転生したらディアスポラでした

楠樹 暖

転生したらディアスポラでした

 雪でも降るんじゃないかという寒い朝、うっかり風邪をひいてしまい医者へと脚を向ける。

 熱のためぼぅっとして左右をよく確認せずに交差点に出たところ……トラックに轢かれてしまった。

 気づけばそこは見知らぬ世界だった。いや正確には生まれてから十六年間過ごした世界。でも、誕生日を迎えた今日、前世の記憶が蘇った。

 そうなるともうこの世界が異世界としか感じられなくなってしまった。

 この世界で過ごした時間とは別に本当の自分の記憶がある。

 僕の名前はディア。前世は日本で、名前は佐藤透流とおる

 前世のことは誰にも言えない。もし喋ったら異端者として告発され拷問を受けてしまうかもしれないからだ。

 そうして半年の時間が過ぎた。

 村から町へと向かう馬車の中で事件は起こった。

 馬車を操っていた御者が突然倒れ、馬が暴走。このままで崖下に転落してしまう。

「南無三!」

 馬車なんて運転したことがなかった僕だが何とか手綱を握り思いっきり引っ張ったら馬が走るのをやめた。

 馬車に乗っていた客は僕の他には隣の家の娘のスポラとそのお父さん。

 スポラのお父さんは馬車の運転ができたので何とか町まで辿り着くことができた。

 町での用事を済ませ帰りの馬車を待っていると、スポラが一人でやってきた。お父さんはあとから来るらしい。

 スポラと二人っきり。

「さっき、『南無三』って言ってたわよね?」

 この世界の宗教は仏教ではない。当然、『南無三』なんて言葉はない。

「えっ、……何のことかな?」

「ズバリ聞くけど、ディアって前世は日本人じゃない?」

 この世界では日本という国は存在しない。それを知っているスポラはもしや?

「ひょっとしてスポラも?」

「そう、五ヶ月前の誕生日に」

「僕と一緒だ。誕生日に前世の記憶が蘇って」

 聞けばスポラの前世は鈴木瑞代みずよという女性だったとのこと。

 病気で入院中だったが三月に亡くなったらしい。

 僕(透流)が亡くなったのは二月、瑞代さんが亡くなったのは三月。

 僕(ディア)が生まれて一ヶ月後にスポラが生まれている。

 前世で死んだときの時差がこっちの世界でも同じように反映されているようだ。

「ちなみに私が亡くなったときの年齢は二十九歳だったのよ」

「僕は二十六歳」

「じゃあ、私の方がお姉さんね」

「でも今は僕の方が年上だよ」

「一ヶ月だけじゃない」

「ひょっとしたら僕たち以外にも日本から転生してきた人も多かったりして」

「でも今までそんな話は聞いたことないわね」

 僕たちは日本から転生してきた人が気づくように、服の模様に日本語の文字を入れるようにした。

 この世界の人が見ても単なる模様にしか見えない文字。でも日本人が見たら一発で分かるように。

 そして新たな日本人が見つかるのは案外時間がかからなかった。

 町で十六歳になったばかりという少年が声をかけてきたのだ。

 そして、再び町に行ったときには更に一人増えていた。

 やはり十六歳になると前世の記憶が蘇るらしい。

 そして僕以外のみんなの共通点は死因が病気であること。

 その後も十六歳になった少年少女が前世の記憶を取り戻していった。

 その口から語られるのは僕が死んでから日本で起こった災いである。

 三月頃から流行りだした疫病が日本を襲い爆発的な広がりを見せた。

 その感染を防ぐ手段もなく、人々はバタバタと倒れていったのだと。

 僕もトラックに轢かれる前に既に感染していたのだろう。


 僕が前世の記憶を取り戻してから一年が経過した。

 そのあいだに十六歳の誕生日を迎えた子供はみんな日本での生活の記憶を思い出していた。

 僕たち元日本人はかなりの数にのぼり、日本人ネットワークも拡大を続けた。

 だが最近は前世の記憶を取り戻す子供は出てきていない。

 前世の記憶を取り戻した最後の少年の話では、彼が病に伏せたときもう既に他に生きている人はいなかったという。おそらく彼が最後の日本人だったのだろう。

 今やこの世界にはかつての日本人がかなりの数存在している。

 この国だけでなく、他の国、他の異世界にも転生していることだろう。

 遠い異世界へと転生し、そこを移住先へと決めた日本人。

 もはや戻る故郷のない日本人。

 でも全然寂しくなんてない。

 この世界のどこかにはまだ一億以上の仲間たちがいるのだから。


(了)

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