黒き眠り姫に起こすのは
崎将とおる
第1話
「あの……お時間があれば、お花見しませんか?」
「突然どうした? 花見だと……悪くはないが、桜はどうする? 私でもそれだけは持っていないのだが……」
金のような銀の髪を紫のリボンで一つに縛った、この箱庭世界で最も高貴な男である──生と死の管理者ランゼルトは、紫の襟が目立つ黒のロングコートを身に纏いながら、目の前に居る獣の耳のようなくせ毛がとても愛らしい、黒の髪を肩まで伸ばした蒼目の、女のようで男みたいな姿を持つ、アキツシマにそう答えれば。
深緑の着物を身に纏ったアキツシマは、おだやかな笑みを浮かべて。
「ご安心くださいませ、ランゼルト様……。桜のことについてはご心配なさらずに、このアキツシマが……その、ご用意させていただきましたので」
「はぁっ……えっ……用意しただと? 芸術を管理するお前が…!?」
「はい、させていただきました。一応その……私、美しいものも管理する存在でもありますので」
「……そうか、なるほど。納得した、流石僕のアキツシマだな。僕の管理する分野でもあるのに、出来てしまうなんて……ほんと、凄いな大好きだよ」
ランゼルトは気難しい表情から、デレデレと甘えた表情へ、一気に変えてから。
職務室の中央に居るアキツシマの手をとって、指先に優しい口づけを一つ落とせば。アキツシマはそれを見て、一瞬驚いた顔を見せながら。
「……もう、ラーニャったら。甘えたがり屋さんなんですから」と仕方がない人ですねと言うかのような態度で、何事もないように振舞うので。
ランゼルトはそんな態度に、ちょっとムッとした反応をしながら……。
「甘えたがりでも良いだろう……お前以外にはしないのだから」
「あははは、そうですね……私だけですよね。ほんと……嬉しく思います。だから、私と一緒に来て? ラーニャが大好きなお酒を持っていくから」
「嗚呼……そうだな、行こうか。他の管理者たちが来て、二人だけの時間を奪われる前に……この私を案内してくれ」
ランゼルトはアキツシマにそう命令するかのように言い放つので、管理者であり、ランゼルトを護衛する為に創られたアキツシマは。
「仰せのままに、この私がご案内いたしましょう」と絶対的な主人に従うモノとしてその命令に答えながら。
この世界で最も大好きで、誰よりも愛している。
最愛のご主人様であるランゼルトを……。
Administratorという文字が刻まれた、黒に金の植物的文様が入った扉の前へ連れて行ってから、その扉をゆっくりと開けて。
「どうですか? これが私が咲かせた桜です……」と言いながら、扉の中へ飛び込むような勢いで入れば。
「おいおい、そう焦らなくても……。もっとゆっくりでも……って、なんだこれは!?こんな美しい花など見たこともない」
ランゼルトはそう言って、淡くピンクに染まる美しい桜の木の下までかけて行くので。
「良かった、アキダコちゃん達と頑張った甲斐がありました。ほんと……よかったです」
とても喜んだ顔をしながらアキツシマは、桜の木の枝に隠れていたメンダコのようでメンダコとは違う、自身とよく似た黒い髪の毛のような模様と青い眼を持つ、アキダコ達を呼び寄せて、嬉しく呟くので。
「お前たちも手伝ったのか? ほんとにお前たちも良い子で可愛いな」
「当然です!! アキダコちゃんは私の眷属なんですもの。小さくて愛らしい見た目ですが、何でもできちゃいますよ。嗚呼でも、戦う方向は無理ですが……」
「いや、そこは別に求めてはいない。こんな可愛いらしい見た目の生き物が襲ってきたら……人間によってはトラウマになるから」
「ですよね。確実になると思います……ってそんな事よりも、こちらにお座りくださいませランゼルト様。貴方様の為にご用意したお酒とお食事が、役目を果たしたアキダコちゃん達に全部食べられちゃいますよ」
アキツシマは『早くしないと、無くなっちゃいますよ』という感じのニュアンスで言いながら、ランゼルトを市松模様の敷物が敷かれて居る場所に座らせて。
煌びやかな装飾で彩られた重箱の蓋をとって、中身が分かるように見せれば。
「……これって、もしかして? 僕が食べてみたいって、言ってたやつじゃないか」
箱の中身を見たランゼルトはそう嬉しげに言いながら、箱の中に入っている卵焼きと漬物とおにぎりを、まじまじと見つめてから、目を細めるので。
「はい、そうですよ。ランゼルト様が……いつかは食べてみたい、おにぎりと卵焼きとはどういう味なのか……嗚呼でも漬物も気になると仰っていたので。ここぞと頑張って作らせて頂きました!! ですが、お口に合えば良いのですが……」
アキツシマは少し不安そうに答えつつも、箱の中からおにぎりと卵焼きと漬物を取り出して、重箱の側に置いてあった小皿へゆっくりと、取り分けながら。
──ふよふよと空中に浮いているアキダコ達に、
「アキダコちゃん、純米酒を持ってきてください。あと盃も忘れずにですよ」と、命令してから。
その光景をずっと見つめていたランゼルトに、愛情を込めて作ったその二つを、優しく手渡せば……。
「ありがとうアキツシマ、そしてアキダコも感謝する」
「いえいえ、滅相もありません」
「お前こんな時まで……そういう態度しなくても良いのだが? まあそれがお前なのだから仕方なしか、つまらない事を言ったな……」
ランゼルトはブツブツと文句を言うように呟きながら、受け取ったばかりの皿からおにぎりを一つ右手で掴んで。
──パクリと口に入れるのではなく、小さくちぎってから、口に入れるスタイルで食すので。
「ランゼルト様、パンみたいに食べなくても良いのですよ?」
「そうなのか!? では次のは、パクッとかじるスタイルで頂こう。あとこのお酒もキリッとして美味いな……。やはりアキツシマの管理する地のお酒はどれも美味いな」
「ちょっとランゼルト様ったら、そんなお世辞言わないでくださいよ。ですがありがとうございます……。ランゼルト様の為だけに造ったお酒なので……本当嬉しくて、とても心が踊ります」
にこやかな笑みを浮かべつつも、どこか恥じらうように口元に手をあてて、アキツシマはそう答えるので。
ランゼルトはそんな愛らしい仕草に、ドキッとしてしまい。
最愛の双子の弟─セレンゼルにかけられた、何度生まれ変わろうとも続く……。
『狂気の愛の呪い』の影響で、思わず。
「アキたんっ……きゃわいすぎる……。僕、君をペロペロあむあむしたい」と人格がぶっ壊れたレベルのデレっとした表情を見せて、隣に座っているアキツシマをギュッと強く抱きしめてから、そのまま押し倒してしまうので……。
「ちょっと!! いきなりそれはダメですよ!!」
「ダメなの? 本当に……駄目なのか?」
「……駄目ではないです、ですが……」
「なら良い、ですがも……いらないから、このままギュッと抱きしめさせて」
突然の事に驚いたアキツシマに、ランゼルトは絶対にNOとは言わさないような口調で言い放つので。
「分かりました。このままアキを離さないでくださいよ? 例えどんな事があろうとも、そして何度生まれ変わろうとも……この桜の下でお花見しましょう」
「嗚呼……約束しよう。僕は例えどんな状態になろうとも……忘れはしないさ」
「絶対ですよ!! 絶対ですからね? 例えどんな事があっても……いえ、私が私ではないモノになってしまっても、桜の話をしたら、必ずこの場所に連れてきてくださいね」
「嗚呼、約束しよう。絶対にだ。例えアキツシマが……アキツシマじゃなくても、僕はこの星の生命を管理してる者だから、どんな姿だろうが間違えないし、必ず連れてくるから……だから、キスしていい?」
ランゼルトは『そう心配する事なんてないぞ』と言うかのような声音で答えながら、アキツシマにキスをしようとするので。
「したければどうぞ、ですが本当に……絶対に守ってくださいよ。もう嫌なんです……幼い私との思い出をランゼルト様に忘れられた身としては、怖くて……不安なんですよ。だから、何度も……お願いしてしまいます、ごめんなさい……これだけはお許しを」
「アキ……謝らなくていい。これも全てあの人のせいだから……気にするな」
「わかっております……でも……」
今にでも泣き出しそうなアキツシマに、ランゼルトは優しく宥めるかのように。甘い口づけを数回繰り返して、心配しなくても良いと、言葉ではなく態度で示すので。
「ラーニャ……っ……うん、もうわかりました。本当に……」
「分かればいい、不安に思う事などないぞ。それに……こんなに見事な桜の前で、お前がポロポロ泣き出したら駄目だろ? だから笑ってくれないか」
「えっ……あっ……そうですね。私とした事が、過ぎ去った過去に囚われて……弱気になってしまって。ほんとらしくないですね……すみません、今から元気もりもり、ご飯もぱくぱくします」
アキツシマはそう強く宣言しながら、抱きしめているランゼルトを、振り解いてから立ち上がって、こうアキダコに話しかける。
「アキダコちゃん、少しだけ力をかして? みんなでランゼルト様に素敵な贈り物を贈りましょう」
「おいおい、別に……そんな事などしてくれなくても。私は存分に幸せだし、満たされているのだが……」
「それでも、受け取ってくださいませ。じゃないと嫌いになってしまいますよ?」
アキツシマは小悪魔な笑みを浮かべて言い放ちながら、スッと立ち上がり……。
舞を踊るようにくるりくるりと、優美にまわり始めると。
彼の眷属であるアキダコ達はそれに続き、アキツシマと一緒にふわふわと空中に浮かびはじめて……。
──まるで、美しい桜に招かれた天女のように。
散りゆく桜の花びらと一緒に、優美で壮大な演舞を踊り出すので。
「こんな……美しくて、素晴らしい舞を見たのは、初めてだ…本当に凄すぎる」
「当然です、私はこの星の芸術芸能を管理している者なんですから!!」
「そうだな……まさに、お前だから出来る技だな……嗚呼本当に、こんなにも桜の見え方が変わるとは……すごく良い経験だ。感謝する」
ランゼルトは『この世界で最も美しくて芸術的なもの』を、この目で見て感じて。思わず、熱狂的なファンのような歓喜に満ち溢れた声で、そうアキツシマに答えてから。幸福に満ち溢れた笑顔を出し惜しみせずに、にこりと、舞へのお礼と言わんばかりに見せれば……。
それを見たアキツシマは、わぁっと歓喜の声をあげて。
嬉しさをどう表現すればいいのかわからないように、感情の赴くままに。
「鏡の男がみた夢は愛の夢、眠り姫を起こすのは気高き死をもたらす騎士……嗚呼、なんて幸福な物語。でもそれは、人にとっては不幸な物語。悲しい悲しい二人、呪われた愛の悪夢。幸福と不幸の上で、私は貴方を忘れても、私は貴方の元へと向かうでしょう。たとえこの右手を失っても……私は貴方の手をとって果たせなかった想いを叶えましょう」
そう、私であった私たちの希望と絶望を全てごちゃ混ぜにした本音を、即興で考えたメロディーに乗せて歌えば。
「すごく、お前らしい詩だ。きっとテスカトル様もお喜びになるだろう……いや、すまない。今のは余計な言葉だったな。お前は雪白ではなくアキツシマ、そう……僕だけのアキツシマなんだから」
「はい、私はアキツシマです。テスカトル様を魅了して地球を滅ぼした最も罪深き悪、魔性の雪白ではありません。貴方様がテスカトル様ではないように、私は私……」
アキツシマは強く断言するように言いながら、ランゼルトの元へ降りてきて。
そのまま幼子のようにぎゅっと胸に飛び込み。
わぁわぁと声を荒げながら……。
「私、ラーニャに逢えて本当に、本当に幸せです。嬉しくて嬉しくて……こんなに幸せになれて、よ、良かったです。だって……私、私じゃない私たちの苦しみも絶望も希望も。私は人ではないからときより観測えてしまうからこそ……。こうやって貴方のお側に居られるだけでも、この上もない程の幸福です」
「アキツシマ……僕も、お前と一緒に入れて幸せだよ。嗚呼僕も泣きそうだ」
ランゼルトはそう震えた声で言いながら、嬉し泣きをするアキツシマの髪を、数回優しく撫でてから。
両目で色が違う瞳から、一筋の涙を流し。桜の花びらが舞うこの風景を『私が私ではなくなっても、決して忘れない』と心の中で誓いながら。
この世界で誰よりも心優しくて、誰よりも愛おしいアキツシマを持ち上げるように抱きかかえて……。
自分より高い位置にある唇に、永遠に変わらない愛を、約束するように。
──慈しむかのような甘いキスを、眠り姫を起こす王子様のように捧げた。
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