第2話

 雨の音がザーザーとノイズのように耳に響く。


 その音はこの荒んだ世界にふさわしく、俺はこの規則的に奏でられる音楽に、歌でもつけてしまおうかと思って……。


 獣の耳のようにハネた特徴的な黒のクセ毛をいじりながら、猫のような蒼い目を細め、威嚇する気持ちでセットした髪型が、湿気でくずれてないのかを少しチェックしてから。


 探偵映画のセットのような自分の事務所の窓に手をあてて、昨夜見た夢の中で自分が誰かに歌った歌詞を、口ずさむ……。


「鏡の男がみた夢は愛の夢、眠り姫を起こすのは、気高き死をもたらす騎士……。嗚呼、なんて幸福な物語」


 そう『夢の中の自分ではない、自分』が歌ったように、優しく囁けば。


「でもそれは、人にとっては不幸な物語。悲しい悲しい二人、呪われた愛の悪夢」と髪型だけは少し違うけど、あとは瓜二つの姿をもつ……。


 黒髪蒼目で、俺にもあるけど、獣の耳のようにハネた癖毛が、メンダコヘアーに見えてしまうアキが、いつも着ている黒地に紫色の襟をあわせたロングコートを、タコがふよふよと泳ぐように揺らして……。


 ──空中をぷかぷかと浮きながら、俺のすぐ側にまでやって来るので……。


「なっ……メンダコの妖精さんスタイルで来て、どうしたのアキ? あと、さっきの歌アキも知ってるの?」


「はい知ってますよ。よく歌う曲ですから」


「そうなの!! まじで、だってこの曲さ……。昨日みた夢の中で、聞いた曲だから……。なんかその……」


「嬉しい気分になるって、感じですか?」


 そうアキはくすくすと笑って、優しく答えるので。


「そうだよ!! 嬉しい気分になるよ!! だってさ、この曲が俺の忘れてしまった過去への、ヒントになるかも知れないからさ」


「ふふふっ……そうですね。なるかも、知れないですね。だって、私も知っている歌ですもの。きっと、この箱庭世界で空前のヒット、間違いなしですね」


「アキったら大げさだな、でも……もしそうだったら良いな。だって、夢の中の俺はこの歌を歌ってる時。誰かの側で、幸せそうだったから……」


 俺はそう言いながら、夢の中の情景を思い出すように……。


 ──金のような銀の髪を、紫のリボンで一つに縛った、顔が何度見ても真っ黒で分からない、憧れのあの人を思い浮かべて。


「幸福と不幸の上で、私は貴方を忘れても、私は貴方の元へと向かうでしょう。たとえ、この右手を失っても……。私は貴方の手を……」と、


 そう夢の中で聞いた歌の続きを歌えば、その歌に答えるように事務所の扉が開いて。


 そこから、金のような銀の髪を短くカットした、紫と赤の瞳が恐ろしくもあって、何を考えているか全く分からない、ミステリアスな瞳を持つ。


 ──俺より何倍も身長のある美青年が、驚いた顔をして。


「どうして、その歌を知っているのかな?」と、不思議そうに言うので。


「なっ!? もしかしてアレクセイも、知ってるのか!! やばっ、メンダコの妖精さん聞いた?やっぱりこの曲、空前の大ヒット曲かも」


 俺は嬉しげに大きく言いながら、アキがいる方向に振り向けば……。


 ──そこには、誰もおらず。


 在るのは資料を整理するための資料棚と、依頼主を座らせる黒のソファだけだったので。


「……妖精さんったら、ほんと俺以外の人がきたら……。すぐに、どこかに隠れちゃうな」


「うん? 嗚呼、もしかして僕が来る前に誰か居たの? 妖精さんって……。誰の事かな?僕が知っている人物じゃなさそうな、気がするな」


「えっ……あっ……。ちょっと待て、何機嫌悪くしてるんだよ。アンタが心配するような、相手じゃねぇよ。ほんと心配すんな」


「……分かったよ、コーティクがそこまで言うならね。でも、すごく機嫌悪くなったから。気分直しで、こうしちゃおう」


 ものすごく機嫌の悪い顔から、いっきにご機嫌な笑みを浮かべて、アレクセイはそう言い放ってから……。


 ──唇を奪うような、激しいキスを俺にするので。


「ふわっ……にゃめろっ……キスすんな!!」


「イヤだね、キスは挨拶なんだから。これぐらい、許して欲しいな」


 そう意地悪く言いながら、咥内を犯すように舌を入れてくるので。


「にゃっ……やめっ……て、そんなにされたらっ……息できない」


「息なんか忘れて、僕を感じてよヴィクトル。最高に気持ちよくさせてあげるから」と、


アレクセイはゾクゾクと甘く痺れるようなバリトンボイスで、意地悪く答えながら。


 ──俺を壁に押し付け、首をぎゅっと優しく、感じるように絞め始めるので……。


「がっ……はっ……やっ……めてっ……、くるっ……しいっ……。それっ……気持ちいいっ……からっ……」


 俺はそうもがきながら、アレクセイの背中に深く爪をたてると。


「やめないよ、ヴィクトルは僕にこうされるのが大好きなんだから。だから、やめないさ」


 アレクセイは俺の耳元で囁くように、甘く答えるので。


「はっ……もうっ……バカっ……、好きっ……大好きっ……」と酸素が足りなくて、頭が全く回らない状態で、そう吐き出せば。


 ──絞めていた手が、いっきに離れていくので……。


俺はゼハゼハと荒い呼吸を、繰り返しながら。


「アレクシェイっ……好きっ……もっと、俺をいじめてっ……。俺を、ぐちゃぐちゃにして」


「ヴィクトル……嗚呼ほんと、君は今日も愛おしくて可愛いな。でも、今は我慢しろ……。良いな? それぐらいは、出来るだろう」


「なっ……ひどい、こんな風にしたくせに我慢しろだって、このドエス野郎、責任とれ!!」


「ドエス野郎で、悪かったな。でも、そんな僕が大好きでしょ? ほんと、可愛いコーティクなんだから。あと……さすがに、朝っぱらからセックスは、良くないかなって思うからさ。続きは夜で、たっぷりしてあげるよ」


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