿を持つ彼と、この世界で最も蔑まされる容姿を持った自分を、ふと比べて……。


 ついつい、考えてしまう。


(何故こんな俺を愛し、大好きだと、言ってくれるのか?)という疑問を、出口もないのに、うだうだと思いながら……。


 『記憶を失った自分を、唯一助けてくれた人物』が、経営しているカフェ&バーcowardへ。

遅すぎる朝食を、とりに行く為に……。


 ──この町ではかなり珍しい、番傘のようなデザインの傘を持って。


 俺は雨に濡れないように、ゆっくりと歩いて、街へと向かった……。


+++


カフェCowardに着けば、今日も変わらずにアールデコ調の、どこか懐古的な雰囲気を持つお洒落なバーカウンターが、俺を出迎えてくれるので。


 それに答えるかのように、店主が出てくる前に黒の皮張りの丸椅子に腰掛けて。

 年季の入ったメニュー表を、義手の右手で掴んでから……。


 ──ゆっくり物語を開くように、メニュー表を開ければ。


「おお!? なんだよ、ヴィクトル? 来てるなら、声ぐらいかけろよな」


「嗚呼悪りぃ……その、邪魔するかなって思ってさ? だってさ、暇あればマスター。セシュとエッチな事してるし」


「なっ……!? バカを言うな、そんな事なんか全然してねぇよ……って言いたい所だが。それなりにはなって、そう言うお前こそ。あの変わり者公爵様と、隙あらばズコバコやってんだろう?」


 イヤラしく下劣な笑みを浮かべて、長めのスポーツ刈りに顎髭を生やした赤髪の、このバーのマスターであるエリックはそう言い放ってから、鋭い緑の瞳で、俺をじっと見つめながら、さらに言葉をこう続ける。


「……だって、お前あの公爵様の恋人なんだろ? 例えそれがそう言う約束だとしてもさ。独占欲も倫理観もやばいアイツと、一緒にいる時点で……」


「はいはい、そこまでにしろよな!! 確かに俺とアイツは、恋人関係という、絶対的な約束で、一緒に行動してるけどな。マスターが言う程の事はねぇからな!! それだけは、勘違いすんなよ!!」


 俺はアレクセイと自分との間で結ばれた約束について、明らかに馬鹿にするような言い回しで、答えるエリックに。


 ──野良猫が毛を逆立てて威嚇するように、感情を剥き出して猛烈に怒れば。


「おいおい、どうした? そんなに怒るなよな!! ごめんなヴィクトル……。冗談だから、そう怒んなよ」


「冗談だとしても、言うんじゃねぇよバカ!! そんなことより、ハムチーズのあったかホットサンドくれよな」


「……ホットサンドか、良いぜちょっと待ってな。すぐに作ってやるからな」


そうエリックはガハガハと、豪快に笑いながら答えて。


 バーの奥にあるキッチンルームへ入って行くので、俺はその待ち時間の合間に。


 ふと、あの時なんでアレクセイは俺に……。


──恋人になって欲しいと、言ってくれたのだろうかと。


 そう考えて、俺とアイツが出会ったあの日の事を、少しだけ思い出せば。


 ──あの日も今日と同じ、雨だった事を思い出して。


(何だか、良いことが起きるのは、決まって雨の日に重なるな……)と考えながら、一人で挑んだ事件のトラップに、まんまと捕まって。偶然居合わせたアレクセイに、助けて貰わなければ、あの場所で自分は、死んでいただろうと思いながらも……。


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黒き眠り姫に起こすのは 崎将とおる @zakisyoutoru

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